刺さるもの
ついに封印の日が来た。
俺はユリウス殿下と親睦を深めるお茶会という表向きの名目で王宮へ向かった。休みの日でよかったな。
ジュリ様と合流し、内密の話をするからとモリーさんやポーター達侍従や護衛騎士は王宮内の部屋に待機するよう告げられた。護衛はともかく通常お茶会には侍従が同行するので付き人達は皆訝しげだったが、仕方なく従う。ポーターも不満げだったがジュリ様が一緒なら危険はないだろうと判断したようで、しぶしぶ従った。
その後こっそり王宮を出て王都の森へ。
森を歩くという話だったのでジュリ様は王宮内で一度部屋を借りて着替えた。
「気負わず制服で来るようにと招待状にあったので手早く着替えることが出来ました。どなたが配慮してくださったのでしょうね、助かりましたわ。ユリウス殿下ではないと存じますが……」
と、地味に第一王子に手厳しいことを言っていた。
「ネレウス様ですかねぇ」
そう、なので俺はめっちゃ普段通りの制服である。ジュリ様は訓練する時の濃灰色の騎士服で髪を後ろで括っている。凛々しい。好き。髪が揺れて後ろから白いうなじが見えるとちょっとドキっとする。
合流するとユリウス殿下もコンスタンツェ嬢も白い騎士服を着ていた。この場の修道士達も基本白の服を着ている。きっと、聖女誕生の舞台に相応しい色。
コンディションは普段通りなのだが、森に入っていくにつれ空気が重苦しいような気がしてきた。気圧が低いのか俺の気分がそうなだけかと思ったがジュリ様も、周囲のダンディな近衛達もそう感じているようだった。
――――――――――――――――― でっっっっっっか!!!!!!
とうとう目の前に現れた"黒い箱"は、高さ六メーテルくらいあった。奥行きは周ってみないとわからないが……思ったより、デカい!! それが一番の感想。
箱っていうから大きくても酒樽くらいのイメージだったのに、二階建ての家くらいある。
そしてそれがざわざわと動く黒い点の塊であることが近付くとわかった。小さい虫が集まってるみたいでちょっと体が痒い気がしてくる。
威圧感のあるその異物に対する反応は人それぞれで、修道士や修道女の数人は気分を悪くして離脱する人もいたようだ。俺は近付きたくない嫌な感じを覚えつつもそこまでではない。
ユリウス殿下は出会い頭に弟を抱きしめた。心配事が解決しなかったようで憂い顔だった予言者も、兄の労いを嬉しそうに受け止めた。この時兄がこう言ってくれるから頑張れたところもあっただろう。
櫓がいくつか用意されてて、上ると箱の全体が見渡せる。箱は長方形をしていて、中央に真っ直ぐ違う種類の黒で割れ目が見える。ダンボールみたいな開き方すんだな。
……ちょっとあれを思い出すな……
なんとなく連想したものがあった。だがその思考は真剣な顔で箱の前に並んだ王子と男爵令嬢を見て途切れた。
二人が箱に触れると、靄のように魔力が箱を包んでいく。普段は見えない魔力だが、魔石や剣のように物に籠められると見える。白っぽい金色、それが二人の魔力の色。
重々しい音をたてて箱の蓋が確かに閉まった。
うまくいった。成功したのだと俺とジュリ様は顔を見合わせて喜ぼうとしたが、ネレウス様から呼ばれて箱をもう一度見た。
箱の中央に浮かぶ、黒い物体。ジュリ様が矢尻のような、と言ったそれは右側が少し上の方まで大きく、アンバランスな形をしている。
さっき連想したものと思考がゆっくりと繋がって、嫌な汗を額に感じる。辿り着いた予想を口にするのは躊躇われた。全然外れてるかもしれないし、もし当たっていたら……俺も困ることになる。
