矛先
「デウス様!! お怪我は……っ!」
ジュリ様とリーベルトが駆け寄って来てくれて静まっていた周囲がざわりとし始める。
「だっ大丈夫です、外傷はありません」
心臓がバクバクしてるし手はまだ固まっていたが無傷といっていいだろう。二人がホッとした顔をして、直後ジュリ様はキッと眉を釣り上げてニフリート先生を睨む。
「~~~何のおつもりですかニフリート先生!! 盾で防げなければ大怪我していましたよ!!」
こんなに大きな声を出すジュリ様は初めて見たかもしれない。俺もびっくりしてるけど周りもニフリート先生も驚いてたじろいだ。しかしすぐに睨み返した。
「……治癒師も近くに控えておりますし私も治癒魔法の心得はあります、訓練での負傷はままあることです。今問題は他にあります、ジュリエッタ嬢」
「問題?」
「今のは、硝子の盾で防げるような攻撃ではありません。つまり、それは硝子ではない。硝子に見えるが、新素材の防具ということ。すなわち……アマデウス君、ひいてはスカルラット、またはシレンツィオが、武器を開発しているという事実です!!」
「なっ……!」
「へっ?」
面食らっている二人と気の抜けた声を出した俺をズバッと指差し、ニフリート先生は厳しく言い放つ。
「もし王家に無断で武器を開発しているのなら、それは……謀反の兆候と言わざるを得ん!!」
座り込んでいる俺はぽかんとしたまま話に付いていけていない。ニフリート先生の言葉に少しずつざわめきを大きくなっていく。
むほん…… 謀反!??!!
「――いっ、いえいえいえいえ!! 武器なんて作ってません!!! 楽器なら作ってますけど……」
スカルラット領では国中のピアノを鋭意制作中。俺が最近新しく作ろうとしているのなんてオルゴールくらいだ。
スカーフの売上が落ち着いてきて、次に売る物を考えていた時にそういえばと思い出して時計工房に依頼していた。
地球だとレコードよりも先に出回っていた物なので順番が逆になり、録音円盤に比べると目新しさは劣る。でもぜんまい式なら魔石を必要としないし小さく安価に出来る。入れ物を工夫したりすれば需要はあると思う。
類似品がすぐに出回ってしまいそうなことの対策として、簡単に箱を開けられないように魔法陣を仕込むのが良いかもしれないとディネロ先輩と手紙で話し合っている最中だ。
ともかく俺に武器を作る企みなんて一メレたりとも無い。無いのだが……存在しない素材を出してしまったことによって作ってると思われてしまったのか。…レコード作るために色んな合金を集めて試したりしたし、実際発明して売り出してもいるから、外野には割と真実味有りに聞こえてしまうかも……!?
「にっ……ニフリート教官!! そのような大それた疑いをこんな所で口にするのは早計です!」
「王家に仇なす可能性を放置しては家名が廃る! オルデン教官、同じ派閥だからと下手に庇うと後悔なさるぞ」
「ですから早計だと申しております!! そのような判断は王族がなさるべきことです!!」
「……然り。ユリウス殿下にご報告する」
オルデン先生が流石の貫禄で吠えると、ニフリート先生も一旦激しい感情を引っ込める。目はギラギラさせたまま、背中を向けて歩き出す。
「アマデウス君、共においでなすってください! 弁解が要りましょう!」
「えっあっ、はい!」
オルデン先生に呼ばれて慌てて立ち上がり、一緒にニフリート先生の背中を追う。
…えっ、つまり……ユリウス殿下に直接俺が怪しい! って今から言いに行くの…?!
「わたくしも参ります!」とジュリ様も早足で着いて来てくれた。心強いけど申し訳ない。
何処に向かっているのかと思うと、まだ授業中の六年の教室に直行だった。
「畏れながら急ぎ進言したいことがございます!!」と勢いよくニフリート先生が言って、
「畏れながら、授業後に学院長室においでください殿下…!」と冷汗をかきながら頭を下げオルデン先生が言う。
オルデン先生は気を遣って『授業後』と言ったが、ユリウス殿下は立ち上がった。
「そんなことを言われたらもう授業に集中出来ぬわ……よい、抜けよう」
と嫌そうな顔をしつつ教師に目配せして廊下に出て来た。全員でずんずんと学院長室へ向かう。
「何で学院長室…?」と呟くと「王族と教師が話す時は学院長室を使うことが多いそうですわ」とジュリ様がこっそり教えてくれた。
こ、これはもしや、前世も合わせて人生初、校長(学院長)室呼び出し……!!!
