2 目覚めたら豪邸
「お目覚めになられましたか?」
赤毛のメイドさんが俺を覗き込む。
テラスだろうか?陽射しが優しく部屋へ差し込み温かい。
こんな穏やかな目覚めは……前世振りだろうか。
「おはようございます。……ここは児童保護施設ですか?」
俺のその問いに彼女は微笑み。
「違いますよ。ここはとあるお方のお屋敷です」
「とあるお方……ですか」
まだ覚め切らない頭で俺はしばし考える。
ロングメイドが実は孤児院のシスター的な立ち位置かもしれないと考えたんだが。現実的に彼女を雇う事が出来、且つ簡素ではあるけど綺麗で素材の良い物を使う部屋を用意出来る「とあるお方」の家と言う事だ。
ならこんな貧民街の孤児をこんな良いベッドで寝かせる理由は?
……魔法?いや、魔法は使っていない。
ならこの待遇はなんだ?……少し慎重に行かないと逃げ道がなくなりそうだな。
「あ、兄貴分と他の子達はどこですか!?」
あるお方が本当の意味で人身売買をする様な人物なら彼らの行方は多少それっぽく誤魔化すだろう。
俺は先ず目の前のメイドやあるお方とやらの正体を見極める必要がある。逃げるのはそれからだ。
「兄貴分と言うのは一番の年長者だった子ですね」
彼女は数舜考える素振りを見せ。
「それでは#アレク__・__#様、お着替えをして頂いて彼らの元へご案内します。お身体の調整はしておりますが起き上がれますか?」
そう言うと彼女は俺にそっと手を差し伸べる。
身体の調整とはなんぞ?と思いつつ身体を起こす。
「あ、名前」
そう、彼女は名乗ってもいない俺の名前を言い当てた。
俺は眉間にシワを寄せる。
「勿論存じ上げてます」
勿論なんだ……兄貴分の存在を知っていると言う事は既に俺の情報も筒抜けの可能性はあるな。
ッ!じゃ魔法の事もバレてる可能性も……いや、希望を自分に押し付けるのは辞めよう。これは確実にバレてると考えて間違いないだろう。
「そうですか。では貴女の名前は?」
「私はアイと申します。量子AI搭載型次世代護衛メイドのアイです」
そう言いながら彼女はそっと俺に手を差し伸べた。
そして俺はその手を……いや!その手取れないから!AI!?え?AIってなに!?アンドロイドなの!?この世界って工業革命前夜とかじゃないの!護衛メイドで次世代とか(笑)それに量子って言った?現世の科学超えてるじゃん(草)……。
――――
――
しばしフリーズしたが着替えた。
白のズボンに黒のロングブーツ、紺の宮廷服に細い金の鎖が肩から腰に垂れている。
腰には革のベルトが付けられ、そこに武器の様な何かがぶらさがる。
武器の様な、と言うのはそうしか言えないからだ。
剣でもなく銃でもなく……柄の部分を見ると刀にも見えなくもないが刃がない。なんぞコレ。
それと最大の敵はこの白いマント。
マントて(笑)
恥ずかしさで唇がプルプル震える自分が居た。
「さすがお似合いですアレク様」
アイさんはそう言ってくれるが、貧民街の子供がしてよい服装ではない。
ちなみに量子AI搭載次世代護衛メイドさんの事は意味が分からないので普通のメイドさんと割り切る事にした。
「では参りましょう」
部屋を出て赤い絨毯を黒いブーツで歩く。
前世で一度ベルサイユ宮殿に行った事があるが部屋に扉はなく、床も絨毯なんて無かったが壁や天井はアレに近い物がある。新しいのかこちらの方が清潔で簡素ではあるが……。
しばらく歩く。
絨毯なので靴の音はしないが、その分周りの音がよく聞こえる。
鳥だろうか。陽射しに誘われ楽し気な鳴き声が木霊する。
「アレク様、ここで皆さんお待ちです」
「あ、はい」
彼女の「皆さん」と言う言葉に兄貴分だけでなく全員がここに居る事を悟る。
罠の可能性もあるが、俺の魔法でどこまで対処出来るかが鍵だ。
ここに到着するまで誰にも会っていない。
であるならアイさん一人をなんとか無力化すれば逃げれる可能性はゼロではない。
ゼロではないが先程から彼女の心臓を探しているがいくら探しても……ない。
いやいや、AIとか子供に言ったお茶目な冗談でしょ?冗談だよね!?冗談だと言って!!
もしもの時の対処法を考える間もなく扉は開かれる。
「アレキサンドロス8世、アレク様の御なりにございます」
突如隣のアイさんが部屋の中へ凛とした声を響かせる。
扉から部屋の中央をはしる赤い絨毯だったものが光る。その光は数段高いその先の背もたれが高い椅子へと続いている。
通路の両脇には中世の騎士を思わせる鎧を着た者達が剣を両手で正面に立て直立する。
――ッツ!
その風景を見た俺の頭に色々な情報が流れ込む。
正確には正面の椅子の後ろに飾られた大きなアレキサンドロス8世の自画像を見た時だ。
膨大な情報量だったが意外に苦痛は感じられない。
それはこの世界の成り立ちと歴史、俺の過去と現在。
地球での俺の人生とアレクとの関係。この世界と元の世界の関係。
それと最後に……元の世界で起こった惨劇。
そこで俺は過去の俺の死に様を思い出した。
「アレク様、どうぞあちらの椅子へ」
「あぁ、お前に指図されずともあれは俺の椅子だ」
それが当然の様にアイを従え部屋の中央を椅子へ向け歩き出す。
光の通路はブーツの音を響かせ、通り過ぎる度次々に騎士たちが剣を斜め上に突き上げて行く。
椅子へ到着すると俺はマントを翻し騎士達へ視線を向ける。
「待たせたな、お前達。さぁ、野望と復讐の戦争を始めよう」