第6話 我が子が船を造るためなら私は手段を選ばない
モニカさん!
私の名前はモニカ、ハワードの妻でかわいい我が子レオンの母親をしています。
10年ほど前、政略結婚が嫌で実家から信頼できる者を連れて船で逃げ出し未開の地を目指しました。
追っ手の捜索を逃れるため魔の海域に近づき過ぎたせいで船は嵐に合い転覆、私は投げ出され近くのボートによじ登り漂流すること3日、ハワードに奇跡的に助けられました。
助かった私は罪悪感に苛まれました。
私を信頼して共に船で出立してくれた近衛達を私の軽率な行動で失ってしまったのです。
私のように助かってくれていればと切に願いますが、あの嵐を経験した私はそれは無理な願いだとの考えが頭をよぎります。
助けてくれたハワードは好意的な青年でした。
造船技師で腕はいいようですが、ありていに言えば脳筋です。
それでも私は必死に頑張っているハワードを放っておけなくて、あの嵐で過去の自分は死んだのだと自分に言い聞かせて私はモニカとして前へ進み始めました。
私は過去を思い出さないように必死に働きました。
文字の読み書き、計算、礼儀作法は習得済みでしたが、実際の仕事というのは聞くのと現実ではやはり勝手が違います。
何度も失敗もしましたが、ハワードは笑って許してくれました。
料理も家事もできない私でしたが、「ハワードは俺も出来ん」と言って笑っていました。
私は一生懸命借金まみれのハワードの造船所を立て直そうとしましたが、無理でした。
ハワードの借金は金利がおかしなくらい高かったのです。
1年の利払いが借りたお金の倍支払っているような状態でした。
私は身に着けていた宝石を担保に低利のお金を借り、ハワードの借金を一括返済しました。
そしてハワードに内緒で私の低利で借りた借金をハワードの借金と入れ替えたのです。
さすがにハワードの借金が一度に消えてはハワードに怪しまれますし、私が借金してハワードの借金を返済したとあってはハワードにもプライドがあるでしょうから私は黙っていました。
それにしてもハワードはあの暴利の借金を1年は自力でしのいでいたと言うのですから実はすごいのでしょうか?
暴利の借金が消えて低利になったことでハワード造船所の経営立て直しに成功しました。
私はようやく仕事に慣れてきたので攻めの経営に転じました。
そんな中、ガレリア連合王国とシャルビス帝国が戦争状態になっているという情報が私の心をざわつかせます。
私の本当の名前は『モニーシカ・ルビアート・シャルビス』シャルビス帝国の現皇帝シャルビス8世の第三姫です。
長年シャルビス帝国とガレリア連合王国はガレリア大陸の覇権を争い小競り合いを続けていました。
長年続く小競り合いは全面戦争を引き起こしかねない情勢となりつつありました。
全面戦争を回避するため私はシャルビス帝国からガレリア連合王国に嫁ぐことになったのです。
顔も知らない年齢が20歳以上も離れた相手との政略結婚は私には耐えられない事でした。
私が逃げ出して行方不明になったせいで私を溺愛していた皇帝であるお父様が怒り狂っての宣戦布告だったのだろうと想像できました。
私が逃げ出す決心をした日、私を溺愛してくれていたお父様であるシャルビス8世は全面戦争回避のため皇帝の直系の子供で唯一独身であった私を連合王国へ送るべきだと穏健派の貴族達から説得されていました。
帝国も連合王国と接する前線の貴族が長年続く小競り合いに疲弊し、内部で連合王国との共存を望む穏健派とガレリア大陸統一を目指す統一派に別れて内戦手前まで行っていたのです。
皇帝であるお父様は泣きながら私に帝国のための犠牲になってくれと言いました。
帝国の皇帝たる者は人前で泣くことは許されません。
帝王学で習ったことですが、お父様は泣いて私にお願いしてきたのです。
優しくも厳格だった皇帝のお父様が帝王学で学んだことに反して人前で泣いていたのです。
私も泣きながら断固としてお断りしました。
そして私は皇帝であるお父様が泣くのは間違っているからだと言い放ち部屋を飛び出したのです。
まだ立場も責任も理解出来ず、ただ感情のままに動いた私は、今思えばただ幼かったとしか言えません。
私はそのまま幼少の頃より私に忠誠を誓ってくれていた近衛の者達を連れて帝都を飛び出したのです。
そして今のハワードとモニカとして生きている状況に至ります。
ハワードに助けられてから3年の間、私は罪の意識に苛まれ続けていました。
過去の自分は死んだから忘れようとしても、私が逃げたせいで連合王国と帝国が今も全面戦争をしていて多くの罪もない人々が苦しんでいるのです。
