ペティロ大司祭
※暴力・傷害などの残酷描写があります。
タンタシオ公爵夫妻はアルフレド様の申し出を喜び、カリーナ様との婚約は問題なく整った。
聞いたところ、結構ギリギリのタイミングだったらしい。
パシエンテ派から申し込まれた連続お見合いにて冴えない容貌の令嬢ばかりを紹介されたことは、『目ぼしい娘はもう全員売れてしまったのか』とタンタシオ公爵夫妻を焦らせるのに充分だった。
そこで『王子妃に選ばれなかった場合、うちの娘はどうだろうか』とコレリック家からの仄めかしが来ていたという。
息子が気に入る相手もいないし、中途半端な相手を選ぶよりはもう少し待ってコレリック侯爵家との縁を繋ぐ方がよほど良い、と判断されるのも無理のない流れだった。もう少し遅ければ両親もすっかりその方向に気持ちが固まっていただろうから危なかった、とアルフレド様は言った。
エイリーン様の時ほどではなかったが、アルフレド様に憧れていた女子達の嘆きは甚だしかった。
シレンツィオ派の生徒は派閥の影響力が増すことを喜び、カリーナ様の友人は皆喜んだが、アルフレド様の相手がカリーナ様であることに納得出来ない様子の人も少なからずいた。
リリーナ曰く「プリムラ嬢の方だったら納得出来たのに……」と溢す子も多いらしい。プリムラ様はもうリーベルトと婚約してるんだが。
俺とジュリ様の友達同士グループで仲良くしていたから、あの二人ならお似合いよね、という見方をしていた人もいるようだ。
美しい人の相手は美しい人であってほしいという気持ちはわからんでもないが、好きな人を選び選ばれた当人からしたら迷惑な話だ。ほっとけ。
その影響かどうかは定かではないが、プリムラ様が以前より態度が軟化して少しだけ距離が近くなったような気がするとリーベルトが嬉しそうにしていた。自分はもうこの人と婚約してるんで関係ないんですけど!? というアピールっぽい、らしい。もうちょっとわかりやすくデレてほしいものだが、リーベルトは嬉しそうだから余計な口は出さないことにする。
気になるのは今後のコレリック家とシルシオン嬢の動き。
王子妃争いでは不利、アルフレド様の嫁の座も手に入らずシレンツィオ派の影響力が増し、イラついてまた何か仕掛けてくるかもしれない。
アルフレド様の婚約後一度だけシルシオン嬢を見かけたが、唇の色が白く少し痩せたように見えた。
※※※
ある休日、ネレウス様から神殿に呼び出され俺とコンスタンツェ嬢は初めての部屋に通された。
窓には分厚いカーテンがかかって光が遮断され、人が寝られる長椅子のようなものが並んでいる細長い部屋だ。椅子は壁際に沢山並んでいた。そこに座って待つ。
案内してくれた修道士が壁際に静かに立っている。初めて見る人だな、と思ってチラ見したらその人がにこっと笑いかけてきた。ここの修道士修道女は俺達と交流を避けているというか、俺達の気を逸らさないようにか基本的に気配を消すように控えているのでこういう反応をされるのは珍しい。
ひとまず笑い返すと、扉が開いてネレウス様が入って来た。
「待たせたな。今日はここで『聖女用治癒魔法』の実践をする」
聖女用治癒魔法、その名の通り魔力の消費が激しいので聖女くらいしか使えない治癒魔法のことである。
大量の魔力を流し込んで回復力を爆上げして治す。人体の構造を学んで要因を突き止めてそこを治す、という通常の治癒魔法とはまるで異なる方法。
知恵がなくても使える便利な魔法ではあるのだが、普通の人間が使うと魔力を全部持っていかれて魔力枯渇に陥る可能性が高いから危険なのだ。
魔力が枯渇するとどうなるかというと―――ぶっ倒れて何日も寝込む、だけならまだマシ。体に大きな負荷がかかって死に至ることもあるそうだ。こわい。
そんな魔法なので呪文は教会が管理していて学院の教師も知らない。
トップである大司祭と、教会の修道士・修道女で治癒師としても認められた者だけに伝えられてきた。
治癒師として一人前ならば危険性を理解出来ているし、万が一緊急事態に使ったとしても患者の治療に必要な魔力と自分の魔力の釣り合いが取れるかどうかはわかるので安易に使ったりはしないから。
教会の外の治癒師にも教えないのは、治癒師が地位の高い相手に使うように強制されるのを防ぐ理由もある。
疫病が蔓延した場合あちこちで聖女が使うのだから広く知られちゃってても不思議じゃないが、呪文は小声でもいいし慣れれば省略出来るし、記録に残さないように王家や教会が手を回してきた。
つまり普通のその辺の学生が教わる呪文ではないのだ。通常なら。
詳しく知ろうとしたら思ったよりも厳重に秘されてて困った。
