王女のお茶会①
【Side:ドロシー】
「ドロシー、行くわよ」
「ええ…」
マリシアに言われて席を立つ。ああ、行きたくない。
「アナスタシア様のお茶会ね、羨ましいわ~。楽しんで!」
友人がそう言うが、出来るものなら代わってほしい…。
王女殿下・アナスタシア様のお茶会。
それに招かれるというのはとても光栄なのだが、それはそうだが、このお茶会の目的が問題だ。
『アマデウスと、もっと落ち着いてお話ししたくて…いつも、人目を気にしてあまり長く一緒にいられないの。だから協力してくれないかしら…』
そう告げられて、我々はアナスタシア様とアマデウス様が恋仲であることを知った。
アナスタシア様が頬を染めて切ない表情をする。伏せた睫毛がふるふると震えて煌めいた。マリシアとカーティスは『お任せください』と意気揚々と承った。
私もつい頷いたが、後で頭を抱えた。
だってスカルラット伯爵令息アマデウス様は――――――――
優れた演奏者として知られ、ピアノの開発、録音円盤と再生機の発明によって巷では神童と囁かれる令息。
赤い髪が目を惹くすらりとした美男子で、アナスタシア様と釣り合わないとは思わない。
でも婚約者がいる。
シレンツィオ公爵令嬢ジュリエッタ様の婚約者だ。
婚約者がいない相手なら喜んで協力したのだが…。
王家と公爵家の令嬢が一人の令息を巡って争う現場になんて居合わせたくない。王家と公爵家の仲が険悪になったらどうするつもりだ。政局にも影響しかねない。
アマデウス様も一体何を考えているのか。
もっと家格の低い家の令嬢だったら、公爵家入りした後に妾として囲う分にはジュリエッタ様も許容したかもしれないのに。王女殿下が相手ではそんなのは無理だ。浮気相手にしても最悪の選択でしょ。
利害の一致の婚約ではあってもジュリエッタ様を大切にしてらっしゃると聞いていたのに、残念過ぎる。見損なった。
公爵家令嬢の婚約者とわかっていながら仲を深めようとするアナスタシア様もアナスタシア様だ。恋に盲目になってるにしたって自分の立場ってものをもう少し考えてほしい。
我が家はマリシアのベイヤート伯爵家に援助してもらった恩がある。もう十数年前の冷害の時の話だからよく知らないけど親から言い聞かせられている。その為なるべくマリシアの良い友達でいることに努めて来たし、マリシアもちょっと、時々、私を子分みたいに扱うとはいえ悪い子ではない。カーティスもマリシアの婚約者だからか家格は下なのに私をたまに侍女か何かみたいに扱う。それは正直普通にムカつくけども。
アナスタシア様の話を聞いた後、『さすがに公爵令嬢の婚約者との恋を応援するのは良くないのでは…』と苦言を呈すと『愛し合う者が一緒になるのを応援するのが悪い事?わたくしたちでアナスタシア様の恋を叶えて差し上げるのよ!』『そうさ、シレンツィオ公爵令嬢との婚約はアマデウス様のお望みではなかったのだろう。殿下とアマデウス様お二人が幸せになる道を作るんだ、何も恥じることは無い』とマリシアもカーティスもアナスタシア様に盲目。背中に冷汗が伝った。
だって、アナスタシア様とアマデウス様が深い仲になった後、私たち公爵家の令嬢に睨まれるんじゃない?!