私が仕事で関わる殆どの人は平民であり、私と何ら変わらない想い悩み怒る感情のある同じ人であったことが私をより一層苦しめました。
私は何もしないでいると罪の意識に押し潰されそうにになるので考える暇もないほど造船所の経営励みました。
そして取れる仕事は取れるだけ取るような経営を続けていたある日、ハワードが倒れてしまいました。
幸いハワードはただの過労でしたが、私は自分の罪から逃れるために、私の大切な恩人を苦しめていたのです。
私はハワードを看病しながらずっと泣いていました。
ハワードが目を覚ますと私は何度もハワードに謝りました。
ハワードはまた笑って許してくれました。
そしてプロポーズされたのです。
私はハワードを受け入れましたが年齢的な心配もあって結婚まで1年待ってもらいました。
ハワードと出会って4年目に私たちは結婚して私の可愛い息子レオンを授かりました。
レオンという名前は亡くなった先代皇帝であり私にはとても優しくしてくれたお爺様から頂きました。
これは余命短いお爺様が私の子、お爺様にとっては曾孫の顔を見れないからと、男の子が産まれたらお爺様の名前を継いで自分を思い出して欲しいと私とお爺様が亡くなる前に交わした最後の約束なのです。
ハワードには悪いと思いましたがハワードもレオンという名は気に入ってくれていたようなので一安心です。
私は幼いレオンの世話を雇った人に任せ、仕事に復帰しました。
受ける仕事はさらに増やせるようにハワードのように借金で経営が立ち行かない造船所や、小さく立場が弱い造船所などに話を持ち掛け、借金で困っている所は借金の建て替えやアドバイスなどで経営を立て直し、立場が弱い所は集団でまとまって交渉するなどのアドバイスを行って私の信用と立場を強化していきました。
そして私は造船所の組合を立ち上げました。
一括して造船の受注や値段交渉をして組合傘下の造船所に仕事を割り振り、余っている人員を融通しあったり、材料を一括で安く仕入れるなどして組合に加盟すると利があることを宣伝し、造船組合を大きくしていきました。
造船依頼の殆どはガレリア連合王国向けだったので私は意趣返しもかねて料金をかなり吹っ掛けてあげました。
連合王国は帝国との戦争で一進一退の戦況であり、輸送船の需要はいくらあっても足りない状況だったのを私は知っていたからです。
ハワードと出会って10年経ち、レオンも6歳になった今年、私の元にガレリア連合王国とシャルビス帝国の10年続いた戦争が軍縮を条件に停戦したとの情報が飛び込んできました。
私は焦りました。
造船の仕事が無くなることが予想される事も困りましたが、なにより停戦となることでシャルビス帝国の人間もこのグラノヴァを訪れる機会が増えることに焦りました。
私の珍しい銀色の髪色はシャルビス帝国の人間が見れば皇帝の一族を連想してしまうかもしれないからです。
私が10年前に行方不明になっている事情を知っている人間がこのグラノヴァを訪れて私を目にすることがあったら、私の生存の可能性が帝国に伝わり、真実を確認するための人が送り込まれてくるであろうことが想像できたからです。
この先、造船の仕事が無くなるであろう時にハワード造船所や造船組合の経営者たる私が帝国に連れていかれることは大切な家族や私を信頼してくれている人たちを路頭に迷わせる事態になってしまうことを私は心底恐れました。
私が皇帝の第三姫であることを認めなかったとしても無理やり連れていかれる事は想像に難くありません。
相手は超大国のシャルビス帝国なのですから。
そして私の大切な家族に危害が及ぶようなことは何としても避けなければなりません。
私が思い悩んでいるときに私の可愛いレオンが一筋の光を与えてくれました。
レオンは夢の世界で尋常ならざる知識を得たと言います。
それを証明するかのように蒸気機関なるものを造ると言い出したのです。
私は神の天啓を受けたがごとくレオンを全面的に支援することにしました。
既存の帆船が古くなるような新しい思想の新技術の船があれば、その造船技術を独占できればグラノヴァの造船業は救われます。
もし私が帝国に連れ去られても大切な人たちを路頭に迷わせるようなことだけは回避できるのですから。
私はハワードに実家が私を連れ戻そうとするかもしれないことを伝えました。
ハワードはただ優しく私を抱きしめてくれました。
そして私は大切な家族を、大切な人たちを守るためならどんな手段も選らばないと誓ったのです。
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