対策
王女殿下のお茶会に招待されているのがわかっているのは、俺(+ジュリ様)、ディネロ先輩、エイリーン様。
ロレンス様もおそらくいるだろう。イリス嬢は給仕に回るかもしれない。
そしてこの間ジュリ様に絡んできた三人のお友達が参加すると予想される。
ベイヤート伯爵令嬢マリシア、ダルティ子爵令息カーティス、オルキス伯爵令嬢ドロシー。
同じクラスのリリーナに三人のことを訊いてみた。
「マリシア嬢とカーティス殿は婚約者同士で、王女殿下に心酔し気に入られようと率先して動いている方々です。ドロシー嬢は“信奉する会”に入ってはいませんが、会員と仲が良いし割とアマデウス様の音楽がお好きだと思いますわ。オルキス伯爵家がベイヤート伯爵家に恩があるので、マリシア嬢にあまり強く出られないお立場のようです。わたくしからそれとなくアマデウス様の本心をお伝えしてみようとは思いますが…ドロシー嬢にはわかって頂けたとしてもマリシア嬢たちは聞く耳を持たないでしょう」
ドロシー嬢は大人しそうな娘さんだ。垂れ目の美少女だが、薄いそばかすがあるのでおそらくこちらでは平凡顔。
マリシア嬢とカーティス殿はどちらもシミ一つない肌だったので美形だろう。
「…リリーナは王女殿下のことそんなに好きじゃないみたいだね」
小声で言うと呆れたような顔をされた。
「確かに、クラスの半分くらいの生徒は王女殿下に心酔しております。残り四割は憧憬といったところでしょうか…気持ちはわからなくもないですわ。近くで見ると本当に輝くようにお綺麗で、お優しく、誰にでも人懐こい笑顔を向けて下さいます…。でも、アマデウス様に紹介されるまでわたくしの名前も顔も全く憶えていらっしゃらなかったし、クラスでも自分に日常的に侍っている者しか憶えていらっしゃらないのです。社交に対する意欲はほとんど見られなくて…侯爵家や辺境伯家に嫁がれるにせよ侯爵位を賜るにせよ、社交を疎かにすべきではありませんわ。その辺りがあまり尊敬出来ないところで……その上、この度の横恋慕ですからね。個人としては好きな訳がありませんでしょう。大きな声では言えませんが」
残りの一割はリリーナのように懐疑的か。
彼女からしてみれば高い身分と器量の良さの上に胡座をかいているように見えるのだろう。
というか実際結構そうなんだろうな。自覚はなさそうだが。
そういえばずっと同じ一組。リリーナは確か去年学年10位だった。王女殿下は…何位なんだろ。訊いたら、去年は9位で、今年は学年10位らしい。リリーナは5位になった。それはすごい。
ユリウス殿下は10位前後をキープしているそうだ。因みに、新一年生ネレウス殿下は堂々一位。
ありがとう情報いつも助かるよ、と言うと、リリーナと隣にいたリーベルトがアイコンタクトをして頷いた。
「ん?」
「話は変わりますが、一足先にお知らせしておきますわね。…わたくし、婚約が整いましたの」
「えっ!そうなの!?おめでとう~~~!!」
「お相手はグルートン伯爵令息ペルーシュ様です」
「へ~グルートン……えええええ!?!!??」
ペルーシュ様と??!!
いつの間にそんな仲に??!!たまに廊下とかで話しているところは見たけども…!!
