吐露
「~~~~~~~~~いっ………っ!!!!!!」
いっっっってえ!!!!!!!!!!!
と内心叫びながら左の太腿から悪寒が全身に広がるのを耐える。
この世界の鋏、まだ先端が安全の為に丸められてたりしない。結構鋭い刃先で、俺の太腿の肉にまあまあ深く突き刺さった。めちゃくちゃ痛い、前世でも今世でも割とインドアで生きて来て武術の一つも習ってない俺にとって、今までで一番の強い痛みかも。病気の悪寒とはまた違う激しい不快感。
めちゃくちゃすごいよ、こんな痛みを感じながらも戦ったりする人たち。戦闘中はアドレナリン出てるから意外と大丈夫だったりするんだっけ?
でも、この痛みのおかげで意識がクリアになった。
性欲が痛みに押し流された。
ズキズキして辛いがとりあえずこれで王女殿下に襲い掛かることはなさそうだ。
ここの教室の床には厚めのカーペットが敷かれている。そこに裸足で座り込んだ王女殿下は少し汗ばんだぽーっとした顔で不思議そうに俺を見ていた。奥には枕と布団のような物もあった。使えってか。
やっぱりまともな精神状態ではない。好きな男がいきなり目の前で自傷したというのにこの薄いリアクション。強い薬にあてられてラリッてるのかもしれない。副作用とか大丈夫か?魔法薬にオーバードーズがあるかはわからんが、薬も過ぎると毒になるのは違いない筈。
…ひとまず、脱出しなければ。
廊下の反対側、外が見える方の窓に近寄って開かないか確認する。ここは二階だ。飛び降りても死ぬまではいかないかも、足は折れるにしても。しかしやっぱり開かない。殴って割ろうにも叩いた手応えが壁みたいなのだ。割るのは無理だと感触でわかる。黒板の横にある準備室への扉、こちらも駄目だった。
血が服に染み込んで冷たい。傷口は熱いのに。抜くと出血が増えそうだから鋏は刺さったままにしている。血が流れ出ている感触に不安になってきた。太腿は太い血管が通ってるっていうし、選択ミスかな…でもあまり考えてる余裕はなかった。仕方ない。
廊下の窓の向こうに、カリーナ様が呼んできたらしき騎士が現れ扉や窓を剣で叩いたりした。しかし手応えが無いことに驚いて右往左往している。この教室をまるまる覆う結界、魔力消費量激しい気がする。そんなに長く持たないんじゃないだろうか?薬で荒ぶった俺が王女殿下に…挿入するまでもてばよかったんだろうし。
どれくらいもつだろう。俺が出血多量で死ぬのとどっちが早い?
挿入が確認出来るまで閉じ込められる仕様になってたりしないよな…。長時間この部屋にいると薬を吸い過ぎるし色々恐い。
出来れば傷口近くを縛ったりしたいが、空き教室にそんな都合の良い糸や紐なんて落ちてないし。治癒魔法が使えるようになってればよかったんだがなぁ…。治癒魔法は医術でもある、人体の構造をよくよく理解してから実践に行く。三年生の範囲だとまだ座学しか習ってない。
因みに治癒魔法にはもう一種類あって、魔力でゴリ押しして回復力を爆上げする方法もあるそうだ。それは魔力の豊富な聖女にしか出来ない方法だと教科書にあった。俺魔力多めだしそっちだけでも詳しいこと調べとくんだったな~~…!!後悔先に立たず…
この教室には時計もなくて時間がどれくらい経ったかわからん。
薬のせいか、出血のせいか、クラクラする。気絶出来たら痛みもシャットダウンされそうだが…存在感たっぷりの痛みのせいで気絶出来そうな気はしない。意識を失うとしたらとうとう危ない時かも。
地味にピンチじゃねーかこれ……?
アルフレド様とカリーナ様がずっと外で見てくれてるおかげで、潔白だけは何とか証明出来そうか。
ハッ…適当な布を裂いて糸に出来るんじゃ…?
しかしそんな良い感じの布なんて…あ、首に巻いてるタイでどうにかなるかな…?
と、タイを解こうとした時。
ぱぁん!!!!!!
と、破裂音がした。
俺の頬を張った音とは比べようのない、それこそこの教室くらいのデカい風船が割れたような音だった。ビリっと空気が震え、廊下側の扉が勢いよくこちらに倒れ込んだ。横開きの筈だが?!
倒れた扉の上に、足が乗っかっていた。黒い靴。足だけ人間の上の方の空間がわずかに歪む。
当然だが足だけじゃない。足首から上が…見えないのだ。
ちらっと、歪んだ空間から紫っぽい色の糸―――いや、髪が見えた。
…あっ!!!もしかして、透明マント!??!??!!
