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【書籍発売中】美形インフレ世界で化物令嬢と恋がしたい!  作者: 菊月ランララン


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219/260

七つの罪

 "青髭"観劇当日。


 俺は馬車でシレンツィオ城前までお迎えに行き、そこから公爵家の馬車にジュリ様と同乗。うちの馬車にはポーターとモリーさんに乗ってもらう。

 ジュリ様と二人で馬車に乗るとイチャつきたくなるけど動いてる馬車の中でイチャつくのは普通に危ないので自重。


 今回は街中に出るのでお茶会の時より地味で動きやすそうな恰好。ジュリ様は落ち着いた青のスカート、俺は青灰色のシャツ。一つ青の服を着ることだけ示し合わせた。

 ジュリ様の上着は茶色で秋っぽさがある。マントみたいな……ケープだっけ、そういうコート。いつも可愛いけどカジュアルなデート服だと思うとより良い。

「今日のお召し物もとってもお似合いです」と言うと少し恥ずかしそうに、嬉しそうに笑った。


 俺はクラバットに黒瑪瑙のブローチをつけていて、ジュリ様の首元には紅玉のブローチがついている。そこは特に示し合わせていないのに同じ所にお互いの色の石を付けていた。にやける。

 天気が良くてよかったですね、などと少し雑談した後にジュリ様から『第二夫候補の一人が家に突撃してきた件』を聞いた。



 ――ーー……はぁ~~~~~~~~~~~~~??? 

 侯爵家の血筋って……第二夫としてお家を支えますアピールは入れてるけど、俺の立場を乗っ取る気満々だろコラ!!

 人の婚約者に迫ってんじゃねえ、せめて来るのは結婚後だろ、いや結婚後に来られても嫌だけど!



 俺が凄く嫌そうな顔をしたのでジュリ様は少し眉を下げた。

「御心配には及びませんよ、穏便にお断りしましたし……どうせ愛の言葉なんて出任せでしょうし、もう来ませんわ」

 穏便なのだろうか、気絶させてるけど……とちょっと思ったが、『怖いと言われているのに周囲の意見を軽視してチャレンジして結果的に精神力が足りず気絶した』というのが周囲からの見方か。

 『婚約までに一度は素顔を見せる』とかいう急ごしらえのマナー、俺の役に立つとは思ってなかったな……。


「そうでしょうけど、知らないところで恋人を口説かれてたら良い気はしません。……俺が妬いてるのを見て楽しんでるでしょう?」

 申し訳なさそうな顔を作りつつそこはかとなく嬉しそうなジュリ様にそう指摘すると、図星の顔をした。

「えっ、あ、そのぅ……すみません」

「ちょっとこちらにいらしてください」

 口元だけで笑って、向かいにいた彼女の手を取って隣に座ってもらう。俺が怒ったかと少し緊張している様子の細い腰を抱き寄せた。

「別にいいですよ。楽しんでください、存分に」

「! ……ふふ、デウス様ったら」

 くっつきたかっただけだとバレたようで、小さく笑う声が耳を擽った。揺れる馬車の中なので頭をぶつけたりしないようにすぐ離れたけども。



 そうこうしてたら劇場の前に到着。

 並んで劇場に入ると周りが小さくざわりとした。俺の顔が売れたからか、赤髪と黒髪の組み合わせで貴族にはバレたかな。

 ポーターが先を行き招待券をカウンターに出すと、スタッフが上着を預かりに来てくれる。受付が裏に消え、すぐにナイスミドルが出てきた。それが劇場の支配人、俺を招待した人だった。


「アマデウス・スカルラット様、ようこそおいで下さいました! お連れの御方はもしや……」

「婚約者のジュリエッタ・シレンツィオ嬢です。本日はご招待をありがとう、楽しみにしていました」

「そうですか、これはこれは、婚約者様とご一緒していただけるとは……誠に光栄です、はい」


 支配人は何故かそわそわとして目が泳いでいた。公爵令嬢が来たから驚いてるんだろうか。俺が不思議に思っているとジュリ様が俄かに俺の右腕をぎゅっと抱き込んでにっこりした。

「まいりましょう、デウス様」

「へぇっ、ええ、はい」

 俺は「へっ」と「えっ」が混ざって間抜けな声が出てしまったが何とか誤魔化した。



 ――――――ちょっと待ってちょっと待って。あたってるあたってる!!!


 訓練用の固い下着を付けていないジュリ様の胸が、俺の腕にダイレクトに押し付けられている。いやあててんなこれ確信犯だな。

 どうしたんですか急にこんな所で困りますいや困らないけど――――いややっぱ困るかも!

