悲劇の女優
【Side:コンスタンツェ】
三年の魔力測定の日はネレウス様の指示で休んだ。
私の規格外の魔力は「王家の魔力計を故障させてしまった…?!」と教師を混乱に陥れて授業の進行を阻むだけだからもういっそのこと出るな、という判断だった。どの分岐世界でも魔力計の故障と判断されてしまうらしい。男爵家から聖女が出るだなんて誰も思っていないから、と。結局私が聖女として認定されるには黒い箱の封印に成功しなければいけないのだ。
『アルフレド様を巡ってカリーナ様がシルシオン様をいじめている』という噂を聞いた時は慌てた。私がアルフレド様と恋人になれた場合の時のようにカリーナ様がお友達の罪を被って修道院に行くことになったら大変だ。ネレウス様に報告したら『どこかで見た名だな…暫し待て』と(手紙で)返されて、今日答えてくれるらしい。
神殿のいつもの部屋でネレウス様、アマデウス様、私で会合する。
アマデウス様もシルシオン様から接触があったらしく、きな臭いと感じたようだった。そういえばアマデウス様は候補男子の説明はされてたけど私がそれぞれとくっついた場合どうなるかという話はされていなかった。私が既にユリウス様を選んでいたのではしょられたのだ。説明した。
「…はぁ?!修道院送り?!カリーナ様が?!」
いや冗談じゃないそんなの絶対無理ジュリ様も俺も泣く…と手をカップから零したお茶で濡らしているのに気付かないくらい動揺している。対策すればそんなことにはならない…筈!だから落ち着いて下さい、と言っているとネレウス様が数冊のノートを持って部屋に入ってきた。
「シルシオン・カーセルは、コンスタンツェがアルフレドと恋人になった場合にコンスタンツェに嫌がらせをしていた一人だ。カリーナ・ヴェントの為にという大義名分で」
ネレウス様はノートをめくりながら淡々と言う。予知をした後非常に細かく記録をつけているらしく、メモされていたようだ。
「嫌がらせをしていた方、だったんですか?」
「今回の動き方からすると、コンスタンツェの時の場合も大義名分は虚言だった可能性が高いな。おそらくカリーナを陥れる為に動いている」
「…カリーナ様と仲良くして、カリーナ様が庇ってくれるってわかっててそういうことをしたってことですか…」
アマデウス様の周囲の空気が冷えた。ひどく怒っているようだ。私もムカついている。彼女の親切心を利用した挙句彼女の将来を台無しにするなんて…ひどい。
「単独でしているとは思えん。綱渡り過ぎる。一つ何かが噛み合わなければ破滅するような…シルシオン・カーセルに指示を出している者がいるだろう」
「テッポウダマってことですか…」
「何だって?」
アマデウス様からおそらく異世界の言葉が出た。
「あ、いえ。彼女は末端、いざとなったら捨て駒だってことですね」
「そうだろうな。正直、今の学院は君の事件の影響で見張りの騎士の質も意識も高くなっているからそう簡単に他人に嫌がらせを出来る環境ではない。シルシオンの被害は自作自演だろう。アルフレドとカリーナの間に溝を作るのが目的と思われる」
「でもカリーナ様って人望あるから…そこまで大した規模の噂にはなってないと思いますが」
「だからこそ、これからより過激になるかもしれん。アルフレド選択分岐のコンスタンツェは下手をすれば死ぬところだったしな」
「えっ!?そうなの?!」
「食堂の職員を買収してコンスタンツェに出す食事に腐った物や少量の毒を混入させていた。治癒が迅速だったので多少腹を下すだけで済んだが」
嫌なことを聞いた。食堂で食べるのが怖くなってしまった。「安心しろ、食堂の職員も厳しく調査されたので今はそんなこと出来ん」と言ってもらえたけど。
「と、いうことは…騎士の目を盗んでシルシオン様が自作自演で酷い目に合って、その責任をカリーナ様に持っていこうとする?あ、今実際にカリーナ様と親しい令嬢の誰かが罪を擦り付けられてしまうかも…?」
私がそう言って考えていると、アマデウス様が複雑そうな顔をした。
「…そんなことをする…させられる、としたら、シルシオン嬢、何か弱みを握られているんですかね。私に醜女専門の娼館を勧めてくるとか、すごくギリギリな振舞いをするなあと思ってたんですが…危ない橋を渡り過ぎて感覚が麻痺してるのかもしれないなと…。大丈夫かな…彼女」
アマデウス様はシルシオン様を心配し始めた。確かに彼女が自分の身を死の危険に晒すほどの事をしたとしたら…相当な、そうせねばならない理由があるのだろう。身分を笠に脅されているのか、野心の為に危ない賭けに出るほどの豪胆か…はまだわからないが。
