1 貧民街からのスタートです
この世界に産まれて早6年。
前世の記憶が蘇ったのは2年前。突如として俺は俺でない事を理解した。
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街の中心はどこか中世を思わせる街並み。
石畳に馬車、街並みは中世だが稀に車が走っている事を思えば工業革命前夜と言ったところだろうか。
行き交う人々もどこか活気に満ち溢れて、服装も様々だ。
服が様々あると言う事は、イコール、多様な生き方があると言う事なのだろう。
そして都会と言っても差し障りの無いその街並みから少し外れた所。そこに俺の住処がある。
旧市街地と言えば聞こえはいいが、雨漏りの湿気と虫に悩まされるそんな捨てられた街が俺の住処。
そう、貧民街だ。
住処とは言ったが、一か所に留まる事は殆どないので住処と言うよりはただ「そこに居る」と言う話だ。
何故俺は貧民街に?と、記憶が蘇った時にも思ったが、まず両親が居ない。居たのだろうが、4歳にして前世の記憶が蘇った時には既に居なかった。前世の記憶の方が強く表れ、4歳までの記憶がすっぽり抜けてしまったので本当に居ないのか?と問われれば言い切れない所もあるが、俺が貧民街のガキと言う時点で居たとしても知れている。
自分の名前も完全に忘れ、今は「アレク」と名乗っている。
何故アレクなのかと言うと、今の兄貴分に名前を聞かれパッと思いついたのがアレクサンドロス三世だったのでそう名乗っているだけだ。強そうだろ?
あ、兄貴分と言うのはこの貧民街で子供を仕切っているガキ大将みたいなものだ。度々入れ替わるのでその時の兄貴分の名前も今の兄貴分の名前も憶えてはいない。
何処かに旅に出たか野垂れ死んだか……覚えてもどうせ直ぐ居なくなるのだから。
話は変わるが、前世の記憶があるのに何故2年も貧民街から抜け出せて居ないのか不思議に思うかもしれないが、漫画や小説の様に事はそんなに上手く行かない。
記憶が蘇ったからと言っても平凡な人生を歩んでいた俺が突然何かが出来る筈もない。
俺も思ったよ?現代知識チートとか。
でも工業革命前夜だよ?既に一般の知識を超えて専門家が居るって話しだよ。
ここはもしやゲームの世界では?とか思ってアレも口に出して言ってみた事もある。ステータスオープンだとかそんな感じのヤツ。まぁなんにも出ない。そもそも記憶が蘇っただけで女神や神に送られたわけでも、どこぞの王様に召喚されたわけでもない訳で……。
ただこんな世界だが一つだけ希望と言うか夢はあった。
その事が無ければなんとか苦しまずに死ねる方法を探しただろう。
それは最初の兄貴分が見せてくれたもの。
魔法。
「んぎぎぎぎぎッ!」と気合を入れた兄貴分の指先からライターの火の様な物がメラメラ。
無論触ると熱い。
スリの上手い兄貴分の事なので絶対マジックショー的な物だと思っていたが、それを自分が出来た時に初めて魔法の存在を信じた。教えてくれた最初の兄貴分にはもう謝る事も出来ないが、疑って悪かった。
その後、その兄貴分に色々魔法の事を教えてもらった。
「多分無理だぞ?」と言われたが、俺はしつこく付きまとい魔法を教えてもらった。
この世界で魔法を使える人間は少ないそうだ。いや、希少と言ってもいいだろう。
そんな事もあり、無理だぞと言ったそうだ。
それに魔物が#跋扈__ばっこ__#していたその昔、冒険者という職業があった頃には非常に重宝され、くいっぱぐれなんて無かったと言う事だが、今はもう殺傷能力がある様な大きな魔法を誰も使えないらしい。
要するにいくら魔法を鍛えても既に冒険者と言う職業は無く、既にマッチやライターらしき物が存在するこの世界では、わざわざ気合を入れて火を熾す者も居ないと言う事。
工業や科学が発展目覚ましいこの時代に魔法を好んで使う者はまず居ない……。
……だが待って欲しい。
魔法だよ?
