第18話 少年の船を沈めた酸っぱい思ひ出
思ひ出は重ひで~
儂はルビアート・レオン・シャルビス、シャルビス帝国の現皇帝シャルビス8世だ。
『はぁ』と今日も皇帝の玉座に座りながらため息ばかり出てしまう。ため息を吐くと『お父様!ため息ばかりだと幸せが逃げてしまいますよ?』といつも言っていた娘を思い出す。娘を思い出したいからため息ばかり出ているのかもしれないな。
その娘の名はモニーシカ・ルビアート・シャルビス、儂の5番目の末子で三女だった。そう『だった』のだ。
儂の子らは皆結婚し、この帝城には居ない。そのせいか儂はモニーシカを溺愛して甘やかし過ぎたのかもしれないと今更ながら思う。亡くなってもう10年になる。いや!まだ行方不明だ。儂はモニーシカが死んだなどと信じぬ!
モニーシカは儂の愚かな選択により私の前から居なくなった。そして娘の足取りは判明している。娘は娘の近衛と共に帝都シャルビスから船に乗って出港し他国を目指した。そして魔の海域の嵐にて船が転覆、嵐の海へ投げ出され行方知れずの所まで分かっている。
これ程詳しく分かっている理由は、一緒に船に乗っていた娘の近衛共がノコノコ生き延びて帝都に帰還したからだ。娘の近衛共は皆若い女性だ。剣の実力が確かだったのと女性であるが故に娘の近衛に許可したのだ。男なんぞ娘の近衛にできるか!
その近衛共の筆頭騎士のヒルダの言い分は転覆した後、更に転覆してマストは折れたが船の姿勢は元に戻って何とか航行できたというふざけた内容だった。
当時はガレリア連合王国とシャルビス帝国が一触即発の状態であった。そのため両国の友好の証として娘を連合王国へ嫁がせるはずだったのだが、ガレリア大陸の統一を目指す統一派が妨害をしていた。娘だけが行方不明になった事に統一派の関与を疑った儂はノコノコ帰還したヒルダ達を厳しく取り調べた。
だがヒルダ達は白だった。心から娘のモニーシカに忠誠を誓っている事しか分からなかった。なぜモニーシカが他国へ渡ろうとするのを止めずに助けたのかと問うと、近衛筆頭のヒルダは『あんな可愛い顔で泣きながら頼まれたら断れないでしょう!?』と答えた。儂でも断れないだろうと納得し、普通なら主を守れなかった近衛は自害する位の所業ではあったが、ヒルダ達の娘への忠誠心を認め儂は助命することにした。
さすがにお咎め無しとはいかないためヒルダ達には便所掃除を命じようとしたが、罰にしては品が無いと宰相に反対され、仕方がないので娘が帰還するまでの間、帝国中のゴミ掃除をヒルダ達に命じた。
周りからは娘は死んだと思われていたため、この命令は生涯ゴミ掃除いう近衛の地位にありながら屈辱的な重い罰と受け止められた。
翌日から近衛のヒルダ達は帝国中のゴミ掃除に赴いていった。
儂はまだ娘のモニーシカが生きていると信じ、海軍に世界中をくまなく探すように命じた。周りからこの捜索は無駄だと止められたが、儂が『グダグダ言ってないでとっとと探しにいけ!』と一括したら皆従った。儂は皇帝だからね。
一ヶ月のち、モニーシカ発見の報は未だなかったが別の報告が上がり始める。ガレリア連合王国と和平を望む穏健派の貴族当主の死亡報告だった。更に続々と穏健派貴族の死亡報告が上がり続けた。
儂は宰相に死亡原因を内々に調査させた。原因は直ぐに分かった。儂がゴミ掃除を命じたヒルダ達娘の近衛共の仕業だった。直ぐにヒルダ達を呼び寄せ事情聴取となった。
ヒルダ達の言い分は死亡した穏健派の貴族共はガレリア連合王国から買収されたゴミ共であり、我々近衛は陛下の命令通りゴミ掃除をしたのであると。
儂は頭を抱えたが、娘のモニーシカが居なくなったそもそもの原因は穏健派が強硬にガレリア連合王国へ娘を嫁がせようとした事に思い当たった。穏健派の背後にガレリア連合王国が居たとなれば、娘が居なくなったのは連合王国のせいであると儂は結論づけ、自分自身を納得させた。儂は悪くない!