 顔がアホになりそうなのを必死に堪えて平然とした顔を作った。



 露台席に入って二人で席に座ると腕と胸も離れる。めっちゃ名残惜しいけど少しホッとする。二律背反。

「ど、どうかされました?」

 ひそひそ声で訊くとジュリ様はジト目になって唇をつんとさせた。

「……多分ですけれど、あの支配人……デウス様を美女に接待させるつもりだったと思います」

「はい?」

「この場でか、後でかはわかりませんが。そういう目論見だったのに婚約者と一緒だったものだから動揺していたのですわ、きっと」

 ええ~? まさかぁ……と思ったが、そう考えると支配人の様子も合点がいくっちゃいく。


 それで対抗して、急に"自分のもの"アピールとして腕に抱きついてきたと。

 なるほど。妬いてる恋人の顔と仕草……困るけど、ちょっぴり楽しくなってしまうのもわかる。


 ―――ー因みに、観劇の直前にポーターがスタッフに呼ばれて少しして戻ってくるということがあったのだが。

 なんとジュリ様の予想した通り、支配人から接待の申し出があったと後で聞いた。

『様々な女人がおもてなしをすべく用意して待っておりますので、婚約者様と解散なさった後にいかがでしょうか』と諂いながら言い募ってきたが、ポーターが要らんと突っぱねた。

 そう仰らずに一度アマデウス様にお伺いを……と粘られても「訊かなくてもわかる、不要である。これ以上は不敬と見做す」ときっぱり拒否してくれたそうだ。俺の侍従かっこいいな。

 しかし『様々な女人』って言い方……俺ちょくちょくブス専だと思われてるから、美人も不美人も揃えたのかな……。


 経営状況が苦しいってのもあって、どうしても俺のご機嫌を取らないと録音円盤を作ってもらえない、と焦ってたのかもしれない。

 あと……カーセル伯にその接待が通用しまくってたのかもなぁ。

 お取り潰しが決まってから堰を切ったようにあくどい話が出るわ出るわ。女癖の悪さが特に盛り沢山で、劇場の女優で美人は必ず目を付けられて娼婦みたいに扱われるから、それが嫌な女性はカーセル伯の前でだけ顔に黒子を書いたりそばかすを書くようにしていたとか聞いた。進んで恩恵を受けて威張っていた女優もいたようだが、案の定今では干されたり追い出されたりしたらしい。


※※※


 三階まであるが俺達の席は二階、舞台の真正面。そこまで広い劇場ではないので舞台も遠すぎない、良い席だった。

 三人くらい並んで観ることが出来るスペースがあり、後ろに椅子とソファもある小部屋になっているので侍従や護衛も座れる。ポーター、セレナとモリーさん、公爵家の男騎士一人が後ろに座った。

 


 幕が上がり、劇が始まる。


 最初から俺はちょっと驚いた。舞台の世界観がアラビアンって感じ(あくまで日本人のイメージするふんわりしたアラビアン風)だったからだ。

 こっちの世界でいうところの東方のインドっぽい国、シデラス国風である。こっちの文化的にお腹や足の肌は見せないようになっているが袖が無かったりゆったりした袖で涼しそうな服。男女共に頭に薄い布やベールを被って髪飾りで留めている。この国に資料が少ないので俺も詳しくない。詳しい人が舞台関係者にいるのかな。


 そういえばシデラス国は平民でも一夫多妻が認められている国だ。愛人ならともかく六~七人も妻として娶るのはこの国ではちょっと現実的じゃないから、それっぽいと思って舞台に選んだのかも。

 作詞作曲者は知らない名前だったが、楽器隊の中にはちらほら見覚えのある演奏家がいる。


 あらすじは絵本をなぞりつつオリジナル要素が入った。

 青髭が留守の間に開けた部屋で、七人目の妻は歴代の妻の幽霊(死体を見つけるまでは幽霊かどうかははっきりしない)と会う。

 一部屋目、強欲だった一人目の妻は宝物庫の宝を勝手に持ち出して売った。それがバレて、夫に閉じ込められた。

 二部屋目、悪食だった二人目の妻は変わった食材を料理させて食卓に出していたが、その中に毒があるものが混ざっていて夫が死にかける。毒殺しようとしたと考えた夫に閉じ込められた。

 三部屋目、色欲に塗れていた三人目の妻は美男と浮気をした。それがバレて閉じ込められた。

 四部屋目、高貴な家の出身の四人目の妻は青髭が自分の夫に相応しい男ではないと夫を罵った。そして閉じ込められた。

 五部屋目、怠惰な五人目の妻は妻の仕事を何かと理由を付けて全て拒否した。そして閉じ込められた。

 六部屋目、六人目の妻は……ある日、一つ些細な嘘を吐いた。そして閉じ込められた。

『私達の怒りの理由を見つけて…』と六人目の妻の霊に唆された七人目は、開けてはいけないと言われていた七部屋目で妻達の死体を発見し、落とした鍵に血が付く。


『♪ 吾輩の敬愛する聖女は、粗末な扱いを受け亡くなった。悪は気付かないうちに身近に潜み蝕んでいる。悪は排除せねばならぬ。嘘を吐く者はこまめに、地道に、吾輩がこの世から排除していかねばならぬ。神よ、この剣は貴方の腕、この血は貴方の涙、この涙は―――貴方の慈雨。さぁゆこう! 邪悪な魔女に鉄槌を!!』