殺傷能力のある大きな魔法が存在したんだよ?
魔法鍛えるでしょ!え?なんで鍛えないの?無から有だよ?!やらいでか!
てなわけで魔法の訓練を開始。
魔法の発動条件は『気合』だと言われ、プロレスラーと柔道親子を思い出し「気合いだ!気合いだ!気合いだーー!」と半ば自棄になりながら気合いを入れた所、出た。
それは小さなマッチ火だったがどうやら俺にも魔法の才能があった様だ。
ありがとう異世界!バンザイ異世界!!
「(魔法はこの貴族の血筋でもない限り使えないんだけどなぁ……)」
そんな事を兄貴分が呟いた事に俺は気付かないで居た。
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――
そんな感じで2年間魔法の鍛錬に勤しんだ。
日々食つなぐのが必死だったが、兄貴分達の指導の元スリのテクニックも魔法並みに上手くなった。
最近俺のスリのテクニックはほぼ魔法の様な気がする。てか魔法だ。
狙った額を相手の財布から俺の手元に瞬間移動させるのだ。
物質の移動、これが出来る様になったのは1年前の事。
既に魔法を教えてくれた兄貴分は俺の前から姿を消し、新しい兄貴分がこの辺りのリーダーを務めている。
俺の魔法を見た新しい兄貴分曰く「魔法は貴族様しか使えないんだぞ?お前、貴族の隠し子か忌み子か?」
その話に俺は驚愕と共に興奮した。
なんせ彼のその言葉で色々なフラグが立ったのだ。異世界転生最初のフラグと言っても過言ではない。
俺は更に魔法の鍛錬を加速させた。
物質転移の魔法が使えた切っ掛けは意外なもので。ある日お腹が減って気合が入らず2日程スリに失敗してた時、彷徨う街でそれは起こった。
「(あのおっさんめっちゃ金持ちそうだなぁ。クッソ!あのおっさんの絶対いっぱい金もってそうじゃん!腹さえ減ってなければ。なんで異世界転生して貧民孤児生活せにゃならんのだ!……ぐぎぎぎぎぎっ)」
悔し過ぎて相手に手の平を向けすんごい力んだ。
するとその財布が俺の手元にスッポリ。
「物質の転移魔法?」
それからはやりたい放題だった。やりたい放題と言っても前世の記憶のせいで少なからず犯罪意識が後ろ髪を引っ張り、金持ちそうな服装のおっさん達だけを狙った。
これこそ魔法。
物質の瞬間移動とか科学では考えれない奇跡でしかない。
しかし前途の通り犯罪意識のせいで金持ちになっている訳でもなく、こうして貧民街で細々と暮らしているわけだ。
だけどこんな生活をいつまでも続けているわけにも行かない事は自覚している。
それに魔法が貴族にしか使えないと言うなら安易に人に見せれない。兎に角ある程度金を溜めて10歳を超えた辺りで旅にでも出るか……。
――そう思っていたある日の事。
「みんな逃げろ!人攫いだ!!」
最近使いだしたボロ家に現兄貴分の声が響く。
ここで生活しているのは兄貴分や俺を含め4歳から10歳程度の子供が10人程。
全員が生きて行くために一日動き回り眠りにつくのは早い。
虫の飛ぶ羽音しかしないそんなボロ家に、突如兄貴分の呻き声が響く。
「うがっ!人攫いだ!逃げろ!」
その声に目を覚ました子供は数人だったが子供の睡眠はそんな事では覚めない。そしてまだ半数以上の子供達が寝息を立てている。
そんな中、既に眠気から覚醒した俺は寝たふりのまま状況把握に努める。
「うぐっ!むうぅうう!」
口を押さえられ激しい呻きだけが響く「おいおい元気のいいのが居るなぁ。ここの小間使いか?」
一人の薄汚い30代くらいの男が兄貴分の口を押えたまま髪を掴み持ち上げると。
「は、離せ!この人売り野郎どもが!!」
頭を持ち上げると同時に口に充てた手がズレたのか、兄貴分が吠える。
が、ボロの男は冷静に再び口を押え。
「あんまり騒ぐなこの盗賊共めッ」
――ドッ!
