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【書籍発売中】美形インフレ世界で化物令嬢と恋がしたい!  作者: 菊月ランララン


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スタンドプレー



 先輩はなるべく覚えている限りのことを手紙に書いてくれたようだ。


『ユリウス殿下! そしてこの場にいる皆様にも、聴いていただきたいことがございます』

 卒業パーティー最初のダンスが終わって曲が穏やかなものに変わり、ユリウス殿下とアナスタシア王女殿下が一度テーブルのある所へ戻った時のこと。拡声器を使った大きな声でそう主張したのはマヤーレ伯爵令嬢ジェラニエと他二人の生徒。ニネミア嬢の友人らしい。

「……申してみよ」

 ユリウス殿下は眉を顰めたが許可した。楽団が演奏を止めて静かになる。

『ありがとうございます。不躾ながら、ユリウス殿下が寵愛なさっているコンスタンツェ・ソヴァール嬢には不貞の疑いがございます! お相手は……スカルラット伯爵令息アマデウス殿です!』

 

 ここで俺は一旦天を仰いだ。ハァ――――……と溜息を吐いてから手紙に目を戻す。

 ジェラニエはソヴァール嬢とアマデウスの仲を怪しいと感じて人を使って調べさせ、調べた期間だけでも七回も二人が密会していることを突き止めた。ジェラニエは「ソヴァール嬢は王子妃に相応しい人間ではない、ユリウス殿下は騙されている、目を覚ましてほしい」と訴えた。


 何か俺ってこういうのばっかだな……? と肌をゾワつかせながら読み進める。


 目を細めたユリウス殿下は、傍の少年に目で合図をして手を差し出した。

 少年とはヤークート様に代わる第一の側近候補、アンドレア・グリージオ伯爵令息。

 ユリウス殿下の同い年、橡色の髪に銀縁眼鏡の知的な美男子で、ヤークート様やニネミア嬢とずっと学年首位を争っていた優等生。最終学年では見事首位だった。

 元々側近候補としてよく殿下と一緒にいたが、身分的にヤークート様より一段下だったのが繰り上がった形だ。リリーナ曰く入学当初マルガリータ姉上が婿に狙っていたが失敗したというモテ男。姉上はどうやら年上知的眼鏡男子が好みらしい。因みに彼の婚約者はエイリーン様の親友のルチル嬢である。幼馴染同士だそうだ。

 

 アンドレア様が合図を受けてユリウス殿下に拡声器を手渡した。

 スピーチの予定も無いのにそんなものを用意していたことから、この騒ぎをある程度予測していたことがわかる。ネレウス様が助言したんだろう。まだ予言者ってことはカムアウトしてないので『周囲を探っている怪しい者がいたのでこういう言いがかりを付けられるかもしれない』って感じの。

 両者がマイクを携え、公開討論じみた場が整う。

『ほう。密会ね……因みに、場所は?』

『ば、場所ですか? 場所は……色々な所で、と……日付と時間ははっきりわかりますわ!』

 ジェラニエと友人二人は手元に用意していたメモに目を走らせて困った顔をした。場所が明記されていなかったらしい。細かいことを訊かれると思ってなかったのか。義憤に駆られて冷静に情報を整理出来ていなかったのだろうなぁ。

『場所は中央神殿ではないか?』

『……はっ? 神殿……?』

『神殿にて神官の立会いのもと、ネレウスとコンスタンツェとアマデウスが寄り合いを設けていたことは把握しておる。薬局設立計画の次の段階の話し合いだ。国中に薬局が設立した暁には、地域の教会と薬局が連携して病人の世話をする施設を作る計画だ』

 なるべくこっそり集まっていたが、身内などにはある程度予定を明かさないといけないのでそういう建前にしている。病院設立計画も時々話してはいるから完全にウソではない。実際はコンスタンツェ嬢を正妃にするぞ委員会だけど。

『よもや、神官達と私の弟までもが結託してコンスタンツェとアマデウスの不貞を見逃していた、とは言うまいな?』

 ジェラニエ達は青くなった。そんなことを言えば教会組織全体への侮辱になるしネレウス様に対しても不敬になる。会場の空気がどよめく。

『そっそんなことは申しません! お、おそらく、時間帯や場所を変えて密会していたのです!!』

『ふむ。薬局の寄り合いと其方が調べた時間が異なればそうであろうな。では、日付と時間をアンドレアに暗唱させよう』


 アンドレア様は記憶力が凄まじいことで有名だった。

 本は一度読めば忘れないという。試験の暗記問題はパーフェクト(計算・記述・論述問題では減点されることがあるからずっと満点とはいかない)。殿下の側近にならずとも宮廷のあらゆる部署から引っ張りだこだった人材である。

 確か俗にいう“瞬間記憶能力”とか“映像記憶能力”とかいうやつだ。漫画の能力みたいでかっけえ。どんな脳ミソしてんだろうな。


 ユリウス殿下が拡声器をアンドレア様に渡し、ジェラニエ達の方へ回り込んで情報が書かれた紙を手に取ってアンドレア様と向かい合う。

『数日前、アンドレアにネレウスからの報告書を読ませたところだったのだ。さて、三カ月前から始めるぞ。九の月、十二日』

『十六時から十七時です』

『十の月、九日』

『十二時から十三時です』

『十の月、十八日』

『十五時から十六時半です』

『十の月、三十日……』

 

 やり取りはすらすらと進み、ジェラニエ達の顔色は真っ白になっていった。

『――――全て、一致している。これでコンスタンツェとアマデウスの逢瀬にネレウスが同席していたことは確かだな』

 ジェラニエ周りを除いて、生徒達は歓声を上げた。アンドレアの超人的な記憶力の披露に拍手を送って盛り上がり、かつシレンツィオ派の生徒は派閥のトップの婚約者の疑いが晴れたことを祝って声を上げる。まるで余興だ。

