解毒
「ネレウス殿下…!!あの、王女殿下が…」
「君、姉上を体調不良として急いで王宮へ。…アマデウスの治癒は僕が」
女性騎士が王女殿下を抱きかかえて走って行く。
ネレウス殿下もう治癒魔法使えるんだ。王族に治療させるの恐れ多いけどいいのかな…。でも王族のせいでこうなってるようなもんだからいいか。
「あ、あの!ネレウス殿下…傷は治してほしいですけど、治したら治したで…媚薬のせいで誰か襲っちゃうかもしれないんです、だから…」
「なるほど。取り押さえればよかろう。タンタシオ公爵令息、治ったらアマデウスの両腕を後ろで拘束せよ」
「ハッ」
鋏を抜かれ(痛い。「ギャッ」って声出た)、ズボンを膝まで脱がされる。治療の為だから仕方ないんだけど、俺のボクサーブリーフ型パンツが美形貴公子二人の目に晒されてしまった。
詠唱とともに光る手に傷を撫でられた。
一分半くらいかけて少しずつ傷が小さくなっていき、ついに塞がる。血を拭うと傷跡も残さず綺麗に消えていた。あ、うっすらと少し白い肌色の痕はあるけどよくよく見なければわからないくらいだ。すごい。こんな場所だし傷跡残っても構わなかったけど。
治療中に学院の治癒師が到着したが、交代はせずにネレウス殿下が続けた。治癒師と一緒に来た騎士がイリス嬢を運んでいった。道すがら騎士から多少の事情は聞いていたのだろう、てきぱきと事を進めてくれる。
「…アナスタシアを襲わない為に自ら刺したか。君がそこまでして抵抗するとはこれを企んだ者も予想しなかっただろうな…。空間に充満する程の媚薬を吸ってよく耐えられたものだ。賞賛に値する」
「それはどうも…」
「気が高ぶって攻撃的になっていたのも薬のせいだろう。本能を剥き出しにする効果があるからな」
「あー…」
暴言が出てしまったのも薬のせいってことにしておきたい。カリーナ様が取り乱したのはそれが原因っぽいな。
「気分はどうだ?」
「痛みは完全になくなりました、御礼申し上げます」
「そうか、君、気分は悪くならないんだったな」
ん?どういう意味だろ。
失った血までは戻らないから今日は極力大人しくしないと倒れるぞ、とさらっと言われた。確かに体が重くて貧血っぽい感じはする。
痛みがなくなったのは大変嬉しいが、ここからが問題だ。
ふらつきながら立って急いでズボンを穿き直した。…股間が盛り上がってきたのだ。痛みで萎えていたものが復活しビンビンになってしまっている…。もう薬を嗅いでないからか精神は大丈夫っぽいけど。しかし少なくなった血が股間に集まってしまってるのかますますフラッとする。
うわ~~嫌だ~~~股間にテント立てたまま貧血で倒れたり絶対したくない…!!!
カリーナ様は赤らめた顔を背けて見ないようにしてくれていた。すんませんこんな…アレなところを見せてしまって…。そう見えないかもしれんけど本当に悪いと思ってるんだよ…。
アルフレド様が申し訳なさそうに俺の両腕を後ろで拘束した。
「…あの、これだと前が隠せないんでもう少しどうにかなりませんか!?」
捕まった痴漢みたいで大変嫌な絵面だった。屈辱的。
「安心しろ、『解毒』を使えば媚薬の効果もなくなる」
「あ、そうか、『解毒』が効くのか…」
食あたりとか、毒を盛られた時にする処置が『解毒』だ。事情を話してカリーナ様にもかけてもらう。カリーナ様には学院の治癒師がかけた。
「君には…魔力をいくら叩きこんでも問題なさそうだな。今『解毒』をかけてやる、それに後日何らかの補償はする、その代わり…」
と、ネレウス殿下が俺に何か要求しようとした時だった。
学院警護騎士団の団長が廊下の向こうから「ネレウス殿下―!!アマデウス様は…ああっ…!」と言いながら駆け寄ってくる。殿下と俺を見比べながら青い顔で告げる。
「…ネレウス殿下、至急事務室までおいで下さい。シレンツィオ公爵とタスカー侯爵が…アマデウス様を連れてこいと。それが出来ないなら王家からお咎めがあろうと学院内に乗り込むと仰せです」
公爵閣下と…タスカー侯爵が… え、何で?!?!
