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【書籍発売中】美形インフレ世界で化物令嬢と恋がしたい!  作者: 菊月ランララン


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火を投じる


 冬休みに入ってから、王立研究所に魔力耐性の研究協力に行った。本来は休みの時期なので閑散としていたが、案内された研究室は急に暖かく明るくなって眩しい。

 天井の高い部屋に大きな本棚と薬瓶がぎっしり並んだ棚。奥の一角にはずらりと干された薬草が釣り下がっている。いくつかある机には板や書類が所狭しと置かれていた。

 知ってる人はオーラーレ学院長とモリーさん、そして驚いたのが満面の笑みのファウント様もいた。


「私の研究の一つがですね、魔力酔いを抑える薬だったんですよ! しかし上手くいかなくて頓挫していたのです。学院長が私のそれを憶えていてくださり今回呼んでいただけました!」


 ファウント様が目指していたのは、誰に対しても溶け込める魔力を持つ薬『万能魔力薬』という薬作りだった。治癒魔法で魔力酔いを起こしている人がその薬を飲めば、薬の魔力がその人の魔力に溶けて加わり、その体の中の他人の魔力の割合が減ることによって楽になる、という理屈らしい。

 モリーさんの協力によってわかったのが、魔力耐性を持つ者の魔力が限りなくその『万能魔力薬』の目指す魔力と近いということだ。

 O型の血は他の血液型の人にも輸血できる、みたいな話っぽい。

「誰の魔力にもなることが出来る、絵が描かれる前の画布のような……いえ、水といった方がいいでしょうか。おそらくそういう魔力を持っているのが魔力耐性強者なのです!」

「『透明な盾』をお作りになったアマデウス様にあやかって言うなら、『透明な魔力』と申しましょうか」

「ああ、いいですねえ学院長! それだ!」

 学院長とファウント様、仲良いな。


 俺の上着を預かったアンヘンは隣室に待機させられた。研究員が何かしている間は、リクライニングベッドみたいな長椅子に横たわって待っていた。隣の椅子にモリーさんがいる。

「お忙しい中ご協力いただいて、改めてありがとうございます」

「いえ。お嬢様の御為になるかもしれない研究に協力出来るなど、光栄の至りと思っております。わたくしの体質に気付いてくださり感謝します、アマデウス様」

「礼を言われるようなことでは……」

「いくら言っても言い足りないくらいですわ。お嬢様の嬉しそうなお顔を見るとわたくしも嬉しいですから、何度も何度もアマデウス様に喜ばせていただいているのです」

 微笑んだモリーさんの顔が、不意に前世の母親の顔に重なった。全然似てはないのに。

 ああ、元気かな、病気してないといいな……なんて少し切なくなった。

 俺は赤ん坊の頃からずっと付いていてくれているアンヘンとベルを家族のように思っている。だが二人は「使用人は家族ではない」としっかり否定するし、モリーさんにもその意識はないだろう。でもモリーさんがジュリ様に向ける気持ちは母親に近いものもあるんじゃないかと思う。


 モリーさんから少し内容を聞いていたが、俺もまず髪を少し切られたり、簡単な魔法を使って見せたりした。

 その後、魔力計に似てるけどちょっと違う物を渡される。これは残った魔力を計ることが出来る物、『残魔力計』だと言う。魔力計はその人の本来持つ魔力を計るが、これは今どれくらい魔力が残っているかわかる。魔力計の仕組み自体が王家の機密なのでこれの仕組みも内緒なのだろう、存在自体知らなかった。

 あとまた何日かかけて試薬を作って人に飲ませたりして色々とデータを取るらしい。


 それからエナジードレインを試すために、手首を拘束され目隠しされた六人の男女が連れられて来た。監獄の囚人だと紹介される。モリーさんは人体実験に少々動揺していたが、俺は聖女用治癒魔法習得の時の経験があったので驚かない。

「遠慮はいりません、希望者なので。実験に協力することで監獄での待遇が少し良くなるのですよ」

 学院長がそう言った。無理矢理連れてこられたわけではないらしい。治験バイト的な……? 