和風だと天狗の隠れ蓑。着ると見えなくなるファンタジー魔法道具。
そして、…エリート忍者だ――――――――――!!!!!!!!!!
おそらく、彼(彼女?)は俺の護衛に付いてくれているという公爵家のエリート忍者だ。忍者…隠密でも基本的に貴族学院には入れない(王家の不興を買うリスクがあるから入らない)と聞いていたのだが、エリートだから何とかなった…ってこと!?
助けに来てくれたんだ。
生理的な涙に心理的な涙が混ざって目尻に溜まる。
足元が見えたのは二秒くらいだった。すぐに空間の歪みも消えてエリート忍者は姿を消した。消えた訳ではなく去ったんだろうけど。
嗚呼、御礼を言う暇なかった。
「何だ?!突然開いた!」
「アマデウス!大丈夫か!?」
忍者には気付かなかったらしい扉の外にいた騎士とアルフレド様が教室に入ろうとするのを慌てて留める。
「っ、入らないで!!び…魔法薬が焚かれてます、おそらく違法の!!」
媚薬って言うの何か躊躇っちゃった。足を引きずりながら急いで廊下に出る。
「ああっ、アマデウス様、血が…!!!」
「ま、まさか…!」
「これは!!自分でやりました!!!」
「えっ?!?!」
アルフレド様とカリーナ様は見ていたからわかると思うけど、人にやられたと騎士に誤解されない為に最初にデカい声で主張しといた。今日は薄灰色のズボンだから血が目立つ。
教室から少し距離を取った廊下の壁にもたれて座り込み、やっと大きく息を吸って吐く。いってえのは続いてるが気持ちは安堵して体の力を抜いた。アルフレド様が寄ってきてハンカチを破いて細長くし、俺の傷の上の方に素早く巻いて縛ってくれた。その手があったか思い至らなかった。「大丈夫だ、治癒師にかかれば問題ない」と励ましてくれる。ありがたや大天使の励まし。
「はぁ、う、あの、…中に王女殿下と、おそらく奥の準備室か近くにイリス嬢がいる…と思うんですが…っ」
「急いで外にお連れした方がいいな…しかし薬か、迂闊に中には入れん」
「あ、女性なら…!直近の問題は起きにくいとは、その、思うんで、女性騎士を呼んで頂けませんか!?」
男が入るとそのまま媚薬のせいで王女殿下を襲う可能性がある、非常にまずい。
素足を男の目に晒すのもよろしくない。緊急事態だから見てしまった男性騎士が厳罰ってことは多分無いが(緊急時や不可抗力に限り治癒師や騎士が女性の裸を見てしまっても不問になる)、好きでもない男に見られたとわかったら…我に返った王女殿下が強いショックを受けかねない。
女性なら見られてもそんなに問題ないし致命的な間違いは起きない…筈!
「…貴方、治癒師を呼んでいらして!!貴方は女性騎士をここにお呼びして!!」
カリーナ様が二人の男性騎士に指示を飛ばして、ハンカチで鼻と口を覆い頭の後ろで結んだ。
「わたくしが行きます!!」
「えっ!カリーナ様…!!」
女性騎士を待った方が、と思ったが彼女は突撃してしまった。王女殿下たちが自分たちで仕掛けた薬でダメージ受けても自業自得だが、カリーナ様は完全に部外者だ。危険を冒すことないのに、なんて考えてしまうのは非情だろうか。
ふんっ…ぬーっ!という気合の声を上げてカリーナ様は王女殿下を抱え上げ教室から出て来た。そこまで体格は変わらないから令嬢の細腕では重かっただろう。
王女殿下は薄ら目を開けていたが、自分で体を動かすのは難しいのか億劫なのかされるがままだ。カリーナ様は廊下に横たえてから彼女の素足に気付いたようで、「ふぇ!!??」と驚いてわたわたした後上着を脱いで被せた。
そして果敢にもう一度入り、イリス嬢に肩を貸して運んできた。イリス嬢もかろうじて意識はあるようでふらつきながらも歩けていた。
「準備室にっ…、いましたわ。お香を焚いた、痕跡もっ…」
「カリーナ様、ご無事ですか?!」
「だい、だいじょうぶ…ですわっ… っ!!さ、触らないで!!」
「えっ…」
反対側から支えようとしたのか手を伸ばしたアルフレド様が拒否られて動揺している。
「あ、えっと、失礼しました…!!い、今はちょっと… こ、これって…」
目を向けられて、その予想で合ってますと頷くと顔を真っ赤にしたカリーナ様が顔を両手で隠して蹲った。
そうです…エッチな薬です…。
布で口元を覆ってたとはいえ少しは吸ってしまったのだろう。こう…体が敏感になってしまってる感じか。巻き込んで申し訳ない。
「――――――アマデウス……人を、連れて、来たの?一人で来いって、言ったのに…信じられない…!!」
だるそうに廊下の壁に寄りかかって座ったイリス嬢が俺を憎々し気に睨んで言った。運動した後のように頬を赤くして息を浅くしながらも。
ん…?イリス嬢は俺が一人で来ると思ってたのか?