「私も寝耳に水だったよ…」
「リーベルトも!?」
「でもペルーシュ様なら安心だし、すごく良いお話だからね。うちはお祭り騒ぎだったよ。良い相手を捕まえたな~って」
褒められるのもわかる。ペルーシュ様はめっちゃモテるのだ。
元々家ぐるみでタンタシオ公爵家とグルートン伯爵家は親しく、ペルーシュ様はアルフレド様の護衛騎士にもう内定している。公爵家の覚え目出度い家と繋がりが出来るのはとても良い。
将来に心配がなく、騎士見習いとして現時点で充分腕が良く。派手ではないが整った顔。勉強も出来るし寡黙な所も素敵と人気。基本無口だが聞き上手なのか情報通だ。
アルフレド様やハイライン様の方が目を惹く美形なのだが、アルフレド様は美の化身の上に身分も性格も高貴で、自分に相当自信がないと近寄りがたいところがある。ハイライン様は下の身分に対しては態度がちょっとでかくて、かつ話していると自慢話が多い(この自慢話にはアルフレド様がすごい成分が多分に含まれる)。俺はというと女子人気は恋愛対象って感じじゃなかったし婚約済。
そんな訳で正直いつメン男子の中でペルーシュ様が一番ガチでモテていた。しかし巧みに令嬢たちをスッスッと避けてはサッとその場を去るというなかなか捕まらない忍者みたいな身の熟しをしていた。
そんな少年をよく捕まえたものだ。精神的にも物理的にも。
「申し込みは…ペルーシュ様から?リリーナから?」
「ペルーシュ様からですが…わたくしがとても頑張って誘導したところはあります。それに乗って頂けた形です」
リリーナが少し照れくさそうに頬を染めた。昔から賢くてませてた彼女のそんな顔は初めて見た。微笑ましい。ペルーシュ様みたいなクールな人がタイプだったのかぁ…。
「妹に先を越されたのは少し悔しいけどね…」とリーベルトが苦笑すると、片手を口元に添えてリリーナが悪戯っぽい顔で俺に囁いた。
「ここだけの話、お兄様はプリムラ様との縁談がおありなのですよ」
「……えっ!??!」
「リリーナ、それはまだっ…」
リーベルトとプリムラ様!!!???
聞くと、プリムラ様側からの提案という形で話が持ち上がって、両方の両親に話は通っているが、今はまだ保留。
……何で保留??
リーベルトは赤面しつつ説明してくれた。
「あー…この縁談はさ、私がデウスの護衛騎士になる前提のものなんだよ。プリムラ様はジュリエッタ様の側近の文官になることを希望しているから、将来シレンツィオに移りたい。だからシレンツィオに一緒に行ける相手が良い…って話。私が護衛騎士にちゃんと内定したら、婚約に進むってことになったんだ」
なるほど。ではこれからの一年が本当にリーベルトにとって勝負の年か。
俺もリーベルトが護衛騎士になってくれたら嬉しいから応援するっきゃない。
「いいね、将来の私とジュリ様の傍にリーベルトとプリムラ様がいたら、すっごく心強い…」
「…頑張るよ。…正直私にあんな美人との縁談が持ち上がるなんてまだ信じられない」
「そう?プリムラ様と結構仲良いじゃん」
「リリーナが仲良いから、少しは…。私は嬉しいけど…プリムラ様としては都合が良いから、じゃないかなぁ」
リーベルトは自信がなさそうに眉を下げてはにかんだ。
正直、プリムラ様は俺にとって厳しい女上司みたいな人だから、―――リーベルトを大事にしてくれるだろうか…―――なんて心配が過った。蔑ろにすると思ってる訳ではない、プリムラ様は物言いがちょっと厳しいが優しい人だとわかっている。ただ、相性はどうなんだろう、という…心配。いや、正式な婚約もまだだし余計なお世話過ぎるけども。
婚約祝いに何か贈ろうかとリリーナに訊くと、今度発売が決まった録音円盤の『解説書』を三種欲しいと言われた。他の二種は買うからと。
了承したが、五種全部包んで贈ることにする。お世話になってるし。
※※※
さて、お茶会の対策だが。
放課後、空き教室でジュリ様、カリーナ様、プリムラ様とリーベルトとで作戦会議ぽい話し合い。
学院内の小規模なお茶会だがいつもより周りに人がいる。俺とだけ話している訳にもいかないだろうし、ジュリ様も来る。周りに恋仲だなんて疑われる展開にはならないのでは。
「…王女殿下側は、ジュリ様は来たがらないと思ったのかもしれないですわね」
カリーナ様が気遣わしそうにジュリ様に視線をやった。
まあ、嫌いな相手主催の茶会になんて出たくないのは当然か。俺も出なくていいなら出ない。
「そうですね…王女殿下とエイリーン嬢が並ぶ空間に入るというのは正直気が引けます。劣等感がこれ以上なく刺激される時間になりそうですわ…」
ジュリ様が眉を下げて自嘲的な笑みを浮かべた。
あ、見た目の話か…。そうだった、あの二人この国でトップクラスの美少女なんだもんな。
俺だってもし地味メンだった前世で超イケメン俳優かなんかが揃う所に一緒に並べとか言われたらかなり遠慮したい。
「でも、行かないなんて選択肢はありません。デウス様を堂々とお守りできるのは婚約者であるわたくししかおりませんもの」
「ジュリ様…」
キュン…。フワッ…(花が舞う幻覚の音)
乙女みたいなリアクションをしてしまった。男なので守られるより好きな子は守りたい…が、ジュリ様の方が身分的にも物理的にも強い。王女殿下に物を申しても逆恨みされない可能性もジュリ様の方がある(公爵令嬢という高い身分・向こうが喧嘩を売った相手)。
俺は開き直ってジュリ様が守りやすいように立ち回るのがよかろう。
「王女殿下としては距離を縮めたくて開いたお茶会かもしれませんが、入り込む隙などないと思わせる良い機会ですわ。はしたなくならない程度に全力でいちゃついて見せることです。見せつけてやるのです、いつもより多少大げさにでも」
プリムラ様が目つきを険しくしながら言った。マリシア&カーティスに受けた侮辱を思い出してそう。
「でも…いつもより、となると、はしたなくなってしまうのでは…?」
「人前で何をする気なんですの」
「ジュリ様が拒まないからといって良くないですわよ!」
女子二人に怒られた。だって、いちゃつくとなると……ねえ?!
