昔話
春の花が満開になった頃、ディネロ先輩とエイリーン様の結婚式が行われた。
国一の美少女の花嫁姿を一目見たい参列希望者が多過ぎて(招待客が身内を同行させる希望を沢山出してきた)、貴族と平民の商売関係者で二回に分けることに。誓いのサインも二回することにしたそうだ。俺は貴族向けの方にはジュリ様と一緒に、平民向けの方にも一人で参列した。先輩の商売関係者には一回挨拶しときたかったので。
ジュリ様の結婚式参列コーデは装飾控えめな臙脂のドレスに濃いグレーのショール。銀糸でオリエンタルな模様が入っている。俺も銀刺繍入りのグレーのコートにタイは臙脂で揃えた。
飾りが色々ついてる服も似合うけど、シンプルなドレスを着ていると急に大人っぽく見える。胸元が少し広めに見えているのもドキドキする。もう少し隠した方がいいのでは、なんて独占欲からの余計な一言を言いたくなるけども胸を意識しまくっているのがバレるので我慢した。
参列客の女性は硝子の花飾りの靴を履いている人も多い。
エイリーン様の足元にも硝子の花が飾られ、光が当たるときらりと煌めいていた。純白のドレスはオフショルダーで膨らんだ袖が優雅さと腰の細さを強調している。高そうなレースがたっぷり使われていて(あれこの後めっちゃ売るんだろうな……)なんて思った。
白いスーツの先輩はいつものクールな顔ではあったがどことなくドヤ顔だった。
参列者が老若男女ほぼ全員エイリーン様にメロメロになっててちょっと怖かった。何かそういう魅了の魔法でも使われてんのかと思うほどの絶賛っぷり。妙齢の男性には憮然としたり悔しそうな様子を隠せていない人もいる。
「どうしてあんなに美しい人が新興貴族なんぞに……」「我が家の方が彼女に相応しいドレスを作れただろう」「ああ、まったく不釣り合いだ」なんてひそひそ声が聞こえた。
羨ましいんだね、仲間内で愚痴ったら気持ち切り替えて自分の生活を頑張ってね、と心の中だけで上から目線のエールを送る。
ランマーリ伯爵夫妻にも初めて面と向かってご挨拶。何故か二人とも終始少し戸惑ったような顔をしていた。
「どうもどうも、流石ですねアマデウス殿」
するとご機嫌な様子でエミリオ様がそう声をかけてきた。
「流石?」
「今日の妹を見てそんな顔をしているのは貴方だけですから、うちの親も驚いたんですよ」
「そんな顔……?」
「フツ~~~~~~~~~の顔です」
??? 普通ならいいのでは……。
俺が首を傾げているのにエミリオ様はハハハと笑いながら去っていった。
「私、何か変でしたかね……」
「いいえ?」
ジュリ様は『仕方がないなあ』というような顔で微笑んだ。あんまり見ない表情だ、包容力を勝手に感じてきゅんとする。
「おそらく、エイリーン様に骨抜きになっていないという意味ですわ」
「それくらい私以外にもいるでしょう」
「どうでしょうね」
うーん、いない……のかもな……。
「エイリーン様、素敵でした……本当、皆様言っていましたが女神みたいでしたわ」
ジュリ様もうっとりしていた。この世界の金色のパワーは俺の思うよりも偉大なのでその他のカラー達は甘んじて負けを認めるしかないのだが、大人げなく小さな嫉妬心を抱いてしまう。
「私はジュリ様の結婚衣装を見るのが楽しみだなと思っていました」
「まあ、デウス様ったら……今想像されるのはいたたまれないですが……」
「うん? そうですか?」
いたたまれない理由がピンとこなくてとぼけた返事になった。
「エイリーン様を見た後では誰もが見劣りしてしまいますもの。わたくしなどは特に……」
ああ、こっちの価値観としてはそうなってしまうのか。でもまあ客観的な美しさは置いておいて。
「大事な人の晴れ姿というのは特別なんですよ」
ロージーの花婿姿が俺やバドルに特別染みるものであったように、思い入れが違う。
「それは確かに……」
「恋人のはそれこそ格別でしょう。自分が贈ったサンドリヨンの靴を履いたお姿も」
「こいび、……そ、そうですね……❤」
ジュリ様のうっとりした目が俺に向けられて満足する。そのままキス出来そうな雰囲気だったけど馬車を待っている時で普通に周りに人がいたので自重した。
「すっっっごく見られていましたよ」
「見せつけてたんだよ」
「よくやりますね……」
