7 最後の地球人と皇帝と言う存在
貧民街での俺の癒し『スメラギ』
彼女と出会ったのは俺が5歳になり、物質の移動なる魔法が使える様になった頃の事だった。
当時アジトにしていたボロ家に彼女は突然やってきた。
黒髪でこの世界では珍しく日本人ではないかと思える少女だった。
名前を聞くと「スメラギ」と答えた。
彼女はいつの頃からかチルルと共に俺に付いて回る様になり、それを俺も受け入れた。
ある日自分達も魔法が使いたいと俺に懇願して来たので、前の兄貴分が教えてくれた様に彼女達に教えた。
チルルにはその才能が無かったが、スメラギは違った。
警官隊に突入されるまでの1年間、彼女も魔法の特訓をし、彼女独自の魔法が発現していた。
その魔法は俺の魔法と根本的に違いがあった。
物質に干渉する俺の魔法に対し、彼女の魔法は精神に作用する。
ある意味、知識ある生物にとって天敵と言っても過言ではないその魔法。
俺は彼女にその魔法を使う事を禁じ、小さい火や水の魔法で遊ぶ様にし向けたのだ。
そりゃそうだ。
ある日虚ろな目をした大きな男が馬の真似をしてスメラギを背に乗せて近所の空き地を走り回っていた。
聞けば「うんと、気合い入れてお馬さんになれって言ったらお馬さんになってくれたの!」
なんて無邪気に鬼畜な様な事を言ったのだから禁じ手の魔法に国が指定する前に俺がした。
もっと言えば、その男はお馬さんから人間に戻る事は無かった。
要するに一度精神干渉すると修正が効かないと言う恐ろしい魔法。
そんなスメラギだけこの場に居ない?
しかもあれから15年だと!?
俺はその15年の間に彼女が自身の魔法を使っていない事を祈りつつ。
「アイさん。もう一度聞くけどスメラギは何処に?」
すると彼女は俺に頭を下げ。
「スメラギ様はアレク様同様医療ポッドにて15年の間お休み頂いております」
「医療ポッド?」
「はい。彼女はアレキサンドロス8世とAI修正前の私により身体にいささか改造を加えられておりました」
「まて、そんな記憶は俺には……」
そこまで言いかけて俺は再びアレキサンドロスに対して殺意が込み上げる。
「……あの野郎、なんて事をしやがる!」
俺が思い出したアレキサンドロスの記憶。
それは地球の少女達を集め魔力適正のある者だけを生かし、将来的に自身の子孫の魔力を向上させる為に自分の子産ませる母体にする。そんな計画が記憶を駆け巡る。
「アレク様との統合に失敗したアレキサンドロスの配下の者と戦闘になり、辛うじてアレク様とスメラギ様を自領の惑星へと転移させるの精一杯で御座いました」
「それでスメラギの容態は!?」
俺の問いにアイさんは言葉を選んでいる。
くそっ!彼女は地球で唯一の生き残りかも知れないんだぞ!!「――健康そのもので御座います」
なんでだ!なんで少女一人守れない!
