透明な壁
階段落ち事件を受けてシレンツィオ派やカリーナ様の友達にはシルシオン嬢になるべく近寄らないようにと連絡網が回り、もう一度同じ事をするのは難しくなった。
カリーナ様の悪評も下火になり、そろそろアルフレド様の連続お見合いも終わる。放課後、男子陣で中庭に集ってお見合いの所感を聞いた。色んな令嬢とお見合いするのだから誰か琴線に触れることもあるんじゃないかと思ったが、お見合い相手に特にピンとくることはなかったらしい。
「そもそもあまり……美人がいないな?」
とお相手の名前を全部聞いたハイライン様が小声で言った。俺も何人かは顔を知ってたが、確かにこちら基準では冴えない容貌の令嬢ばかりだ。
「まあ、美人は既に婚約していることが多いですもんね」
「それにしたって血筋を探せばもっといたはずだが。もしやパシエンテ派はアルフレド様が……アマデウスと近い趣味だと思っているのでは」
カリーナ様に好意がありそうなことからそう予想されたのかも…? とハイライン様が言う。
「……私、ブス専じゃないですからね」
「は?」
「アマデウスは女性という存在そのものを敬愛しているからな」
ハイライン様に一応釘を刺しておくとペルーシュ様が昔からの壮大な勘違いでフォローしてくれた。そして静かに続ける。
「パシエンテ派が今回容姿の良い令嬢を選ばなかったのは、最終的にメオリーネ嬢を推薦したいからではないかと予想している」
「えっ? でもメオリーネ嬢は……」
「ああ、ユリウス殿下の正妃になることをまだ諦めてはいないはずだが、昨今のコンスタンツェ嬢の人気に対して分が悪いと感じてはいるだろう。縁談があれば、タンタシオ家にとってはヴェント侯爵家よりコレリック侯爵家の方が益は上だ」
同じ侯爵家でもやはり領地の大きさや家柄の古さなどで上下はある。王子妃候補に選ばれるだけあってコレリック家は侯爵家の中でも歴史が長く抜群の金持ち。敢えて冴えない令嬢ばかりを紹介した後に美人で金持ちのメオリーネ嬢を推薦すれば勝てる! という寸法なのか。
「でもそんなの……滑り止めみたいな…」
「ああ、アルフレド様に対して無礼にも程がある!」
ハイライン様とペルーシュ様がド不満を顔に露わにすると、静かにしていたアルフレド様が口を開く。
「タンタシオ家にとって悪い話では無いが……やり方は気に喰わないな。メオリーネ嬢とは何度か話したがあまり気が合うとも思えん」
もう一件のお見合いを終えたら、やはりカリーナ様に婚約を申し込みたいというアルフレド様のお気持ちを確認し。タイミングの良い時に速やかにその場を整えられるよう、俺からもジュリ様に情報共有。他の男子陣ももしシルシオン嬢や他の令嬢が近付いて来たらブロック出来るように心得ておく。
アルフレド様がお見合い継続中だからかあれからシルシオン嬢は突撃してこない。普通に学院には来ているようだが、あの計画に失敗したペナルティなどはあるんだろうか……と時々心配してしまう。
姉上とファウント様の婚約が整ったことで、ますますシレンツィオ派の影響力は増した。「アマデウス様が引き合わせたのですか」なんて問われたりもした。ヴィーゾ侯爵家には印刷でお世話になっていたし俺が進めている薬局設立と薬学研究室は勿論関係が深いしで、そう思われるのも無理はない。俺が積極的に勢力拡大してるみたいに見えてしまっている。パシエンテ派がより対抗心を強くしてしまうかもしれない。まあこっちが遠慮したからといって向こうが手を弱めるってことも無いだろうから、勢力を大きくして悪いってことは無いのだが。
解散した後、「ちょっといい?」とリーベルトに袖を引かれて中庭の隅に誘導された。
「ん、なになに?」
「あのさ……」
曰く、階段落ち事件の後からプリムラ様が素っ気ない、という話だった。
「私、何かしてしまったのかな……謝ろうにも何が悪かったのかわからないし」
俺は全然気付かなかった。傍から見てすぐわかるほどではないけれども以前よりも壁を感じるそうだ。
「……うん、リリーナに訊こう! そういうことは」
「ええぇぇ妹に訊くの~~~?!」
妹に恋愛相談は流石に恥ずかしいのかリーベルトは渋ったが、リリーナと合流した。食堂の隅にある円卓に異動して三人で密談の姿勢になる。話を聞いたリリーナは難しい顔になる。
「ああ……おそらくですけれど、悔しいんではないかしら」
「…悔しい? プリムラ様が?」
「シルシオン嬢の事件の際に、お兄様に先を越されたことです。情報収集は文官志望のプリムラ様が秀でていて然るべきなのに、騎士志望のお兄様に負けたんですもの。アマデウス様伝手の公爵家の隠密に競い負けるのは仕方がないとはわかっていても、情報戦で負けて、完全に守られてしまった。わたくしだって正直悔しかったですけれど、妹ですからそこまで凹みません。しかし同学年のプリムラ様は割り切れないのでしょう」