「ふむ…正直、聖女や封印に関係ないことで魔力を使うのは神官にあまり良い顔をされないのだが…学院内でまた生死に関わる事件が起きたりすれば王家の面目が立たん。予知してみるから暫し連絡を待て」
よかった、予知してもらえる。ネレウス様の未来視は基本的に国家の安寧の為に使われるべき…とされているので、そんなに気軽に何でもかんでも予知してくれとは言えなかったりするのである。
「というか、やっぱり自白薬を犯罪者にしか使ってはいけないって縛りなくした方がよくないですか?疑わしい人にはバンバン使えるように出来ません?アレ体に害もないんでしょう?」
アマデウス様は違法媚薬事件の時、自分に自白薬を使ってもらって無罪証明することを提案したそうだ。結局通らなかったけれど。
黒幕が判明していないということは、アルフレド様分岐のシルシオン様に自白薬は使われなかったのだろう。素直に全て自供したと判断された者にも使われないらしいので。
「うちの生みの母親が捕まってないのも証拠が出なかったから、明確に罪人じゃないから自白薬が使えなかったんでしょう?自白や証言だけで有罪には出来ないにしても、それを論拠に調べることは出来るようにすればもっと悪巧みの黒幕に手が届きやすくなると思うんですが」
そういやアマデウス様の母親って…毒婦、とか呼ばれてる人なんだっけ……。
法律は領ごとに結構違ったりする。王家が法を変えたからといって他領もそうしろという強制力はないのだが、よっぽどおかしな法か都合が悪いことでもなければ、王家が変えたら他領も追随する。小さいことで逆らって不興を買っても別に良いこともないから。自白薬については、悪事バレを恐れて抵抗する貴族いそうだな~とは思うが…ひとまず王都の法で『証拠はないが明らかに怪しい奴』に自白薬が使えるようになれば、王都の貴族学院は適用される。
王都の法律は法官の長、法務大臣が人々の訴えを受けて法案にし、王にお伺いを立てて通れば成立する。
「法務大臣が耳を貸すかどうかだな……そういえば、シルシオン・カーセルと一緒にコンスタンツェに嫌がらせしていた令嬢が確か……あった」
ぱらぱらとノートをめくって見つけた名前。
ロールベル・ストレピオ伯爵令嬢。
「え……」
アマデウス様が目を見張っていた。私も少し驚く。
「今王都で法務大臣をしているダフネー・ルバートはストレピオ伯爵の妻の姉だ。ロールベルの伯母。ストレピオ伯爵家はどこの派閥にも属していない筈だが…ダフネーはルバート侯爵家の二子。ルバート侯爵家はシレンツィオ派閥だったな」
今、この時点ではまだ悪事はしていないと思われるが、アマデウス様と私は少なからず衝撃を受けた。
だって、ロールベル様は――――――――『アマデウス様を信奉する会』の会員だ。
しかもかなり熱心な部類である。確か過去何回か演奏会で熱中するあまり失神したと聞いた。舞台の私にもよく応援の声をかけてくれる。
「そうなのか…確かロールベルはシルシオンと幼馴染だった筈だが」
ネレウス様の見た予知では二人はとても親しい仲で、ロールベル様はシルシオン様を妹のように可愛がっていたという。しかし私たちは彼女たちが仲良しとは今のところ聞いたことがない。
「アマデウスがまた何か狂わせたのか…」
ネレウス様が悩ましく眉を寄せ、アマデウス様は目を泳がせた。
「…とりあえず、ロールベル嬢を通してダフネー大臣に自白薬使用条件緩和の話を持っていくことが出来るかもしれないですよね?それに…シルシオン嬢の背景も聞けるかもしれない。…賄賂が効くかもしれないし」
「賄賂って…」
「ああ、金を渡すんじゃないですから大丈夫ですよ」
アマデウス様は顎に手を当ててじっと何か考え始めた。
彼の崇拝者の子が「近くで拝見したら足も長いし指が長い」「そこたまらないですわよね…あの指からあの演奏が生まれ出ているんですわよ。最高」なんて言っていたなぁと思い出した。私は指に興奮する癖はないからよくわからないけど、演奏という魅力が加わることでその指に大いなる付加価値が生まれるとなると、なるほど大衆人気というのは私が思っていたよりもずっと強い武器になり得るのだなと思わされる。ロールベル様は彼の願いを無下に出来まい。彼の恋人という訳ではないのに、聴衆の一人でしかないのに、既に彼に魅了されてしまっているからだ。
彼はまた、趣味の音楽で得た武器で何かしらの益を手に入れるだろう。