儂はヒルダ達に命じたゴミ掃除を撤回せずに続けさせることにした。またひと月も経つと帝国内に強硬な穏健派は居なくなってしまった。儂の帝国は大丈夫なのだろうか?連合王国の魔の手がこれ程までに伸びていたとに気付きもしなかった。
こうして帝国内は2ヶ月の間に統一派しかいない状況になった。ヒルダ達は皇帝のお掃除係と恐れられ、まともな穏健派も身を潜めて表に出て来なくなったからだ。もう止める者もいない状況になり、儂は娘が居なくなった落とし前を連合王国につけさせるべく、ガレリア連合王国へ宣戦布告した。
当初破竹の勢いで連合王国の奥深くまで進撃した帝国陸軍だったが、連合王国の輸送船を使った帝国後方への強襲上陸により補給線が圧迫され撤退を余儀なくされる。
儂は『何故いとも簡単に敵の強襲上陸を許したのか!海軍は何をしていた!』と激怒すると、宰相に『あなたがモニーシカ様の捜索に海軍の船を派遣しているからでしょう』と突っ込まれた。
儂は何も言えなくなり、娘の捜索規模の縮小を海軍に命じたが、捜索自体は継続させた。
その後8年帝国と連合王国の戦争は続いていた。
娘モニーシカ捜索の成果は無かった。連合王国との戦争のせいで連合王国に近い大陸の捜索が難航していると報告はあった。他には副産物として帝国から西にある未開の大陸へ捜索に行った船から珍しい物、新しい香辛料や、薬、火薬なる物が持ち帰られたくらいだ。
宰相からは『たまには陛下のワガママも役に立つのですね』などと言われた。親なら子を心配して当然ではないか!それをワガママなどと。それにしても最近は以前にも増して儂に対する宰相の扱いが酷い。
最近、娘の捜索隊は未開の地探検隊になってない?帝族の血を引くモニーシカは儂と同じく髪は銀色だけども、銀色のメスザル連れ帰って宰相が『モニーシカ様に見えなくもありませんね』などとぬかしおったから探検隊が持ち帰ったハリセンとやらで『スパーッン』と1発いれてやった。宰相を遠慮なくやれるし音が心地よくて気分が良くなる。儂、このハリセン気に入った!