何か大事になってしまった………なんでだ、俺は至極真面目に優等生やってきたはずなのに……。
焦りでいまいち頭の中を整理出来ないまま学院長室に到着。
学院長室は俺のイメージする校長室より少し広かった。左側壁には天井から床までびっしり本が入る本棚が置いてあり、中央に学院長が座る大きな仕事机、右側には来客用と思われるテーブルとソファ。学院長は丸眼鏡をかけ七三分けにした六十歳前後のロマンスグレー。直接話したことは無い。
学院長と軽く挨拶をしたらユリウス殿下が躊躇うことなくソファに座り足を組み、「申せ」と一言。
偉そう。偉いんだけど。
視線を受けたニフリート先生が説明する。経緯を聞いたユリウス殿下は片手で顔を支えつつ、悩ましげな表情で一分ほど静かに考えていた。俺は申し訳なさそうな、気まずい顔をしているがジュリ様はいかにも『怒ってます!』 という顔をしている。前にいる先生方の顔はわからなかったがオルデン先生は俺と、ニフリート先生はジュリ様と同じような顔をしていそうだ。
徐にユリウス殿下が俺に視線をやって目が合った。
「……確認しておく、アマデウス。こっそり新しい素材で武器を作っておるということは?」
「な、ないです!」
「以前色々な金属を仕入れて弄っていたのは、録音円盤になったのだったな。今回も楽器か何かの素材ではないのか?」
めんどくせぇからもう そうです! と言っちゃいたい誘惑に耐えて、
「いえ…その…透明で硬い素材を強く想像しただけなんです。それを作っているという事実は本当になくて……」
怪しいかもしれないが後で嘘がバレたら余計立場が悪くなるしひとまず正直に話す。
「ふむ。ジュリエッタ。其方はアマデウスの硝子の盾について何か聞いておったか?」
「いいえ、存じ上げません」
「密かに武器を作っているということはないな? 少なくともシレンツィオでは」
「勿論です。言いがかりですわ。たとえ新しい素材を開発してそれが武器に適しているとしても、それらを王家に秘匿することなどございません」
毅然としたジュリ様カッコいい。惚れ直す……とか思っている場合ではないんだけど。
「うむ。其方が世を乱すようなことを企てるとは思っておらぬ……ジュリエッタ、すまぬが其方は外に出ておれ」
「え?! しかし……」
「其方がいると進まん話もあるのだ、わかるであろう」
ジュリ様はわかるけどわかりたくない、というような表情をして黙る。
「ジュリ様、……」
俺は大丈夫ですよ、という気持ちを込めて目を合わせると、心配そうに俺をチラチラ見ながらも渋々部屋から出て行った。
いや、本当に大丈夫かはまだわからんけども……見栄張った。だってジュリ様に庇われてばっかりなのもカッコ悪いじゃん……?
「さて、ニフリート。妙にアマデウスを敵視しておるな。理由は察せるが」
「ユリウス殿下、私は決して王子妃争いの敵だから彼を危険視しているのではありません。殿下もおわかりなのではないのですか? アマデウスがソヴァール嬢の後援をする訳を……」
「わからんな、申してみよ」
「卑しい身分の令嬢を担ぎ上げる理由など知れたこと。傀儡にし、子が生まれれば殿下を排して自分の子と縁付かせ、国政を思うがままにするでしょう……これは王家の危機なのです殿下!! この男に全て乗っ取られてもよろしいのですか?!」
俺は再び間抜け面をしていたことだろう。だってニフリート先生の言ってること全部 寝・耳・に・水!(は○たの塩のリズム)って感じだったから……。
―――――――― そんな先のことは…… まだ何にも考えてない!!!!!