「ぬう…あちらが一枚上手か」
いつも無表情のネレウス殿下が困ったように眉を八の字にする。長い溜息を一つついてから俺に解毒をかけてくれた。
よ、よかった~~~~~… このまま公爵閣下たちの前に出る羽目になったらどうしようかと思った。
血塗れズボン履いておったててる婿とか嫌過ぎるだろうから…。
※※※
「アマデウス!!…なっ!」
俺の姿を認めたタスカー侯爵が血塗れズボンを見て目を瞠った。
学院の事務室。10人くらいの騎士がいて、その前には、長椅子の傍にいるが座らずに立っているシレンツィオ公爵ティーレ様とタスカー侯爵、その背後に4人の護衛騎士。
一斉に目を向けられてビビる。全員が俺のズボンに注目しているのが空気で伝わる。
公爵閣下が早足で近付いてきた。険しい顔で見下ろされ両肩に手を置かれてビクッとする。
「…無事か」
「あ、は、はい!ネレウス殿下に治癒と解毒をして頂きました…もう大丈夫です」
これはあれか。忍者から知らせを貰って急いで駆け付けてくれたということか。
「『解毒』か…。何があったかまではまだ把握出来ていない。もう少し辛抱してお前がその傷を負った場所へ案内せよ。…我々が学院に入って確認して構わんな?」
最後は騎士たちに向けて冷たい視線と共に告げられた。騎士たちはばつが悪そうな様子。
ネレウス殿下が「僕が許可する」と言うと閣下たちは殿下に手短に礼をしてから学院に足を踏み入れた。
あっ…そうか。俺の傷を治して解毒もして、あの教室を片付けられたら被害の証拠がなくなってしまう。
目撃者・証言者はいるけれど、相手は王女とおそらく王家に繋がりがある者。証拠が無いと責任の所在が有耶無耶にされてしまうかもしれない…黒幕に逃げられるかも。
ネレウス殿下が王女殿下の解毒より俺の治癒に先に取り掛かって何か要求しようとしてたのも、王家の名誉の為に俺に口を噤ませようとしていたのか?
ズボンのシミ抜きまでされてたとしたら騎士たちも大事が起きたなんて認めなかったかもだし…。まあこの傷は俺が自分でやったんだけども。
ティーレ様たちは早急に証拠を確保する為に来たのだ。公爵と公爵家の騎士が証拠を押さえれば王家とて身内を庇い切ることは出来ないだろう。
アルフレド様とカリーナ様は騎士と治癒師と教室の前で待っていた。
アルフレド様が「行って来い」と俺だけ送り出したのは証拠の隠滅を警戒してくれてたのかな。カリーナ様も証言してくれる気で残ってくれたのだろう。
アルフレド様、カリーナ様が順を追って話してくれて、俺も補足しながら話した。
正気を保つ為に自分で足を鋏で刺した、と言うとティーレ様が無言で目を丸くした。そんな顔初めて見た。元々若いけどより若く見える。教室から廊下には赤黒くなった俺の血が散らばって擦れて汚れている。改めて見るとめっちゃ事件現場。
廊下の床に血が付いた鋏を転がしたままだったので拾うと、公爵家の護衛騎士の一人が「お預かりします」と手を差し出したので渡した。拭いてくれるのかと思ったら布に包まれて仕舞われた。
シレンツィオと王家の女性騎士が一人ずつ、口を分厚い布でしっかり覆って教室の中に入り香炉を回収した。そういえば俺の鞄は教室の中だ。女性騎士に回収をお願いする。
「そんなことが起きたとは…これは…何と申しましょうか…一大事ですね…我々騎士団にとっても、責任は重大です…」
騎士団長と幹部らしき数人は顔を真っ青にした。―――が。
「…あの王女殿下がそんなことを企むなんて、信じられません。王女殿下に無体を働こうとしたところを王女殿下に刺されたという可能性もあるのでは?」
俺を鋭い目付きで睨んだ若い騎士がそんなことを言い出した。
「そうです、想い合っているからといかがわしいことを企んだ結果、拒否されたのではないですか…?友人のお二人は口裏を合わせているのでは…」
もう一人、他の騎士が俺を不審そうに見てそう言い出す。
公爵閣下の前でそんなこと言い出せるの勇気あるなぁ…と無駄に感心した。
