発売開始
事前に手紙でしっかりやりとりしていたので本当に確認だけだが、最終チェックなので神経は使う。
ふう、と息をついたのがシンクロして、「休憩するか」と先輩がメイドにお茶を頼んだ。
休憩するのを見計らってたのか、マルシャン男爵とディネロ先輩のお兄さん二人がメイドと入れ替わりで入ってきた。男爵が先輩に「お前、少しでいいから目を閉じて横になってきなさい」と言う。
「え…いや、客人が」
「我々がおもてなししておく」
疲れがかなり目に来ているっぽかったからな。何度も眉間をぐりぐりと揉んでいた。15~20分くらい仮眠とか、体を休めればマシになるかも。
「そうした方が良いと俺も思いますよ」と勧めると先輩は渋い顔で「…すぐ戻る」と言って部屋から出て行った。
「改めましてアマデウス様、お噂はかねがね。息子がお世話になっております」
マルシャン男爵はディネロ先輩をそのまま40代くらいにしたようなイケオジだ。お兄さん二人もよく似ていた。ただ三人に眼鏡はなく、身体は少したくましく活発そうな印象。バリバリの商人なんだもんな。家の前で挨拶した男爵夫人は40歳前後に見える小柄な美人だった。皆この世界基準でもなかなかの美形だろう。その辺の貴族よりも平民出身の金持ちファミリーの方が美形だったりするの、何となく妙なリアルを感じてしまった。
「こちらこそ、ディネロ先輩にもマルシャン商会にもお世話になっております。これからも頼りにさせて頂くつもりです」
そう言うと彼らは緊張していた面持ちを緩ませて顔を見合わせた。(よかった)(よかったな)みたいな視線を交わしている。俺がどんな奴か知らないから不安だったのかもしれない。
「それでその…単刀直入にお聞きしますが。アマデウス様から見て、息子の求婚が成功する見込みはあると…思われますか…?」
男爵が少し声を潜めて俺に尋ねた。それは気になるわな。
息子が国一と名高い美少女に求婚、大抵の親なら動揺することだろう。しかも貴族の格は上である相手に、嫁に来てもらおうというのだ。俺が親だったらめっちゃ慌てると思う。(だ、大丈夫?!?こっぴどくフラれてトラウマにならない?!?!)って心配する。
「…私としては成功の見込みはあると思っているんですが。エイリーン嬢と先輩は在学中から仲良くなさってましたし。しかし彼女の家の判断などもあるでしょうから…どちらとも」
「…なるほど」
「ご期待に沿えず…」
正直俺は 多分…イケるっしょ! くらいに思ってはいる。だが期待させてダメだった場合死ぬほど申し訳ないので曖昧にしておいた。
「いえいえ、…見込みが全くない訳ではないとわかって良かったです。…因みにエイリーン嬢はアマデウス様から見てどんな御方ですか?」
「お美しくて勉強熱心な淑女ですよ。男性に言い寄られるのに辟易していらっしゃいます」
結構図書館に入り浸ってたみたいだが、あそこだと言い寄られる心配が少ないからだろう。
「その!…金髪金眼でいらっしゃるって本当ですか?」
先輩のお兄さんの一人がそう聞いてきた。
「ええ」
「う、うおお…!!そんなん俺も惚れてしまうわ…」
「馬鹿、嫁に殺されるぞ」
「コラ、お客様の前だぞ…!」
お兄さんたちが小声ではしゃいで男爵が叱る。アットホームな光景。いや実際ホームだったわここ。
「…男爵は、この再生機たちは売れると思いますか?」
口からぽろっと質問が零れた。売れないと思っている訳ではないが、興業的に成功するかどうか不安がない訳ではなかった。大きい商売だから成功したらリターンは大きいが、失敗したら…。
俺の不安に反して、男爵とお兄さんたちは三秒きょとんとしてから
「売れます」「売ります」「売りますよ」
とあっさり同時に返した。
※※※
王家に献上が許されるのは画期的な新商品、魔道具、国宝に値すると思われる宝飾品などに限られる。
価値が認められれば何かしら褒章が出る。そしてその道具の存在は城に掲示され使いが貴族に情報を持っていくので国中に知れ渡る。それなら宣伝バッチリだしガンガン献上すればよくない?と思ったが、いまいちな物だったら恥をかくし王族に微妙な反応をされても大失敗。リスクを考えて滅多にされないのだ。
マルシャン商会からディネロ・マルシャン、アマデウス・スカルラットの連名で献上された録音円盤と再生機は、瞬く間に人々の話題の中心を攫った。
俺は学院で「本当に音を記録出来るんですか?」「どうやって思いついたんですか?」「どれくらい魔力を消費するんですか?」などなど質問責めにあった。答えられるものは答えたが答え辛いものは「残念、それは秘密です」で通した。