でも……今日ここにいる人達。この国のために、いや、人々の不幸な死を防ぐために尽力してきた人達。ネレウス様。コンスタンツェ嬢……この場で、自分のやれることをやっておかないのは……とんでもない不誠実に思えた。
「あの……変なこと言ってもいいですか……?」
「今更だろう、君の場合」
予言者は、異世界の魂を持つ俺の行動をうまく予知できない。今日のことも何度も予知したが不自然なくらい俺の様子が窺えなかったそうだ。いるのにいないみたいに希薄だったと。
だからおそらくネレウス様は、予知と違うことが起きるとしたら俺が何かするか気付くかしかない、と考えている。
俺が連想した『あれ』とは『地獄の門』だ。
ロダンのブロンズ像。『この門をくぐるものは一切の希望を捨てよ』の銘文でお馴染み。美術館で一回見た。黒くて……まあこの箱ほど黒くはないが黒くて、よく見たらなんか小さい人間がうじゃうじゃいる。門の上にはかの有名な『考える人』像もいる。
――――"戦の神を私の伴侶にしないと、死者を蘇らせて地上に送り込んでやろう"
頭の中に流れたのは、『闇と戦の恋物語』の一節。マリアが好きな歌。
「そういえばこんな曲もあった」と思うくらいのマイナーな曲。あまり盛り上がらない曲なので仕方ないかと思うが、何度も聞いているうちに結構癖になったりするスルメ曲だと思う。
もっと昔の時代は物語や知恵は口伝で次世代に伝えたりしていたので、歌になっている神話が結構あったと予想される。しかし紙や板に記録することが増えるとそういう歌も減って、大抵のものは忘れ去られていった……と、音楽の授業でやった。貴族学院でも一、二曲神話の歌を教えていたがバドルの頃はもう何曲か多かったとか。
貴族の間では新しい歌が増えて人気のない歌は淘汰されていってしまったが、貴族を相手にすることもある高級娼館では教育にそういう歌を使うところが細々と残っていたのかもしれない。
神話は学んだし頭にある程度入っているが、曲になってるとスムーズに思い出せる。日本でも中国の名前の移り変わりとか歌で覚えたな……。
闇の神イメージアップ作戦における『星空』の歌詞は、戦の神が再び冥界を目指す長い旅の道中をイメージしていたのだが、作戦中ふと疑問に思ったことがあった。
戦の神は冥界に攻め込んだことがあるから、冥界への行き方を知っている筈では?
なのにどうして世界を巡る長い旅をしなければならなかったのか?
まあ、昔話ってなんか唐突な展開になることも多いし……書いた人が、旅の間に戦の神が様々な試練にぶつかるも勝ちまくり! モテまくり! のエピソードが書きたかったための設定かな、なんて思っていたんだけれど。
もし……冥界への入り口が、ランダムに地上に現れるものだったとしたら?
世界中旅をして探さなければならなかったのも、わかる。
この森に入って何回か見た、ラモネが生る樹。ラモネはあの世との間の川の岸に生えている実という説。これは偶然かもしれないけど。
頭の中に流れる音楽が、目に入る情報が、俺に訴えかけた。
あれは"門"ではないかと。
「これ、箱じゃなくて…………門、じゃないですか……?」
横から見ると箱だけど、上から見ると……そして地下から地上への入り口と捉えると、門に見える。
冥界の門から、死の世界にしかない"災い"が地上に溢れ出す。それが黒い箱という現象の正体だったのではないか。
そして、あれが門なら。中央にあるものといえば。門、扉を閉じる、封印するものといえば?
