第16話 敵の船は何なのだ!
提督ーーー!
私の名はデアルド・フォン・プラルダ、ガレリア連合王国のプラルダ男爵家の次男で栄えある連合王国海軍第三艦隊の提督という地位にある。
私は次男である為にプラルダ男爵家の家督を継げず、ガレリア連合王国貴族の義務である兵役のため海軍を選び入隊した。
もう20年前のことである。
泥臭い陸軍では貴族である私には務まらないと思った。
海軍で艦長以上の地位になれば専用の船を与えられる。
家督を継げない私だが出世して与えられた船は自分の城も同然だ。
私が海軍に入って10年になる頃には貴族出身なのもあり順調に出世して船を与えられた。
初めて与えられた私の城に感激したのは忘れられない思い出だ。
だが、それは突然始まった。ガレリア連合王国とシャルビス帝国の戦争だ。
1度は帝国からの姫が連合王国へ嫁ぐ事で戦争は回避されたのだが、帝国の姫が嫁ぐ前に姫に何かあったらしいが真相は未だに分からない。
嫁ぐのが嫌で自害したとか、逃げ出して他国へ渡っただの戦争を望むガレリア大陸統一派の手によって暗殺されただの噂は耐えなかったが現実は帝国の皇帝が一方的に宣戦布告してきたのだ。
当初、ガレリア連合王国は戦争回避と楽観視して油断しておりシャルビス帝国が優勢であった。
連合王国は劣勢を覆す策として、連合王国の後方に待機していた部隊を大規模な輸送船により敵のはるか後方に上陸させ敵の補給線を断とうとしたのだ。
連合王国のこの策はハマり、連合王国内部深く侵攻していた帝国は全面的に撤退して行った。
しかし犠牲も少なく無かった。
帝国後方に上陸した連合王国の部隊は帝国の艦隊と連合王国から撤退した部隊とに包囲され、全滅を待つだけの状態に陥った。
私の所属していた第三艦隊が救援に向かい、夜の闇に乗じて帝国艦隊の包囲を突破することに成功するも、包囲された味方を輸送船に収容するのに時間がかかり、夜が明けてしまう。
夜が明けると第三艦隊は帝国艦隊に包囲されてしまった。
輸送船を護衛していた私の船が所属する第二戦隊は帝国の包囲を突破しようと奮戦する。
他の戦隊が半壊し第三艦隊の旗艦が沈み他の戦隊の上官が行方不明や戦死すると私が最上級指揮官となっていた。
私は残存艦を集結させると、空の輸送船を前に出し針路を塞ぐ帝国艦隊へ突入させ、体当たりにて敵船を空の輸送船ごと沈めて血路を開いた。
味方の乗った輸送船を全て帝国の包囲に開けた血路から逃がした私は輸送船を追撃させない為、殿を務め逃げ回った。
やがて夜になり、闇に乗じて連合王国へ帰還すると私は英雄となっていた。
多くの勲章を授与され、提督や上官が全員戦死または行方不明になっていた為、私は1隻の艦長から一気に第三艦隊の提督へと異例の昇進となった。
その後の帝国との戦争は泥沼であった。
連合王国は輸送船による帝国後方への上陸が及ぼした効果が有効であったと判断し、より一層の海軍戦力増強に力を入れた。
だが帝国も輸送船による奇襲を警戒し、海軍戦力を増強する。
そこからはイタチごっことなった。
多くの船を沈めたし沈められた。
その度に輸送船が新造され、護衛のための船も建造され国費を費やして行った。
連合王国も帝国も財政的に疲弊して行き重税により地方貴族の領民が反乱を起こす始末であった。
戦争が始まって10年目に戦局が大きく動いた。
輸送船を護衛していた味方の艦隊が全滅したのだ。
文字通りの全滅で海を漂流してた所を救助された者からの証言はこうだ。
『とてつもない巨大な船が現れて我々の艦隊に単独で突っ込んできた。そして轟音が鳴り響いて気付いたら海の中に投げ出されていた』という物だった。
それは陸の戦場でも起こった。攻め込んだ味方の兵が轟音と共に吹き飛ばされたのである。
連合王国は帝国が新兵器を開発したとみて情報収集を急いだ。
分かったことは新兵器が大砲と呼ばれ、轟音と黒い煙と共に金属の弾を飛ばしているということだけであった。
帝国が新兵器を開発した事で近く帝国の全面攻勢があると予想した首脳部は防衛の準備を急いだ。
ところが帝国は攻勢ではなく停戦を申し出て来たことで首脳部は困惑した。
