大きな一歩
「成功した~~~~!!!!よっしゃあ!!!!」
道具が揃って俺は録音の実験を始めた。
最初に用意した硝子の円盤に上手く溝が刻まれなかった。硝子に傷を付けるだけの力が針を支える器具になかったのだ。やはりレコードになる素材を先に用意するかと中断。
まず、薄い円の金属板に塗料を均等に塗ったものが要る。
柔らかく細かい溝が彫れる、丁度良い塗料を探す。塗料をいくつか取り寄せて板に塗って観察して、乾燥が速く柔らかい物を選んだ。
金属板に合わせた入れ物に塗料を流し込んで均等にして乾かす(実際作業をやるのは依頼して呼んだ楽器工房の若手職人。俺は終始見守ってた。自分でやろうとしたら手を怪我したら事だからと周囲に止められた)。しかし何度やっても細かい埃がついてしまっていた。傷や埃が付いていると雑音が入るのだ。もしかしたら…と思って風呂に湯を張って締め切って試したところ、上手くいった。
液晶の保護フィルム貼る時、風呂でやると良いってやつだ。湿気で埃が舞わないから。
一定の速さで回転するネジ式の台にしっかり固定して乗せ、集音機能のある巨大なラッパ形の前で演奏。
針を落とすと次々彫られて出てくる樹脂の屑は職人に丁寧に取り除いてもらう。(これは一体何の作業なんだ…という顔をしつつせっせと取り除いてくれた。)
溝が刻めたらそれが原盤。
本来ならそれを銀でメッキしてニッケルのメッキを更に施してから剥がす。ニッケルにあたる金属を見つけられなかった(というかよく知らん)ので、ひとまず融点などを考えつつ試した。丁度良さそうな合金をフォルト親方が色んな職人と相談して何種類か見繕ってくれた。
原盤の凹盤に銀を流してから合金で固めて剥がし凸盤を作り、それに別の合金を流し込んで固めて剥がし凹盤を作る。商品にする場合もう一度合金で固めて剥がして樹脂で固めて…と繰り返すが、どの合金が上手くいくかわからなかったのでひとまずそれで再生できるか試してみる。
再生。
ボタンで大きさを選べる拡声器を取り付けたラッパと繋ぎ、台に樹脂の凹盤を設置する。見た目はほぼ俺の知る蓄音機。
最初の何回かは音がものすごく小さかったり雑音も入っていたり、回転の関係で妙にテンポが速くなってしまったりと満足のいく出来ではなかった。もう少し強力な集音の魔法陣を創れないかとディネロ先輩に相談したところ、商会の技術開発部と相談して魔法陣を改良してくれた。三年生になる前に少しだけ本で魔術について学んだが、まだ全然わからん。奥が深い。
録音のやり直し。
それを何回も繰り返した。
―――そんなこんなで試行錯誤を繰り返して、ついにまともに聴ける凹盤が完成した。
楽師たちとは別で作業していたので彼らは俺が何を作っているか知らない。とりあえず周りには『新しい楽器の開発』と言っていた。音を出す物を作ってるから嘘ではない。
録音から再生を見守っていた職人はぽかんとした後「機械から音楽が…?!」「すごい!これが貴族様が使える魔法道具ってやつなんですね?!」と興奮していた。
あれ…?そういえばこっち、まだオルゴールがない?
レコードよりも作るの簡単そうじゃないか…?
