芽生えの季節
ある日スザンナが俺とバドルだけに相談したいことがあると言い出した。
「すご~く赤裸々な話もあるから、あのー、出来れば侍従の方は…」
というのでポーターにも目配せして部屋から出てもらう。怪訝そうにしながら彼は素直に出て行く。ポーターにも聞かれたくない話ってなんだろう…。
「まずうちの家のお話なんですけどね…知り合いに様子を見て来てもらったんですが」
クソ義兄に乗っ取られたスザンナの畑は、案の定良くない感じらしい。
根気が要る畑の世話など向いていないしやる気も無い酒浸りの義兄、年であまり動けない義母。収穫量も質も目に見えて落ちて困窮。そんな中スザンナの息子のレクスだけがせっせと畑の世話をしている。黙々と働いているが目に見えて痩せて、疲れている様子だったという。
「スザンナを追い出さないで働かせた方がよっぽど利口だったんじゃ…?」
「多分ワタクシのことを大食らいだと思ってたんですよ。小太りなのは体質なのに」
確かによく食べそうに見えるのにスザンナの食欲は女性の人並みなんだそうだ。普通の量を食べてただけなのに同居し始めた頃シャムスが「…もういいのか?遠慮は不要だが…」と心配したとか。
「レクスは血の繋がりもある跡取りなんだし、ちったぁ労って育てると思ってたのに…このままじゃあの子の体が心配です。だから迎えに行こうと思って」
姿を見たら離れがたくなると思って今まで我慢していたが、迎えに行くことにしたと。
皆にそう宣言したところ、親子共々住み込みの使用人として屋敷に置いていいとシャムスが言ってくれたそうだ。シャムス、着実にデレている。
「でも…旦那さんの畑を完全に手放すことにはなっちゃうけど、息子さんは納得するのかな」
父母が大事にしていた畑だからこそ、レクス君は一人でも頑張って世話をしているのだろう。
「レクスは嫌がるでしょうけど、説得します。…土地にこだわり過ぎることはないから。お金貯めて、アマデウス様が結婚した後はシレンツィオに移るから、その近くで土地を買いたいと思ってるんです」
スザンナは顔の前で拳をぐっと握ってニカッと笑った。
そっか、ついて来てくれるんだ。
スザンナとソフィアはそれぞれ職場があるから土地を移る時どうしようかなと思ってたんだよね。スザンナは元々隣のレナール領に村も元の家もあるし。シレンツィオ城もうちも王都寄りにあってすごく遠い訳じゃないんだけど練習の度にいちいち行ったり来たりするのはやっぱ大変だし。
スザンナも亡き旦那さんと一緒に守ってきた畑を手放すのは切ないだろう。土地にこだわり過ぎることはないと言えるのは、故郷を離れて生きることを選んだ移民の村にいたからだろうか。その村はスザンナの仕送りのおかげで余裕が出来たらしく、村中に大感謝されているそう。
「迎えに行く時一人だと危なくない?伯爵家の騎士に頼んで付き添ってもらおうか?」
「大丈夫、シャムス様がたくましい用心棒を二人付けて下さるって!有り難いことです」
「そっか、それなら安心」
「シレンツィオに移ったら向こうのシャムス様の屋敷の庭を畑にすればいいとまで言ってくれて。でもお庭を畑にするのは流石に申し訳ないような気がして…。折角だから見てから考えさせてもらいますけども…」
で、デレデレのデレじゃん、シャムス!!!
バドルがふふ、と愉快そうに隣で笑った。…バドルに良い顔見せたかったのかもな。
「――――とまぁ、ここまでは報告で。相談はここからなんですけども」
話が終わったかと思ったら変わった。
「実は~~~…ここだけの話にしてほしいんですけどぉ…ソフィアから恋の相談をされて…」
「…ソフィアが!?恋!?」
「相談っていうか、愚痴を聞いてほしかったみたいなんですけど」
ソフィアは修道女見習いだ。聖職者は基本独身である。恋愛をしたからと言って罰せられる訳ではないようだが、聖職者は辞めないといけない。
俺の知る中でソフィアほど修道女に向いている人はいない。敬虔でよく祈り、いつも貧しい人や子供たちに自分が出来ることをしようとしている。歌手としても優れていると思うが彼女は修道女が天職だと思う。失恋も辛いし恋が叶ったら天職を失うかもしれない、となると確かに悩むだろう。
「上手くいきそうなの?それとも諦めるしかないから辛いって話?」
「それが…諦めなきゃいけないと思ってるみたいなんだけど、ワタクシとしては諦めなくてもいいんじゃないかな~って」
「スザンナから見たら実りそうってこと?相手、知ってる人?」
「…うーんと…他の人に言わないって約束したから誰とは言えないんですけども…」
それ、普通に恋の相談自体を誰にも言わないでほしかったんじゃないかと思うけどまぁいい。
「マリアでしょう」
バドルの良い声がサラッと会話に入ってきた。
「……えっ?」
「相手はマリア。違いますか」
「えっ、バドル様ももしかして相談されてたんですか?」
「いえ。勘です」
「えっ、マジでマリアなの!?!?」
み…身近な女×身近な女―――――――~~~~~~~~~~~~!!!!!????
