憂う人々と悦ぶ人々
「伝統楽曲の円盤化…ですか」
「ええ。如何でしょう?アマデウス様にもご参加頂けたら嬉しいのですが…」
面会依頼があったのは、宮廷音楽家のテタルティ殿。以前夜会で一度演奏対決をした。
白髪交じりの肉桂色の髪をオールバックにした、温厚そうなナイスミドルだ。薄いそばかすがあるからこちらでは平凡顔かな。50代くらい。『宮廷音楽家』という肩書だけでも憧れていたが、演奏も実に素晴らしかった。歳を重ねたらこんなイケオジになりたいものだ。
国の伝統楽曲、つまり昔からあるお馴染みの曲を録音円盤にして売り出したい。そして、有志で円盤の一部を買い取って地方の教会に再生機と一緒に寄付したいと考えているとのこと。
「田舎の子供たちの音楽経験は、その土地の教会に音楽を好む者がいるかどうかにとても左右されます。親や近くに素養がある者がいれば知ることも出来るけれど、土地によっては音楽に全く親しまずに大人になる者もいる…田舎に友人を訪ねた時に、大袈裟なくらい演奏を喜ばれたことがあります。こんなに豊かな気分になったのは人生で初めてだと言ってくれた老人もいました」
王都付近は音楽に触れる機会が結構あるが、王都から遠くて娯楽が乏しい土地にこそ録音円盤を届けたいというテタルティ殿と音楽家たちの願いだった。彼らは皆田舎育ちの下級貴族出身だという。
「結婚や働くために土地を移動したり、人間関係が大きく変わったりした時にも、同じ音楽を知っているというだけで連帯が生まれるものです。伝統楽曲の普及は国民の結束にも繋がると我々は考えております」
音楽に国境無しと言われるように、音楽は人と打ち解けるツールとしてかなり優秀だ。
同じ歌手が好きだったり、小学校の時合唱した曲が同じだったり、そんなことで人間親近感がわいたり仲良くなれたりすることもある。この世界のこの時代観、縄張り意識がまだ強めだからそういうちょっとしたきっかけってのは割と大きいんだと思う。
録音円盤の作り方はマドァルド工房とマルシャン商会が知っているが―――録音の仕方をしっていて、録音が出来る器具を揃えている場所は今のところここ、スカルラット伯爵邸のみ。現在、俺を通さないと録音円盤は作れないのである。だから話を通しに来たのだ。
言わば、教科書に載るような、童歌や民謡CDを作ろうプロジェクトである。
地球の現代でも、子供が文化財に触れる機会の地域格差というのはあった。都会と田舎―――電車に乗って小一時間で国立美術館に行けるのと、車や新幹線で何時間とかけて来て泊まったりしないとそこへ行けない地域―――では格差が生まれてしまう。
画家の絵を見ることも、楽団の演奏を聴くこともなく生きて死んでいく人がいる。それを、出来ることなら0から1にしたいという話。
「いやー―――…すっっっ…ごくいい企画ですね!寄付する円盤は提供しますよ、買い取って頂かなくとも」
ええっ…?いいのですか、それは助かる…! とテタルティ殿の後ろにいる音楽家の方々がざわつく。
「ふふ…、正直、アマデウス様ならそう仰って下さるかもしれないと期待しておりました。ディネロ・マルシャン氏に問い合わせた際に、円盤と再生機の値段を決めたのはアマデウス様だとお聞きしまして。いくらでも高価に出来たのに、平民にも何とか手が届く値段にして下さったこと…。貴方様なら、身分に関係なく音楽を届けることを歓迎して下さると思っておりました。やはり音楽神の愛し子であらせられます」
「え!?いえいえいえ、皆様のお考えこそ立派です、本当に」
テタルティ殿が嬉しそうに目を細めて俺に微笑みかけた。こそばゆい。まあ、ディネロ先輩に任せてたらもっと高くなってたことは間違いないが。あの人は商人なので良い物はなるべく高く売る。
