ロス
王都の茶店、以前先輩と待ち合わせた所。貸し切りなのでピシッとした店員が部屋の外に控えている以外に人はいない。
「本日はお招き有難うございます」
入室したエイリーン様がスカートを摘まんで優雅に礼をする。ドレスは明るいペパーミントグリーンで装飾控えめ、上品な白いリボンで髪をまとめている。彼女を視界に入れた店員が男女問わず目をかっぴらいている。え、どうした?と思ったがどうやら彼女の美しさにびっくりしている?らしい。
付き添いはお兄さんのエミリオ様。一回だけ夜会にご一緒した、親切だが案外油断ならない人である。エミリオ様は爽やかスマイルで俺に小さく手を振った。軽く礼を返す。
「御足労頂き感謝します。…エイリーン嬢」
ディネロ先輩が花束を持って彼女に近付いた。顔はクールだが緊張は伝わってくる。俺は音を立てないように後ろに控えながら、多分先輩本人よりも緊張した顔をしてる。
「家格も下の成り上がり貴族であることは重々承知だが、君に求婚することを許してほしい。君が別の人に心を寄せていたこともわかっている」
え、エイリーン様好きな人いたの?!エイリーン様でも落とせない男って…既婚者か何かだろうか。それでも告白するなんて勇気あるな…。
「…気付いていらしたの。でもそれはもう御心配には及ばないわ、わたくしが聞いたところ女性の方が殿方よりもそういう切り替えが早いそうでしてよ」
エイリーン様は扇で口元を隠しつつフッと笑った。俺も聞いたことあるな、男の方が過去に未練たらしいものだって。男の恋は別フォルダ保存、女の恋は上書き保存、みたいな?
「そうか。失礼した。…僕はあらゆる物を品定めするような癖がある。僕が君以上に価値と魅力を感じる人は、人生で二人といない。もし君が僕に応えてくれたら…君と一緒なら、マルシャン商会を国一の商会に出来ると確信している。僕と結婚してほしい」
その言葉を聞いてエイリーン様は目を瞠った。ぱちぱち長い睫毛を瞬かせ、数秒後――――笑い出した。
「ふふっ…ふ、あはははっ…!あはっ…!っ…!」
扇で顔を隠しながら、彼女はおかしそうに笑った。声を殺そうとしたが思わず笑い声が出てしまった感がある。つまりガチの笑いだ。
エイリーン様以外はぽかんとしてその笑い声を聞いていたが、先輩は顔色がサッと悪くなり視線を落とした。
「あ、ああっ!ごめんなさい、違うの、馬鹿にした訳ではないのです、… ディネロ先輩、そんな顔なさらないで。先に結論を申しますわね、――喜んで、お受けします」
「えっ…」
扇を畳み、エイリーン様が両手を前に差し出した。先輩がハッとして花束を渡す。彼女は受け取ってふんわりと笑い、嬉しそうに花束を見つめた。
っっっ よっ ………… っしゃ―――――――――――!!!!!!
俺は心の中でガッツポーズする。先輩はまだ情報処理中なのか呆気に取られている。
「―――い、いいのか?本当に?いや、僕は勿論、嬉しいが…」
「そのつもりで来ましたから。それに…さっきのお言葉が嬉しかったのです。……実は先日他の方に求婚された時、『隣にいてくれるだけでいい、それだけで幸せだ』と言って頂いたのです。でも…思ってしまったのです。それなら、それだけなら誰でも、いっそお人形でも出来るではないの、と」
皮肉気な笑みを浮かべた彼女は、再び花束で口元を隠した。
その求婚者、もしかしてヤークート様かな…。
「勿論、そんなつもりで仰った訳ではないとわかってますわ。でも、嬉しくなかったのです……申し訳ないけれど。…そして、先輩は『君と一緒なら、マルシャン商会を国一の商会に出来る』と言いました。ふふっ…、わたくしを働かす気満々で」
「う…甲斐性の無い発言だったか…」
「いいえ、嬉しかったのです。自分でもわかっていなかった、欲しかった言葉を貰えたと思いました。それが妙におかしくて…面白くなってしまって。…わたくしにも出来ることはあると認めてもらえたみたいで、嬉しかったのです。ご存知とは思いますが、商売に興味がありますの。黒服を流行らすお手伝いをした時からずっと…。……流行を作るということは、規模は小さくとも世界を変える、歴史を作るということなのだと実感したのです。そういう仕事をしたいと思った… きっと、男性に言い寄られるくらいしか能がなかったこの美貌がやっと私の役に立つ」
エイリーン様は顔を上げて晴れやかに笑み、先輩を見つめた。
「どうぞ、わたくしを存分に使って物を売って下さいまし。貴方と一緒に働きたいわ」
「っ……!!ああ…君に、後悔させない」
先輩が花束ごと彼女を抱き締めた。「きゃっ…あははっ」と楽しそうな声が背中の向こう側からした。
「言っておきますが、浮気や妾は許さなくってよ?」
「君を迎えておきながらそんなことする輩は嬲り殺されても文句は言えない」
嬲り殺… うん、大袈裟とも言い切れないのが恐いところだ。まあ先輩はそんな馬鹿なことはせんだろう。
その幸せそうな光景に先輩の今までの頑張りを思い浮かべて重ね、ちょっと泣きそうになる。
良かった~~~~~先輩~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!