「自分の太腿刺した時に勉強しておけば、と後悔したので……万が一に備えて知っておきたいと思ったんですけど、やっぱ駄目ですかね……?」
王女殿下の事件と絡ませて罪悪感を誘うという下衆いことをしつつネレウス様にお伺いをたててみた。
「君が『異界からの来訪者』だと打ち明けてしまえば話は早いのだが」
「それはちょっと……」
それが教会に周知されてしまうと、俺が教会に対して聖女と同等くらいのでっかい影響力を手に入れてしまう。そうなれば王家にも知られてしまうし、ジュリ様が聖女になるのと同じくらい王家にとって脅威だ。出過ぎた杭になってしまう。なので俺が来訪者であるということはネレウス様とコンスタンツェ嬢の心の内に留めてもらっているのだ。
「ふむ……君が薬局設立を推進していること、本物の聖女ジュリエッタの婚約者であること、魔力がかなり豊富であることは説得材料になるし……大司祭に掛け合ってみる。暫し待て」
と言われて大人しく待っていた。
コンスタンツェ嬢は聖女候補として認められているので呪文は既に教えられていたが、まだ実践はしたことが無かった。俺に呪文を教えて二人まとめて実践する機会を作ってくれたのだ。
「――――許可が下りたんですね! ありがとうございます、大司祭様にも感謝をお伝えください」
「目の前にいるから自分で言え」
ネレウス様が横目でそこに立っている修道士を見た。
「へっ」
「………えっ!? あ、大司祭様!?!?」
コンスタンツェ嬢も会ったことがなかったらしくびっくりしていた。
ペティロ大司祭。この国の教会組織のトップ。
濃い目の灰銀の短髪、そして銀の瞳。色白ですらりとした美形オジ様だ。こっちの人は若く見えるので俺には三十代前半くらいに見える、ということは多分四十歳前後だと思われる。俺の所感のプラス七~八歳くらいが実年齢に近いと最近わかってきた。大司祭なんて偉い人だからもっと歳いってるかと思ったが若い。肌も綺麗だし銀色も人気あるから美形レベル高そう。
「大司祭を務めております、ペティロと申します。アマデウス様、コンスタンツェ様、お二人が民のために尽力なさっていること、感服しております。行いはいずれ神の知ることとなり、何らかの形で貴方がたに返ってくることでしょう」
「恐れ入ります! これからも頑張ります!」
「そうなるように努めてまいります」
元気いっぱいなコンスタンツェ嬢とちょっとむずがゆいけど悪い気はしない俺の返事を聞いて彼はにっこりと友好的に笑った。
「ペティロはペリステリ大司祭の血縁だ。それが理由でこの地位にいる訳ではないが」
「いえ、選ばれる際にそれも少しは加味されたかとは思います」
ネレウス様が豆知識的に教えてくれてペティロ大司祭は少し困ったように笑う。「おぉ~……」と声が出た。ペリステリ大司祭は『奴隷解放進言』をした人だ。教科書で見た!
戦国武将の末裔を紹介されたような気持ちになる。歴史って本当に今と地続きなんだなぁ、すげ~! という実感というか。
穏やかで優しそうな人だ、と思ったが。
その印象はこの後ぶっ壊された。
“ザトミェーニェ・リス・ルナ・ノワ・ネア・セリニ”……
教えてもらった呪文を声を出さずに口を動かして覚える。(大丈夫、覚えた)という気持ちを込めて目を遣ると大司祭が頷いた。
「これからお二人には聖女用治癒呪文を使って治療をしていただきます」
実習は不可欠だよね。いくらイメトレしたってそれだけで手術本番に臨むのは尚早。先輩の見守る場所で実践させてくれるのは親切だ。
大司祭がコンコンと叩くと扉が開き、騎士が四人ぞろぞろと入ってきた。一人、若い男を連れている。その男は後ろ手に縛られ、くたびれた服を着て小汚い。猿轡も噛ませられている。警戒した目で周囲をぎょろぎょろと見回している。
「彼は死刑囚です。盗みに入り、出くわした夫婦二人を殺害しました」
世間話をしてるような穏やかな声だったので へぇ~、とか言いそうになった。
てきぱきと騎士達が長椅子に男を寝かせ、手足を押さえ付けた。不穏な空気を感じてじたばたする男を後目に、大司祭が騎士から小振りな斧を受け取る。
「それでは。……ふっ」
大司祭が斧を振りかぶって男の脛に落とした。
「っっ……ウ、 ンン゛ン―――――――ッ!! ンン゛ン!!!」
男が体を暴れさせ、大声で呻く。
足は切断されてはいない。半分くらい潰れたようになっていた。おそらく斧の刃が少し潰してあったんだろう。鮮血が目に入って、思考が停止してしまった。
実践。
俺は病人とかが連れて来られて、それを治療すると予想していたのだが。
目の前で怪我人を作るとは思ってなかった。
コンスタンツェ嬢をちらっと見たら驚き顔で青くなっていた。俺も同じような顔をしてると思う。
