想色
授業が終わった教室で、ジュリ様に茶葉の瓶が入った箱をプレゼントした。
深緑の布張り木箱に白地で黄色の花刺繍のリボンがかけられて可愛らしい。包装は緑系で、とざっくりお願いしたのをメイドのベルが仕上げてくれた。
「ジュリ様、こちらが緑茶です」
「ありがとうございます、大切に飲みますわ」
嬉しそうに箱を胸元にきゅっと抱えてくれる。今だけ箱になりたい。
「まぁ素敵、中身はなんですの?」「教えて下さいませ」とクラスメートが集まって来てジュリ様に尋ねる。キャッキャしていて微笑ましい。
「話には聞いたことがあるが、飲んだことは無いな」
アルフレド様も緑茶を飲んだことは無いらしい。
「緑の茶か。そんなものあるのだな」
「珍しいらしいですね。一度買ってみようかな」
ハイライン様とリーベルトが興味有り気にそう言う。
地球のヨーロッパで茶はアジアから入ってきてほぼ輸入に頼っていたはず。茶の栽培は高温多湿な地が適してたんだっけ。空気が乾燥してるこの国で栽培は難しいか。紅茶の方が保存がきくので緑茶はこっちにあまり流れてこない。近場で量産出来たら良かったんだけどな。
※※※
「アマデウス!ご機嫌よう」
呼び出されなくなって二週間くらい、門の近くで輝く笑顔の王女殿下とばったり遭遇した。両隣にはイリス嬢とロレンス様。水戸黄門に助さん格さんくらいの貫禄。
ジュリ様は新規のご友人とのお茶会中で、リーベルト他男子陣も訓練中、たまたま一緒にいたのはリリーナとプリムラ様。この二人は情報交換をよくしていて混ぜてもらっていた。
「これは王女殿下、ご機嫌よう」
「どうかアナスタシアと呼んで下さいまし。学院でも王女と呼ばれるのは何だか寂しいのです」
「そうですか?…ではアナスタシア様。どうですか、ピアノの練習の方は捗っておいでですか?」
「ええ…今は他のお勉強を優先していてあまり弾く時間が取れないけれど、頑張りますわ」
リリーナとプリムラ様はスカートを摘まんで軽く礼をした後黙って後ろで佇んでいる。
「そちらの方々はご友人ですか?」と王女殿下が声をかけてきたので紹介する。
「はい、こちら同じクラスの友人です。こちらは私の友人の妹でもあり幼馴染です」
続けて二人が恭しく自己紹介し、にっこりと余所行きの笑顔で微笑み合う美少女三人。優雅だがどこか緊張感が漂う。王族だもんな、この二人も流石に緊張するか。俺は何回も会ってたから少し慣れたけど。
「そういえば、アナスタシア様とロレンス様も幼馴染だとお聞きしました」
「え?ええ、そうですね。お披露目直後からのお付き合いですから、幼馴染といってもいいかと…。でもロレンスは辺境に住んでいたので、あまり頻繁に会うことが出来た訳ではないのですけど」
沢山の異性が出てくるタイプのラブコメでは幼馴染は不利…とかいう言説を聞いたことがあるなぁ。
身近過ぎて異性だと認識され辛いらしい。…とか思ったがもしかして幼馴染といえるほどの交流レベルすら無い?
今は学院でずっとひっついてるから仲良くなって…ると思うけど、俺がピアノ教えてる間、イリス嬢やモルガン様はたまに会話に交じったけどロレンス様は黙って背後で睨みつけてくるだけだった。
大丈夫かロレンス様。
まぁ俺が心配することじゃないけど。
「ところでアマデウス…このスカート、似合いますか?」
王女殿下は楽し気にその場でくるりと回った。赤い生地に金刺繍のロングスカートが揺れる。左右対称で花のような広がりの幾何学模様刺繍で手が込んでいる。俺の感覚だとアラビアン風に見えた。この世界まだミシンとかないし完全に手仕事だ、大変だったろうな~。
ビビッドな赤に金、ゴージャスだ。赤と金は相性が良いよな。王冠とか赤いビロードに乗ってるイメージがあるし。
「よくお似合いですよ。素晴らしい刺繍ですね。…ロレンス様からはどういうお褒めの言葉を貰いました?」
おニューのスカートちゃんと褒めたんか? という気持ちを込めて視線を遣るとロレンス様はこれ以上険しくなるのかってくらい顔を険しくして俺を睨みつけた。
「…ロレンスからですか?いえ、特には…」
褒めてないんかい!!!!!