「それでは、売り出す伝統曲の選抜と、演奏家に歌手の選抜…是非皆様のご意見を集めて、今出来る最高の一曲に仕上げて録音に残したいですね…!!」
その俺の言葉で音楽家たちは夢見るような目になったり熟考したり、あの曲にはあの演奏家に、この曲にはあの歌手がいいのではと興奮を抑えた声で口々に言う。後ろに控えていたロージーとラナドもわくわくした顔をした。
俺が地球で好きだった曲はまだまだ出せるが、言ってしまえば他人の物を勝手に売っている。他人の物で稼いだ金を悪事には使わないと誓ったものの、ひとまず現時点では私腹を肥やす結果になっている。
この金は有意義に使いたい。
薬局設立の資金、それといつか識字率を上げる為にも学校建設を…とはぼんやり考えていたが、音楽の普及に今から投資出来るならそれに越したことは無い。俺の持ち込んだ物だけではなくこちらの世界の音楽が盛り上がってくれないと新しい曲にも触れられないし。
「貴方様がお噂のバドル翁…」
「この国に腰を据えて頂き感謝しております」
「お会い出来て光栄です!」
話が一段落した後、テタルティ氏と親交のある音楽家たちが老いも若きも尊敬の面持ちでバドルを囲んだ。
ラナドは知り合いがいたらしく、ロージーも円盤の歌手として賛辞をかけられたりして談笑している。
俺が発行した地球の楽曲は“バドルの楽譜”と呼ばれ、国の音楽好きでもう知らぬ者はいないという。
というか、円盤と再生機・解説書が売れに売れた結果、うちの歌手たちは国民的スターになってしまった。
歌を覚えて披露するファンが現れ、どんどん広まり。平民の若者の間では金を出し合って解説書を買って回し読みするのが流行り。平民はほとんど字が読めないので主に絵を見ているらしいが、歌詞と照らし合わせて字を覚えた者もいるとか。
有り金はたいて再生機と円盤を買った夫婦が経営店でリクエストされた曲を流すことにすると、連日行列が出来る大盛況…それを真似する店が次々…など、社会現象と言ってもいいかもしれない事態に。
一月前には、王都の劇場で婚約パーティー演奏会を再演した。
円盤で有名になった結果是非生で聴きたい聴きたい聴きたいと要望が押し寄せ、どうするかなぁと思っていたらエミリオ様がうちの劇場でやりたまえと声を掛けてくれたのだ。
王都で、いつもよりデカいハコで、ランマーリ伯爵家所有の一流の楽団を交えて演出も新たにして…と、緊張に準備に調整、あらゆることに気苦労はあったが大盛況に終わった。
もう歌手たちは気軽に外を歩けない―――地元の町民はいちいち騒がないけど、ちょっとそれ以外の土地に足を踏み入れるともみくちゃに囲まれてしまう。
ただし、化粧をしていたらだが。
つまりすっぴんなら普通に外を歩ける。マリア以外。
ホ~ントこの世界の人間は目が悪…どうかしてる。
マリアはカツラをしていれば歌手のマリアとはほとんど気付かれないのだが、ナンパは寄ってくるし護衛が必須に。貴族だしな、護衛はいないと。納得はしているがソフィアとなかなかデート出来ないと不満を漏らしていた。
マリア、ソフィア、スザンナの独身組への求婚はすごい数になった。前からぽつぽつあったが押し寄せるように増えた。平民貴族問わず。中には伯爵家、侯爵家の血筋からの申し出まであって断るのにシレンツィオ公爵閣下の名前パワーを有り難く使った。
恐いくらいの人気。メディアの力を舐めていた。
解説書の量産で印刷が盛んになった結果、植物紙の生産と印刷にはどんどん予算が割かれ新しい企画が進んでいるらしく、何となく新聞か雑誌がそろそろ作られるんじゃないかと予感している。