優しそうな風貌のペティロ大司祭が突然見せた暴挙に度肝を抜かれてしまったというのもある。
そして驚きはここで終わらなかった。
大司祭が男の横の長椅子に座り、足を伸ばして深呼吸した。
「ふう……――――――せいっ」
軽い掛け声で彼は自分の足に斧を振り下ろした。さっき死刑囚の男にしたのと同じテンションで。
大司祭の足も、男と同じくらい潰れた。死刑囚もびっくりして一旦黙り、大司祭を見ていた。
固まっている俺達に穏やかな視線を向けて語る。
「死刑囚には、犯した罪の重さを感じてもらうためにこうして刑執行前に治癒魔法の練習台になってもらっています。そして、彼らを傷付けた罪を負う私も同じ痛みを感じねば許されません。そのためこうすることにしています。驚かせてしまいまして、申し訳ありません」
痛みを感じていない訳ではないだろう。大司祭の額には脂汗が滲み、苦し気に息を浅くしていた。
驚きから抜けると心臓がバクバクと大きな音で動き出した。痛いのは俺じゃないのにどっと汗が出てきた。こんなにひどい怪我をしっかり見たのは初めて。血の匂いで足が竦む。
「……どちらでもいい、早く治療してやれ」
ネレウス様が冷静にそう言って そうだった! とハッとした。
押さえ付けられてるとはいえ死刑囚の方を令嬢にさせるのはアレかなと思い俺が死刑囚の方に近付いた。コンスタンツェ嬢がそれを見て大司祭に近寄る。
怪我や病気は割と突然やってくる。
これくらいでビビるなら聖女用治癒魔法を使おうなんて思い上がるな、と伝えたかった……のかもしれない。
深呼吸して心臓を鎮めて、痛みに悶えている男の足の上に手をかざす。部分的に早送りするようなイメージ。光が傷を包み、皮膚が少しずつ元に戻っていく。本当なら時間をかけてゆっくりする筈の回復を、魔力で早める。
呪文を口にして魔力を込めると、魔力がずるっと掌から引っ張り出されるような心地がした。
時間の感覚がなくなる中で、傷が塞がった。
用意されていた濡れ布巾で血を拭い、ちゃんと塞がっているか確認する。うっすらと色が白くなっているがちゃんと治っていた。
「うまくいった…………」
「……こっちもです」
俺の呟きにコンスタンツェ嬢が答えた。彼女を見ると汗をかいていたが、俺ほどではない。やっぱり魔力の多さが違うのだろうか。
「――成功ですね」
大司祭は少しだるそうにしながらも穏やかな笑みで立ち上がった。他人の魔力を大量に浴びるので体調は悪い筈だ。
死刑囚の男も痛みはなくなったようだが気分が悪そうに横たわっている。だが容赦なく騎士に持ち上げられて立たされた。泣き面でぐんにゃりした死刑囚に、大司祭が向き合う。
「貴方の罪は消えません。しかし、貴方は罰を受け苦しみました。死後、神が貴方の苦痛を憐れんで魂への罰を軽くして下さるように祈りましょう。私も貴方のために祈ります」
死刑囚は得体のしれないもののように大司祭を見て怯えていたが、特に意に介さず彼は俺達に体を向けて頭を下げた。
「お二人は、救うべき者が存在する運命なのでしょう。呪文は適切に、御心のままにお使いください。神と貴方がたの慈悲に限りない感謝を」
※※※
大司祭と死刑囚と騎士が退室し、数人修道士が入って来て掃除を始めた。飛び散った血を見ても全然動じてない。
俺とコンスタンツェ嬢はぐったりと座りながらそれを眺めていた。精神的な疲労を感じる。
ネレウス様が治癒魔法を修める時も同じことをされたそうだ。その時は流石に驚いたらしい。
「これをやった後、改心して真面目に祈るようになり、絞首刑の直前にペティロに礼を言う死刑囚が意外といるのだそうだ。不思議だな」
不思議~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~。
不思議だけど……そういうこともあるかもしれないなぁとは思う。
神と罪に対する“本気”を見せつけられたという感じだ。
狂気とも言えそうだが。それに中てられて自分の罪について深く考えずにはいられなくなる人もいるのだろう。
因みに「行いはいずれ神の知ることとなり、何らかの形で貴方がたに返ってくることでしょう」という台詞は、『悪事には必ず報いがあるからな』という意味も込めていて、相手の反応を見ているらしい。
隠れて悪事を働いている人は大抵そこで微かに不愉快さを滲ませてしまう。俺達二人の反応には後ろめたさがなかったから大司祭はとても満足げだったと、ネレウス様が教えてくれた。
……悪い人じゃないんだろうけど ――――――――― こえ――――よ!!!!!
ペリステリ大司祭に連なる血筋のペティロ大司祭。
この後に起きた事件の関係者として、彼も未来の教科書に名前が載る。