連合王国は人的資源も財政も疲弊の極みだった為、停戦は望むところであったが帝国の圧倒的有利な条件では停戦は出来ない。
だが心配を他所に帝国の要求は互いの領土を開戦前に戻し、肥大化した海軍の保有戦力を決められた比率まで減らす軍縮のみだった。
連合王国の首脳部はこの提案に飛びつき停戦は成立した。
帝国は何故か停戦を急いでいたようであった。
新兵器を開発しもっと有利な条件で交渉出来たにもかかわらずである。
帝国と停戦後の連合王国は大きな問題に直面する。
停戦条件の軍縮を履行するため余剰となった船は民間への売却で解決できるが、徴兵した兵員を解散するには事前に決められた報酬を支払わねばならない。
だがその支払いに必要な金が国庫に無かったのである。
余剰の船を売却しても買い叩かれまともな金額にならず、参戦した貴族への恩賞も得た領土が無いため出せない有様であった。
このままでは貴族の不満が爆発し、いつ反乱を起こしてもおかしくない状況だった。
そこでガレリア大陸の西にあるレダイル王国を侵略してはどうかという提案がだされる。
疲弊の極みにある連合王国が更に戦争をするのかと言う馬鹿げた提案に当初は注目され無かった。
しかしレダイル王国を侵略した場合のメリットが理にかなっていた為、首脳部は次第にレダイル王国の侵略へと傾倒していった。
レダイル王国侵略のメリットは徴兵した兵を解散せずに済み、兵への報酬支払いを先延ばしに出来ること。
民間に船を売却する前に大した海軍を持たないレダイル王国侵略に使用すれば損害を出さずに有効利用出来、船は侵略後に改めて売却すれば良い事。
レダイル王国を侵略して得た領土は連合王国貴族への恩賞に出来ること、レダイル王国は帝国と関係がないため、帝国との停戦には影響しない事など一石三鳥以上の良案だったのである。
問題はレダイル王国を侵略する大義名分が無いことであった。
しかし名分はレダイル王国の方から飛び込んできた。
それはレダイル王国のネブラスカ男爵がガレリア連合王国への亡命と、ネブラスカ男爵家再興のために連合王国に助力を願い出てきたのである。
首脳部はネブラスカ男爵の助力要請を快諾した。
レダイル王国侵略の艦隊が編成され、上陸部隊を乗せた本隊と上陸地点を確保する先遣部隊に分けられた。
そして私の第三艦隊がレダイル王国侵略の先遣部隊として先方を命じられたのである。
先方の第三艦隊にはネブラスカ男爵家の当主本人が搭乗することになった。
水先案内人として、レダイル王国を知る者として、ネブラスカ男爵にして見れば自分の領地を奪還するためであっただろう。
そして我々第三艦隊はガレリア大陸を出航した。
一週間後、我々はレダイル大陸のグラノヴァ近海で3隻のマストが1本しかない小型船に遭遇した。
その中の1隻は交渉旗を掲げて我々の第三艦隊に近づいて来たのだ。
「ネブラスカ男爵殿、あの近付いてくる船には貴殿のネブラスカ家の旗と見たことが無い旗が掲げてありますがどこの貴族の旗ですかな?」
「デアルド殿、吾輩の事は家名ではなくスパロイドとお呼びくだされ。貴国の海軍の規律では船内では家名ではなく、名で呼び合うと聞きましたぞ」
「ハッハッハ!これは失礼したスパロイド殿。貴殿は客将の扱いでしたからな」
「あの旗についてでしたな。吾輩の記憶ではあの旗は貴族家のものでは無く、ネブラスカ家の領有するグラノヴァの領民が組織した造船組合の組合旗ですな」
領民が組織を作り旗を掲げているのか。念の為紋章官に記録させねばなるまい。
「ほおぅ。貴国の領民はそのような組織が自由に作れるのですかな?」
「いやいやデアルド殿、吾輩の国でもそのような組合を作ったなどという話は聞かぬよ。その組合は領民が勝手に作ったのだが、有益だったのでそのまま放置しておったのだ。しかも組合を作った者は確かモニカという女性であったかな」
「やはり貴国は変わっておりますなぁ、スパロイド殿。女性がそのような行動に出るなど我が連合王国では考えられませんよ」
「それはともかくデアルド殿、あの船が掲げているネブラスカ家の旗に吾輩は心当たりが無いのだがな」
「それはどういうことですかな?」