しばらくすると帝城近くから時折『ドォーーン』と言う音が聞こえる様になった。宰相に聞いたら探検隊が持ち帰った『火薬』なる物を使った新兵器を開発中らしい。火薬って飲み薬か何かかと思って報告聞き流してた。珍しく宰相を褒めたら『この新兵器でさっさと馬鹿げた戦争を終わらせます』と息巻いていた。
戦争も9年目になると連合王国も帝国も疲弊して内陸の最前線は、小競り合いしか起こらなくなっていた。マンネリ化した攻防で両国とも日課のように敵が攻めてきたら引き、敵が引いたら戻るの繰り返しで死者もそれ程出なくなっていた。
激戦の地は制海権を争う海上だった。儂や宰相に海軍元帥達と打開策を毎日の様に協議してどこを攻めたら何隻沈んだとか、今月は何隻新造船が出来るなんて話ばかり、沈む船を造り続けてる話に儂はうんざりしてた。
だから儂は言ってやった『沈む船を造るから沈むのだ。沈まぬ船を造れば良いでは無いか』と。宰相と海軍元帥に何言ってんだお前みたいな目で見てきた。儂はムキになって机の上に広げられた地図を裏返し、羽ペンででっかい船の絵を描いてやった。
そして儂は海に浮かぶ砦の様な船を造り新兵器を乗せれば良いでは無いかと言ってやった。宰相と海軍元帥は呆れた顔をしていたが、宰相は『陛下は絵も下手ですね』とか言ってきた。『絵も』って所に宰相の毒を感じる。
儂が思いつきで提案した沈まぬ船の案は浮沈船として建造される事になってしまった。陸軍の戦闘が小康状態だった事もあり、ほんの少し余裕が出来たそうだ。
浮沈船用の巨大な建造ドッグを新たに作るのは時間がかかるため、川を堰き止め流れを変え元の干上がった川底を利用して浮沈船を建造する事になった。
昼夜を問わず急ピッチで建造された浮沈船は開戦10年目の初頭には完成してしまった。全長400m幅50m高さ20mにマストが前から1本、2本を交互に10列配置した正に化け物の様な巨大な浮沈船が完成した。
宰相の開発した新兵器は『大砲』と命名され、巨大な浮沈船に両側合わせて200門搭載された。儂はこの巨大な浮沈船に相応しい名前『シャルビス』を送った。艦種は要塞戦列艦、要塞戦列艦シャルビスはその日、堰き止めていた川の堰を切り無事進水した。
儂の思い付きからとんでもない化け物を生み出してしまった。生み出してしまったからには使わねばならない。そして兵員2000人を乗せた要塞戦列艦シャルビスは処女航海に出た。処女航海の途中で遭遇した連合王国の艦隊に対して要塞戦列艦は立ち塞がる敵船を轢き潰しながら敵艦隊のど真ん中に突っ込み、両舷200門の大砲を一斉に発射した。
30分もしないうちに浮いている船は要塞戦列艦シャルビス以外にはいなくなっていた。まさに化け物であった。圧倒的戦果に儂も宰相も海軍元帥達も久々に上機嫌で、大砲の有効性を確認できた宰相は陸軍にも大砲を配備した。
試験的に陸戦の実践で大砲を使用するも、海戦と違い陸戦は目標の敵兵が広範囲に分散しているので金属の弾を飛ばすだけの大砲では面の制圧には向かないことが判明する。だが、要塞攻略等には有効性があったので適切な運用が検討されることになった。火薬は完全に未開の地からの輸入に頼っている状況も問題であり、火薬の製法も研究を続けている。
大砲の実践配備で10年続いている儂のシャルビス帝国とガレリア連合王国の戦争は戦局の転換点を迎えようとしていたが、正にその時1つの知らせが届いた。娘のモニーシカを捜索していた半ば探検隊となっていた部隊から連合王国の西にあるレダイル大陸のグラノヴァという町で銀髪の女性を見たという情報を得たと報告が入ったのだ。