 告発者達は助けを求めるようにニネミア嬢を見た。ニネミア嬢は彼女達が声を上げた時驚いていたようなので、ニネミアが指示したことではなかったと思われる。そして彼女達は大勢の前で恥をかいた。ニネミア嬢の派閥であることは周知のこと、ニネミア嬢が恥をかいたも同然であった。

 結果、ニネミア嬢はジェラニエ達から目を逸らし沈黙した。

 勝手に騒ぎ立てて勝手に自分を巻き込んで恥をかいたのだから助ける義理はないかもしれないが、シビアな対応だ。こういうのを知ると俺達は派閥のお茶会で勝手な行動はやめてね! と呼びかけておいて良かったよなあと思う。

 見捨てられた告発者達は唖然として、周囲は「みっともない……」「馬鹿な子達……」と嘲笑った。


 寒々しい空気が流れる中、妹殿下が兄殿下に何事か耳打ちした。兄が頷くと王女殿下は告発者達に近寄り片手でジェラニエの肩を撫で、笑みを浮かべた。

『結果的に間違ってはいたけれど、貴方達がお兄様やこの国のことを真剣に考えてくれていたことは伝わったわ。わたくし、その心は尊いものだったと思います』

『ぉ、王女殿下……!』

 声はジェラニエの手元にあった拡声器で周囲にも伝わり、アナスタシア殿下の慈悲深いご尊顔と声に感動して場の空気は緩み、ジェラニエは泣き出した。二人の友人が彼女を支えながら三人は退場した。

『中断させてしまったな。再開してくれ』

 ユリウス殿下の呼びかけで止まっていた演奏が再開し、ダンスパーティーも再開した。ユリウス殿下は他の女生徒と踊ることは一律に断った(メオリーネ嬢とニネミア嬢どっちと先に踊るか、などの揉め事が発生するのを避けたのだろう)が、思い出作りに一曲踊ってほしいと王女殿下に懇願する男子生徒が群がってユリウス殿下はその列を捌く羽目になった。


―――――――――――――――――――――――――――――――


 ……とまあ、こんな感じだったそうだ。

 おそらくジェラニエ嬢達はガセ……ではないが都合の良い所だけを抜き出した情報を掴まされたんだろうなぁ。パシエンテ派あたりに。いいように踊らされたわけだ、ダンスパーティーだけに……とかふざけてられる立場じゃないが。

 予言者の先回りがなければ明確に否定する材料がなくて、ユリウス様が否定しても俺やコンスタンツェ嬢の評判を下げて疑惑を植え付ける結果になっていただろう。

 ネレウス様があまり表に出てこないってのもあり、ほとんどの人達はユリウス・ネレウス両殿下がかなり仲良い方なのを知らないんだよな。二人が信頼し合ってなければ、ユリウス殿下とコンスタンツェ嬢の仲は今回のことで拗れていても不思議じゃない。俺とコンスタンツェ嬢の関係が傍から見れば怪しさ満点なのも事実。だから狙いは良かったのだ。

 安堵とも諦念ともつかないデカい溜息が出る。

「大丈夫ですか」

「ん、うん。いやー、俺ってこういう疑いかけられてばっかだなって……」

 読まれて困る内容ではないのでポーターにも手紙を見せた。

「まあ……デウス様がどれだけ潔白でもまた出てくるでしょう。派閥を率いていく立場なら敵がいなくなるということはないでしょうし……婚約者のお顔が……というのはどうしてもありますから」

 イチャイチャを見せつけつつアリバイ揃えて受けて立つしかないってことかぁ。


 先輩の手紙から一日遅れてジュリ様から『卒業パーティーでこういうことがあったらしいが、殿下が上手く立ち回ってくださったので心配はいりません』という報告の手紙が来た。殿下、というのは多分三人の殿下全員のことを指している。ジャルージ辺境伯家の派閥がこれから冷遇されるという印象を残すのは社交界が無駄に荒れかねないし、辺境伯家周りと溝が出来るのは王家にとってもあまり望ましくないので、王女殿下の対応はファインプレーだったと思う。

 お茶会で何かあったら小さなことでも報告してほしいと呼びかけたので、シレンツィオ派の生徒からジュリ様に報告が結構沢山届いたんじゃないだろうか。お礼状書くの大変だったかも。

 

『何もやましいことはありませんが、私の悪名のせいでお手を煩わせて申し訳ありません』『わかっていただけているとは思いますが、私が心を捧げているのは貴方だけです』……とラブレターをしたためた。

 書いてから(逆に言い訳がましいか……?)と迷ったが、ポーターが「それくらいあからさまな方が安心なさるんじゃないですか」と言ったので送った。

 

『コニーとのことは全く疑っていませんからご安心を』『周囲が貴方の心を疑う度に貴方が私に愛を語ってくれるので、私は案外周囲の疑惑を煩わしく思っていないのです』『冬休みでなければ貴方から直接お言葉が聞けたのにと残念に思っています』……という返事を貰った。


―――――――俺も直接イチャイチャしながら言い訳したかったです!!!!!


 ニヤニヤして読んでたらポーターが「女誑し以外の何者でもなさそうなので、そのだらしない顔外ではしない方が良いですよ」と辛辣に言いながらお茶を淹れ直してくれた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] お、王女殿下…成長してる……これは好きになっちゃいますね… [一言] この時代の300年くらいあとに生まれてアマデウスとジュリエッタの恋物語を知って「こんなことあるんだ…」って感動してSN…
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