頑張った甲斐がありましたね!!!!!
『隣にいてくれるだけでいい』も口説き文句としては全然悪くないと思うが、エイリーン様には刺さらなかった。こういうのはもう相性だよな…。お気の毒だけどしゃーない。
「めでたいですねアマデウス殿」
「ぅわっ!は、はい」
エミリオ様がいつの間にか隣に来ていてびっくりした。
「エイリーンを宜しくお願いします」
「え?私に?」
「ディネロ殿とまとめて、ですかね。権力で守るのは貴方ですから」
「…ああ。はい。お任せを」
その時は、出る杭として潰されないようにマルシャン商会の後援を…という意味で取っていたが、厳密には違う含みがあった。
前提として、ランマーリ伯爵家がエイリーン様をお偉方に嫁がせたかったのは、玉の輿狙いもなくはないが絶世の美少女である娘を守る為でもある。並の家の男だと地位が上の者が脅したり消したりしてエイリーン様を手に入れようと画策する可能性があるからだ。
なるほど、飛び抜けた美形だからパワハラ・セクハラ回避の為に富と権力を必要とする。美形には美形のリスクがある。マリアという例が身近にあったのにすぐには思い至らなかった。
先輩との婚約を伯爵家が認めたのは俺の存在があったからだったらしい。
経済的には不自由しないにしても男爵家では権力が足りない。エイリーン様を守り切れないと伯爵は渋った。
しかし俺と連名で発明・開発していたと知れ渡り、ディネロ先輩及びマルシャン商会のバックには俺つまりいずれはシレンツィオ公爵家がつくとわかった。それならばおいそれとその辺の輩は手出し出来まい、と認め、許したのだ。
ランマーリ伯爵夫妻は「しかしそのアマデウス殿がエイリーンを欲しがったらどうする?」と心配したそうだが、「その可能性はほぼない」と説得してくれたのはエミリオ様だったそうだ(エイリーン様自身もそれはないと主張したが本人の申告だけでは信用されなかった)。
少し交流しただけなのに何だかエミリオ様には妙に気に入られているような気がする。何でだろう。
エミリオ様のまとめてよろしく、は本当によろしく頼むだったのだ。責任重大である。
※※※
間もなく先輩とエイリーン様の婚約は王家にも承認され、学院にも掲示された。
エイリーン様の卒業を待って結婚になる。
俺は見に行かなかったのだが、見に行ったリリーナが「殿方が絶望する顔を一生分見たかもしれない」と言う程混沌としていたらしい。
エイリーン様に憧れていた男子生徒たちは取り繕いながらもその日一日何とかやり過ごした。もしくは断念して早退した。そしてその次の日はここ十年くらいで一番欠席が多い日だったという。
因みにリーベルトとハイライン様もどことなく元気がなかった。ちょっとショックだったらしい。
ペルーシュ様曰くヤークート様はそれから数日休んでいる。しかしたまたま見かけたモルガン様は全然平気そうだった。あの人はそういう切り替えがすこぶる上手いのかもしれない。
これはあれだ。あっちの言葉でいうと“エイリーンロス”ってやつだな…。
有名人の推しが結婚発表とかするとファンがショック受けちゃうやつ。俺はそういう風に入れ込んだ推しはいなかったから経験はないのだが、気持ちは何となく想像出来る。皆早く立ち直るといいな。
発売から一月ほど経った時、マルシャン家が子爵位を賜るお触れが王家から出された。
※※※
婚約、結婚といえば…リリエを狙ってマリアを害してしまった踊り子ザーラの一部始終。
演奏会の日程を全て終えるまでは牢に入れて保留にしていた。
被害者マリアの養父としてそのまま死刑にすることも出来たが、バドルに「二人の意見も聞いた方が良い」と言われ、シャムスはマリアとリリエに改めてどうしたいか尋ねたそうだ。