銀色の髪は珍しいが居ないわけではない。儂は詳細を調べる様に命じると、グラノヴァを出入りしている商人からの続報が届いた。どやら銀髪の女性はモニカという名前で、銀髪の子供がいて造船所を経営しているらしい。
儂が溺愛した娘モニーシカに名前が似ている。もし、モニーシカ本人だとしたら既に子持ちということになるではないか!儂は動揺した。儂の許しもなくどこぞの馬の骨に儂の娘が傷物にされたと考えたらどうしようもない怒りが込み上げてきた。だがまだモニカという女性が娘のモニーシカかどうかは分からない。
儂は自分の目で確認することにした。他人の報告で『モニーシカ様ではありませんでした』と言われても到底信じることが出来なかったからだ。だが、モニカという女性が居るグラノヴァの町は戦争中の連合王国の西隣にある町らしい。連合王国との戦争状態ではゆっくり探すことは出来ないと判断した儂は連合王国との戦争を停戦することにした。
儂が宰相に連合王国と停戦するように命じると、『大砲という敵より圧倒的に有利な兵器を手にして10年続けた戦争を勝って終われるというのになぜ今停戦するのか』とすごい反対された。儂は要塞戦列艦シャルビスがあれば海戦は圧勝出来るであろうが、陸戦は散開した敵兵相手では効果は薄い。散開した敵兵相手でも有効な大砲を開発できなければまだまだ戦いは長引くであろうと宰相に話した。
それに火薬は製法が未だに分からず未開の地よりの輸入に頼っており貴重な部類に属するものだ。火薬の製法を解明し、帝国内で量産できねば戦争が長引いて火薬不足になどなれば大砲などただの金属の塊では無いかと宰相に適当なそれらしい理由を並べて説得した。
宰相は陸戦や火薬の製法に関しては思うところがあったのかしぶしぶ停戦に承知して連合王国との停戦交渉に入った。儂はとにかく早く停戦せよと宰相に命じた結果、宰相が勝手に軍縮の条件を加えると連合王国はあっさり停戦した。連合王国側も財政的に相当苦しく、宰相の軍縮案は連合王国側にとっても良い条件だったようだ。儂は宰相の手腕を見直した。
こうして10年続いたシャルビス帝国とガレリア連合王国との戦争は軍縮を条件に停戦した。儂の娘が居なくなった落とし前は十分つけたと儂は満足した。それより儂は早く娘らしい銀髪の女性を確認しに行きたい。だが、事後処理でなかなか出かけられる状況にならなかった。
停戦から1ヶ月と半たったころ、儂は未だに事後処理に追われていた。そこへとんでもない情報が飛び込んできた。モニカという女性が居るグラノヴァの町の領主であるネブラスカ男爵がガレリア連合王国へ亡命したというのである。しかも亡命したネブラスカ男爵は連合王国へ助力を要請してグラノヴァを攻める準備をしているという。
儂は焦った、ぐずぐずしていたらグラノヴァが戦場になってしまう。モニカという女性が戦火に巻き込まれ、何処かへ逃げるなり、死なれでもしたら娘のモニーシカかの確認が取れなくなってしまう。なぜ儂が行く前にややこしい事態になるのだ、もう許さん、ネブラスカ男爵絶対に許さん!儂は居てもたってもいられず事後処理の仕事を全て宰相に丸投げして要塞戦列艦に乗艦した。
モニーシカ本人か確認の役に立つかもと思い、モニーシカの近衛共で儂のお掃除係となっていたが、最近掃除する相手も居なくなり暇している近衛筆頭のヒルダを連れて行くことにした。
要塞戦列艦の足は遅かった。大き過ぎてとにかく遅い。儂は魔の海域に接近して嵐の風を利用するのとを思いついた。魔の海域は時計と逆回りに海流と風が渦巻いているからだ。グラノヴァへ向かう航路では猛烈な追い風と海流に乗れる。嵐もこの巨大な要塞戦列艦なら横転することも無いだろう。