話題を変えて少し世間話をしてお別れする。王女殿下が心なしかシュンとしていた。もっと褒めてほしかったのだろうか。俺は可愛いとか美しいとか人の容貌を褒めるのは控えているので期待されても困る。俺の役目じゃないしな。
俺が社交辞令以外で見た目を堂々と褒める女の子はジュリ様だけだ。他の女子を褒めてジュリ様を無駄に不安にさせたくもないし。
振り返るとリリーナとプリムラ様が余所行きにっこり笑顔のまま意味深に俺を見ていた。
「うおっ…何ですか」
俺の失敗を笑う二人ではないのでまずいことをした訳ではないと思うが…。
「アマデウス様。先ほどの王女殿下との会話で気付いたことを述べて下さい」
プリムラ様に試験問題みたいなことを言われた。俺は急いで先ほどの会話を思い出す。
気付いたこと?気付いたこと……
「……ロレンス様が割と意気地なしだってこととか…」
「それはそうかもしれませんが、違います」
違った。
「…昔からこうですの?」
「こうですわ」
プリムラ様が横目で訊くとリリーナが頷いた。
「…妙に聡い所もお有りなのに」
「本当にねぇ…」
何でかわからんが呆れられているのはわかった。正解を探して俺はもうちょい考えてみる。
「えー…他に…あ、あのスカートの赤い生地、私の髪の色に結構近かったですね。ジュリ様に贈ろうかな…とは思いましたけど」
多分絹だと思う。貴族の間で布は贈り物としてポピュラーだ。布を贈って好きな物に仕立ててもらう。サイズや趣味があるので服そのものを贈ることはあまり無い。身内だったらアリだが。他人の時点で服のサイズ知ってるのもちょっと怖いもんな。
「そこには気付いたのに、真意には気付かないのね…」
「気付いてて煽ってきたとロレンス様に思われてるでしょうね…」
「え?」
「「いえ」」
プリムラ様とリリーナが小さな声で何かやりとりしていたが聞こえなかった。
二人揃ってずいっと近付いてきて、「ジュリ様にお贈りになるのは良い考えですわ、喜ばれますわよ」「是非そうなさるべきです。早急に」と圧のある笑顔でめちゃおススメされた。
「あ、それが正解ですか?」
「…まぁ、ある意味正解ですわ」
プリムラ様の望んだ答えではなさそうだったが正解なら良いか…。
恋人の色の下衣をつけてお茶会に出ることは円満アピールに良いのだ。二人がそうすべきというならそうしよう。公爵令嬢に贈るのだから必然的に国で最高級の絹を調達する必要がある、金稼いでて良かったマジで。
まだ貯金はあるけど使ってばかりじゃいけないから、演奏会の準備と宣伝も頑張らないと。
数日後、ジュリ様は上品な白い箱を俺に差し出した。黒のレースに赤い刺繍が入ったリボンがかかっている。
「あの…緑茶のお返しに、わたくしからもお茶を。南方から取り寄せた花茶です。紅いお茶でして…疲労回復に良いとお聞きしてますわ」
「え、ありがとうございます!お返しなんて気にされなくても良かったのに。私が贈りたかっただけですから。でも嬉しいです」
「いえ、その…わたくしも贈りたかったのです。デウス様に」
「…大事に飲みます」
自分の顔が赤くなってるのがわかる。引き締めなきゃと思うけど口がにやついてしまう。
ジュリ様の目の色に近いお茶をわざわざ探してくれたのだろうか。元々知ってたのかもしれないけど。ジュースや酒ではなく赤いお茶はこっちじゃ見たことない。前世でもメディアでカラフルなフレーバーティーとかは見たことあるが飲んだことは無い。
「お口に合えばいいのですけれど。少し酸味が強くて」
「夏に合いそうですねぇ」
「緑茶、わたくしは好きな味でしたわ。香りがとても気に入りました」
「そうですか?良かったです!」