「アレク様?」
「もっと上手く俺が立ちまわって居れば……いや、地球でもっと俺が戦えていれば」「――アレク様!?」
「なんだ!」
「ですからスメラギ様は健康で御座います」
「へ?」
「貧民街からの救出の際彼女だけが意識がハッキリしており、催眠ポッドに入られる前に『アレク様と同じ日に起こして欲しい』と言付かっておりましたので」
「いや、お前さっき改造って……」
「はい、魔力増強の改造でしたが彼女自身が既にその増強分を補って余りある魔力量でしたのでなんら問題ございません」
……俺の心配返して。
――――
――
――――
――ファイアージュ帝国首都星ファブル。
銀河系。四千億もの恒星からなりその直径は10万光年にも及ぶ。
しかし宇宙全体で見ればその銀河すら数千億存在する一つに過ぎない。
その小さな銀河系に於いて、知能と文明を発展させた惑星が存在した。
その名をファイアージュ。
ファイアージュは銀河系の人類種に於いて他者より先に産まれた。
先に産まれた優位性を持って他の惑星を侵略し、銀河系に於いてその地位を不動の物とした。
ファイアージュ帝国は建国したその日から既に専制政治の国であり、他星系を侵略する際に貴族位が産まれた。
魔力を有する特異な人類種を取り込み更には寿命を100年単位で伸ばす事をも可能とし、ファイアージュ帝国はその国力を増大していく。
現在帝国歴は8千年代に入っているがそれは貴族位が出来た年であり、惑星ファイアージュ統一から数えれば数万年単位で国は存在している。
そしてここ、ファイアージュ星系のハビタブルゾーンに於いて人口惑星ファブルが浮かぶ。
人口惑星ファブルの都市、アルゼン城の執務室にて現皇帝マリジア・ファイアージュは宰相の報告に耳を傾けていた。
「タンブル侯爵領に於ける恒星エネルギーの枯渇問題については、領域拡大に伴う新しい恒星が使用可能と言う事で収まっております」
「うむ」
「次に、辺境惑星のアレキサンドロス男爵が地球侵攻の際に受けた負傷の肉体再生を完了し復帰しております」
「うむ」
「明日は宮廷貴族による魔法演習の観覧となっており、皇子のサンマリン様もご同行されます」
「うむ」
宰相から皇帝に対する報告は多岐に渡るが、皇帝自身がその報告に口を出す事はない。
皇帝自身が口に出す言葉は絶対であり、それを覆す事は何人たりとも許されない。
なので皇帝自身も滅多に口を開く事はないのだが……。
「テルク宰相」
皇帝が報告業務の途中で遮るのはめずらしく宰相は自分の名前を呼ばれた事に少し驚いたが、何事も無く普段通りに返事を返す。
「如何いたしました皇帝陛下」
「うむ。初代アレキサンドロスはファイアージュ建国に平民ながら我等皇族を命の危機から救ったと言われておる。復帰祝いとして何か送ってやってはくれぬか」
テルク宰相はその発言に再び驚く。
確かにアレキサンドロス家が男爵家であるのは、まだファイアージュが惑星の民だった頃に皇帝一族を戦時の大火から身を挺して逃がしきった功が切っ掛けとなっている。
だがそれは数万年前の話しであり、それ以降かの家はなんら一つの功績も上げてはいない。
もっと言えば折角見つけた人類種の生存していた地球と言う惑星を一つ潰してしまっているのだ。
家を潰されても文句が言えない立場の者に祝い?
「我は政治家と違い別の意味を以って言葉を発っさぬ。余の気まぐれだ」
宰相は考える。
皇帝は気まぐれとは言ったが果たして本当に気まぐれなのだろうかと。
しかしその言葉は絶対。ならば宰相としてその絶対の言葉に対し付加価値付けるのは役職として当然の振る舞いであろう。
「陛下、であればアレクサンドロス男爵家に戦艦を一隻祝いの品として送られてはいかがでしょう。ダンブル侯爵家で発見された恒星内の惑星に文明種が居ります。その制圧をもって地球の生命体を全滅させてしまった汚名返上の機会を与えられては?」
銀河を生きる貴重な人類種を滅亡させた男爵家をこのまま見過ごす他家も少ない。
であればデルク侯爵を後ろ盾として功を上げさせればよい。……なぜ陛下があの様な家に興味を持つかの疑問は残るが。
「ではその様に」
再び失敗すれば流石に見放されるであろう。
ファイアージュ帝国に無能な貴族は必要ない。消えるなら早めに消えてもらうに限る。
「畏まりました」
デルク宰相は一通りの報告を終え執務室を後にする。
部屋を出た宰相は側近を呼び。
「ダンブル侯爵にアレキサンドロス男爵に今回の惑星侵攻をさせると連絡を」
「それでは侯爵様の艦隊と合同と言う事でしょうか」
「いや、後ろ盾となって何もせず見守れと皇帝陛下の下知が下っておる」
その言葉を聞き側近は直ちにダンブル侯爵へと連絡に走る。