爺×爺を知った後なのに普通に驚いた。びっくりした。
バドルが困ったように微笑み、口を手で覆いながら俺とスザンナに顔を寄せる。
「…これもここだけの話にして頂きたいのですが…実は私も先日相談されまして。ロージーから…マリアが、ソフィアに恋をして悩んでいると」
「うそぉ?!!!」
「ええっ??!!」
職場恋愛が判明したと思ったらいきなり両思いだった。ラブストーリーが突然だ。
「マリアもソフィアが好き?!…ワタクシとしては、マリアは結婚しないって言ってるんだし、好きなら好きのままでもいいんじゃないかな~って…でもそう言ってもソフィアは悩んでるみたいだから何て助言するのが正解なんだろうって。色恋沙汰なんてさっぱりだから~…」
スザンナの言いたいこともわかるが、片思いを続けるというのもエネルギーが要るだろうからなぁ…。
きっぱり諦めた方が多分楽なのだ。ソフィアは諦める方法を探してるのかもしれない。なるほど、恋愛相談ならどう考えてもマリアの方が適任なのにそっちにしなかった理由がわかった。
「又聞きした限りではマリアも愚痴を聞いてほしかっただけのような印象でしたが、ロージーはどうすればいいかずっと考えていたようで…答えが出なくて私にこっそり助けを求めて来たのです」
同性同士の恋愛相談はバドルに頼ったか。スザンナもバドルにアドバイスを貰いたくて指名したのかなるほど。(俺は雇用主だから一応報告枠ってやつだろう)。
色恋沙汰を相談する相手としてロージーも多分不適任だな…。多分マリアは相談した気はなくて本当に愚痴だったのだろう。女性に恋したことを女性に話すのは躊躇われたのかもしれない。マリアとロージーは今や籍の上では兄妹だし同僚として仲良しだからね。
しかし二人とも愚痴った相手が別の人に相談しに行って結果的に衝突しちゃってるの笑える。
「自信家だし、恋をしたらぐいぐい行くかと思ったけど…マリアは」
「マリアは恋をしたこと自体初めてでしょう。ましてや相手は同性で、しかも聖職者ですからね…軽蔑されたらと思うと、自分に自信があっても強くは出られませんよ」
「ああー…」
「…じゃあソフィアにグイグイ行けって言えばいいんですね?!ワタクシから!」
「ソフィアにそんなこと出来るか…?」
「「「……………」」」
「…そういえば、教会は聖職者が同性同士で恋愛をすることには寛容ですよ。異性と関係することは色欲によって体が俗世に染まり神に仕える者としては相応しくなくなるが、同性なら問題ないとされます」
バドルがさらりと出す新情報に俺は何かどぎまぎしてしまう。
「…同性同士なら綺麗なままだってこと?ちょっと納得いかないけど…」
「同性同士なら色欲ではなく精神的な繋がりによって通じ合っている、という解釈だったかと」
なんかどっかで聞いたことがある理屈…と思ったら、あれだ。武家社会の衆道がそんな感じだったような。
確か…仏教でも僧侶が少年とエロいことするのはセーフだったな…。
「まぁ、抑えつけ過ぎても隠れて良からぬことをしかねないから、抜け道を作って暗黙の了解にしてしまったのでしょう」
「…つまりソフィアはマリアと付き合っても別に仕事辞めなくてもいいってこと?」
「ええ」
セーフか~~~!! ソフィアが職を失う訳じゃないなら障害は特に無いな。
両思いなら上手くいってほしい。…が。
問題はどうすれば二人がくっつくのか?その一点。
友人としての距離を失いたくない為に告白出来ないというのはあるあるネタだ。相談内容を人にバラしたことを知られてはアレなので、俺たち三人は両思いであることは知らない体で二人を良い感じにして想いを打ち明けさせないといけない……… 出来るか?そんなことが。
結局具体的な良い案は出ないまま、それぞれ良かれと思うことをしよう!あんまり不自然にくっつけようとするのはナシでね! というふんわりした対症療法を決めて話し合いを終えた。
※※※
新曲の構成も整って、各々練習に励む。
ソフィアに歌ってもらう『セラスオムの時』。
セラスオムとは木に集まって咲く小さな花の木だ。ピンク色で春の風物詩。つまりは日本でいう桜の位置にいる。日本人にとっての桜程の思い入れはないかもしれないが、光の神が愛の神と結婚した時の祝福で生まれた花とされ縁起物だ。セラスオムの果実は黄緑色で食用にはならず、種がナッツになる。アーモンドみたいな感じ。
独特なメロディラインと共感性の高い歌詞を持つ女性シンガーソングライターの名恋愛ソングである。