 まあ今回はいつかの死刑囚みたいに足をぶっ潰される絶叫恐怖体験はないから頑張ってくれ……と思って遠慮なく呪文を唱える。


 結果、俺が試した男囚人は意識を失ってしまった。

 研究員が残魔力計を握らせて「残魔力、十です」「魔力注入、五十まで」「了解」という冷静な声が飛び交う。医療ドラマみたいだ……。目隠しされていた他の囚人が音だけ聞いて怯えていた。恐いよな。

 モリーさんにも『エナジードレイン』を教えて試してもらったが、魔力を奪うという行為がイメージし辛いのかうまく出来なかった。

 俺は手が掃除機の先っぽになったようなイメージでやっている。でもこちらにまだ掃除機は無い。奪い取る、吸い取る、吸血鬼、蝙蝠、蚊、うー~~ん……あ、ストローで吸う、みたいな? と言おうしてはたと気付く。

 あれ? そういえばストロー……こっちで見たことない……?


 もしや存在しない? いや、元々は麦わらを使ってビールを飲んでたって本で読んだ気がするしその飲み方がないってことはない筈だ。酒や麦わらはあるんだし。もしかしたら平民は麦わらをストローとして使ってるかも。平民組に聞いてみよう。

 プラスチックで環境破壊がどうのという話になった時は紙製になったり木製になったりしていたし需要はしっかりあると思う。プラ以外だとコストがかかりそうだけど。

 そういや、ストローって具合悪くて起き上がるのが辛い時に水分補給するのに便利なんだ。前世ではしょっちゅうお世話になっていた。小さい子に水飲ますのにも使えそう。でも曲がらないと上手くいかないかも……。

 作るか。金属製か木製で素材探して、金属製なら洗う専用ブラシも一緒に。探せば茎がストローに丁度良い植物があるかも……。工房で適当に試作してもらって実物を用意してからディネロ先輩に相談だ。

 因みに俺が一年生の時に作った小型火鋏(小型トング)も地味に売れ続けている。小さい物を掴んだり盛り付けたりするのに活躍している。


「アマデウス様?」

「ああ、すみません少し考え事を……そうですね、こう、良い匂いを吸い込むみたいな感じとか……?」

 それを聞いて何度か試してみた結果モリーさんもエナジードレインに成功した。研究員も二人ほど挑戦してみていたが、彼らは成功しなかった。

 俺とモリーさんは連れて来られる囚人の魔力を次々吸い込み、何人も昏倒させる。

「はい次! どんどん連れて来てくださ~い!」

とファウント様は流れ作業的に裏から囚人を連れて来た。結構待機人数がいたようだ。残酷なわんこそばをやらされている。


 わんこ魔力そばの結果判明したことは、奪う魔力の数値に上限はなさそうなこと。しかし奪った魔力をいつまでも自分に留めておくことは出来ず、一時的に魔力量が跳ね上がり、数分後に元々の魔力量満タンの状態に戻るということだった。余った魔力は感知できないくらいに薄くなって空気中に霧散する。


「――数分は体に留めて置けるのですから、直ちに魔石に保存すれば……」

「囚人から魔力を取って魔石をもっと安価に大量生産できるようになるかも」

「解析して魔法陣に出来れば……警備に非常に役に立ちそうです、罪人の捕縛にも」

「ふふ……はーっはっはっ、ふはははははは!! すごい!! これは夢が広がりますねぇ~~!!」

 ファウント様の高笑いがマッドな悪役みたいだった。研究員の方々もそれにつられて和やかに笑っている。囚人とはいえ何人も倒してしまった俺とモリーさんは引き気味でそれを見ていた。



※※※



「感謝を捧げます、アマデウス殿、モリーさん。お二人のご協力でこの国の文明が一歩前に進んだことは間違いありません」

 退室する前に学院長が代表して恭しくそう言った。

「いえいえ、皆様のご研鑽あってのことでしょうから。進捗を祈っております」

「わたくしも、陰ながらお祈りします」

「ああ、お二人とも、ご理解はいただけているでしょうが……ネレウス殿下、コンスタンツェ様、ジュリエッタ様以外の方には、研究の詳細は内密にお願い致します。“透明な魔力”はともかく、“魔力を吸い取る”技術に関しては、悪用を防ぐために暫くは国家機密になるでしょうから……」

