美女は悪女の敵
ジュリ様の『話したいこと』、三年生も近付いてきたし俺はてっきり魔力測定の話か?と予想していたのだが違った。そっちもどうなってるか気になる。
「これからの対応はどうお考えです?」
改めて座り直したところ、プリムラ様が鋭くジュリ様に問うた。
「……父に報告すれば、王家に抗議すると思います。でも、あまり大事になるのは避けたいです」
「しかし不当に圧力を受けたのですから…シレンツィオ公からちゃんと抗議して頂いた方がいいのでは?」
カリーナ様がそう言ったが、俺も大事になった場合にどういう噂が立つかを想像し、あー嫌だな…と感じた。ジュリ様も同じだろう。
「公爵様からの抗議で、王女殿下がアマデウス様に本気と知れ渡ったら…アマデウス様と王女殿下は愛し合っているけどそれを邪魔するジュリ様…と解釈する者が大量発生しますわね」
プリムラ様が嫌そうな顔で言った。大量発生って言われると途端に虫みたいだな。
やっぱそうなるんかよ~~~~~~~~~~~~~~~~……
ルドヴィカ嬢の時もそういう感じの解釈があったしな…。『人の婚約者にちょっかいを出すな』という正当な抗議なのにジュリ様の方が悪者チックな噂になる可能性が高いとは。
ジュリ様の見た目、本当不利だよなこの世界で…。
「アマデウス様に関しても、純真な王女殿下を誑かした遊び人だと思う人が多く出ることでしょうねぇ」
理不尽~~~~~~!!!
つか王女殿下そもそも純真じゃなくない!??!??
今まではピュアというか箱入り娘って感じと思っていたが、『自分可愛いから貴方の恋人をいずれ盗ります、だから今別れて』とか言ってくる人間はとりあえず純粋ではない。
「アマデウス様、何か誤解を招くようなことを仰ってませんよね?王女殿下に好意を持っていると思われそうな…」
「う……言ってない筈ですが…」
やましいことはないのに(もしや気付かないうちに紛らわしいこと言ったか…?)と自信が揺らぐ。
「まぁまぁプリムラ、殿下を可愛らしいと思って楽しくピアノを教えてしまうくらいは浮気には当たらないでしょう?そこを責めるのは流石にお気の毒ですわ」
「カリーナ様、楽しくはなかったですよ」
「え…そうなのですか?」
「ロレンス様にギラギラ睨まれながら教えるのはきつかったです…だからスプラン先生にお願いして代わってもらったんです」
「…デウス様が教師役を辞退したのも、わたくしがそう仕向けたせいとお思いかもしれませんね」
「そ、そんなこと思います???」
悩ましそうなジュリ様の言葉にハテナを浮かべるとリーベルトが苦笑した。
「スプラン先生も言ってたでしょデウス、全男子生徒の羨望の的なのにって。普通嫌がらないんだよ」
スプラン先生も『ロレンス様を煽って楽しんでるのかと思った』とか言ってたな、そういや…。
「婚約者がいる男なら普通に嫌がるんじゃ?周りに誤解されたくないでしょうし…」
「王女殿下と恋仲であると誤解される、まで行く男子がどれだけいるかという話になりますわね」
プリムラ様曰く。
婚約者候補である侯爵令息二人よりも魅力的とある程度周囲が認める令息でないとその誤解まで至らない。多少秀でた才能があっても学院内での指導役として都合が良いのだろうぐらいで留まる。
例えばリーベルトが指導役として呼ばれていたなら、あまりに釣り合わないので恋仲だと誤解はされない。(いたとしたら)婚約者もやめろとは言わず、むしろ光栄なお役目を仰せつかって鼻が高いと褒めるだろう と。
リーベルトの目の前でそんなこと言わんでも…と思ったが、彼も当然、という顔で肩を竦めた。
――――――つ、つまり……俺が人気者だったばっかりに…?
