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【書籍発売中】美形インフレ世界で化物令嬢と恋がしたい!  作者: 菊月ランララン


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202/259

負荷

 

 ネレウス様は一度櫓から降りて修道士と伝令の騎士に何か命じた。命じられた二人は(えっなんで?)というような表情をしたが早足で森の外を目指した。

 戻ってきたネレウス様は手招きして俺達を集め、小声で言う。


「最も手っ取り早い方法は、アマデウス、君が一度魔力を吸い取って再び注ぐことだ」

「俺!? あっ、ああ! そっかそれ出来るんだ」

「声が大きい。静かに」

 ごめんなさい。

 魔力耐性強者は誰の魔力とも融合可能な"透明な魔力"を持つ。吸い取った魔力も同じく"透明"になる。エナジードレインで俺が一度取り込めば俺の魔力と同化するから、俺の分もプラスされて封印できる。

「…………でもそれだと……」

「そう。君も聖女……いや、聖人に認定されてしまう。それは君達の望むところではない」

 俺やジュリ様が教会における権威を得てしまうと出過ぎた杭になるという話だ。そう、それは困るから俺が"来訪者"であることも秘密にしてもらっているのに。

 ネレウス様が手を差し出すと、大司祭が慣れたように懐からメモ紙と炭ペンを取り出して渡した。

「なので、小細工を弄する」


 簡単に図を描きながら説明してくれた。

 前提として、実は王族にだけは報告されていたが、少し前にエナジードレインを再現する魔法陣は完成した。ファウント様が研究していた『万能魔力薬』もほぼ完成し、試薬がある。さっき遣いを出して急いで王立研究所から魔法陣とあるだけ全部の試薬を取り寄せているので、それを使うと言う。


 手順その一、まず一度箱に注いだ魔力をアマデウスが吸収する。ネレウス様がドレイン魔法陣の紙を掲げて、魔法で光らせて発動させたように見せるので、それを補助してる体でこっそり俺が箱の魔力を吸収。

 その二、ドレイン魔法陣を実際に使ってネレウス様が俺から魔力を吸い取る。

 その三、ネレウス様がそれを箱に注ぎなおす。


 結果的にコンスタンツェ嬢+ユリウス殿下+俺の魔力が箱に注がれるので、おそらく魔力は足りる。

 ネレウス様は既に予言者として教会で揺るぎない立場にあるので聖人認定されても大差ない。


「しかし、それは……ネレウス殿下のお体が危ないのでは?」

 ジュリ様が不安そうに言う。内容を飲み込み終えて俺も気付いた。魔力耐性強者ならどれだけ魔力を取り込んでも平気であることがわかっている。俺なら平気でも、箱に注がれた膨大な魔力を普通の人が身に宿すのって……。

「そうです、無茶です! 魔力過多で命を落とした事例はないとはいえ、封印の魔力を常人が一身に受けるのは、……流石に死ぬかもしれません、そんな危険な行為を殿下にさせられません!」

 大司祭は大反対の姿勢。そりゃそうだ。だがネレウス様は表情を変えずにペンを動かす。

「危険なのはわかっている。そこで『万能魔力薬』の出番だ」

 

 万能魔力薬……以前、飲んだ人の魔力に溶けて、その人の魔力の割合を増やすことで魔力酔いを緩和する薬と聞いたが。

「ファウント・ヴィーゾが改めて取り組んだ新しい万能魔力薬は、一時的に体内の魔力を"透明な魔力"化する薬だ。透明な魔力の特徴は、『どんな魔力とも同化できること』。治癒魔法を受けて他人の魔力が体内にあることで苦しむ魔力酔いは、己のも他人のも透明な魔力にしてしまうことで一つに融合、体内から異物が去ったと錯覚し、治る。今の時点ではかなりの量を飲まなければ全魔力が透明にならないのでそれの改善が課題だそうだが、効果は確認されている。なかなか画期的な新薬だぞ、スカルラットは富むだろう」

 それは吉報だ。ファウント様を捕まえてくれて姉上でかした。

「……なんなら、この薬が完成すれば聖女がいなくとも箱の封印が可能になるな……」

 ネレウス様はまだボソボソと呟いて何か考え込んでいたが、要するにその薬を使えば一時的にだけど俺と同じ状態になれるということか。あっ、使用人が飲めば短時間はジュリ様の素顔に耐えうるってこと?! 改良を応援しなきゃ。また寄付金持ってこう。


 今回の場合、ネレウス様が万能魔力薬を飲んで己の魔力の大部分を透明化しておけば負荷が減るから命は大丈夫、とのこと。

 …………それは……何で???

