第二聖女の憂鬱
【Side:コンスタンツェ】
「…ところで、アマデウスの弟に言い寄られているそうではないか」
勉強を教えてくれるという名目でまた私の自習している教室に来たユリウス様…とヤークート様。
ヤークート様は不本意そうに少し離れた所で座っている。ユリウス様は私の隣の机の上に行儀悪く腰を掛けて足を組んでいる。機嫌が悪そうだ。
「あー…ジークリート様のは別に…聞きたいことがあるって話しかけてくるだけで…」
「そんなのは言い寄る口実に決まっているだろう」
口実じゃないのよねぇ!!!!!
口実だったら拒絶して終わりに出来たかもしれないのにね!!
…ジークリート様への返事。ネレウス様の指示は『「何も答えられない」で通せ』だ。
勿論、「何でですか?“ネリー嬢”としてはっきり断ればいいでしょ」と詰めたが、
「はっきり断ったら、諦められてしまうだろう」としれっとした顔で返された。
「…はい?」
「暫く焦らしておいて、満を持して再会した時に誘惑すれば『男でも良い』と思うかもしれない」
「ちょっとよくわかんない…何を言ってるの???」
ジークリート様の好意に満更ではないらしいネレウス様は、どうやら彼を恋人候補として保持しておきたいらしい。
そういえばどちらかといえば男の方が好きとか言ってたっけ…。まぁそれはいい、別にネレウス様の恋愛に口出しするつもりはない、しかし、おい。質問攻めにされる私の身にもなれ。
ネリー嬢の情報を求めて追いかけてくるジークリート様を躱し、「どんな手を使ってジークリート様に取り入ったの?」「きっと貴族令嬢には出来ないような手をお使いになったのね、そうでないと説明がつきませんもの」とその辺の令嬢にネチネチと絡まれ、クラスの友人たちには「ユリウス殿下は貴方を揶揄っていらっしゃっただけだろうけど、ジークリート様は真面目だし安心出来る嫁ぎ先じゃない、本当羨ましいわ~」なんて嬉しくない祝われ方をし。違うそうじゃないと言っても照れてるだけとか謙遜してるとか思われて信じてもらえず。
そんなこんなでここ数日私はくたびれている。
…その為、不満そうに口を尖らせたユリウス様に弁解するのが急に面倒になった。
私の気も知らずに可愛い顔しやがって。
「…だからなんです?」
「…何だと?」
「言い寄られてるからなんなんですか。ジークリート様から追いかけられるのもネレウス様に誘惑されるのも私の自由ですしー。…ほっといて下さい」
そもそも弁解する義務などないのだった。私はユリウス様の恋人でも婚約者でもない。ネレウス様と話していて何だかうっかりそんな気分になっていたが……
そう。私はユリウス様に好きとも何とも言われてないのである!
…周囲から見たらそれこそ「揶揄われている」だけ。友人の反応でそれがよくわかった。私が王子妃になるなんて本気で思っているのはきっとネレウス様くらい。
勝手に一人で…いや、ネレウス様と二人で、か? 思い上がっちゃって、…馬鹿みたい。
そう思うと恥ずかしいわ気分は落ちるわで弁解も面倒になって投げやりに返した。
すると急に字を書いていた右手を掴まれ、ぐいっと引っ張られて椅子から立たされた。
「うわっ、え…何ですか」
「私を試しているのか?そういうやり方は好かん」
強い眼差しで射貫かれたかと思うと、すっと目の前が肌色と金色で埋まった。唇に柔らかいものが当たる。
「!…んんんん?!?!」
「…ん、ふ、色気の無い声を」
強引に口付けられたと気付いて呆気にとられる。驚いている私を抱き寄せ、ユリウス様はもう一度私に顔を寄せた。
抵抗しようなんて思いつきもせず。
反射的に目をぎゅっと瞑り、されるがままになった。
「……其方は私のものだ、そうだろう?」
何度も接吻されて腰が抜けそうになっていた私にユリウス様は不敵に微笑む。
……いや初耳ですが?????