マリアは、リリエに任せる、と答えた。思うところがない訳ではないが、回復した現在強い恨みなどは無い。無罪放免にはしたくないが死刑にしてほしいとまではいかないと。
そしてリリエは、悩んだようだったが「死刑以外の重い罰に出来ないだろうか」と訊いた。
仲が悪かったとはいえ、一座で寝食を共にした仲だった。ザーラと懇意にしていた一座の仲間もいる。死刑にしたとなると折角のめでたい結婚に影を落とす。結婚した日を巡る度に思い出してしまう気がする、と。
その辺りを考慮して話し合った結果、“監獄送り”にすることになった。
国の最北端の地に、犯罪を繰り返す等更生が望めない犯罪者を収容する巨大な監獄がある。死刑にするほどではないと判断された罪人が集められ、見張られて自由の無い生活と労働・奉仕活動を強いられる場所。高貴な身分だと修道院に軟禁されることになるが、施設が多少上等にはなるものの生活は大体同じ。
シャムスが通達し、騎士から「死刑か監獄送りか選べ」と言われたザーラは監獄を選んだ。
そりゃ死にたくないだろうからなぁ。
しかし釈放が望める軽犯罪者の牢獄とは違い、そこは基本的に死ぬまで出ることは出来ない(親族や関係者が大金を払って引き取る例が極たまにある)。そして病気になっても治療はしてもらえない(その為案外ちょくちょく死人が出るので満杯になったことはないとか…こわい)。
人によっては死ぬより辛いと感じるかもしれない。でもめちゃくちゃ質素らしいが衣食住は与えられるし、案外慣れて敬虔に暮らせる可能性もなくは…ない。
一座の仲間も監獄送りとはいえザーラが死刑ではないことにひとまずほっとして、リリエを祝福するモードに入れた。
エノテカ座の実力がある程度認められる者は楽器隊に雇い入れた。以前から俺の演奏会に出てもらっている楽器隊は元々伯爵家のお抱えなのでそこに加わる。住居を紹介したり最低限の作法を指導する者を派遣したりした。リリエの親しかった座長とその奥さん、何人かは楽器隊に入り、実力が足りなかった者たちはまた旅に出たり、この領に留まりたいと強く希望する仲間にはロージーとリリエが仕事先を紹介した。
ロージーとリリエの結婚式は、諸々落ち着いた秋に行われた。
親しい者たちだけ招き、ソフィアの勤める教会で。夫婦が白い服で神父様の前で結婚の同意をし、花嫁のベールを婿が上げる。決まっているのはそれくらいだ。
平民の結婚式と段取りは変わらないが、衣装や小物は質の良い物を誂えており上品だった。バドルとシャムスが結構こだわってコーディネートしたそうでロージーとリリエはなすがままだったという。
上半身は体に沿ったシンプルな形で、大ぶりのフリルが膝下から裾を飾る白いドレス。白い花を象った髪飾りが赤茶色の髪に映える。リリエのスタイルが良いのがよくわかる。
白のスーツに光沢のある灰色のタイをしたロージーも良い男だ。リリエがしてくれたのか、目の下のクマも化粧で隠してる。
教会の窓から差す光の中、微笑み合う二人。俺は何故か急に心細い気分になった。
ああ、ロージーが結婚しちゃったなぁ… とそのまんまのことを思いながら。
ふと、地球の俺の弟はもう結婚とかしているんだろうか、とか考えた。
身内が結婚してしまった時の気持ちになってるんだろうか。兄のような存在が兄嫁に取られたみたいで寂しいのだろうか。
別に離れていく訳ではないのに。
これも“ロス”、ってやつなのだろうか。
視界の端、バドルが目元をハンカチで押さえた。バドルの背中を撫でるシャムスが優しい顔をしていた。