「お嬢様と、二人きりになれる好機なのにっ…なんで…なんなのよお前は…!何でお嬢様を悲しませるようなことばかり…!!お前みたいな下賤の者がお嬢様の瞳に映してもらえるだけで幸運だっていうのに!!お嬢様に好かれるなんて身に余る僥倖をどうしてふいにするのよ!!何度も何度も…!!!頭おかしいんじゃないの!?!?」
……へえ…そういうふうに思われてたのか…。
「もしかしてイリス嬢…俺から王女殿下に好意があると思ってたんですかずっと…?目が節穴か??」
「はぁ??!!お嬢様を好きにならない男なんている訳ないでしょ?!?!」
すげえな、言い切った。
「一人はいますけどここに…。と、いうことは、結界はイリス嬢の差し金じゃないってこと?俺が逃げるなんて思ってなかったんだもんな…あ、いや、邪魔が入らないようにか…。でも、ここまで効果が強い薬を使うなんて知らなかったんじゃないですか?自分もあてられちゃってますもんね」
「っ……それ、は…」
黒幕がいるのか。結果的に王女殿下を貶めても構わないと思ってて、俺とジュリ様の婚約を破棄させたい勢力の誰か…。
痛みで脳は冴えてる気がするのに、胸から下がふつふつと熱くなってきた。だるいのと傷がめっちゃ痛いのも継続で、憤りが乗りかかって自制心が薄くなってくる。考えるより先に口が開いた。鼻で大きく息を吸いこむ。
「ー…… あったまおかしいのはそっちだろうがバ―――――――――――――カ!!!!!!!!!学校で?違法薬物使って?既成事実?!!??何考えてんだ!!!!!とっとと逮捕されろ犯罪者共が!!!!」
被害者の俺が多少口添えしたってクロエたちだって暫く牢屋に入ってたのだ。絶対に逮捕されてほしい。
カリーナ様もアルフレド様もぎょっとしてたが我慢の限界が来てたのかやめようと思わなかった。
「アマデウス、声がおおき…」
「お呼びじゃねえんだよ!!! 俺は!!! 初めてはジュリ様とって決めてんだから!!!!!!!」
皆が息を止めたのかというくらい場がシン…とした。
――――――――ハッ。
「…いらんこと言いました忘れて下さい」
「ああ…わかった」
「じゅ、ジュリ様は喜ばれるかと…」
「伝えないでいいですいや言わないで下さいお願いします」
恥ずい。
今度は顔に血が集まる。
思ってるのは良くても口に出すにはちょっとアレな台詞を吐いてしまった。落ち着かねばならない。地味に童貞カミングアウトしちゃったし。いや、童貞は別に恥ずかしいことでは…ないんだけどさ……。
「―――でも、そうよ、馬鹿よ…… こんな、こんなことして、外に知られたら王女殿下が将来、どんな風評に晒されるか… 高い身分だからこそ…耳目を集める存在だからこそ面白おかしく後ろ指を差されますわ…っ!!わかってますの?ちゃんと考えたの!?王女殿下が言い出したのだったら、侍る者たちが全力で止めるべきこと!!それを、っ…馬鹿よ!!!殿下も…貴方も!!!!」
カリーナ様が怒りの表情で眉を吊り上げながらも、ぼろぼろと涙を溢してイリス嬢に怒鳴った。そして泣きながら上着を被せた王女殿下の足の上に覆い被さった。守る様に。
王女殿下はぼんやりしていた瞳を足元に向けた。…聴こえているかはわからない。イリス嬢はぽかんとしていた。
…カリーナ様は本当に優しい人だ。
本気で怒って泣いている。王女殿下のことを真剣に考えて。俺は自分の為に怒っただけだったけど。
カリーナ様、ずっとジュリ様のお友達でいてくれ…。
「…っハァ、興奮すると、薬の巡りが良くなるぞ…ハァ」
そこに男性・女性騎士数人と一緒に駆け寄ってきたのは、ネレウス殿下だった。
騎士が王族を呼ぶ判断をしたのだろう。走って乱れた綺麗な銀髪をかき上げながら俺を見て、眉を盛大に顰めた。
こんなに早く来れたということは学院内に残ってたんだろうか。
なんかここぞという時に結構エンカウントするなぁ、この殿下…。
返信するとネタバレになりそうな時返信しなかったりしますが喜んでます。
イイネやコメント有難うございます!




