三年生
そんなこんなで冬休みを経て、三年生になった。
でかいイベントは入学式と、魔力測定である。
入学式での懸念といえばそう、――――――第二王子殿下、ネレウス様のご入学。
そして女装したネレウス殿下に一目惚れしてしまった弟ジークのことである。
言うべきか言わぬべきかと時々思い出したように悩みながらも、ティーグ様も俺も結局打ち明けることが出来ずこの日を迎えてしまった。
入学式の壇上には教師陣と王族が並ぶ。身分としてはズィルバ侯爵令息ではあるが、王族の血筋の者としてアナスタシア王女殿下の横にしっかり並んでいた。
「あれがネレウス殿下…」
「お美しいわね、線が細くてまるで女性のよう…」
「ユリウス殿下とは雰囲気がまるで違うけれど素敵だわ」
さわさわと囁かれる声。小耳に挟んだところ、美女と名高い第二妃にそっくりなんだそうだ。
長い銀髪の三つ編み、玲瓏たる美貌、細身の体躯。
高飛車っぽいユリウス殿下や清廉(※イメージ)なアナスタシア殿下とはまた違うクールな雰囲気。
…俺はジークの反応を思うと恐くてずっと斜め下を見ていた。
式典が終わった後さがして見つけると、ジークは数人のご令嬢に囲まれながらどこか沈んだ顔をしていた。
ちょっと話があるからごめんね、と令嬢たちから離れて二人になる。
「…兄上はご存知だったんですね」
察してしまったらしい。感情が抜け落ちたみたいな真顔でそう言われた。しらばっくれたい衝動に駆られながらも観念して「う……ごめん。何て説明すればいいのかわからなかったんだ…」と白状した。
「まあ、確かに、そうですよね…うん…わかります」
スー…、フー… と息を深く吸って吐いて、ジークが感情を落ち着かせようとしているのがわかった。偉い。俺が同じ立場だったら「何で教えてくんなかったんですか???!!」って八つ当たりすると思う。
「ここにいたか」
そんな俺たちの前に無慈悲なネレウス殿下ご本人登場。なんでだよ。
く…来んな!!!!!!!! と思ったが勿論言えない。
いや何で来るんだよジークを避けてたんじゃなかったのか。
ちらちらと他の生徒たちが遠巻きに窺っている中、ずんずんと俺たち…俺にはチラッとだけ目線を遣ってすぐ逸らし、ジークの目の前まで歩いてきた。
「驚かせたみたいだな」
「っ……はい」
「紛らわしい格好をしていたことは認める。すまなかった」
平坦な声と無表情でそう告げる。ジークは緊張した面持ちだったがそう言われ見つめられると、少し頬を染めた。自分のやったことを思い出した羞恥か、目の前の美少年に見惚れてしまっているのか、どちらだろう。
「落胆したか?」
「…はい」
「…そうか。残念だ」
「え?」
「男でもいいんなら、相手になっても良かったのに」
ふっ、とほんの少しだけ口角を上げたネレウス殿下はジークを流し目で見ながら踵を返し、すたすたと去って行った。
―――――――お…おい!!!!!!!!
幼気な青少年を誑かしていくんじゃねえ!!!!!!!!!
十秒ほど固まったジークはカッと赤面して、怒ってるのか困ってるのかわからない顔になった。大丈夫かと声を掛けると、「だ、大丈夫です、兄上、では、また!」と早足でどこかへ行ってしまった。
大丈夫じゃなさそう…。
ひとまず俺はジュリ様たちのところへ急いで戻る。
お近づきになりたい新一年生たちがジュリ様に挨拶に来るから、なるべく一緒にいた方が挨拶が一度に済んで親切だし、仲良しアピールにも良いので。
見つけると、ジュリ様とカリーナ様、プリムラ様、リーベルトがいる正面に誰かが三人いる。
女子が二人、男子が一人。ライトブラウンのツインテールの女子と、青緑の髪の女子、黄土色の髪を後ろでくくっている男子。
近付いて顔が見えると、一人は見覚えがあった。青緑のセミロングの女子は、確か楽譜を買ってくれたことがある。
確か…あれ?新一年生じゃないな、彼女、リリーナと知り合いだし去年入学して来てた筈…。
声を掛けようとしたところで、三人はスッとジュリ様たちから離れて行った。
「お待たせしました」
「あ、デウス様…おかえりなさいませ」
ジュリ様は少し眉を下げている。何だか空気が険悪なことに気付いた。
「肝心な時にいらっしゃいませんでしたねアマデウス様」
プリムラ様がものすごく機嫌の悪そうな笑顔で言った。
「えっ…それはすみません…?」
カリーナ様も眉を寄せている。リーベルトは困ったような笑顔。
「今の三人をご存知?」
「一人は記憶にあります、青緑の髪の令嬢は確か…オルキス伯爵家のドロシー嬢でしょう」
「ええ。明るい茶髪の方がベイヤート伯爵家のマリシア嬢。男子がダルティ子爵家のカーティス殿。…王女殿下の取り巻きですわ」
どうやら全員新二年生で、王女殿下の同じクラスの取り巻き…友達。
マリシア嬢とカーティス殿は、下手に出ながらもどこか見下したような態度でジュリ様に『王女殿下とアマデウス様の恋路を邪魔しないでほしい』と(貴族的な表現で遠回しに)話したらしい。ドロシー嬢は居心地悪そうにしていただけだそうだが、二人を嗜めたりはしなかった。