魔の海域の縁に入ると嵐が強くなって要塞戦列艦の船足は上がった。マストが折れそうな程しなり、帆が一部裂けるほどだった。要塞戦列艦と言えど揺れに揺れた。モニーシカはこんな嵐に遭遇していたのかと冷や汗が流れた。こんな嵐の海に投げ出されては到底生きているとは思えなかったからだ。
グラノヴァが近付いたので魔の海域を抜けると驚いた事に航海予定の半分で到着してしまった。魔の海域は奥に行けば行くほど海流も風も強いようだ。
航行を続けながら破れた帆や破損箇所を修理させた。グラノヴァ近海に入ると見張りの兵より前方に艦隊が見えると報告が入った。
儂はネブラスカ男爵が連れてきた連合王国の艦隊だと確信した。まだグラノヴァに到着していないならギリギリ間に合ったと思った。儂は急いでグラノヴァに向かう様に命じた。
要塞戦列艦シャルビスの異様に恐れを生したのか、艦隊は東に針路を変えて去っていった。旗からやはり連合王国の艦隊だったようだ。
また見張りから報告が入り、今度は小型船2隻が向かって来るという。途中で1隻が止まり、もう1隻が3つの旗を上げて接近してきた。1つは紋章官の記録にも無い旗、もうひとつはネブラスカ男爵家の旗、最後は交渉旗だった。
ネブラスカ男爵は亡命した挙句に連合王国と儂の娘のが居るかもしれないグラノヴァを攻めようとしてるクズの認識だ。儂は『交渉の必要なし!1発脅してやれ!』と命じた。
要塞戦列艦シャルビスのマストに交戦旗が上がり、船が左90度に回頭すると右舷の大砲100門が接近してくるネブラスカ男爵の旗を掲げた船に火を吹いた。物凄い轟音と共に何発かが接近してくる小船に当たった。
『儂は脅せと言ったのだが、なぜ当てたのか!』指揮官に問うとどうやら目標の船が帆を張って居ないため止まっていると勘違い砲兵の狙いがズレたらしい。言われてみれ何故あの船は帆を張ってないのに動いているのか?ガレー船の様なオールで漕いでいる様子も無い。
穴だらけになった接近中の船はバキバキと音を立ててマストが折れた。船から人が次々に海へ飛び込んで行く。あれだけの砲撃を受けてまだ浮いているのは賞賛に値するが船員が脱出しているなら間もなく沈むのであろう。
しかし穴だらけのあの船は未だに動いてこちらに向かってきている。一体どうやって動いているのか、儂はあの船に興味が湧いた。
指揮官が『このままではこの船に衝突します。沈めますか?』と言ってきたので儂は『あの船の船員が脱出するまで待ってやれ』と命じた。儂は船の上に人影が見えなくなったのを確認して指揮官に『沈めよ』と命じた。
再び要塞戦列艦シャルビスの右舷側100門の砲が火を吹き轟音が轟いた。先程よりかなり近付いた目標の小型船に砲弾の雨が降り注ぐ。今度は当てるように放たれた砲弾は数十発は命中したが、目標の船の速度が上がっているのか半数以上は目標の船を通り越して後方の海に着弾して水柱を上げていた。
先程より穴だらけになった小型船は沈むどころか更に速度を上げてこちらに突っ込んでくる。このままでは衝突するが、この要塞戦列艦の巨大な船体に小船が体当たりしたところでどうということは無い。かすり傷が着く程度だ。処女後悔で連合王国の艦隊を轢き潰した実績がある!
『陛下!子供らしき人影が船上に見えます!』突然のヒルダの声に小型船を見ると確かに子供らしき人影が2人見えた。しかも片方は銀髪の子供のようだった。儂は『撃つな!撃ってはならん!』と、とっさに命じた。あの子供はもしや報告にあったモニカなる銀髪の女性の子ではないのか?なぜあんな危険なところにいるのか!