アナスタシア様が守ってくれるとでも?いや~、アナスタシア様は今は王族でもいずれは侯爵(予定)。
厳しいんじゃない?困るわ…。
マリシアに流されるままアナスタシア様に侍っていたせいでややこしいことに巻き込まれてしまった。
こんなことになるんなら、コンスタンツェ嬢に侍った方が良かったわ……
平民育ちの金髪娘コンスタンツェ・ソヴァール嬢は去年5組だったにも関わらず今年1組に滑り込んだ。
1組では最下位の20位とはいえ驚くべき伸びだ。
王家が彼女に家庭教師を派遣したなんて噂もある。去年からユリウス殿下と親密な様子が度々目撃され、身分的に王妃になるのは難しいが側妃として輿入れする可能性が高いと見做され始めたからだった。ユリウス殿下は女好きで女性に秋波を送っていることは珍しくなかったのだが、コンスタンツェ嬢と仲良くなってからは他の女性と距離を置いていた。とある令嬢が以前のように侍ろうとすると『コンスタンツェが怒るから』と言って笑って軽く遠ざけられたという。ユリウス殿下が本気であることが察せられるやり取り。
同じクラスになって知ったが、彼女は真っ直ぐな人だ。
傍から見ても必死に勉学に励んでいるし、周りの嫌味は「お気遣いなく!」と一蹴し親切は「ありがとうございます!」と純粋な目で受け止める。優雅とは言い難いが、裏表の無さそうなはきはきした物言いに好感が持てる。金髪とはいえ顔は平凡なのに、何で彼女が…?と疑問に思っていたが、ユリウス様が彼女を気に入った理由も何となくわかる気がした。
やっかむ人やまだ立ち位置がわからないと遠巻きにする人が大半で、現在クラスではやや孤立している。
さて、逃避はこれくらいにして、お茶会である。
人数は少ないが王女が主催のお茶会だ、学園内の一番大きなお茶会室で給仕も王家の侍女が来ている。給仕にはアナスタシア様に忠実な侍女候補イリス嬢も混ざっている。
アナスタシア様、ロレンス様、マリシアと私とカーティスが待ち構える。
そういえばロレンス様は素知らぬ顔をしているが、アナスタシア様が他の男と仲良くしようとしているのに別に構わないのだろうか。婚約者候補としてアナスタシア様の傍にいつも控えていらっしゃるが、無口で硬派な方で何を考えているかよくわからない。
アマデウス様とジュリエッタ様が入室。
目を遣らずにいられないのは、ジュリエッタ様のスカート。
アマデウス様の髪によく似た色の赤い絹地に、銀と黒の刺繍が入っている。銀の花に流れる黒の蔦模様は銀花の髪飾りを付けているジュリエッタ様の黒髪を思わせる。
アマデウス様の下衣は黒に銀の刺繍。二人で色の釣り合いが取れていた。
「お招き有難うございます、アナスタシア殿下」
アナスタシア様の赤い絹地に金の刺繍が入ったスカートをちらりと見て、ジュリエッタ様は優雅に微笑みながらも目は笑っていない。空間にぴりりと緊張が走る。
そう、アナスタシア殿下も赤いスカートなのだ。二人とも彼の髪の色の赤に自分の髪の色の刺繍を入れたスカート。
気まずいったらない。周りが。私が。
そもそもジュリエッタ様を招く気はなかったが来ることになってしまったという。そりゃ、婚約者が浮気相手と大っぴらに逢瀬するのを見逃す訳にはいかないだろう。ジュリエッタ様は婿取りに跡継ぎの座もかかっているのだから尚更。
アマデウス様は特に動じるでもなく穏やかに笑みを浮かべている。精神強いな。
すぐ後にエイリーン様とディネロ・マルシャン子爵令息の入室。
エイリーン様の御姿に息を呑んだ。
お、お、お美しい~~~~~~…。
ディネロ氏の髪の色、深緑のスカートの裾には金と白の花、明るい緑の葉の刺繍が散る。
輝く金の髪と瞳。お美しいとは知っていたけれどこんなに近くで拝見するのは初めてで、私は見惚れてぽうっとしてしまった。
ディネロ氏も眼鏡をかけた知的な美男子でいらっしゃる。濃灰色の下衣に金の蔦刺繍が入っていた。
カーティスなんかは以前『子爵に上がったとはいえ元平民を選ぶなんて愚かな選択をなさったものだ、後悔なさるだろうよ。ラングレー侯爵令息に嫁いでいたら侯爵夫人として栄華を極めただろうにな』と嘲笑していたけれど。
マルシャン家は正直その辺の落ち目の伯爵家(※うちのことである)よりもおそらく裕福だし、ディネロ氏は録音円盤をアマデウス様と共同で開発なさって著名になったマルシャン商会の次期代表。俊英だ。家格が高い相手を選んでも能力が低かったら苦労するものだし…商才、金勘定がしっかりしていることは大事だ。私は愚かな選択とは思わない。
…ヤークート様よりディネロ氏の方が素敵だしね…。
ジュリエッタ様をエスコートするアマデウス様の手を見て少しだけ切なく眉を下げたアナスタシア様。
そのお顔を見て決意するように頷き合うマリシアとカーティス。
ふとロレンス様の方を見るとものすごく不機嫌そうな顔でアマデウス様を見ていた。びっくりして少し仰け反ってしまった。そんな顔するのね。
役者が揃ってしまった。お茶会が始まる。