舞台にワァッとピンクの花弁に模した紙吹雪みたいなの降らせられないかな~と相談したら紙より実際の花弁を集めた方が早いと言われた。紙はまだ高いからねこの国。演奏会は春にやるとは限らないし、花or紙吹雪は歌手の口とか顔に貼りつくことがあるらしいからまだ考え中。掃除も地味に大変そう。
ロージーに『フレズタオ』。
有名ロックバンドの教科書にも載った名曲である。優しいカノン進行に初恋の思い出を匂わせた爽やかなラブソング。
フレズというのは白梅にそっくりな花の木で、さくらんぼに見た目も味もそっくりの赤い実が鳴る。タオとは実のこと。(俺から見たら)梅の木なのに梅の実は生らないんかい、と混乱する。
元々の曲名はさくらんぼという意味なので『セラスオムの実』にしようかと思ったが、ソフィアの曲と被るし何かイメージが違った為、こっちにした。こう、赤い実の甘酸っぱさのイメージがあったので…。異世界なのでこういう生物的・文化的背景が食い違うことがちょくちょくある。翻訳って難しい。
ロージーは歌詞を見て暫く考え込んでいた。昔想いを通わせた女の子…のことを思い出していたのかもしれない。
マリアに『恋』。
ドラマ主題歌として大ヒットしたポップソング。主演俳優も務めた歌手は作詞作曲歌楽器をこなし本まで出している才能人である。曲に合わせたダンスが大流行し社会現象にもなった。ハイレベルな演奏に音ハメが気持ちいいダンス、再現しようと思うと結構悩ましい楽曲だ。
これは絶対ダンサーを雇って後ろで踊らせた方が良いのでそう主張したところ、皆の前で踊る羽目になった。いや、踊ること自体はいいんだけど(気の知れた人しかいない空間だから)、うろ覚えのダンスを思い出しながら中途半端な状態で披露するのが恥ずかしかった。頑張った結果、皆も悪くないと賛同してくれた。曲に合わせてダンサーが踊る芸目は特に目新しくもないが、俺が見せたダンスは前世の一流が考えただけあって新鮮に見えたようだ(俺の前世を知らない女性組は俺が考えたダンスだと思っている)。
そんな訳で踊り子を募集することになった。組合に探してもらったり教会で呼びかけてもらったりしている。俺のうろ覚えな部分を適度にアレンジしてくれるプロがいたらいいんだが。
スザンナに『麦の唄』。
故郷を離れて嫁ぎ、麦の酒造りに奔走した夫婦の物語の為にお出しされた愛と希望の唄。
物語の妻の故郷、スコットランドの民族楽器を使用しているところがニクいので、スザンナの故郷リデルアーニャの民族楽器の笛を使えないかなと考えている。演奏できる人を探し中だが見つからなければ俺が吹く(自前のコレクションにあるので練習したことがあるしまあまあ吹ける)。前の曲と同じ歌手の唄だしこれはもうスザンナに名指しでおススメした。未亡人に歌わせるのは少し酷か?とも思ったが本人はいたく気に入って乗り気で覚えた。入り込み過ぎて歌ってる途中に泣いてしまうので泣かない練習をしている。
俺のピアノ演奏の新曲は、テクラ・バダジェフスカ作曲『乙女の祈り』。
幻想即興曲だけにしておいてもよかったが、『恋に浮かれる』のテーマに少し合わないなと思ったのでもう一曲選んだ。夭折の女性ピアニストが作った、どこか嫋やかさがあるロマンチックな旋律。乙女になり切って弾くべし。
手が大きくないと少しキツいところもあるが、難易度はそこまで高くない。王女殿下に指導してみて思ったが、皆が少し頑張れば弾ける曲はどんどん出した方がピアノの普及的にも良いな、と。
日本では頗る有名で駅で採用されてたりするが、作曲家本人の故郷・ポーランドでは案外知られていないらしい。
他にも何曲か用意したがストックに回した。
いずれ誰かに歌ってもらうんでもいいし、歌手たちのキャラに合わないかなぁと思う曲もあるからもし良い新人が見つかればそっちに…、と妄想したり。妄想は自由だ。
練習中に意識して眺めていると、確かにマリアとソフィアはふとした瞬間相手に目をやっている。目が合うと慌てて逸らしたりはにかんだり、自分の気持ちを悟られないかを少し恐れているような距離感。
――――男装の麗人×修道女見習いか……。
俺から見たらどっちも美女なのでただただ眼福。男女か男男でイチャイチャされたら目のやり場に困るけど、女同士でイチャイチャしてたらガン見してしまいそうだ。俺は別にそういう嗜好は無かったと思うんだが…この世界が悪いよ。どいつもこいつも綺麗だからさ…。
楽曲元ネタ
①aiko②スピッツ③星○源④中○みゆき (敬称略)です。