船上の子供2人は身を寄せながら一緒に海へ飛び込んだ。そして穴だらけの小型船が要塞戦列艦の巨大な船体中央部に衝突する。バキバキと大きな音を立てて沈んで行ったのを眺めていた。それどころではない!子供だ!『停船せよ!子供らしき者達を救助して連れてこい!』儂がそう命じた直後だった。
下から突き上げるような衝撃と轟音と共に巨大な水柱が上がった。あまりの衝撃に甲板に居たものは皆倒れ込んでいた。
何事かと上を見ると水柱の水が崩れて降り掛かってきた。物凄く塩っぱい味がした。大量の海水を被って儂を含め甲板に居た者は皆ずぶ濡れになってしまっていた。
一体何が起きたのだ?それより救助だ。船から滑車でボートが降ろされ、海を漂っている子供2人を救助した。兵からの報告では銀髪の少年の意識は無く、頭から出血、右足は骨折していると言う。もう1人は少女で意識はあり、怪我も無いそうだ。儂は銀髪の少年の治療を命じた。
儂は濡れた上着とマントを脱ぎ捨て子供らが運び込まれた船医室に向かった。中に入ると足に添え木、頭に包帯を巻いた銀髪の少年とそれを心配そうに見ている栗髪の少女がいた。
儂は船医に治療は終わったのかと問うと、少年の方は足の骨折は綺麗に折れていたのでひと月もすれば歩けるようになり、頭の方は出血が多かったが命に別状は無いので暫くすれば目覚めるだろと答えた。
「そこの少女よ、儂と少し話をしようではないか」
「私はマルティナよ。私達をグラノヴァへ返してくれるなら話してもいいわ」
「助けてやったというのに傲慢な奴め、まずは礼のひとつでも言ったらどうだ?」
「助けてくれた事には感謝するわ。でも助けてもらう原因を作ったのはあなた達じゃない!こっちは交渉旗も上げていたのに!」
言われてみれば儂は交渉しに来た相手を問答無用で攻撃した悪者か。だがネブラスカ男爵家の旗を掲げていた以上は儂の敵だ。儂は悪くない!
「マルティナよ、儂らはグラノヴァに用があって帝国から来たのだ。今のグラノヴァの事情は知っておる。ネブラスカ男爵が連合王国と組んでグラノヴァを攻めに来たのであろう?」
マルティナと名乗った少女がビクッと震えたように見えた。
「今、グラノヴァが連合王国の手に落ちるのを儂は望まん。だからグラノヴァの敵であるネブラスカ男爵家の旗を掲げた船を沈めたまでのことだ」
「私はネブラスカ男爵の娘よ!私が乗っていたからネブラスカ男爵家の旗を掲げていたのよ。でもグラノヴァを攻めてたんじゃないわ!連合王国の艦隊と戦ってグラノヴァを守っていたのよ!」
「ほう、儂が得た情報とかなり違うな。どういう事か話してみよ」
「いいわ!話してあげるから私達を必ずグラノヴァに返して!」
「それは話の内容次第だな」
マルティナは何故あの船に乗って連合王国と戦っていたのか事の経緯を話し始めた。儂は黙って聞いていた。
マルティナの話を要約すると、罪人のネブラスカ男爵が連合王国に亡命して連合王国の艦隊を率いてグラノヴァを取り戻そうとした。マルティナはネブラスカ家の者として処刑されそうになり、男爵が連れてきた連合王国を撃退して功績をたてて助命してもらおうとしていた。連合王国の艦隊と戦って連合王国が撤退した所に儂らが現れたという。
儂が得ていた話から事態がだいぶ進んでいたようだ。話を聞く限りこのマルティナはネブラスカ家の者ではあるが儂の敵では無いようだ。
「マルティナよ、事情は分かった。そう言う話であれば儂の敵ではあるまい。お前達をグラノヴァまで送ってやろう」
「本当に?ぜひお願いします!」
「ところでマルティナよ、そこで寝ている少年の名は何と言うのだ?」
「この子はレオンよ!あの沈んだ船もこの子が造ったのよ」
あの帆が無くても動いていた船をこんな幼い子供が造ったというのか?有り得ん。造るのを手伝ったのであろう。
「お主とそなたはどの様な関係なのだ?」
「せっ、専属の彼女よ!」
ほぅ、専属の彼女とはなんだ?専属でない彼女もいるのか?まぁいい、それより名前だ。