つーか隠密からってことにしてるけど、未来視なんてチートからの情報だから収集出来なくて当然なんだけどな…。
「そんなぁ…じゃあ私はどうすればいいんでしょう」
「お兄様はいつも通りにしていらっしゃるのがいいわ。気持ちの整理が出来たら彼女も元に戻るでしょう。わたくしだってあの後、ペルーシュ様に謝りに行ったら『気にしないでいい。アマデウス達がいて助かったな』と言われた時は安心するとともにとっっ…っても悔しくて、情けなかったのです…。シルシオン嬢を牽制してお役に立とうとしたのが裏目に出てカリーナ様の悪評を復活させてしまったんですもの……」
リーベルトは項垂れてリリーナは悔しそうに目を瞑る。
うーん。優秀さ故にプライドが傷付いて、責任を感じ、それを隠し切れなくて素っ気なくしてしまう……あれ、もしかしてプリムラ様って意外と恋愛弱者なのかも……?
「…まあまあ、大丈夫大丈夫、もう婚約してるんだし! 時間はあるある!」
「デウスは楽観的だなあ……でも、そうだね。待つのも大事だよね……」
ひとまず時間が解決してくれると信じて、密談は終わりにした。
※※※
翌日、魔術学の『盾の魔法』実践授業再び。
あれから他の魔法の時間を何度か挟んだので久しぶりだ。まだ盾が安定しない人は引き続き基本の盾を作り、安定した人は自分なりの盾を模索。騎士志望の人は盾を見慣れているからか成功率が高い。
俺は基本の盾はもう作れるようになったので、自分に合った盾に取り掛かることにする。
鋼鉄の盾が一番丈夫ということでそれを目指す人が多いのだが、この盾の魔法は鋼鉄を実際に作り出しているわけではない。より“硬い”という念力、イメージによって魔力を固めて盾を作っている。結局は魔力の密度で勝負がつくという感じ。
魔力を伴った上級者の攻撃は鋼鉄の盾をもぶち壊す威力があるらしい。それを防げるのは魔力で完璧に作り出した鋼鉄の盾だけだという。
俺は盾を作るに当たって『前が見えないんだよな……』という当たり前のことが引っかかっていた。
横長の覗き穴が付いている盾もあるが、咄嗟に盾を出した場合そこから敵の様子を掴むのは難易度が高い。そして重いから騎士よりも腕力がひ弱な俺は素早く動けない。次の攻撃でやられそう。
それらを解決するのに、薬学研究室に行った時に思い出した前世の会話が役に立ちそうに思えた。
高校時代。
クラスの女子が彼氏と水族館にデートへ行ったと話していた。それを小耳に挟んだ隅っこにいる俺達オタク男子組。
『水族館といえば……アニメで魔法バトルして水槽を壊しまくる話があったんだけど、弁償するとしたらヤバい額になるよな。水族館もめっちゃ可哀想』とアニメ漫画オタの田野倉君が言った。
『そう簡単には壊れねーよ、水槽は』とミリオタの皆川君が言う。
『そうなん? 強化ガラスなんだっけ?』
『アクリル樹脂だな。防弾ガラスと同じような構造で……あーでも熱には弱いから炎系の魔法だったらヤバいのかも』
『そういえば透明なシールドってあるもんな、アレは防弾ガラス?』
ドラマか何かで機動隊が透明な盾を持って爆弾魔とかと対峙していた気がして訊いてみた。
『あれはポリカーボネート。プラスチック。アクリルの何十倍も強い、ものによるけど銃弾もめり込むだけで貫通しないし熱にも強い、――――……』
他にも色々言ってたけど思い出せない。詳しい話は聞き流してしまっていた。俺のクラシック系オタ話も聞き流されてただろうしお互い様だ。多分。
でも思い出せて良かった、名前。
「“テッラ・ギ・トルバ…… ポリカーボネート”」
もやりと俺の手の中に形作られたのは、黒い取っ手が付いた透明な盾。俺より少し大きい幅、三分の二くらいの背の高さ。普通の盾よりずっと軽いし向こう側も見える。イメージ通りだ。ガチのバトルでは力不足かもしれないが、咄嗟の攻撃を防いで身を守りながら逃げる分にはこれで充分ではないだろうか。
「……お前、何を作っとるんだ。硝子の盾……?」
ハイライン様が怪訝そうに俺のプラスチック盾を見た。そうか、硝子に見えるか。
「――――――アマデウス君。何をふざけている」
ギクッと肩を揺らすとニフリート先生がいた。
「あ、いえ、ふざけては……」
「硝子の盾など役に立たない物を作り出して、ふざけていないならなんだ? 騎士にはならないから我々の授業など軽んじても良いと?」
先生はギロッと青筋を額に浮かべて俺を睨みつけた。尖った声に周りも何だ何だとこちらを注視する。
ヒィッ……周りからどう見えるのかは、あんま考えてなかった~~~……!