…なんて心の中で思うだけでも自意識過剰な気がして恥ずかしいが。目立つことをしている自覚はあるし実際好かれてしまってるようなので何も言えん。
「…私から『王女殿下に好意は無い』的なことを言った方がいいんでしょうか。でも不敬にならない言い回し…ありますかね…」
告白された訳じゃないのにフる、難しいミッション。
恋人に宣戦布告みたいな真似をされたのだから告白と同義かもしれないが、目上の人に『あんたと付き合う気ねーから!』をどういうタイミングと場所でどう伝えれば失礼にならないのか…。
「わたくしとしては、そんな危ないことはしない方がいいかと思っております。…王女殿下の反応が心配なんです。おそらく…人に素気無く、冷たくされた経験がほぼ無い方だと思うので…いざそうされた時、あまりに吃驚なさって取り乱したり、恥をかかされたと思ってデウス様を逆恨みなさったり…とか」
ジュリ様が不安そうに言う。
「…ないとも言い切れませんわね」
「それでは、見下げられたまま放っておきますの?釈然としませんわ」
プリムラ様は難しい顔をして、カリーナ様は不服そうにした。俺も正直まだムカついてるが…
国で最も尊い一族に生まれ、蝶よ花よと大事にされた姫が初めて失恋した時の行動…確かにわからん。普通に嘆いて諦めるかもしれないが、ショックを受けて妙なことをしないとも限らない。王女殿下、自分が周りに与える影響に鈍いところあるっぽいし…。
ふと、頭に過ったのは…美男の僧に惚れた姫が、約束を破られたと知って怒り狂い蛇に変身する話。僧を追いかけて、ついには焼き殺してしまう。どっかの寺の伝説だ。
恋心はたやすく憎悪や怨恨に様変わりし、相手を害することもあり。
藪を突いて蛇を出すかもしれない真似は慎んだ方が良い、ということで。
お茶会室から出て、三人とは別れてジュリ様の馬車まで一緒に行く。
いつものように中に入り込み軽くキスすると甘えるように胸元に頭を寄せて来た。自然とこうしてくれるようになるなんて俺たち進歩したよなぁ。あージュリ様の髪良い匂い。心臓のリズムが少しだけ早くなる。
「…何も反撃しないといっても、勿論、許せた訳ではないんです。デウス様、これから先誰に心を移したとしても王女殿下だけはやめて下さい…。そう思うくらいには、拗ねています…」
拗ねていますって自己申告するのなんか可愛いな と思いながら軽く抱き寄せる。
「移す気はないですけど了解しました。大丈夫ですよ、王女殿下を好きになる要素もうないですし」
「…そうですか?」
「恋人に嫌がらせしてきた人を好きになろうにもなれませんよ」
「…そうですか」
顔を上げて笑みを見せてくれたので安心した。
嫌いな人の恋が叶わないと知って感じる愉悦の笑み、というのは少々不健全だが。
相手が先に喧嘩を売ってきたのだから、それくらいの愉悦は彼女に許されてしかるべきだろう。
今気付いたが、俺はジュリ様がちょっと悪い女でも全然平気らしい。
※※※
『恋に浮かれる』演奏会は連日満員で盛況に終わった。
今回舞台演出に結構金かけちゃったけど希望的予測通りに黒字だった。
マリアの『恋』に文句はないが是非またアマデウス様の歌唱も見たいですという要望がちらほら寄せられた。機会があれば…と流す。あれは緊急事態の間に合わせなのでね…。
初日の俺の『恋』は“信奉する会”の会員に伝説の回みたいに語られてるらしく、俺の歌唱へのハードルが上がっているのを感じた。(俺が人前で歌うのは)今はレアだからってあんま持ち上げないでほしい。
そしてマリアとソフィアが無事くっついた、というのをバドルからこそっと報告された。
どういう経緯でくっついたのかは当事者二人しか知らないらしく、リリエとくっついた時のことを散々揶揄われたロージーはやり返すことが出来ずに不満げだという。マリアの方がそういうとこ隙が無いな。
相談していたスザンナにソフィアが、ロージーにマリアが報告してロージーからバドルに、バドルから俺に共有。
相談相手には打ち明けるが進んで周りに言いふらしはしない。平民の間だと同性愛はまだ怪訝な目で見られるのでそれがいいだろう。