「この少年、レオンの母親の名は何と言うのだ?」
「レオンの母親?モニカさんのこと?」
「モニーシカと言う女性を知らんか?この少年と同じ銀色の髪の女性なのだが」
「モニーシカ?聞いたことないわね、モニカさんは銀色の髪だけど」
モニーシカは自分の名前を偽っているのだろうか?しかしやはりこの少年はモニカと言う女性の子供だった。これは不味い。モニカという女性が儂の娘のモニーシカであったなら、儂は娘の子供に大怪我させたことになる。我が子を傷つけられた相手に良い感情を持つ親を儂は知らん。このままグラノヴァへ行ってこの少年の母親に会うのはまずいのではないのか?どうしよう。儂はどうしたらいいんだ。
いや待てよ?この少年が大怪我をしているのはここに居るマルティナしか知らないはずだ。マルティナをこの件が片付くまでこの船に閉じ込めておけば良いのではないか?そうだ、それが良い儂ながら良い考えだ。そうと決まれば早速グラノヴァへ向かうことにしよう。
「報告します!先ほどと同じ小型船が接近中であります!甲板に銀色の髪の女性が乗っている模様!」
突然兵士が駆け込んできてとんでもない事言ってきた。
「その船に対して一切の攻撃を禁止する。この船に乗艦を希望する場合は儂の部屋へ丁重に連れてこい」
「了解しました!」
兵士が命令を伝えるために急いで駆けて行った。
「きっとモニカさんだわ。私達が戻らないから心配して迎えに来てくれたんだわ!おじさん!私達はお迎えが来たので帰らせて頂きます。助けて頂きありがとうございました」
マルティナはそう言うとペコリとお辞儀をした。
「お、おじさん?」
「お名前を聞いていませんでしたので」
そういえば儂名乗ってないな。
「儂の名はルビアート・レオン・シャルビスだ」
「へぇー、ミドルネームがレオンと同じなんですね」
「あ、あぁ、儂の一家は親の名前をミドルネームにする家系なのだ」
勘の悪い少女だな。儂はシャルビス帝国の皇帝だよ?こんな巨大な船に乗ってシャルビス名乗ったら皇帝の一族って察しつくんじゃないの?
どたどたと慌てた兵士がまた来た。今度はなんだ?
「ほ、報告します!接近中の小型船に乗っていた銀髪の女性は『モニーシカ・ルビアート・シャルビス』を名乗っております!!」
「なんだと!?すぐに儂の部屋に連れてこい!」
つ、遂に見つけた!!!やはり生きていたのだ。こうしてはおれん急いで儂の部屋へ向かわねば。
「あれ、モニカさんじゃないのか~。ではルビアートさん、私達はここで待っているので後でグラノヴァまで送り届けてくださいね」
「分かっておる。儂は急ぐのでな。しっかりそこの少年についておれ」
「当然よ!レオンが目を覚ますまで私が守るわ!」
儂は娘のモニーシカに会えるとはやる気持ちを抑えて急いで自分の部屋へ向かった。ふと鏡で自分の姿を見たら、上半身シャツしか着ていなかった。威厳も何もないただのおっさんじゃないか。だからマルティナも儂を皇帝などと思いもしなかったのか。
いや今はそんなことはどうでもいい。儂は急いで皇帝らしい服装に着替えて椅子に座り、モニーシカの到着を待った。傍にはモニーシカの近衛筆頭ヒルダを立たせている。
遠くからコツコツと歩く音が響いてきた。コンコンとドアを叩く音がした。儂が入れと言うと、銀髪の女性が入ってきた。あぁ!間違いない成長して大きく成っているが娘のモニーシカだ。
「陛下!あれはモニーシカ姫様に間違いございません」
ヒルダも儂と同じ意見だこれは間違いあるまい。儂は椅子から立ち上がるとモニーシカに駆け寄った。モニーシカも感極まっているのだろうか?こちらを見ながら口元を抑えている。儂がモニーシカを抱きしめようとしたその時。
「_| ̄|○、;'.・ オェェェェェ」
「・・・・」
えっ?何が起こったの?何か酸っぱい臭いがする。
「ひっ姫さまぁぁぁあああ」
儂は呆然として何も言えず、ヒルダの絶叫だけが響き渡る。
こうして親と娘の10年振りの再会は、忘れられない酸っぱい思い出になったのであった。
第一部もあと3話