プリムラ様が『お前らが口を出すことではない、出しゃばるな』と遠回しに牽制すると、カーティス殿に『プリムラ様はさぞアマデウス様と仲良くなさっているのでしょうね、ジュリエッタ様のお気づきにならないうちに…』なんて返された。
つまり“お前も隠れてアマデウスとよろしくやってんだろ?そっちこそ口を出すな”なんて揶揄された。
「…はぁ?????」
「まあまあ、お二人ともお顔が…お顔だけでも落ち着きなさって」
カリーナ様が俺とプリムラ様の顔を宥める。『ふざけんなコラ』という顔をしている。
別にお互いに嫌とかそういうのではなく、『親友の婚約者と浮気する女』『婚約者の親友と浮気する男』とみなされたことに憤慨している。多分。
プリムラ様はまだ婚約者がいない結構な美人だから、そんな下衆の勘繰りも起きる所には起きてるのか。しかし発想が下品だろ…。そういう昼ドラ話が社交界ではその辺に転がってるのかもしれないけど…。
「こんっっな侮辱を受けたのは久々ですわ……」
プリムラ様は扇に隠しながら般若みたいな表情で怒っていた。普通に俺とそう思われたのが嫌なのかもしれんな…。まぁ人間として嫌われてる訳ではないと思うしいいけど。
リーベルトが「私はアマデウス殿をよく知っていますがそんな事実はありませんよ、誤解があるようですね」と否定すると、「護衛騎士に内定していらっしゃるような方は主人に不都合なことは口に出来ないとわかっておりますよ」なんて返された。
「…ん?護衛騎士に内定?」
「そう思われているみたいだね。まあ、希望は出してるけど…」
「え!?聞いてないけど!?」
「スカルラット伯には出してるよ」
「私には!?」
「デウスは二つ返事で了承するでしょう?」
「するよ!?」
「だからだよ。友人だからじゃなくて実力で採用されたかったから…スカルラット伯に、騎士コースで優秀な成績を修めたら卒業後デウスの護衛騎士にしてほしいって手紙を出したんだ。了承を貰ってるよ」
まだ未成年なので護衛騎士など身の回りの人間の配置は基本的に保護者が決めることだ。
条件を満たしてない(騎士コースは三年生から始まる)のでまだ内定とまでは言えないのか。この一年の成績でOKが出るかどうかってとこだ。
それにしたって俺のことなんだから俺に教えてくれてもよくない!?
リーベルトとしては万が一成績が悪かったらがっかりさせると思って言い辛かったらしい。卒業するまでに成績を上げるように頑張るつもりで。
ティーグ様も、俺が知ったら二つ返事でその気になって採用決定しちゃうと思って黙ってたのかもしれない。
閑話休題。
「『私たちは真実を知っているんですよ』というような口ぶりでしたから、王女殿下から直接何か聞いたのでしょう。学院全体にデウス様と王女殿下が恋仲だなんで噂が広まっている訳ではないかと」
ジュリ様は平静な口調で言う。あまり動じていないようだ。予想してたのかな。
「ごめんなさいねプリムラ、とばっちりを」
「いえ…ジュリ様は何も悪くないお話です」
「私が傍にいたらよかったですね、すみません本当に肝心な時にいなくて…」
「本当ですわ」
俺に手厳しい。プリムラ様らしいけど。
「いえ、今でなくともいずれ言いに来るつもりだったでしょうから。あの子達は王女殿下がけしかけた訳ではなく、おそらく自ら御力になりたいと思って動いているのでしょう…何とかして差し上げたいと思わせる力がありますから。王女殿下は」
でも公爵家の令嬢に睨まれるかもしれない危険を冒してまで喧嘩を売りに来るほどか?
王女殿下が背後にいるから大丈夫だと思ってるのかな。ああ、それに加えて自分たちが正義だと思っているから強気なのかもしれない。王女殿下が庇護欲をそそるタイプというのは何となくわかるが…。どうにもピンと来ないのは、王女殿下は稀に見るトンデモ美少女だけど俺にはそう見えていないからだろうか。多分そうだな。うん。
「それほどなんですねぇ…」
「おわかりになりませんか?」
「あんまり…。甘やかし過ぎでは、と思ってしまいますけど」
「ふふ、そうですか」
甘えるような視線で俺を見てジュリ様が笑った。最近ようやく俺の愛を信頼してくれたように感じる。
俺が直接彼女たちに言いに行きましょうか?と提案したが、「わたくしに言わされている、と判断されるだけでしょう」とジュリ様は言い、皆も同意したので断念した。ぐぬぬ。
新一年生らしき生徒がちらちらと少し遠くからこちらを窺っている。次の挨拶希望の子たちだ。
俺は片手をジュリ様に差し出して、彼女が手を重ねる。
自己紹介をするその一年生は少し赤面しながら俺たちの繋がれた手をチラ見していた。
俺の親指がすりすりと彼女の手の甲を撫でていたり、それを諫めるように彼女の指が上から押さえたりと、手指だけでイチャイチャしていたからである。
これは俺が最近思いついた仲良しアピール方だ。ジュリ様は少し恥ずかしそうだが、満更でもなさそうだったし文句も言わないから許されてると思う。セクハラではない。