――――――――鍵である。
「中央にあるものは、鍵になる筈だったもの……なんじゃないかって、ちょっと思ったんです。なんか、出来かけの何かって感じだから……。当たってるかはわからないんですけど……別に自信があるわけじゃないんですけど」
ぽかんとしていたジュリ様、予言者、大司祭。予言者はハッと一度口を開け、口元を覆って難しい顔で唸る。
「………………そうだとしたらつまり……足りなかったということか?」
「そうかもしれない、です……」
「どういうことです? 足りなかったとは? ……もしや、魔力が?」
ジュリ様が困惑しながら俺を見る。ネレウス様が考え込んでいるので俺が答える。
「魔力の鍵が出来て、あの門の中心に刺さる、それが本来の封印の形だったんじゃないか、と……魔力が足りなくて中途半端に、鍵の先端だけ現れた……」
「そ、そんな……でも、もう実際閉まったわけですし……あれが何かは、確かに謎ですけれど……」
ジュリ様が不安そうに眼を泳がせる。俺も希望的観測としてはこのまま成功としておきたいのが本音だ。でも。
「しかし、そう言われると……光の神は、闇の神との戦いで光の雨を降らせて黒い箱の災いを潰したとされる……太古の昔から伝えられる教会の象徴は、箱に槍のような一本の光の雨が突き刺さったものを表しています。……黒い箱に、突き刺すものがあったという仮説には説得力が、あります……」
大司祭が眉を寄せつつどこか嬉しそうな顔で震えながら言った。
「……それに、黒い箱の出現は不規則とされていますが、教会にある世界の記録を浚うと、出現しない期間が百年きっかりであった時が二回あるのです……もし、もしですよ、失敗か鍵がかけられていない場合は五十年から七十年で、封印が完璧ならば百年保つ、ということなのだと、したら…………」
黒い箱については世界の国々の王族か教会が記録しているそうだが、戦争だったり指導者が変わったり王族が変わったりで記録が失われたり曖昧になったりすることも多いんだろう。うちの国も世界の歴史の全部は勿論把握しておらず、友好国などから手に入る資料だけで判断しているのだが……ペティロ大司祭の言葉には重みがあった。
これが門だと感じた人は他にもいたんじゃないかと思うが、ずっと箱と呼ばれていたからわざわざ訂正しなかったか、箱でも鍵付きの物はあるしどっちでも関係ないと思ったか……。
ひとまず開きかけているのが閉まったんなら大丈夫だと判断して鍵に気付かなかった人が多かったのかもしれん。聖女に限界まで頑張れとは言い辛いし、この箱どっちかというと直視したくない人が多いみたいだし。
ジュリ様が少し悲しげに、覚悟を決めたような目で黒い箱に視線を戻す。
「…………未来の民のために……わたくしが、封印しなおすしか、ないということ…………」
そうなっちゃうよな~~~~~~~~~~~~!!!!
だから言いたくなかったんだクソ~~~~~~~~~~~!!!!!
ジュリ様は優しい人だからこのまま事実を知らなかったことになんてしない。次に黒い箱が出るのは多分他の国だろうし三、四十年の違いくらいはいいじゃないか……なんて思わない。国一つ滅ぶくらいの人間の命が危険に晒されるのだ。大災害だ。どう対処したか、するべきか、しっかり後世に残さないといけないと考える。ジュリ様は。
惜しむらくはまずコンスタンツェ嬢が聖女認定されないことである。彼女を王妃にするぞチームのこれまでの努力が水の泡になるということ。大衆人気は凄まじいのでワンチャンはあるかもしれないが……正妃の座は厳しい。
それに王家は聖女になったジュリ様を野放しにしない。コンスタンツェ嬢なら身分の低さ故に聖女になっても王家を脅かすほどではないが、公爵家のジュリ様は看過できないのだ。王家に嫁ぐようにまた色々と仕向けられる。ユリウス殿下とネレウス様が反対しても、まだ王子。実権は大人達にある。
「デウス様……せっかく、色々と画策してくださっていたのに、申し訳ありません。でも、わたくし……」
「……知らんぷりなんて出来ないってわかってますよ。私も出来ません」
「呆れないでいてくださいますか?」
「むしろ惚れ直す方だと思いますよ」
「……変わらず、一緒に……」
「必ず。貴方の隣にいます」
ジュリ様が実は聖女だと話した時。『誰が何と言おうと聖女になろうと隣にいます』と約束した。
握るとジュリ様の手はその時と同じで少し冷たい。きゅっと俺の指を握った彼女は固かった表情を緩ませて微笑んだ。
王家や外野が何と言おうと、俺はジュリ様を諦める気はない。
「…………二人の世界に浸っているところ悪いが、ジュリエッタが封印せずとも何とかなるかもしれんぞ」
俺達の後ろにいた予言者が少し気まずそうな顔で言った。
「「「……えっ?」」」