 俺は神妙に頷いてみせる。

 人間に火を与えたプロメテウスのように、神から罰を受けるのではないかという漠然とした不安感を覚えるも―――いや、俺の魂をこの世界にやったのも、ネレウス様に予知能力を与えたのもおそらく神なんだから、きっと許してくれるだろうと思い直す。

 

「ジュリ様はお変わりないですか? 冬休みは寂しいと時々溢されていますけれども」

「少しお寂しい様子ではありますが、試験勉強や社交の準備でお忙しくなさってますわ」

「そうですか。こちら、ジュリ様に贈り物なんですが……」

「まあ……! きっとお喜びになりますわ」

 研究所の玄関で別れる前にモリーさんにプレゼントを託した。

 それは両手で持てるくらいの黒いクラシックピアノ型オルゴール。上の面には赤い花と銀の葉が描かれている。

 一足先に『恋』のオルゴールを二つだけ作ってもらった。俺とジュリ様の分だけ。

 結局こちらの世界ではピアノは茶色に塗っている。黒のイメージもかなり良くなったのでこれから先作ってもいいかもしれないが、黒いピアノを作ったのはこの二つが初めてだ。


 オルゴールの第二弾は『月光』、次が『ラモネ』、『星空』『銀の馬の背に乗って』……と順番に出す予定。ある程度数を揃えてから売り出すのでまだ第三弾までしか発売していないが、箱をシンプルにして安めにした物が順調に売れている。録音円盤には手が届かないけどこれなら、という層に売れているらしい。


 研究所でモリーさんと会うことはわかっていたので、サプライズプレゼントとして渡してもらおうと用意していた。アンヘンが箱のまま手渡したので中の物に対するリアクションはわからなかったが、次の日ジュリ様から御礼の手紙が届いた。


『とっても素敵で、ずっと聴いて見ていられるもので時間が足りなくなってしまいます。貴方は度々こうして私を喜ばせてくださるけれど何も要求してこないので、時々都合の良い長い夢を見ているのではないかと逆に不安になったりするのです。何か欲しい物はございませんか? 教えてくださればどんなに希少な物でもきっと手に入れてお贈りします』とのこと。

 喜んでいただけて何より。

 欲しい物かぁ……色々あるといえばあるのだが存在するかわからない物が多い。醤油とか味噌とか……。米は頑張って探せばどっかにありそうなんだけど、俺の知ってる米とは別物な気がするし。日本のお米って日本人向けにカスタマイズされてるっていうから。それに恋人に未知の食べ物の捜索を頼むというのはちょっと違う気がする。

『私が贈りたくて贈っているので、気になさらずとも大丈夫ですよ。でもせっかくのお申し出なので考えておきますね。今は貴方自身と貴方のお言葉くらいしか欲しい物は思い当たりません』……とカッコつけた返事を出した。


 少しして『貴方の下さる物ほど目新しい物は難しいでしょうが、わたくしも何が良いか考えてみます』と返事が来た。考えてみるとは言いつつ、質の良い純白の絹地がどっさり贈られてきた。

『染めていただいてもいいですし、お好きに仕立ててくださいませ。私の寝間着と同じ絹です』

 そう添えられていた。シルクのパジャマ、深窓のお嬢様が着てるイメージ。俺も今は充分金持ちといえるのだが流石にパジャマは絹ではない。

 こっちの寝間着は丈の長い前開きのワンピースみたいなやつである。ズボンは無い。男女どちらもそういうのが主流らしい。最初は落ち着かなかったが慣れた。

 たっけえ絹を俺のパジャマに使うのもったいなくない? と少しだけ思うところはあるのだが、――――――ジュリ様はこれと同じ生地のパジャマ着てるのか、ふ~~ん、へー~~……。

(これがジュリ様の寝間着の感触……ほほう……)とさわさわ手触りを確かめているとポーターがすごく不審そうな目で俺を見ていた。スケベを感知する能力が高い。




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― 新着の感想 ―
[一言] モリーさんとベルさんの交流もちょっとみたくなりました…公爵家侍女と元男爵家メイドですとお家柄的にそこそこ隔たりがありそうでベルさん緊張してしまいそうですがそれぞれちょっと訳ありなジュリエッタ…
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