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侃々諤々

アマデウス様が去っていった後。


未練がましく彼の背中を見つめていた私を横に、カリーナは「アマデウス様はなんて心の清い貴公子なのでしょう、人の見た目に惑わされないのですね…わたくしも見習わなければ」と感心していた。

「彼とはどのようなお話を?」と楽しそうに聞かれ、「当たり障りのない話ですわ。でも、とても…楽しかったです…」と返すのが精いっぱいだった。浮かれていることはお見通しだっただろう。



「…わたくし、反省しましたわ。ジュリエッタ様の容貌を目にしたら皆、失礼な態度を取ってしまうものと思ってしまっていた自分を…あんな方もいらっしゃるのね。きっと学院に入れば平気な方ももっとたくさんいらっしゃるのでしょう。わたくしもきっと平気になります、なってみせますわ」



彼女は私の顔を見て気絶してしまったことをずっと気に病んでいるようだ。男性でさえ腰を抜かすのだから申し訳なく思わなくてもいいのに。カリーナが真面目に、率直過ぎるくらいにそう言ってくれたことはとても嬉しかった。

だが、学院に入れば…という下りには納得しかねる。


私が練習に加わらせてもらっているシレンツィオ騎士団の若い衆はすでに学院を卒業した者ばかりだったが、不意に顔を見せてしまった時皆青ざめて震えた。優しい言葉をかけられるようになったのは私が顔を隠してからだ。

大人にだって、平気な顔で会話を続けられた人はいなかった。

ベールを外したままでも会話が出来るのはモリーとお父様と、母方の伯父様くらいしか私は知らない。

知らなかった。





部屋に戻ってベールを外して鏡を見る。

ここを出る前と何も変わらない、痣のある見苦しい顔。


「お嬢様、お着替えを…」

鏡を眺めてどれくらいじっとしていたのか、モリーが遠慮がちに声をかけてきた。


「モリー… 私、白昼夢をみていた訳ではないわよね…?」

「はい」

「アマデウス様は実在していたわよね…?」

「はい。夢ではありませんわ」


モリーは眉を下げ潤んだ目で頷いた。


夢だったら覚めないでほしい、彼と一緒にいた庭園で何度も思った。

途中で感極まって泣いてしまったくらい、私には奇跡的なことだったのだ。


嬉しいのに涙が止まらなくなってしまって黙って俯いた私の横で、アマデウス様は楽器を鳴らして歌を歌い始めた。聞いたことのない心が浮き立つような旋律に、いつしか涙は止まっていた。

どういう内容の歌だったのだろう。明るい曲調だったから、悪い内容ではないと思うけれど。



飲み物を手渡してくれた時。庭園へ誘ってくれた時。楽器を弾き終わった時。

アマデウス様はまっすぐ私の素顔を見て笑ってくれた。目が悪い訳ではないのに、どうして。


………いや。どうだっていい。考えたってわからないだろう。



今はこの奇跡に浸っていたい。







ぼんやりと浸りながら着替えたり夕食、入浴を終えたりして寝る準備を整える。

アマデウス様のことをずっと反芻していた。


楽しかったと言って下さったけど、別に面白い話が出来た訳ではない。私は見目が良い訳でもないのだから、お世辞でしょうね…。でも嬉しかった。またお話しして下さる、それだけでも…


学院への入学までもう間もない。次に会えるのは入学式かもしれない。

学院の制服を着ていらっしゃる姿、早く拝見したい。あの曲の楽譜を買わせて頂く時ならまたお会いできる。ああ、でもまだ売り物として完成していないかもしれない、急かすようなことは言えないわ……