王女殿下の強火ファンなのかもしれない。清純派の推しがそんなことするなんて思いたくないよね…。
しかし濡れ衣を着せられるのは絶対に御免だ。うーん何て言い返すのがいいだろう。
「何ですって?わたくしがそんなことに加担する理由などありませんわ!」とカリーナ様が眉を吊り上げた。
「ヴェント侯爵令嬢は企みを知らなかったのでは。状況を目撃させて自分は媚薬の被害者だと思わせたかったとか…ジュリエッタ嬢のお気持ちを思って事を口外しないと考えて…」
「なるほど。我々への侮辱と捉えてよろしいか?」
美の化身の氷のような視線に異を唱えていた二人の騎士は怯んだ。アルフレド様が静かにブチ切れてるっぽい顔、レアだ…。
友情を理由に罪を隠した、だなんて言われるのは公正な証言者からしてみれば侮辱としか感じられないだろう。警察的な役割のある騎士にとって疑うのも仕事であるとわかってはいるけども。
「お前たち、やめよ。…姉上がアマデウスに一方的に想いを寄せていたことは陛下も兄上もご存知だ。僕もな」
ネレウス殿下が騎士を諫めた。二人の騎士はショックを受けた顔をした。ご愁傷様である。
ていうか、国王陛下まで知ってたの?!
知ってたんなら…説得しろや!!諦めろって!!
「し、しかし殿下…!」
「イリス・モデストに自白薬を使えばある程度事の真相はハッキリする。証言の精査はその後でよい」
自白薬…。
そういやそんなのあるんだっけ。地球で自白剤として使われる薬物はあまり信用性が高いものではないと聞いたことがある。副作用で廃人になったりするだなんて噂もある。
しかしこちらの魔法薬は違う。体に害は無いしちゃんと嘘を吐けなくなるという実用的な物だという。
「…その自白薬を服用して喋れば、もう疑われなくなるんですか?」
「アマデウス?!?!」
タスカー侯爵が大声で驚いて俺を呼んだ。ちょっとびっくりした。
「不都合があるでしょうか?安全な薬だと習いましたが…」
「あれはっ…罪人の飲むものだ!」
「でも飲んで罪が無ければ無罪放免ですよね?」
「それは、そうだが…っ」
タスカー侯爵がやたら焦ってる気はするが、ティーレ様はじっと考えるように俺を見据えていた。そしてゆっくり口を開く。
「…飲んでも良いと申すか」
「それで疑われなくなるんなら楽ですし…私は構わないんですが。後ろ暗いことは、何もありません」
そう言ったら騎士団の面々は皆目を瞠って黙り、小さな衣擦れの音が聞こえるくらい場がシンとした。
そんな驚かれるとどんだけ俺怪しまれてたんだ…って複雑な気分になる。
不安があるとしたら前世のことをポロッと溢してしまって狂人だと思われてしまうことだが…それは犯罪とは関係ないし小さい頃からよくしてる妄想ですとか言って誤魔化せるんじゃないだろうか。するだろ、こっちの世界の人もきっと…一人でテロリストを一掃する妄想とか…。
「あ、でも飲むとしたら…ティーレ様かタスカー侯爵に、立ち会って頂きたいです。王家側の方だけというのは……」
「信用出来んからな」
俺は濁したけどティーレ様が皮肉気にそう言った。騎士団長は渋い顔で目を瞑った。騎士たちは気まずそうな顔をする人と不満そうに黙る人など様々。真っ当に働いてた騎士にはちょっと申し訳ないけど、反論は出来ないだろう。俺が学院内で危ない目に合うのは二度目で、一回目はジュリ様も危なかったのだから。雑に命狙われてた時期もあったから厳密には二回程度じゃないけど…。
「…安心しろ。私はお前を信じている」
ティーレ様がジュリ様と同じ色の瞳で真っ直ぐ、そう言ってくれた。
…良かった。
ティーレ様がそう言ってくれるなら。
それなら 安心だ… と全身の強張りが解けた。
――――――その数秒後に、俺の意識はシャットダウンした。
そうだった、倒れる時って、寸前まで自分が倒れるなんて思ってなかったりするんだよな……急に来るんだ、失神っていうのは…
と、病弱時代の経験を一つ想起しながら。
後で聞いたが、この時俺の顔色はかなり白かったらしい。完全に貧血だった。




