気付く
シャムスを一旦俺の部屋に招いて話を聞くことにした。お茶の支度が整う前に彼が口を開く。
「確証がある話ではないのですが、……万が一ということもございますので」
「ノトスの体調の話?」
「いえ、違います。先にこちらを。先日ファルマが持ってきた物です」
手紙を差し出された。封筒の宛先はファルマ、差出人はルシエル。便箋を一枚取り出しざっと内容に目を通した。書いてあるのは仕事が忙しいということと学生時代を懐かしむような文章だった。
「……普通の内容に思えるけど……」
「ええ。一読した限りでは何も不自然な所はありません。ですが……」
※※※
二日前。
久々に皆様にお会いしたい、と面会予約があり、ファルマが手土産を持ってシャムス邸を訪れた。
小さいシャルルを囲んでリリエ達とお菓子を摘まみながら世間話をした後、ファルマはシャムスにこの手紙について相談したいと申し出た。
「突然すみません。その……ここ二か月ほど、たまにルシエルから手紙が来て、私も同じような内容を返していたんです。知らせることもなく会おうという約束をするでもない手紙をくれるのも珍しいことなのですけど……ひとまず他愛ないやり取りを続けていたんです。そしたら、今回の手紙が……ちょっと変で」
「変、とは?」
「"あなたの子供のお祝いに刺繍の入った物でも作ろうと思ったのだけれど"と、"またあなたとのんびり刺繍でもしたいわ"と書いてあるでしょう?」
「……ふむ。それが?」
「彼女、裁縫や刺繍が大の苦手なんです」
「そうなのか?」
「学生の頃の親しい友人しか知らないとは思います。一緒にお菓子や薬を作ったことはありますけど、刺繍をしたことは一度もありません。それに私の子供の七つのお祝いなんてまだまだ先なのに……」
「……違和感がある、と」
「そうなんです! もしやこの手紙に暗号か何か隠されているんじゃないかと、じっくり隅々まで穴が開きそうなほど読んだんですけれど……私には何もわからなくて。でもシャムス様やアマデウス様なら何かわかったりするのかも、と、思って…………も、申し訳ありません、おかしなことを言っているって、わかっています」
「いいや。人の些細な違和感を見逃さないのは治癒師にとって大事なことだ。其方の姿勢は正しい」
「!! あっ、ありがとう、ございます……」
「今後も気になることがあれば知らせてくれ」
シャムスは恐縮しながら涙目になったファルマから手紙を預かった。
※※※
「そこで……アマデウス様が『裁縫や刺繍に魔法を込めることは出来そうに思う』と仰ったのを思い出したのです。コレリック家にそういう新種の固有魔法を持つ者がいる可能性はあるのではないかと」
「! 例の、人を操る魔法……!?」
「ルシエルはそれを何とか外部に知らせようとしたのかもしれません。外への手紙も内容は確認されるのでしょうから、ファルマへの何気ない手紙を装って……そうと断定するには材料が足りないのですが」
つまり……操りたい人間の服か持ち物に魔力を込めた刺繍を仕込むってことか?
宿主を操る寄生虫みたいな? ……その置き換えは一気に気持ち悪いな。
「……でも、材料が足りないとも言ってられないかな」
もしこの予想が真だったとして――――婚約パレードの惨事を防ぐには、あまりもたもたしていられない。
シャムスに礼を言ってすぐ、俺はジークの部屋に突撃した。
「ジーク! ネレウス様との面会って次いつ!?」
「兄上? 今日の三時ですが……」
「今日?! よっしゃ……いや、ジークには本当にごめんなんだけど、同行させてもらっていい?!」
「えっ?!」
今から面会申し込みしたら最短でも二日は待たなきゃいけない。手紙も万が一届かなかったら困るし直接話したい。
詳細を説明できないから怪訝そうではあったがジークは了承してくれた。大急ぎで服を整え、馬車で王宮、そしてネレウス様の離宮へ。
予定にない俺がいたことで案内人が一度上に判断を仰ぎに行って暫し待たされたが、すぐに許可が出た。俺も何度か面会に来てるしな。
「よく来た。座れ。どうした」
第二王子はいつもの無表情を俺に向けて端的に尋ねた。話が早くて助かる。
「逢瀬をお邪魔して大変申し訳ありませんが、少々お耳に入れたいことが」
「あ、兄上、逢瀬とか言うのやめてください……間違ってはいませんが……」
