“君を美しくするもの”
俺はこの曲が好きだったけど、歌詞に共感したことはなかった。
『誰もが認める可愛い子が、自分の可愛さに気付いてないなんてことある?』と懐疑的だった。
『見た目が良い人が自覚的に振る舞うと口さがない人にナルシストとか言われたり突っかかられることも増えるだろうから、無自覚な振りしてるだけやろ』と思っていた。
まぁ歌詞にそんなツッコミを入れるのは野暮ってもんだが。
―――だがしかし、そんな懐疑的だった状況に、俺はまさに直面している。
あの曲の歌詞は、恋に落ちた男から見た相手への気持ちのようなものなのかもしれない。あばたもえくぼ、恋は盲目。恋する相手は、自分の目から見たら誰もが魅力的に思うような人なのに、当事者だけはそれに気づいていない……
ジュリエッタ様はこの世界では誰もが認める美少女ではないが、俺にはそう見えている。
彼女は自分の魅力に気付いていない。
寂し気に俯くことが多く、自分の顔を見られることをずっと恐れている。
ジュリエッタ様にも、クロエにも。
俺の目を通して世界を見てもらったとしたら、きっとわかってもらえるのにな。
でも俺はそれを率直に伝えることは出来ないのだ。真正面から口説くことになってしまうから。ぽんぽん口説いて責任を取れるような立場ではない。
そんな俺に、何が出来るんだろうか。救うことなんて出来ないのだろう。俺一人では。
でも気を紛らわすことくらいは、きっと。
“まさに今、君を見ている僕には信じられないけど 君は気付いていないんだね
君は君が美しいってことを知らない”
※※※
「……どこの国の言葉でしょう…わからなかったわ」
弾き終わって少しの沈黙の後、ジュリエッタ様がぽつりと溢した。
英語で歌ったのでそりゃわからんだろう。歌詞の意味も伝わってないだろうから、口説いたことにはならない。はず。
「…どこだったかな…遠い国の言葉らしいですよ。私の雇ってる楽師は元吟遊詩人で、色々な国を旅して楽譜を集めてきたんです」
ロージー達が集めてきた曲の一つってことにしてもらおう。貴族は基本的に平民の間で流行った曲なんて把握していない。平民は字が書ける者がそもそも少ないので楽譜もほとんど残されず、広まるのも口伝なのだ。忘れ去られたら、そこまで。
「……どこの言葉かご存知ないのに、歌えるのですか?」
「耳記憶なので、細部は間違ってるかもしれませんが。大体合ってるはずです」
「意味のわからない歌詞を憶えているのですか…すごいですね…」
どこかぼんやりとしていたが、ジュリエッタ様の涙は止まっていた。よしよし。あまりうるさくないくらいに穏やかに歌ったつもりだけど、近くの人が急に歌い出したら驚いて気が逸れるよね……赤ん坊を泣き止ますテクか?
まぁいいか、うまくいったみたいだし。
「お気に召したようで良かった。私も好きです、この曲」
「…っ…あ、あの…何という曲ですか?歌詞はわからないけれど…素敵な曲でした」
「あ…」
やっっっば…………
曲のタイトルそのまま言ったらこれ、多分口説いてることになるわ……
「え~~~~~~~っと…なんだったかな…ド忘れしました…まだ正式に清書してないものですから…ちゃんとこの国の言葉に訳して歌に出来たら、楽譜におこして売り物にしようかなと思ってたんです」
ちょっと苦しい言い訳か?と思ったがジュリエッタ様は特に疑問に思ってないようで助かった。
「そうですか…では、売り出したら教えてください、是非、買わせて頂きたいです」
彼女は少し赤くなった目の淵を緩ませて、作り笑いではないとわかる微笑みを浮かべた。
彼女の顔を見て平然としてる他人が初めてなら。この笑顔を見たのも俺が初めてだろうか。
……そうだったらいいな。
誤魔化せたけど、買わせてと言われたからには楽譜にしなきゃな…帰ったらロージー達に相談しよう。
泣いたことには触れずに、その後は好きな音楽の話などをしながらお菓子を摘まんだ。
ジュリエッタ様の一番の趣味はなんと剣術の練習だという。剣術!
皆で話していた時は読書だと言っていたが、剣術の方が実は好きだとか。
スカルラット騎士団にはとても少ないが女性騎士もいる。男も文句なしにかっこいいが綺麗な女性が騎士の団服を着ているのは、こう、胸にグッとくるものがある。乙女みたいにときめいてしまう。
ジュリエッタ様が騎士服を着て剣を使ってるところ、絶対かっこいい、見たい。が、それは言ったらあまりに下心が透けていそうだから言わなかった。
結構楽器も得意らしい。
「しかし歌はあまり得意ではないので、披露するのは恥ずかしいです…」と言っていたが、
「是非いつか歌を聴かせてもらいたいです、こっそり私だけにでも」と言ったら頬を染めて早くも照れていた。
照れて赤面すると、体温が上がると浮き上がる古傷みたいに彼女の痣がうっすらと濃くなる。
傷痕をなぞりたくなるように、触れてみたいという気持ちが俄に湧き上がる。そんなことは出来ないけど。
この時はまだ、俺は気付いてなかった。
お茶会の会場を抜け出して二人きり、麗らかな庭園で、目の前の女の子の為だけに楽器を鳴らしながら歌を歌ってみせる……
そんなの傍から見れば口説いてる以外の何物でもない、ということに。