 何度も人に裏切られた青髭が、最初はそれなりに理由があった殺意が、ブレーキを失って狂っていく。

 主演の男性役者の歌声でそれがしっかり表現されている。

 妻達一人一人にイメージカラーが設定されていて、衣装と同系色の花(造花)を一輪持っている演出も印象的だった。

 七人目の妻が祈りを捧げ、今にも殺されるとなった時、妻の兄二人が駆け付ける。俺が物語を書いた手紙には騎兵、と書いたはずだが絵本では騎士になってた。領主に嫁ぐくらい上流階級の娘の兄なら身分的に騎士だろうと解釈されたのかも。


 兄二人と青髭が殺陣をする場面では、背後にスモークが炊かれ六人の妻の幽霊が勢揃いし、ソロパートを畳みかけてから合唱。


『救えない強欲に』

『飽きぬ悪食に』

『果てない色欲に』

『惨めな傲慢に』

『呆れた怠惰に』

『日の目を見ない憤りに』

『終止符を そして 殺人鬼に 神の鉄槌を!!』

 

 ……この国の教会に"七つの大罪"という定義は特にないのだが、『良くないこと』として教会から教えられるのは似たようなラインナップになるようだ。


 六人の合唱を追い風にした二人の兄に、ついに討たれた青髭。

 七人目の妻が『全ての哀れな魂に、どうか公平な神の審判が下るように』と歌い上げる。

 青髭の財産を受け継ぎ、七人目の妻と親族は公平に領地を治めましたとさ……で締め。

 


 上演時間は休憩なし、ほぼ一時間。

 観劇鏡(オペラグラス的な小型双眼鏡をこっちだとそう呼ぶ。ジュリ様も自前のを持っている)を仕舞った俺はスー、フーンと満足気に空気を吸って吐いた。


「……良かったですよね?!」

「ええ、良かったですわ」

 俺が興奮してる様をジュリ様は微笑ましいというような目で見ていた。今恋人の脳内で幼児扱いされてる気がする。

 何人目の妻の曲が特に好きだったとか最後の合唱は迫力があった、と話しながら少し待ってロビーに着くと、支配人がピュンと飛んできて様子を窺ってくる。


「お疲れ様でございましたアマデウス様、シレンツィオ嬢! あのう……」

「とっても良かったです! 是非是非作りましょう、録音円盤!」

「……えっ!? ょょよろしいのですかっ!?!?」

「ええ、細かいことはまた改めて書面でお送りします」


 頭をぺこぺこされながら見送りを受けて、俺とジュリ様が劇場の外に出た直後、ワァッ! と歓声が背中に届いた。扉の隙間にちらっと見えたのは劇場の支配人と従業員達が抱き合って喜んでいる姿だった。贔屓のチームが劇的な勝利を飾ったサポーターみたいだ。めちゃくちゃ注目されてたらしい。

 こんなに喜んでくれてるんだ、良い円盤作って沢山売ってあげたいなと思った。


※※※


 その後は茶屋へ。卒業式典後の制服デートで行った店に予約しておいたので再来店。

 前回と違うケーキを食べつつ舞台の感想などをお喋りし、またお揃いの装飾品を作ろうかと話し合ったりした。


 別れ際、「たまにはこうして……心配事を頭から追い出す時間も大事ですわね」とジュリ様が溢した。

「楽しんでいただけました? 今日は特に私が楽しんでしまったんですけど……」

「わたくしもとっても楽しみました。また是非ご一緒させてください」

「勿論、これから何回でも」


 俺は大層リフレッシュしたがジュリ様もそうなら何より。色々と考えなきゃいけないことはあるけど、ずっと根詰めていても精神衛生上良くないと思うし。こういう平和な日々を守るためにも頑張ろうと思える。

 手の甲に軽いキスを落として、はにかんだ彼女と笑みを交わし、公爵家の馬車を見送る。


 さて、と俺もうちの馬車に乗り込もうとしたところ。

「あ~の~~~すみません!! アマデウス様でいらっしゃいやすよね?!」

 ハンチング帽みたいなのを被った男に声をかけられた。



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「申し訳なさそうな顔を作りつつそこはかとなく嬉しそうなジュリ様にそう指摘すると、図星の顔をした。」 少し前に自分の素顔は気絶レベルと再認識させられたのに超モテ男の婚約者はその素顔も含めて心底自分を愛…
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