耐性
「聖女用治癒呪文の件で融通をきかせたのだから、見返りに君の魔力耐性を研究させてほしい」
実践の後、お茶して寛いでから帰るといいと勧められるまま別室に通された。
疲れて姿勢がだらしなくなる俺とコンスタンツェ嬢の前でぴしっと背筋を伸ばし優雅にお茶を飲みながら、ネレウス様がそんなことを言い出した。
「研究……ですか?」
「魔力耐性が高い人間は珍しい。そうと判明しない者もいるだろうが、判明する者は治癒魔法を受けられる身分の高い者が多いので、研究者も身体を調べさせろなどとそうそう言えん。そのため魔力耐性が高い体がどうなっているかというのは実はよくわかっていないのだ」
こういうことだろうという定説はあるが、ちゃんと確かめたものではないらしい。割といい加減だな。
偉い学者の予測が定説になっちゃったりしたんだろうか。その分野の素人はそういうの普通に信じるだろうからね。俺も識者が書いた本なら大抵鵜呑みにするぞ。
魔力耐性が高い体の構造が詳しくわかれば、魔法や魔道具でその状態を再現することも可能かもしれない、と。
「それって……ジュリ様の素顔を見ても皆平気になるかもしれないってことですか?」
「治癒魔法の副作用で具合が悪くなるのを防げるようになるってことですか?」
恋人のことしか出てこなかった俺と、患者を慮る言葉がぱっと出てくるコンスタンツェ嬢の差よ。
ジュリ様のことばっか考えていることがバレてしまう……いいかそれはバレても。
「そういうことだ」
……めっちゃいいじゃん!!
「研究ってどういうことするんです? ……ヤバいことされますか?」
「詳しくは知らんが、貴重な被検体を粗雑には扱わん筈だ」
「お、おお……」
被検体って呼ばれるのこわい。何をされてもおかしくない響きがある。
だがまあ、見学した王立研究所で動植物がそんな無体なことをされている印象はなかったし俺は貴族だから人権はある。大丈夫だとは思うけど。
「僕は初対面でアマデウスと握手した際に、魔力を吸い取られたような感覚があったんだが。君、あの後予知夢のようなものを見なかったか?」
「………――――えっ!! え、あっ、あれホントに予知夢……だったんですか?!」
俺ではない“アマデウス”が辿る筈の人生を夢で見たことを話した。
ネレウス様の見解は『来訪者の魂にはこちらの世界の予知魔力がうまく効かないので、同じ器(体)の“本来のアマデウス”の未来の世界を見せることになったのだろう。その世界の君と同調した結果それまでの記憶や感情も共有出来た』ということだった。
ちょっとややこしいがそういうことらしい。識者の意見を鵜呑みにする。
「やはり見たか。ふむ……」
「特に何かしようと思ってそうなった訳じゃないんですが……魔力を吸い取る……魔石に魔力を注入することは出来るんだから、その逆?」
「そう言うと簡単そうに思えるが、自分の魔力を操ることが出来るのは自分だけだ。人から魔力を奪うことが出来る術は確認されていない。――――少なくともこの国の歴史では」
「……するってぇと……?」
二人とも気にした様子はないが、動揺して口調が雑になってしまった。お茶を飲んで落ち着こうと試みる。
「魔力耐性が高いということが、周囲の人間の魔力を奪い自分の魔力と混ぜ合わせて瞬時に自分の物に出来る体質だとしたら……それが意識的に出来るようになれば、ほぼ敵無しだ」
シン、と静かになった部屋で、俺がごくっとお茶を飲み込んだ音がやけに大きく響いた。
相手の魔力を奪えるようになれば、強制的に魔力枯渇に近い状態に出来る。
強い騎士でも弱体化し満足に戦えなくなる。
つまり――――対人戦でほぼ無敵になれる可能性がある。
「ジュリ様と決闘時のニフリート先生みたいに出来るってことですか。つっても彼割と戦えてましたけど……」
「あれは国に十人いるかどうかの上澄みだからあまり参考にならんが、魔力過多よりも魔力枯渇の方が行動不能になる確率が高い」
「なるほど……?」
「もし……それを広範囲に出来る術、もしくは魔道具が出来れば……敵を一気に無力化出来る。戦争でかなり有利になるな」
「…………兵器の話になってます?!?!」
「なっているな」
「手を出さない方が良い研究なのでは?!」
その研究に協力したら『武器を開発してるだろ』という冤罪がマジになってしまう???
いや開発してるのは俺ではなく王家になるからセーフか!