その鈍い音と共に兄貴分の声はしなくなった。
その時入り口に別の気配。
「おい、子供は殺すな」
もう一人の男が現れそう言った。
「……息はしてるから問題ねぇすよ」
周りを見渡せば寝ぼけてボーッとしてる他の子供が4人。まだ寝息を立てているのが4人。
ボロの男は身長170程度で痩せ型。入口の男は……身長180以上の壮年のガタイの良い大男。
「(一人だったら確実に勝てる。瞬間移動の魔法を相手の心臓に限定すればいいだけだ。やった事はないが出来る自信はある。が、問題は発動に俺の手を対象に向けないといけない事だ。二人になると一人目の心臓を魔法で瞬間移動させたあとに襲い掛かられる可能性が捨てきれない……)」
そんな事を寝たふりをしながら考えていると入口の大男が。
「よく見れば小さな子供ばかりじゃないか……」
そりゃそうだ。ここには10歳の兄貴分の次に6歳の俺含め4人。あとの5人は推定4歳から5歳程度で最近漸く言葉がまともになり出した様な子供ばかりなのだから。
「まさか人身売買って事ですかい?」
「そうだろうな、しかし妙だ」
「そうっすね、大人の姿がねぇです」
「あぁ、他に誰かが逃げた形跡も何もない。外に出れたとしても20人の手練れの警ら隊が居る」
「チッ、盗賊追ってたら貧民街の孤児の家に突入じゃカッコつかないっすね。それに今回も空振りってわけですかい隊長」
「……」
「しかしどうするんすか、コレ」
「取り敢えずその子供には事情を聞こう。他の子供達は全員児童保護施設に移動だ。応援を呼ぼう」
「そーしてくれっす。まさかこの時代に孤児が存在したなんて時代錯誤も甚だしいっすよ――バシュッ」
言いながらボロの男は兄貴分に何かを打ち込むと、兄貴分は意識を失って静かになった。
「(どういう事だ?警ら隊?じゃ薄汚れた男は人攫いではなく警官?大男はその上司といった所か)」
薄目を開け、もう一度大男を見る。
紺の制服に腰から下げた剣。
その服装はこの世界に来てたまに見ている。
正にこの世界の警察官の制服だ。
「(……しかしまさかこの世界にもちゃんと児童保護施設があるとは驚いた。俺を責めるなよ?なんせ情報収集するにしても貧民街のガキってだけで鼻つまみ者だったんだから、そんな社会的福祉的情報なんて掴める訳がない。……でもこれで他の子供達の心配をしなくて済むんだな。特にこの子にはちゃんとした環境で育って欲しい……)」
俺は隣で寝息を立てる黒髪の日本人ぽい面影を残す小さな少女を見つめ、緊張と安心感との狭間で再びウトウトと眠りに落ちた。
――――
――そして。
目を覚ますとフカフカの布団が俺の身体を包み、身体を支えるマットレスは宙に浮いている感覚すら覚える……。
「(……なんぞ?)」
ベットの周りには透き通る布が垂れている。天蓋と言うものだろうか、蚊帳ではないのは確かだ。
「お目覚めになられましたか?」
そう問いかけた女性の方へ視線を向ける。
リアルメイドだ。
赤毛ポニーテールに黒メガネ。それにクラシカルロングメイドでは隠しきれないそのお胸……アリよりのアリで限界突破だな。
アルフアで数話先行してますが、そのうち同時になります。
多いとは思いますが誤字脱字あれば教えて頂ければ幸いです。