馬車の中でポーターがげんなりしていた。俺が注目を集めるとつい周囲を警戒するので疲れるらしい。
俺がマルシャン商会のバックについているのはエイリーン様と密かに良い仲だからだ、なんて根も葉もないことを囁く者もいる。俺とジュリ様の間につけ込む隙はありませんよと積極的にアピールしていきたい所存である。
「今のお立場が揺るがないことを周囲に見せるのは勿論良いことと思います。デウス様が口の達者な女誑しであると判断されて終わるような気もしますが……」
そうなったらもう……しょうがないじゃん……。
貴族向けの式の方にはコンスタンツェ嬢も招待されていた。
ユリウス様がコンスタンツェ嬢の家に来た時(ちょくちょく来るらしい)感想を話したところ、何だか切ない顔をしていたのでエイリーン様に気があったのかと軽く追及したら、
「はは、そうではない。頗る美しいから注目してはいたがな。……ヤークートが懸想しておったから、エイリーンはいつかヤークートと結婚するものと思っておった。……長い時間、私はそう思っておった」
そう言っていつもより強い酒を所望したという。
そういう様子を聞くと罪悪感が少しだけ首をもたげる。ヤークート様を友人として好きだったのに、彼が罪人になるきっかけになった俺を厭う様子を見せないユリウス様はなんだかんだ器が大きいと改めて思った。
※※※
春から初夏は平和な日々が続いた。
地方で慈善公演をし、録音円盤とオルゴールなどをガンガン売り、ストローを作る素材を考えたりした。
フォルトナ嬢から『また絵本にするのに良いお話があったら教えてほしい。出来れば次は男の子が楽しめるようなものがいい』と手紙を貰い(サンドリヨンの絵本を俺が依頼したことは伏せてもらっているので手紙で打診してきた)何がいいか考えてみた。
ヴィーゾ侯爵領ではサンドリヨンの後も小説や貴族の間ではよく知られている昔話の絵本などを出版していてなかなか好調のようだが、たまには誰も知らない異国の話が欲しい、バドル翁に良い感じの話がないか伺ってくれとのことだった。
ふと、思いついたのは『青髭』だった。
金持ちで強面の青髭伯爵は妻が次々行方不明になっていて、ついに七人目の妻を娶る。
暫く家を空けることになった青髭は妻に鍵束を託す。一番小さな鍵の部屋にだけは入ってはいけないと言って。
しかし妻は好奇心に負け部屋を見てしまう。六人の妻の死体がぶら下がった血塗れの部屋を。
妻が約束を破ったことに気付いた青髭は妻を殺そうとするが、神に祈りを捧げさせてほしいと言われて待つ。その時間稼ぎが成功し、訪問予定だった騎兵の兄二人が青髭を倒す。
青髭の財産を受け継いだ妻と家族は幸せに暮らしましたとさ……というあらすじ。
シンデレラ(サンドリヨン)と同じペロー童話の一つでもある。モデルになった歴史上の人物は、救国の聖女の戦友だったが聖女の結末に心を病んで堕ち、子供を大量に凌辱した快楽殺人鬼と伝えられている。
「そうですねぇ……この青髭なる人物を『伯爵』としなければいいのではないでしょうか? どこか遠い異国の金持ち領主ということにすれば」
楽師達に相談してみたところラナドがそう言った。
貴族が極悪人で騎士にやられるというのは忌避されるかなと思ったが、ただの領主なら大丈夫かもしれないと。先輩の家みたいに商人が領主になる例もあるしな。
それに金持ちが嫁にするならそれなりに良い家の娘だろうに六人も失踪してたら普通は大問題になるはずだ。この国なら有り得ない、と笑えるくらいの設定だからむしろ問題にならないだろうとのことだった。
――――青髭の設定に『敬愛する聖女が悲劇の死を迎えたことに心を痛め狂ってしまい、妻だけではなく身寄りのない子供を攫って殺していた』という一文を付け加える。
コレリック家に対して何らかの牽制になるかもしれない。ならないかもしれないけど。
しかしコレ童話だけど全然"絵本にするのに良い話"じゃねえな! と思いつつひとまずフォルトナ嬢に送ってみたら、『良いですね! 悪者を騎士がやっつけるところ、男の子が好きそうです』とあっさり通った。
ちゃんと読んだ? と書きそうになったけど、そういえばこの国ゾーニングという概念はまだなかったな……と思い至った。