シャムスからの情報を整理して伝える。ネレウス様は無表情だが、ジークは驚きながら真剣に聞いていた。ノトスのこともあったから姉上とジークは父上からコレリック家の疑惑を聞いている。
「もし完全に的外れだったら全力で謝るしかないんですが……カーセル家所有だった娼館を調べ直せば何か出てこないでしょうか」
「そうか、脱ぐ場所で……あらかじめ刺繍した布を服に仕込めばいいのか。……ジークリート、少し下がっていろ」
「……はい」
ネレウス様はジークを一旦隣室に移した。ジークは微かに残念そうだったが大人しく従った。
「その仮定、当たっているかもしれん。僕を矢で射った修道士が、カーセル家所有の娼館に通っていたことはわかっている」
ああ、ジークはネレウス様暗殺未遂や予言者であることは知らないから下がらせたのか。
「修道士なのに娼館に?」
「相手は男娼だ」
ああ、同性同士なら教会は何も言わないんだっけ……。
「なるほど、男娼と……チョメチョメしてる間に服の中とかに刺繍した布を……」
「チョメチョメ? どういう意味だ?」
ツッコまれた。察してほしい。
「あー、破廉恥なことって意味です。それかあれですね、馴染みの男娼や娼婦からって形で刺繍入りのハンカチを贈って肌身離さず持っててほしいって言わせた、とか?」
「その手もあるか。婚約祝賀パレードでことを起こすなら冬の間に仕込むだろう。しかし王都の娼館全部となると調べる数が多過ぎるな……早急に取り掛からねば。娼館で衣服周りを重点的に調べると仮定して、僕も出来る限りの予知はするが……」
「あの、それなんですが……『王家が刺繍を調べている』と外に知れ渡ってしまうと、ルシエルが情報を洩らしたとバレてしまうんじゃないかと心配なんですが。先回りして証拠を隠滅されるかもしれませんし」
コレリック家の中で裏切者と判明してしまったらどんな目に合うか……彼女が殺されでもしてしまったらあまりに報われない。
「わかっている、なるべく情報は表に出さずに慎重に調べねばならん。すぐ取り掛かりたいが、今兄上はクレスタールに行っていてあと四日は戻らん」
「あぁ~~~、そうでしたっけ……」
ユリウス殿下は現在クレスタール辺境伯領にいる。
王太子として妹殿下の降嫁先に挨拶と交流を、並行して近衛騎士団の一部と影を引き連れて国境付近に奴隷取引の痕跡がないかなどを調査しに行っている。
ユリウス殿下を飛び越えて国王陛下にまで話を上げると、パシエンテ派の宰相・ストライト卿にもまず話が通ってしまうからリスクがある……。
「……アマデウス、一筆書くからそれを持ってアンドレア・グリージオに伝えに行け。あれなら上手くやってくれるだろう」
「アンドレア様は王宮に残ってるんですか?」
「ああ。僕が行けたらよかったんだが、今珍しく母上が強情でな、まだこの離宮からの外出許可が降りんのだ」
……大事な息子が暗殺されかけ、あと一歩で死ぬところだったのだ。そりゃ母親としては犯人が逮捕されるまで安心できまい。
「わかりました、行って参ります!」
ネレウス様が手紙を書き終わるとジークが部屋に呼び戻された。
入れ替わるように俺が退出する。残りの時間はジークとゆっくりしてほしい。今夜は予知しないとなので気が休まらないだろう。
――――後でネレウス様に聞いた話。
俺が退出した後、ジークは「……兄上には話せて私には言えないことが色々とあるのですね。立場上仕方ないと理解していますが」と軽く拗ねてみせたそうだ。
「君が卒業して正式に僕のもの(※側近という意味)になったら何でも教える、今は我慢しろ、というと首まで真っ赤に染まって非常に……趣深かった。寝台に招こうと思ったんだが神官が『成人するまではお控えあれ』とすごい勢いで怒ってきて失敗した」
と聞いてもいないのに惚気てきた。無表情で。趣深いって褒め方、ピンとこなかったけど多分オタクの『尊い』みたいなニュアンス。
ペティロ卿や御付きの神官は割とネレウス様にズバズバ言う。付き合いが長くて親密なのだろう。
しれっとベッドに連れ込もうとするな、つーか身内のそういうのは気まずいからいらないっつってんだろ!!
同性同士なら密室で二人きりになっても咎められない。弟が俺より先に童貞卒業する可能性に思い至ってしまった。
なんか……ちょっとだけ嫌だから、うん、成人までお控えなすってほしい。