「…大丈夫です。デウス様、その、…お茶会中、なるべくわたくしに触って下さい」
「へ、ぇっ!?!?」
「手とか、腰とか…わたくしからも可能なら触るので、応えて頂けたら…。やはりそういう、お互いに接触をしている方が親密に見えますしっ…、あっ、口づけは流石にダメですが…」
ああ、そういう、健全にいちゃつく感じで?
そりゃそうだ。
しかし駄目でしょその言い方は、エロい方にしか取れないぞ男子には。素数を数えるのも慣れて来たな。新しい気の静め方を考えないと…。
「しかしジュリ様…それはまた良くない憶測を呼ぶのでは」
「そうですわ、その、淑女としての評判に傷がついてしまうかも…」
カリーナ様は濁したが、言ってしまえば『処女じゃない』と思われて揶揄されるかもしれないということである。
この国で貴族令嬢が結婚前に男と関係を持つというのはタブーだ。家同士の契約である結婚からの血筋を守り残す為の子作りに、万が一他の男の種が先に仕込まれていたなんてなったら最悪だからか、その辺は厳しい。たとえ相手が婚約者だとしても、『結婚前に男に体を許した女』と見做されるのは良くないのだ。
…令息は別に童貞であることは求められないのにな。
むしろ結婚前にその筋のプロのお姉さんで筆下ろししておくことを、性教育の家庭教師に真面目な顔で勧められる。言えばいつでも紹介してくれるそうだ。おそらく、結婚してからやり方がわからないとかいざとなったら出来ないなんてなるよりはずっと良いからだろう。あと我慢し過ぎて令嬢に手を出すのを防ぐ為とかもあるかも。
その提案をされた当時もう俺はジュリ様が好きだったから辞退した。…恋する前だったら筆下ろししてもらってただろうな…。
「構いません。不貞だとか遊んでいる、なんて噂は流れないでしょうし。…わたくしのお相手が務まる方なんてデウス様だけですもの。その、むしろ、既に体の関係があると思わせるくらいの方が…王女殿下も引いて下さるんじゃないかしらと…思うのですが…」
「…確かに、そうかもしれません」
徐々に顔を赤くしながら縮こまったジュリ様に、プリムラ様は真顔で同意した。
どうなんですかね。そういうもんですか…。
俺は今細かいことが考えられない。
恥ずかしがって赤くなりつつ、触って下さいとか、お相手が務まるのは俺だけとか、『体の関係』とかいう言葉がジュリ様の唇から出て来たことに気を取られて馬鹿になっている。
驚かせないようにディネロ先輩とエイリーン様には事前に知らせておくということにして、ひとまずそういう方向の作戦で決まった。
帰り際、「地味に大変だろうけど…頑張って」とリーベルトに気の毒そうな顔をされた。
―――――だよね?!?!
結構理性が試されてる感じだよね?!?!
慣れてる大人ならともかく、青少年にはそこそこクるよね?!??
…と、初めてリーベルトと下ネタっぽい話で盛り上がった。
誤字報告、イイネやコメント等ありがとうございます。助かります。