見惚れて流しそうになったがぐっと腰に力を入れて体を立て直し、思いっ切り右手を彼の頬へ向けて振る。パン!!!と小気味良い音がして彼は「う“っ」と呻き、私の体から手を放した。
「何をする!」
「こっちの台詞ですけども!?!?」
「私に惚れているだろう!?」
「惚れてるからって勝手にこんなことしていいと思ってんですか?!?」
「叩くことなかろう!」
「事前に許可を得ないでこんなことしたら殴られて当然です!!大体こういうっ…のは、ちゃんと好きとか言ってくれてからでしょっ!!??」
「それは…そうか。すまぬ」
相変わらず意外と素直である。
ユリウス様は頬を軽くさすってからじっと私を見つめて私の横髪を撫でた。顔がすごく赤くなってることは予想出来る為恥ずかしい。けど目は逸らさない。
「…手慣れてますけど、色んな人とこんなことしてるんじゃないでしょうね」
「そ…そんな気軽に手は出さぬ。まぁ手解きは受けたが…それは割り切った遊びだ、弄んでいる訳ではない」
貴族の男子は年頃になると高級娼婦から閨教育を受けるらしいってちらっと同級生(女子)から聞いたけど、それかしら。…面白くはないけど、昔のことに目くじら立てても仕方ないか。「ならまあ、いいですけど」と返すと彼はホッとした顔をした。
「…其方が他の男に靡いているかと思うとつい頭に血が上った。許せ。…コンスタンツェの前では、私は王子ではなくただの少年になってしまう。それが心地よくもあり、どこか恐ろしくもある…其方を失ったら二度とただの少年には戻れない気がして。安らぎも高揚も、私の暮らしからなくなってしまうような気がして…」
何故私を気に入ったのだろうと思っていたけれど、そんな気持ちで私といたのか。
お気に入りのおもちゃに対する執着みたいな言葉だ。
―――でも、それが愛ではないなんて誰に言えよう。
「…ちゃんと、好きって気持ちを示してくれるなら、私はユリウス様のお傍に、います…」
何とかそう絞り出すとユリウス様は嬉しそうな笑みを浮かべ、「私のコンスタンツェ」と囁いて私を抱き締めた。まだ信じられない気持ちのまま彼の背中に手を回してひたすら体温を感じていると、彼の体が徐々に後ろに倒れていく。
「―――――ん? ユリウス…さま―――ッ??!!?」
後ろにそのまま倒れ込みそうなのを何とか踏ん張って耐えた。腰に手を回していて良かった。ずるずると座り込む。
「…えっ!?何だ?!貴様殿下に何をした?」
ずっと背中を向けて気配を消してくれていたヤークート様が何事かと振り向いて寄ってきた。そう、彼にはずっと聞かれていたのだ。ユリウス様はあんまり気にして無さそうだったけど私は恥ずかしかった。婚約者でもない男女を迂闊に二人きりには出来ないから仕方ないが。王族を身分の低い小娘と二人きりにするのもね、普通にダメだもんね。多分私を娶ることには反対だろうにこんなところに居合わせなきゃいけなくて可哀想…、あ、いや今は何故か半目で気を失いかけているユリウス様のことが先だ。
「別に私は物理的には何も…!!―――あ″」
―――――――聖女候補のような大量の魔力を粘膜接触で混ぜ合わせたら、相手は気分が悪くなるって…ネレウス様が言ってたような……――――――
「大丈夫ですか殿下!?」
「―――…ハッ。急に眩暈が…何故だか…眠い…」
「ほ、保健室の先生呼んできます!」
私は保健室の治癒担当の先生を呼びに走った。
頭痛や他の体調不良は無いと丁寧に確認した先生に、「軽い眩暈ならむやみに治癒魔法をかけるよりしっかり休んだ方が良いと思う、何か不調が出たら王家の治癒師に相談を」と諭され、ユリウス様は支えられながら馬車へ連れて行かれる。
複雑な気持ちでそれを見送る私。
「……魔力の調節って出来るって言ってましたよね!?どうやるんですか?!?!」
帰りの馬車でそのまま神殿に突撃しネレウス様に報告がてら、口付けする度にユリウス様が昏倒しないように魔力量調節の特訓を申し出た。