因みに印刷技術を先頭に立って盛り上げているのはヴィーゾ侯爵領である。学年三位のフォルトナ嬢の実家。
サンプルが普通に一番良かったから選んだのだが解説書の印刷依頼を出した時は「我が領を選ぶとは慧眼ですわ!」と嬉しそうにしていた。
「そういえば、婚約者のご令嬢に一点ものの円盤をお作りになったとお聞きしました。何を録音なさったのか気になっていたのです。お尋ねしても?」
「あ―……はは、そんな大した内容ではないんですが…」
ジュリ様がお茶会で言っていた『お願いしたいこと』。
“俺歌唱の『恋』の円盤が欲しい”だった。
『恋に浮かれる演奏会』の初日の思い出、とても幸せな時間だったから何度も聴きたい、そして出来れば独り占めしたいから公に販売はしないでほしい、と。
楽器ならともかくいまいち華の無い自分の歌声を録音するのは正直恥ずかしいんだけど、ジュリ様の可愛いおねだりを聞かない選択肢は無い。ジュリ様に何度も聴かれることになると思うとすっっ…ごく緊張した。
今後の予備を考えて3枚だけ作って一枚、ジュリ様に贈った。
「嬉しいです…♡ありがとうございます♡」と語尾にハートマークを感じる声で喜んでくれた。嗚呼その声めっちゃエロい…と思ってしまったのは秘密。
ラナドとマドァルドが欲しい買わせてくれと頼んできたが断った。悪いけどジュリ様が独り占めしたいって言ってるから…。二人とも膝をついてがっかりしていた。やっぱり君らリアクションが似てるな。
そして御返しに…とジュリ様の肖像画を頂いた。
化粧して婚約パーティーの衣装を着て椅子に座っているジュリ様の絵だ。心なしか痣が薄めに描かれている。部屋のベッドの横の壁に飾っている。ありがてぇ。
円盤と引き換えに肖像画を貰ったことを俺が話すと戸惑った顔をした人もいれば微笑ましいという顔をした人もいた。俺の婚約者が国一番の醜女という話は知っているので(それは嬉しいのか…?)という気持ちになる人と、俺が婚約者と円満であることは聞いているから仲が良くていいですねという気持ちになった人とで二分したようである。
―――――――王女殿下のお茶会からそろそろ半年経つ。
お茶会の前と後で大きな変化はなかった。
王女殿下はあれから憂いを帯びているが、問題なく授業に出ている。声を掛けられることは減った。たまーに声を掛けられ何か言いたげな潤んだ目で見つめられるが、すぐに去って行く。もしかすると彼女なりに失恋を受け入れ徐々に諦めようとしているのかも…?
変わった所というと―――ロレンス様が王女殿下を脅している、なんて噂が流れて来た。何かを企んでいる笑みで王女殿下に近付いているところを目撃した人がちらほら。王女殿下は怖がっているけど婚約者候補だから遠ざけられないとか……
…いやそれ多分笑顔作ろうとして失敗してるやつ!
ネレウス殿下の命令『人と接する時笑顔を見せる』を実行しているけれど、どうやら笑顔が下手くそだから周りから誤解されているっぽいロレンス様。笑顔作ったら怖がられるって……。
いや、怖がられているというか、戸惑って引いているだけかもしれない。幼馴染が急に普段と違うことやり出したら不審に思うだろうしな。
ひとまず失恋を知り大人しくなった王女殿下とほんの少し前進しているロレンス様。
まだまだ若いんだし、回数重ねて慣れて笑顔が上達したら良い方向に向かうかもしれない。頑張れロレンス様。はよ俺の与り知らんところで幸せになっとけ、と思っていた―――秋の午後。
「―――アマデウス・スカルラット。これはお嬢様からの命令です。ここに来なさい。必ず一人で」
感情が読めないイリス嬢から紙片を渡され囁かれる。
紙片にはあまりひとけのない空き教室の番号が書かれていた。