バドルに伝わったならシャムスにも伝わる…知らないのは専属楽師だとラナドくらいだろうか。知った所でラナドは軽く流しそうではある。勝手に伝えるのは良くないので本人たちに任せよう。
…と思ってたらマリアは大分打ち解けたシイア夫人に教えたらしく、ラナドも聞いたと練習の時に知った。
二人はしっかりしてるから練習中特にいちゃついたりはしないが、時々交わす視線が甘々な雰囲気を醸し出している。幸せならOKです。
暫くは勉強に集中したり、最近盛んになってきた印刷を営む工房に楽譜の印刷を依頼してみたり、覚えている色んな曲をひたすら楽譜にしたり、録音円盤にいつか付けて売りたい解説書の仕様を皆で考えたりして日々過ごした。
※※※
放課後に何度か王女殿下に遭遇した。必ずジュリ様がいないタイミングで声を掛けてくる。
いつも通り他愛のない話しかしないが、なるべく早めに切り上げて逃げることにしている。俺は自分で意識しないでも彼女を見る目がかなり冷めていたと思う。向こうも気付いたようで不安そうな顔で窺ってきた。
「アマデウス…もしかして、まだイリスのことを怒っていますか?」
「え?…あぁ」
イリス嬢に脅されたことか。正直あの後色々あったからすっかり忘れていた。イリス嬢じゃなくて自分の行いを振り返ってほしいものですが… と口から出そうになったが、堪える。藪を突かない突かない。
「いいえ、それはもう気にしていませんよ。それでは、大事な用がありますので御前を失礼致します」
「あっ…」
しゅんとする王女殿下と目付きの険しいロレンス様、しかめっ面のイリス嬢を残してさっさかと立ち去るのがいつもの光景になっていた。
大体一緒にいるリーベルトは「罪悪感がすごい…」と毎回眉を八の字にする。何もしてないのに。
王女殿下に憧れていたリーベルトは彼女の性格がちょっとアレであったことに「残念だよ~…あんなに可憐な方なのにね…」と凹んだようだったが、本気で好いてた訳ではないからか少しだけだった。
しかし毎回王女殿下が表情を曇らすとダメージを受けている。
…これくらいつれなくしてれば諦めてくれるんじゃないかと淡い期待をしているが、どうだろう。
※※※
秋になり、マルシャン商会から分厚い報告書と招待が届き、ディネロ先輩を訪ねた。
比較的新しいとわかる、伯爵邸とあまり変わらない広さだが少し簡素な装飾の邸宅、マルシャン男爵邸へ。
ディネロ先輩と彼の兄二人、マルシャン男爵、奥方が玄関扉前に揃って迎えてくれた。
「よく来てくれたアマデウス。来てくれ」
ディネロ先輩はいつも通り俺にそう言って家の中へ招いた。俺に敬語を使わない彼に家族は少しぎょっとしてわたわたしていた。大丈夫ですよという気持ちを込めて笑いかけておく。
―――案内された部屋には完成品の録音円盤再生機が所狭しと並んでいた。
完成した録音円盤は布袋に入って机に重ねられている。
「明日、王家に一台献上。販売の申請など諸々済んでいる。国中に新製品の知らせが回るのは明後日だ」
「頑張りましたね~~~~~~~~~!」
先輩の顔をよく見ると疲労の色が見えた。そう、もっと時間がかかる筈なのだがかなり急いだのだ。本当お疲れ様です。今日はこれらのチェックと販売の手筈等を細かく確認し合う。
「エイリーン嬢との約束は、一週間後。…立ち会ってくれるな?」
「お供します」
事前に手紙でお願いされていた。先輩が王都のとある茶店を貸し切ってエイリーン様に婚約を申し込む。そこに立会人として一緒に来てほしいと。
そういうプライベートな場面では身内が同行するのが普通だが、彼の家族は貴族教育を受けていないのと、知り合いの方が彼女もいいだろうとのことで俺に頼んだらしい。単に家族の前の方が恥ずかしいのかもしれないが。
さーて来週のアマデウスは?
ドキドキの新商品・録音円盤発売、国一の美少女へのプロポーズに立ち会う、の二本です!
日曜日の某アニメ次回予告みたいに脳内で言ってみたは良いがドキドキはエキサイティングの方ではなくナーバスの方だ。
二つとも今後の商売とビジネスパートナーのモチベーションに関わる重大イベントである。気が休まらない一週間になりそうだった。
伝説は安珍清姫伝説です。