ぜんまい仕掛けとかを考えると楽器というより時計の方が近いかも。これも後で親方に相談してみよう。
レコードは再生機と合わせて売ると考えると高価になりそうだから、オルゴールの方がまず売るには簡単かもしれない。流れる曲のイメージに合わせたデザインの綺麗な箱にして。箱をシンプルにした物を安価にするとか。
出来たらジュリ様にプレゼントしたいかも。
職人たちは伯爵邸で見たことは口外しないよう言い含めて(口止め料も一応握らせる)帰す。
音楽室に運んで楽師たちに再生して見せた。
再生が終わった後皆はぽかんとして固まっている。
ラナドが最初に起動してキラキラした目で俺に問いかけた。
「…………魔道具…ですか?!素晴らしい!!音を記録する道具のことは以前アマデウス様が言及していましたが、それをお作りになったと…!!!」
「魔道具…なのかな、一応集音には拡声器とか魔法陣使ってるけど」
録音という行為自体には魔術は使用していない。しかし追いつかない技術を魔術で何とかしたのだから魔道具でいいのか。
ディネロ先輩からちらっと聞いた話だと、遠くを見る魔道具とか遠くの声を聞く魔道具というのはすでに開発されているという。魔力がかなり必要になるのでほとんど流通はしていないらしいが。その技術があるなら録音も出来るんじゃないかと思ったが、めっちゃ魔力を使うのかもしれないな。それなら拡声器用の魔石くらいしか魔力を消費しないレコードが画期的なのも理解出来る。
「この機械が音楽を記録しているのですか?」
「記録してるのはこの円盤だね。再生してるのがこの機械」
ラナドが機械の周りをぐるぐる回ってキャッキャしている。それに釣られて皆が近付いてきて物珍しそうに観察を始めた。
銅の凹盤にまた合金でメッキして、それを冷えたら固まる樹脂に押し付けて固めて剥がす作業がまだある。
目星は付けてるが樹脂も試して選ばないといけない。
前世だと埃や傷がわかりやすくなるように塩化ビニールにカーボンブラックが混ぜられているからレコードは黒い。塩化ビニールには及ばないまでも丈夫な樹脂を見つけて、黒インクの粉を混ぜてみる?…まだまだ商品化するには遠いかも。
「………音楽の歴史が……変わりますね…」
バドルがぽつりと溢した。
音楽記録媒体はレコードから歴史が始まる。
エジソンは当初、録音を人の声を記録するものとして考えており音楽を記録するものとしては想定していなかったらしい。エジソンは音楽に対する好みが偏っており、あと性格的な影響もあってか蓄音機の市場では敗北した。
録音の技術は次々発展し、新しい素材の新しい機器が現れいずれこのレコードも時代遅れになる。
普遍なのは音楽が人々に愛され続けているという一点だけ。
「そうだね。新しい歴史の一歩目だ」
いずれ時代に置いていかれる発明品でも、最初の一歩がどれだけ大きいか。
俺の持つ全力で思い知らせてやろう、この世界に。
※※※
「今度の演奏会ではどういう曲を演奏するのですか?」
アナスタシア王女殿下とは校門へ向かう途中でよく遭遇した。ジュリ様がいない時に限って会う。ジュリ様がいる時は気を遣って声を掛けてこないのかな。イリス嬢とロレンス様はいつも通り。
「次の演奏会は『恋に浮かれる』が主題なので、明るい曲が多いですね。歌詞もうちの楽師たちがとても良い感じに仕上げてくれて」
「アマデウスの演奏会はスカルラット領でしかやらないのでしょう?わたくしは聴きに行けるかわかりませんね……残念だわ」
「楽譜が出たらお抱えの楽師に再現してもらうことも出来ましょう」
再現は出来たとしてもうちの歌手の歌声や舞台の臨場感までは感じられないから気の毒に思うが、レコードのこともまだ話せないしこう言うしかない。王族って権威はあるけど自由は少ないんだろうなぁ。
「音楽室で弾いて見せてもらえませんか?少しだけでいいので…!」
「え」
上目遣いの可愛らしいおねだりに怯む。期待した目で見られても困る、まだ楽譜発売前だし演奏会までは持ち出し厳禁でやっているのだ(スプラン先生には賄賂で渡したけど…)。応えるべきか断るべきか迷ったが、ここは譲ってはいけないラインだろう。
「大変申し訳ありませんが、演奏会までは外では… 演奏会の後でよろしければ」
「そうですか…」
王女殿下ががっかりした瞬間、イリス嬢がスッと俺に近付き木剣の柄頭を俺の顎ギリギリに突き立てた。
「!?何を、」
「黙れ」
後ろにいたリーベルトが警戒の声を上げるとイリス嬢が低い声で恫喝した。大きく開かれた目の瞳孔が開いてるように見える。
えっ、何で急にキレた!?!?!??