売値は再生機が大銀貨五枚、円盤は大銀貨一枚。
もう少し高くても、と先輩には言われたが、大銀貨一枚がまあまあ稼いでいる平民のひと月分の給料くらいだ。最初のお客は勿論貴族なので高くてもいいのだが、全く平民に手が出ないというのは個人的に嫌なので、なるべく下げてもらった。裕福な平民ならギリギリ手が届くくらいがいいか、と先輩も納得してくれた。平民の間でも話題になれば将来の売り上げに繋がる。
用意した円盤は『ラモネ』『月光』『星空』『銀の馬の背に乗って』『小夜曲』。
音質は勿論生演奏や地球のCDには及ばないが、ノイズもほぼなくアナログなレコードにしてはかなり良いところまでいけたと思う。魔石を設置するしくくりとしては魔道具…とされているが魔力を使うのは円盤を回す時だけなので仕組みを知らない人にはものすごく魔力が少なく済んでいるように感じられるらしい。
発表直後から注文が相次ぎ、用意していた分はあっという間に売約済みへ。
予約注文に切替え、工房フル活動で追加生産を開始した。
※※※
どういう物かは秘密にしていたが発売と同時にシレンツィオ家に一つ贈ると約束していた。円盤も五枚つけて。
「ええ、本当に驚きました、新しい楽器とお聞きしていたんですが… 箱から音楽が流れた時は震えましたわ」
ジュリ様が少し興奮したようにそう言った。これは俺にではなくクラスの女子に話していた言葉。
俺には発売の次の日に「その、素晴らしかったです…!感動しました!これからいつでも家で聴けるだなんて夢のようですわ」と目をきらきらさせながら褒めてくれた。可愛かった。
「もうお家に?いいですわね、わたくしの家にはまだ届いていませんの」
「あ、デウス様が発売日にお贈り下さいまして…」
「あら~~」
「さすが」
「婚約パーティーのあの曲がまたあの歌手の声で聴けるということでしょう?楽しみです~!」
「母に円盤はひとまず三枚に絞りなさいと言われてしまって…」
「うちは新商品は評判を聞いてからでないと買わなくて…おそらく当分先です」
「音楽室に一台あったらいいのに!皆で聴けますわ」
「人が大勢入り浸ってしまいますわよ」
少し離れていたけれど俺は結構耳が良いので大体聞こえた。少ししたら音楽室にも寄付しようかと思っていたが、なるほど、混み合ってしまうか…?スプラン先生に相談しよう。
「おい…聞いているのかアマデウス」
「あ、はい?すいません聞いてませんでした」
「聞けよ。…エストレー侯爵家の茶会で『アマデウス殿は御自分の溢れる才能を守る為に婚約を急いだのだろう』『先見の明がおありだ』などとどこそこの子息たちが言うから『あれはそんな考えで婚約をした訳ではないと思う』と言ったら『ハイライン様はまだまだ世間擦れなさっていない』なんて笑われたんだぞお前のせいで」
「それは…なんかすみません」
「もっと真剣に謝れ」
ハイライン様がムスッとして俺を睨んだ。へらっとした謝罪ではご不満らしい。俺はそんな打算で婚約する奴じゃないよとやんわり主張してくれたのか。先見の明!賢いね!という言葉に反発したのかもしれんけど。
発売して明日で一週間。
録音円盤は大好評でマルシャン商会と俺の名声は広まった。先輩は名前より商会の名前で広まったが俺はそのまま名前が売れて、結果“天才”が定着してしまった感じ。元々演奏の腕は天才的と言われていたが、演奏に限定せずに特別優れた才能があるという見方が強まったっぽい。努力でどうにかなると周りが考える範囲をおそらく飛び越えてしまったのだ。
そこから俺に関して新しい見解が生まれたらしい。
権力や金狙いではなく『自分を守る為に』ジュリ様と婚約し公爵家の後ろ盾を得た、という考え方だ。
出る杭は打たれる―――身分が低いと才能を上から潰されてしまったり利用するだけされてしまったりする。そうならない為に。
全然違うが???????????
まあ身近な人はわかってくれてるけど…。ハイライン様のように「あいつそうじゃないよ」と言っても「お前ピュアだな~~www」なんて笑われちゃうのである。解せぬ。本人の友人の意見が正しいと思えよちょっとは。
実際、録音円盤と再生機のことをティーグ様に報告した時「お前、公爵家の婿に内定していて本当に良かったな…そうでなければこの発明を世に出すのは止めてた」としみじみ言われたくらいだ。
歴史に残る発明であることは間違いない。
マルシャン男爵家も褒美をもらうことだろうと噂されていた。王家から褒美の打診があったら陞爵を願う予定だという。
そしてついに―――――――――――先輩のプロポーズの時が迫る。