コンスタンツェ嬢の後援をしていれば、なるほど、自分の子供をコンスタンツェ嬢の子供である王子王女と婚約させるのは容易か……気のなげぇ話だな! でもそういうの歴史の教科書とかでちょくちょくあったかも。権力の握り方として子供を王家に入れるのってスタンダードか。摂政とか関白とかになって……。
少し先に“黒い箱”の封印という一大イベントがあるので、それのクリアを前提に『コンスタンツェ嬢を王妃にする、そして俺はジュリ様と結婚』をゴールに据えていた。だからそれ以外の未来の展望ってまだあんま具体的には考えてない。
………ジュリ様との、子供かぁ……。
ぼんやりと妄想したことは勿論ある。地球の現代だと結婚しても子供作らない選択をする夫婦もいただろうけど、この国の貴族の結婚は血筋を残すためのものと言ってもいいので子供を作らないという選択肢はほぼ無い。
子供が出来るってことは……当り前だけどやることヤってるわけで…… 初夜というやつを迎えて越えてるわけで……
『デウス様の子供、欲しいです……❤』なんてベッドの上で言われた日には―――――――俺は大丈夫だろうか。興奮し過ぎて暴発しないか今からちょっと心配になる。結婚まで童貞であることを選択しちゃったけど、初心者のままぶっつけ本番というのも不安っちゃ不安――本番は無しにしてプロの女性に手解きくらいは受けておくべきだろうか――……なんてたまに思うが、それもジュリ様は嫌だろうしな……俺も逆の立場なら嫌だし……
―――ああああ駄目だ駄目だ、破廉恥方向に意識が飛んでいきそうになった。
しっかりしろ俺。流石にここで話をちゃんと聞いていなかったらヤバい。
「―――まあ、そういうことも有り得んとは言えぬな」
「それでしたら……!」
「しかし王家と縁付いて権力を握ろうとすることなど不思議なことではあるまい。それはどの家でも同じだ。それともジャルージ家だけは違うとでも?」
「わっ…我々もニネミアも、忠誠心を持って王家にお仕えしております! 殿下を蔑ろにするなど有り得ないことです!」
「あぁ、アマデウスの…血筋に、疑念を抱くのはわかるがな。策謀によって排除されるかもしれんという危惧は当然だ」
……あっ、もしかしてコレ俺の耳が痛い話か?! 悪役令嬢的母親のせいで!?
母親とは完全に縁が切れてます…と口で言っても信じてもらうのは難しそう。だって傍から見て俺は……野心の塊みたいな行動をしっかりやってるから……。
「ニフリート。ここだけの話だが、コニ…コンスタンツェの後援にアマデウスが付いたのはネレウスの仲介あってのことだ。後ろ盾になることでコンスタンツェの歌手としての才能を商売に活用しつつ民の支持を得て、同時に薬局設立の推進を行えるという利点をネレウスが提案し、受け入れた」
俺のアイデアだけど、ユリウス殿下に通す際にはネレウス殿下の提案ってことにしてもらった。聖女のことを説明せずに納得してもらうにはそれが良さそうだったので。コンスタンツェ嬢を正妃にしたいという兄を応援する弟の善意の計画だよ! という形。
流石にもう“黒い箱と聖女”に関してユリウス殿下にぶっちゃけていい時期では? と聞いたのだが、予言者曰く『兄上の場合ギリギリに教えてあまり考える余地を与えずに「とにかくやるしかない」という状況にした方が成功率が高い』……だそうだ。
「……それは、ネレウス殿下が、ソヴァール嬢が王子妃に相応しいと認めた、と…いうことですか。どうして……」
「不満か? ……ニフリート、其方が感じている不満は、元を辿ればアマデウスではないだろう?」
ユリウス殿下が強い眼差しをニフリート先生に固定し、周囲に言い聞かすようによく通る声で言う。
「私だ。其方がその不満を向けるべきは、私なのだ」
眉を寄せて目を見開いたニフリート先生とユリウス殿下が見つめ合うのを周囲は固唾を飲んで見ていた。
なろうの仕様が変わって投稿の仕方がわからず手こずりました……