つい数時間前まで学院へ行くことを気が重いと思っていたのに、早く学院に通いたいという気持ちで興奮しながら目を瞑る。しかしなかなか寝付けなかった。






※※※






朝食を終えたジュリエッタは父親に呼び出され、応接室に向かった。何故応接室かと訝しんでいたら、そこには父と並んで伯父の姿があった。


「おはよう」

「レアーレ伯父様?」

「久しいなジュリエッタ。元気だったか」

漆黒の髪をした父、ティーレ・シレンツィオ公爵と空色の髪をしたレアーレ・タスカー侯爵。レアーレはジュリエッタの亡き母の兄だ。

「ご無沙汰しております。元気です」

「朝っぱらから呼びつけてしまって悪いな。まぁ、座りなさい」

二人は向かい合ってソファに座っている、空いているのは机の短辺の方の一つの席。そこに腰を下ろしたジュリエッタはベールをした顔を伯父に向けた。


「伯父様もお変わりないようで良かったですわ。伯父様がわたくしをお呼びに…?」

「あぁ、…お前に、昨日の話を聞きたくてな。単刀直入に聞くが、お前の顔を見て…動じなかった貴公子がいるとは本当か?」

伯父は鋭い目でジュリエッタを見た。婿候補が見つかったと喜んでいるようには見えない。

「はい……本当ですわ。モリーから報告が上がっているかと存じますが」

茶会等の催し事での出来事は侍女が逐一報告を上げている。これまではこれくらいの時間茶会に出席した、程度の報告しか上がっていなかったが、昨日の報告は今までで一番長かった。


黙っていたティーレ公爵が口を開いた。

「スカルラット伯爵家令息、アマデウス殿で合っているか?」

「はい…お父様」

ティーレはそこで押し黙った。ジュリエッタも感情が読めない父がどう考えているのかわからずに不安に思いつつ、黙っていた。レアーレがむすっとしながら言う。

「伯爵家か。まあ悪くはない…どうだ、お前に優しく出来そうな令息だったか?」

「はい」

即答したジュリエッタに男二人は顔を強張らせた。伯父が言う。

「…そうか…それなら、婚約の打診をしても構わんか?逃す手はない」

ジュリエッタは焦って裏返った声を上げた。


「そ、それはお待ち下さい!」

「む、何故だ?」

「何故って…まだ一度お会いして、お話しをしただけですし…そんな早急に縁談など持ちかけたら、その…前のめり過ぎてお恥ずかしいですし…伯爵家では公爵家からの打診を簡単には断れませんでしょう」

「断れないからいいのではないか。囲い込んでおくべきだ、公爵家と縁付けるのだから向こうにも悪い話ではあるまい。お前の婿になれそうな自由の身の貴公子が他に出てくるかわからんのだぞ」

「そ、それはそうかもしれませんが…でも、そんな圧力をかけるようなことをして、……アマデウス様に嫌われてしまったら…次に会った時に、冷たくされてしまったら…わたくしはどうすれば……」


少女の声が震えて小さくなっていくのを聞いてレアーレはハッとして気まずそうな顔をした。

「そう悲観するなジュリエッタ、報告を聞いたところによるとその令息もお前に好意がありそうだったではないか」

「…そうだったら、良いですが…」

「…ただ、そのアマデウス殿、どうにもかなりの女好きだという噂だ。酷なことを言うが、女なら誰でもよくて…お前の地位に擦り寄ってきただけかもしれん」

難しい顔でそう言った伯父に、ジュリエッタは微笑んだ。顔は見えていないから伝わらないが、声にも笑みが滲んでいる。



「……構いません。わたくしが女性であるというだけで、彼に愛してもらえる可能性があるということでしょう?その情報は福音ですわ」



「ジュリエッタ…」

「わたくし、わたくしを蔑ろにし過ぎないのであれば、婚姻相手が愛妾を囲っても構わないと以前から思っていましたから。アマデウス様はわたくしが望んだその素質をお持ちということかもしれません。愛してもらえるのなら、沢山の女性のうちの一人でもいいのです。…確か東洋の、シデラス国には平民にもそういう制度がございましたでしょう?多くの妻を娶ってもいいが、夫は妻の待遇に差をつけてはいけない…という、」


「ここはシデラス国ではない」

ティーレ公爵がジュリエッタの話を遮った。

「お前の意思はわかった。婚約の打診は見送ろう」

「お父様、その……わたくし、学院でもっと打ち解けて、アマデウス様にわたくしと婚姻する利点を顕示して、縁談を受けて頂けるようにお願いしますわ。もし、了承して頂けたら、その時は…」

「…いいだろう。その時には、婚約を申し込むとしよう。良い報告を待っているぞ」


無骨だが期待を含んだ父の言葉にジュリエッタは嬉しそうに答えた。


「ありがとうございますお父様。努力致しますわ!」



ジュリエッタが退室し、残された二人の壮年の男は渋い顔で沈黙した。



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