イリス嬢は木剣を腰に付けていた。今まで俺が見ていた限りでは付けてなかった筈だが。インテリ系と勝手に思ってたけどもしやボディガードも出来る系侍女なのか。
「―――伯爵子息風情がお嬢様と駆け引きなんぞして身の程知らずが。お嬢様が望んでいるのだから黙って従え。いつまでもそんな態度が許されると思うな…?」
リーベルトが後ろで息を呑んだ音がした。
王女の申し出を断ったことが逆鱗に触れてしまったらしい。駆け引き?っていうのは…よくわからんが。
王女殿下本人は驚いた顔で固まってるんだけど。ロレンス様も同じだった。ということはこれはイリス嬢の単独ブチ切れ行動か。
……王女殿下が怒ってるならまずいかもだけど、イリス嬢が怒ってるだけなら…
「―――――アナスタシア王女殿下。先程のお願いは、御命令ですか」
「……え?」
俺は柄頭を突き立てられたまま視線だけ王女殿下に向ける。
「先程のお申し出を、私はあくまで学友としてのお願い事だと判断しました。学院でまで王女と呼ばれたくないと仰った殿下のお言葉ですから。演奏会の楽曲は、多くの人間が協力して作り上げて守っている、私の商売の機密です。簡単に洩らすことは出来ません。…しかし、アナスタシア様が王女殿下として私に命令なさるんなら、この国の臣下として逆らうことは出来ません」
「…っアマデウス…」
「先程のお願いは、御命令ですか?」
命令なのかと繰り返し、笑顔を消して視線を向けると王女殿下はショックを受けた表情になった。王女として理不尽な命令をするのなら、俺も臣下として応じるがもう学友として振る舞うことは出来ない、という意図が正しく伝わったようである。
王女殿下の顔を見たイリス嬢はハッとして しまった、というような顔になる。
「いいえ、いいえ!命令などでは…!イリス、やめなさい!」
「お嬢様…っ」
「わたくしの侍女が無礼を致しました、謝罪します…」
今にも泣きそうな顔で王女殿下がそう言うとイリス嬢は打ちのめされたような顔になる。主人の為にしたことだったのだろうが、自分の言動を主人に謝らせてしまったというのは侍女としてかなりの失態だ。
「お嬢様、わたくしはっ…」
「イリス、もういいから、黙って頂戴。…もう行きましょう」
王女殿下たちは早足で去って行った。イリス嬢は去り際俺を鋭く睨んで、ロレンス様はイリス嬢の行動には困惑していたが去り際に俺を一睨みしていった。イリス嬢とロレンス様は俺を睨まなきゃいけないノルマでもあるの?
「デウス、大丈夫?ごめん、私がもっと早く反応出来てたら…」
「いやいや、あの突然のキレは無理もないよ。そもそもリーベルトは俺の護衛ではないし…」
リーベルトが心配そうに俺の顎を見る。至近距離に突きつけられただけで当たってないよ。
「王女殿下は公平な方で助かったね」
開き直ってこれは命令です!と言われたなら従う他なかった。でもまあ王族に睨まれるよりは情報漏洩の方がマシである。
「公平っていうか…王女殿下、本当にデウスのことが好きだね」
「え?…まぁ随分気に入られてるけどね」
「…デウス、まだ気付いてないんだ…あのさ、王女殿下に懸想されてるよ、多分」
リーベルトが声を潜めて俺に耳打ちした。
「………はい?」
「多分っていうか、確実に」
「………はぁ~~~~? じょっ、…冗談でしょ???」
「むしろデウスが王女殿下に落ちない方が不思議だよ、あんな春に咲く一番綺麗な花みたいな方に気にかけられてよく好きにならないでいられるね…私なら話しかけられて二回目で落ちてるよ。自分の言葉で悲しい顔をさせてしまったら死にたくなると思う」
そ、そこまで…!?!??
俺は前世で『千年に一人の美少女』と言われていたタレントを思い出す。
もしその美少女が同じ学校にいて、何故か気にかけられて気さくに話しかけられたら確かに惚れるかもしれない。二回目ってところがわかりみが深い。一回きりなら気のせいに出来るけど二回目は気付いちゃうんだな自分の気持ちに。
でもなぁ、この世界俺目線では千年に一人レベルがゴロゴロしてるから…。
俺にはもう俺のナンバーワンであるジュリ様がいるし。
つーか、え。
マジなのか。
王女殿下に惚れられてんの俺?何で?俺に婚約者がいること知ってるよな?婚約者がいるとわかってて?
―――こ、困るが……????
いや、まだリーベルトの勘違いという線が…それにハッキリそう言われた訳でもないのに拒否ることも出来ないし。無礼にならない程度に避けるしかないか…?
「ご機嫌よう。アマデウス・スカルラット」
そんな時、横から平坦な声に話しかけられた。そこには銀髪を三つ編みにした美少年がいた。一見少女にも見えるが少年だ。青白くも見える無表情で俺をじっと見つめていた。