「で、でも、魔力酔いを防ぐことが出来るようになったら沢山の人の助けになりますよね!? 研究する価値はあると思いますけど……!」
コンスタンツェ嬢が拳を握って熱弁する。それはそう。
治癒魔法で怪我や病気を治した後、容体が悪かった人ほど魔力を大量に浴びるから長く魔力酔いに苦しめられる。辛い思いをした人が治った後も辛いなんて可哀想だし何とか出来るなら勿論してあげたい。
因みに、魔力過多(魔力の浴び過ぎ)に関しては上限が割と高いようで、具合は悪くなっても死に至った事例は確認されてない(そもそも他人に大量に浴びせられるほどの魔力を持っている人が滅多にいないし)。枯渇よりは過多の方が耐えられるようになっているようだ。そりゃそうでないと聖女用治癒呪文が死の呪文になりかねないもんな。
「兵器の話はあくまで仮説だ。それに、今ここでしなかったとしてもいずれ魔力耐性についての研究はされるだろう。既に世界のどこかでは進んでいるかもしれない。先に他国がその力を紐解いて兵器を作り、我が国に攻め込んで来たとしたら……こちらが絶望的なことになる。そう考えれば、僕は立場的に研究をしないという選択は出来ない」
国を守ることを第一に考えているネレウス様からすれば当然だ。
そして俺はネレウス様に逆らえる立場ではない。身分が、とかだけではなく、色々と助けてもらったしこれからも仲良くしたいし……。
命令ではなくお願いされているうちに承知した方がいいだろう。
「私でお役に立つなら、ご協力します。でもすごく痛いこととかは拒否させてもらいますけど……」
「ありがとうございます!」
別に頼んだ側ではないコンスタンツェ嬢が嬉しそうに言う。
いや、彼女ももう王家側の一人としての自覚があるべきなのか。このままいけば王子妃、未来の王妃。患者のことも国の未来もどっちも他人事ではないとちゃんと認識しているのだ。
「とはいえ、すぐに結果が出るものではないからそう期待するなコンスタンツェ。魔力耐性が高い者があと一人でも見つかれば研究も多少捗るだろうが」
「……ジュリ様のお顔が平気な人は他にも数人いる筈ですが。シレンツィオ公爵閣下と……」
「ああ、血が近いと魔力が似通っていることも多いから、影響が軽微な者もいるだろう。それは魔力耐性とは異なる」
「へ~そういうものなんですか。それならタスカー侯爵閣下も身内だからか……」
となると、妹のロレッタ様も案外平気なのかな……?
雑談中に聞いたことがある。彼女が姉の素顔を見た時には『激しく泣いて逃げました』とジュリ様がさらっと言っていた。仲が悪いからかロレッタ様のことは割とどうでもよさそうにすることがある。投げやりな態度のジュリ様、レアで新鮮。
激しく泣いたと言っても話しぶりからして結構小さい頃の話っぽかった。視覚的に怖くて泣いただけで案外ダメージは少なかった説あるな。
「アルフレド様は耐えられるけど平気ではないし…………あっ! 一人いる……います。他人で平気な人」
「いるのか? ジュリエッタの同世代では君だけの筈だが……」
「同世代ではなく。ジュリ様の侍女の、モリーさんです」
現在はほとんど平気だが、モリーさんは最初から平気だったのではなく徐々に慣れていったのだ。そうなれたのは侍女の中でも彼女一人だけだと聞いている。
――――つまり、慣れたのではなく。
魔力耐性が上がった……?
「ほう。後天的に魔力耐性を上げることが出来るとしたら……」
ガタン。
「そっちの方がすごいんじゃないですか?! 皆で耐性を上げてしまえば魔術とか魔道具に頼らなくても良いし、シレンツィオ城にいる人全員耐性上げておけばジュリ様が素顔を隠さなくてもよくなるし、全員は無理でもジュリ様付きの侍女とかメイドだけでも……」
ハッ。
突然立ち上がった俺をネレウス様とコンスタンツェ嬢が(こいつ……)と言いたそうな顔で見ていた。
二人は公共の利益をちゃんと考えているのに俺はどこまでも恋人のことばっかかよ、と自分でもどうかと思う。
内省して座り直す。
「……失礼致しました」
「ふっ……ふふっ、ほんとアマデウス様、ジュリ様が好きですね」
コンスタンツェ嬢は笑ってくれたが、ネレウス様は呆れたように背もたれに体を倒した。
「……はぁ。毒気が抜かれた」
「すみません……」
「いい。君がジュリエッタのことばかり考えている能天気な善人であることは、僕にとっては安心出来る要素だ」
善人かと問われたら少し返事に迷うが、悪人かと問われたら否と答えられる程度に俺は善人だと思う。ちょっとだけディスられた気もするが信用されてるってことにしとこう。
慈善公演の打ち合わせに、シレンツィオ派のお茶会に向けた練習、近衛騎士団に透明な盾を見せに行かなきゃいけないのもあるしでやることが多い。被検体になるのはもう少し落ち着いてからでもいいだろうか。モリーさんも巻き込んでしまうし、ジュリ様に相談しなければ。
※※※
「ネレウス殿下のご指示なら仕方がありませんが……その研究者の中には女性もいますの? モリーも参加するのですから人員にはいますわよね。研究の内容も詳細がわからないので心配ですけれど、デウス様の御身体を他の女性に見られたり触られたりするのは……妬けますわ。勿論我慢しますけれど……」
翌日相談したら馬車の中で肩に凭れながらそんな可愛いことを言われた。
見るとか触るとか多分そんな色気のある話ではないと思うけど。髪抜かれたり血抜かれたりとかではないだろうか。
魔力耐性の研究とモリーさんについて一通り真面目に話して一段落した後の言葉ではあったが、ジュリ様も大概恋人のことを考え過ぎている方だろうなぁ。バカップルと言われても否定出来ないかもしれない。