 わかってない顔をすると教えてくれる。

 

 研究でわかったこと。

 普通の人間がドレイン魔法陣を使っていわば無理やり他人の魔力を取り込むと、具合が悪くなったり卒倒したりしてしまう。そのため魔法陣は魔力を奪うだけか、接地した魔石に魔力を吸わせる運用になる。

 エナジードレインの呪文を使えたのが俺とモリーさんだけだったのは、体内の魔力が透明かつ吸収する魔力を透明にできるという魔力耐性強者のみが持つ体質のおかげ。体の毒にならないから呪文が発動する、という理屈。

 他人の魔力を透明にできるから、それらも全部もともと自分の魔力であったと体が錯覚するのだという。この錯覚は自分の魔力が透明でないと不可能。魔力耐性強者が魔力過多でも平気なのはそういう仕組みなのだと。

 他人の魔力が自分の中に多いと不調になるが、自分の魔力が多いぶんには基本的に問題ないから。基本的には。……聖女には聖痕という問題が出てるけどそれは規格外だから例外だろう、と予言者は小声を更に潜めて付け足した。

 五十キロの物を持つのは重いけど自分の体重が五十キロあるのは平気、みたいな話か……?


 周囲への説明や教会の記録は『魔力吸収魔法陣と万能魔力薬を使って封印の魔力をかさ増しした』とすればOK。

 実際、万能魔力薬を飲んで全魔力を透明にしてから箱の魔力を吸収すれば、箱の魔力を己の魔力と錯覚して拒否反応も出ないし、それを箱に注げばいい。

 だが今の薬では、ネレウス様の魔力を全て透明化するにはおそらく量が足りない。

 そのため俺を経由して追加魔力を多くしたいと言う。


 ネレウス様(当人)の魔力を四百、封印の金色の魔力を約二千、俺の魔力を七百と仮定して。

○俺を経由しない場合

一、当人そのまま+金色の魔力二千=当人の体にかかる負荷は二千

二、当人の半分(二百)の魔力を透明化+金色の魔力二千=体の半分、透明な魔力が金色の魔力を自分の魔力と錯覚、融合。負荷は体半分になり千になるが、封印に注げる魔力は二千二百

三、当人の全魔力透明化+金色の魔力二千=自分の魔力と錯覚、負荷無し。封印に注げる魔力は二千四百


○俺を経由した場合

四、当人そのまま+透明化した魔力二千七百=負荷二千七百

五、当人の半分(二百)の魔力を透明化+透明化した魔力二千七百=透明な魔力部分が外からの魔力を自分の魔力と錯覚、融合。負荷は体半分になり千三百五十。封印に注げる魔力は二千九百

六、当人の全魔力透明化+透明化した魔力二千七百=自分の魔力と錯覚、負荷無し。封印に注げる魔力は三千百


 三か六が望ましいが、薬の不足でおそらく無理。つまり五を選択。

 なるほど……? わかったようなわからないような。


「つまり、俺から魔力を吸い取る前に、取り寄せた万能試薬をありったけ飲めば比較的安全、と……」

「そういうことだ。魔力耐性研究がこんな形で使えるとは想定していなかった……神の加護があったのかもな」

 ネレウス様は意味深に微笑んで俺を見た。

 そうかもしれない。

 なんやかんやで魔力耐性の研究に協力して……研究の成果が封印の日に間に合ったのは研究員の方々の努力と単純に運が良かっただけかもしれないが、結果的にジュリ様と俺は助かった。神頼みの効果があったのかもしれんと思っちゃうな。


「俺を経由したことは隠すということですよね? それはイケるんですか……?」

「薬が改良され完成していた、もしくは量が足りていた、とすれば矛盾はない。王立研究所に励んでもらおう」

 教会が押さえておきたいポイントは誰が称えるべき功労者かということと、後の世代に記録を残して役立てること。矛盾がなければ大丈夫っぽい。

 それに『魔力耐性強者レアキャラがいないと出来ないやり方』が記録されるより『誰でも飲める薬で成功したやり方』が残る方が後々にとって良いだろう、とのことだった。それはそうかもしれない。


「……しかし、俺を経由しない二の方が負荷は少ないから安全ですよね……?」

「追加する魔力が二百では心許ない。九百追加出来れば本来の聖女、ジュリエッタの魔力量三千と近くなる。鍵が完成しなければこれをする意味もないだろう。それに、治癒魔法で当人の魔力の約三倍ほどを注がれた記録はいくつかあった筈だが死亡はしていない」

 いや、ギリギリセーフみたいな言い方するけどギリギリなのには違いないんじゃん?! ネレウス様の魔力が四百で負荷が千三百五十なら三倍ちょっと超えてるし!!