緑茶と合う甘味は俺からすると和菓子だ。豆は色々あるし餡子ぽいものは作ろうと思えば作れそうなんだけど…確かアジア圏の一部以外の外国だと餡子はウケが悪かった気がする。でも食べたい。羊羹とか…いや、多分寒天がないわ。あ、蒸すタイプの昔の羊羹なら出来るかも。確か小麦粉と片栗粉とこしあんを混ぜれば…前世の母が作ってくれたことがある。ケーキみたいに見えなくもないかも…?俺が食べたいからちょっと料理長に頼んでチャレンジしてみようかな。ウケが悪くても刺さる人はいると思うんだよね、餡子……
「ふふ、何かまた作ろうと思ってらっしゃいます?」
「あ、…わかります?すみません黙り込んで」
「いいえ、目まぐるしく何か考えていらっしゃる時のお顔を眺めているの、好きですわ」
「…っ お、俺も好きです…あ、いや自分の顔のことではなくジュリ様が」
「!あ、ありがとうございます…」
あ、動揺して“俺”って言ってしまった。
お互いに照れまくっていると「ん″ん″、お二人とも、お忘れかもしれませんがここはお二人しかいない訳ではありませんのよ」とわざとらしくノドを鳴らしカリーナ様が忠告してくれた。
教室に残っていた生徒たちがこっそり見ていたりしっかりこっち見て耳を済ませたりしていた。そういえばまだ教室だった。勢いで抱き締めるとこだった、危ない。
「仲がよろしいわ~」「見せつけて下さいますわねぇ!」など楽しそうな野次が飛んできた。お嬢様も野次飛ばすんだ。もうちょいガラが悪ければ指笛鳴らしてくれそう。
帰りに軽く馬車チューした後、「赤い布地を贈ってもよろしいですか」と言うとジュリ様は目を丸くして驚いた。そして恐る恐る「…どうして、急に…?」と訊いてきた。
確かに何の理由もなくプレゼントというのも妙に思ってしまうか。
「先日、私の髪によく似た色の生地を見かけたもので。スカートにしてお茶会に如何ですか?」
「…スカートに」
「スカートでなくても用途はお任せしますが。…婚約して一年の記念に」
一応理由は考えてきた。昨年ののど自慢大会から一年経つのはもう少し先だが生地を決めて贈って、それから仕立てると考えると多分割と丁度良い。
「…代償に何を差し出しても欲しいです。スカートに仕立てさせて下さいませ」
「だっ代償なんて求めませんよ」
「贈って頂けるなら何でも致します…!」
「なんでも…」
そんなに??????
何でもするなんて言うものではない。理性を揺さぶらないでほしい。揺さぶってるつもりはないんだろうけども…。
とりあえずすごく欲しがってくれていることはわかった。眉を下げて少し涙目でこちらを見つめてくる可愛い顔にもう一度キスしようとして、留まる。
「…では、ジュリ様からの口付けを要求します」
「ふぇっ!?」
キス待ちは沢山してくれたけどジュリ様からしてくれたことはまだない。我ながら良いアイデアである。
目を瞑って待つと、ジュリ様の慌てた息遣い、衣擦れの音が聞こえる。
柔らかい感触が唇に触れた。瞼を上げると少し伏せられた紅い瞳と目が合う。驚いたようにバッと離れて行ってしまった。彼女はキスしている時ずっと目を閉じているから目が開くと思ってなかったのかもしれない。
恥ずかしそうに顔を両手で覆ってしまった。顔が見たくてつい開けてしまったけどちょっと我慢して瞑っておけばよかったな。
「…代償はこれで充分ですよ」
「こ、こんなものでよろしかったのでしょうか」
指の間から目を覗かせてこちらを窺う彼女に笑って見せる。
「得難い経験でしたから。人から口付けされたの、初めてです」
「~~~~っ…!!」
当り前のことを言っただけだが、ジュリ様は声にならない声のようなものを上げて俯きぷるぷる震えた。顔は見えないけど多分喜んでくれているっぽい。
初心で可愛い。
慣れてくれても可愛いと思うけど。
紅い花茶はハイビスカスティーみたいなやつです。