家の訓練場とかで試すべきだったか……。
硝子の靴ならぬ硝子の盾、ガラスのハート並みに壊れやすそうな存在。言われてみれば悪ふざけの産物か故事成語みたいだ。
でもこれ、実用性はあると思うんだ。扱いやすいし普通に作っていた盾よりも丈夫なイメージを俺は持てている。だって…機動隊が使ってるんだよ? 爆発も銃弾も一応何とかなるって皆川君が言ってた(※場合によっては何とかならないことも勿論あるとも言ってた)。すごくね??
「いえそのー、透明でも魔力の密度が高ければ盾として成立するんじゃないかと、ちょっと試してみたくなりまして……」
我ながら良い言い訳だと思ったのだが、ニフリート先生は眉間の皺を深くする。
「具現化魔法は、存在しない物は出せない。想像しただけの物は形に出来ないと学ばなかったか? それとも過去の偉大な魔法使い達よりも自分が秀でているとでも思っているのか? 浅はかな……」
はい、座学でやりました。火に油を注いでしまったようである。
ちょっと生徒がふざけたくらいでそんな怒んなくてもよくない???
いやふざけてないんだけども……。
確かにこちらの世界にこの素材はまだ存在していない。でも俺は透明な盾が確かに存在することを知っている。
……その場合どうなるんだろう?
この盾は、本当にポリカーボネートの硬さを反映出来ているのだろうか。気になってきた。
「ニフリート先生、試しにこの盾攻撃してみてくれませんか? 案外、見た目よりも固く出来ていると思うん、ですけ、ど…………」
成績のためにもふざけていたんではないと証明したかった俺はそう言ったが、ニフリート先生の顔はみるみる険しくなっていく。
「そ、それはまずいって、デウス……」とリーベルトが後ろで慄いた声を出す。
―――――――――――あ。
…… もしかして、『あんたの攻撃なんて大したこと無いから硝子の盾でも充分防げるぜ』みたいな煽りと受け取られた………???
「……なるほど。アマデウス君は騎士というものを随分と甘く見ている。ここで正しておかねばならん」
ニフリート先生は腰に下げていた剣を抜いた。教官なので模造刀ではなく本物。先生の手が薄く光を纏うと、刀身がオレンジの炎を纏う。
あっ、魔力も込めたガチ攻撃するつもりだ! 俺大丈夫かな?!?! 不安になってきた!!
誰かに呼ばれたのかオルデン先生が駆けつけて来て、「ニフリート教官んんん?!」と慌てている。後で謝ろう。
今日は少し離れた所にいたジュリ様達の声も近付いてきていたが、周りの制止の声はニフリート先生には届かず、鋭い剣戟が振り下ろされ―――俺は盾を持ち上げて目を瞑り、それを受けた。
「――――ッ、ぬ、ゎっ…!!」
ぶわっと風が吹いてガガッ、と鈍い音がしたとほぼ同時に思いっ切り尻餅をついた。
魔法の盾は魔力の塊なので衝撃を吸収するらしく(理屈は未だによくわからん)、ちょっとした打撃では持っている手は何も感じず痛くないところも利点なのだが、ものすごい衝撃を感じた。手が痺れて固まって動かせない。
恐る恐る盾に目をやると、剣を受けた所に擦過傷のような痕と僅かな凹みが出来ていた。その凹みが小さく炎を纏ってちろちろと燃えている。
しかし…… 割れてない。魔力に戻って消えてもいない。尻と手は痛いが怪我はしていなかった。
…… よ、よょょよかった――――~~……!! 今の生身で受けてたら死んでた自信がある……!!
ホッとしてちょっと涙目の俺を、呆気に取られた先生達と野次馬が声を出さずに見ていた。