「その、お体が危ないことには変わりないですよね……」

 ジュリ様も心配そうに言うが、ネレウス様の表情は変わらず選択も変わらないようだった。

「そうだな……倒れないようには気張るが、吐くかもしれん。ペティロ、盥のような物を誰ぞ持ってきていないか」

 エチケット袋ならぬエチケット盥を気にし始めた。そこ気にする気持ちは俺も前世でちょくちょく吐いてたからすごくわかるけどさぁ……!

 俺とジュリ様は顔を見合わせた。多分お互い「すっごく申し訳ないな~~~~~~~~……!!」と思っている。

 そりゃ俺達だって意地悪とかで前に出ないわけではなく、聖人認定されたら派閥争いで積極的に潰しに来られてしまうからある意味将来や命が懸かってるんだけども、俺達が実行すればそんなにギリギリな状態にはならないのだ。とってもいたたまれない。

 勿論、社交界の安定のため、しいてはユリウス様とコンスタンツェ嬢のためにもそうすべきという意思がネレウス様にはあるんだろうけども。

 


「…………そのお役目、私にやらせていただけませんか?」


 そんな時、渋い顔をしていた大司祭がそう申し出た。

「ペティロが? ふむ……」

「問題がなかった例があったとしても、薬を大量に服用するという行為は危険です。年若い人間は殊更避けるべきです」

 確かに。

「それに、殿下の固有魔力は国の宝です。一時的とはいえ変質させ、しかも大量の他人の魔力が混ざるのは神の意向に背くかもしれません。変質した結果、予知能力がなくなりでもしたら……悔やんでも悔やみきれません。そのため、別の人間が実行するべきと考えます」

 なるほど。確かに。

「ジュリエッタ様とアマデウス様が封印を実行できない以上、私にやらせていただきたく存じます」

 確かに……。

 俺はうんうん頷くだけのオブジェになっているが、ネレウス様は迷っている。

「薬で命の危険は軽減されても、かなりの苦痛は伴うと思うぞ。黒い箱の封印はそもそも王族が責任を持つべきことで……」

「殿下はもう充分努力なさいました!」

「静かにと言っとろうが」

反射的にそう返していたが、ネレウス様は怒気の孕んだ大司祭のセリフに驚いたようで目を丸くした。


「お小さい頃から、殿下は魔力が尽きるまで予知をして、寝込んでも倒れても何度も何度も、この国のために、民のために尽くしていらっしゃいました、これ以上頑張れなどと誰も言えませぬ!! いえ、誰にも言わせません!!」


 ちょっとアレなところもあるが大司祭は親切な人だし、大司祭になる前からネレウス様に仕えていた修道士だったようだから、より彼に親身だ。ネレウス様に負担が偏ってしまうというのは完全に同意である。

「…………そうか」

「そうです!」

 ネレウス様は無表情だった口元を緩ませた。

「……わかった。ペティロに任そう。君に益もあるしな」

 何のことかと首を傾げると教えてくれた。教会内にも権力闘争はある。彼を大司祭の座から引きずり降ろそうとしている勢力も当然存在する。黒い箱封印の功労者となれば、彼の立場は教会において盤石となるということだった。

 ネレウス様が暫し待機するように周囲に指示した。皆(もう終わったんじゃないのか?)と思っていそうな顔をしつつ命令に従った。


 待ち時間に、人じゃなくて魔石とかを経由できないんですかね、とか言ってみたが「魔石は能動的に魔力を他のものに注ぐことが出来ないので無理」とばっさり切られた。黒い箱は自ら魔力を吸い取ってはおらず、飽くまでも受け身なのである。

 櫓の下ので修道治癒師から魔力を供給されて気分が悪そうに横たわっているコンスタンツェ嬢とユリウス殿下が見える。あの二人に万能魔力薬を渡せたらよかったんだけどね……。


 少しして、伝令騎士と修道士が大事そうに荷物を抱えて戻ってきた。

 試薬の瓶は十本あった。全部で多分二リットルくらいはある。ネレウス様の予想とほぼ同じ量で(治癒師が予備として保存する薬の量は大体わかるそうだ)魔力透明化はほぼ二百になるということで相違ないとのこと。

 つーかこんなに飲んでも透明化二百が限度、確かに改良要るわ。具合が悪い人そんなにごっくごく薬飲めねえよ。


 大司祭は試薬を景気よく(?)一気飲みしていった。こっちの世界に来てからラッパ飲みする人をおそらく初めて見たので上下する喉仏を見て謎に新鮮な気持ち。

「その……ご武運を、お祈りします」

 何と言っていいか迷ったが、応援していることは伝えておこうと思った。一本飲み終わった彼はにこっと朗らかに笑う。

「ご心配なさらず。苦痛には慣れているつもりです」

 そういやそうだった。この人足を潰されても結構冷静に意識保ってた人だった。

 つらいことにはつらいだろうから心配はするけども、この役目にびっくりするほど適任である。


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