「吾輩、領地を去る際に子らは全て妻の実家の養子に送り出しておる。よってネブラスカ家の旗を掲げる資格のある者に心当たりがないのだ」
「それは妙ですなスパロイド殿、貴殿の言い様ではあの旗を掲げてる船は貴族を語っている重罪人であることになりますよ?」
「ネブラスカ家当主の吾輩がここにいるのだ。あの船の者が貴族の名を語ろうと吾輩なら即判断可能であるがゆえ問題はなかろう」
「そろそろ着きますな。出迎えの準備をしましょう」
事前交渉にやってきたのは子供二人に上半身裸の屈強な男であった。
交渉役は大人が子供になったような幼い少年であった。
しかも代表は少女でネブラスカ家の者だという。
ネブラスカ男爵は私に小声で話しかけてきた。
「デアルド殿、お恥ずかしい話であるがあの少女は吾輩と平民との子でしてな、ネブラスカ家の旗を掲げる資格だけはある。屋敷にも住まわせぬほど疎遠でまだ幼く、よもやこのような場に出てこようとは頭の片隅にも思い浮かばなんだ」
「スパロイド殿、あの少女はどうされますかな?この場で保護いたしますか?」
「それは出来まいよ。事前交渉で仮にも代表を名乗った者を捕えるような事をすれば貴国にとって大変な不名誉であろう」
「よろしいのですかな?このまま戦闘に入れば不慮の事故ということもありえますよ?」
「あのような小型船3隻、デアルド殿ならどうとなるであろう?こんな茶番はさっさと片付けてグラノヴァの町に入ろうではないか」
「分かりました。スパロイド殿、私も同感です。こんな茶番はさっさと片付けてしまいましょう」
ネブラスカ男爵が名乗りを上げた途端、ネブラスカ家の少女が男爵を変態だと騒ぎだしたのには内心笑っていた。
まったくもって茶番であった。
後で男爵に事情を聴いて不憫な娘だと納得もした。
できれば無傷で保護してやりたいものだ。
こうして事前交渉は予定通り無事決裂し戦闘開始となったのである。
気になったのはやたら大人びた物言いをする少年がやけに自信たっぷりに語っていたことだ。
まるで我々に勝って当然のような物言いであった事が気にかかる。
「時間だ!戦闘旗を掲げよ!全艦に通達!敵は3隻のみ!散開して前進し敵船を囲んで拿捕せよ!」
こうしてグラノヴァ沖の海戦は開始された。
様子がおかしい。
敵船は帆を下ろしたままだ。
先ほどの少年の威勢は何だったのか。
ただの虚勢でこのまま降伏するつもりなのか?
そう思っていると敵船3隻が帆を張らないまま動き出したのだ。
「馬鹿な!なぜ帆も張らずに動けるのだ。オールも出ていないぞ!」
「スパロイド殿!あの船はどうやって動いているのですか!?貴国の船にはあのような事が可能なのですか!?」
「デアルド殿!誓って嘘偽りなく申す!吾輩も知らぬ!あのように動ける船など全く存ぜぬ!なんなのだあれは」
ネブラスカ男爵も知らない帆も張らずに動ける船だと?あの少年の自信はこの船があったからか。
だとしたら不味いな。
あの少年が勝つ気でいたとしたらこちらを攻撃できる手段があるということだ。
あの敵船は風上に向かっている。
こちらの頭を押さえる気だ。
こちらは向かい風では速度は出せん。
完全にしてやられた。
「全艦に通達!敵船はこちらを攻撃する手段を持っている注意せよ!」
「デアルド殿?あわててどうされたのですかな?妙な仕掛けで動くようですが所詮は3隻どうということもありますまい」
「スパロイド殿!認識が甘い!敵はこちらの風上に向かっている!速度も速い、このままでは風向きが変わらぬ限り我々はあの船に永遠に追いつけません」
「ではどうされますかな?」
敵船は我々の前方に出ると横一列に向きを変えた。
そして轟音が轟いたのである。
「あれは!まさか帝国の新兵器『大砲』か!?」
轟音が轟いた後、先頭を進んでいた第三戦隊の船に何かが当たりマストがへし折れ、船体には穴が開いているようだった。
さらに敵からの轟音はやまず、一分間に6発程度飛んでくるようだった。
「デアルド殿!この音はいったい何なのだ。あの船は何をしているのだ」
「スパロイド殿!貴殿は帝国と通じていないのは間違いないのですな?」
「何を言う!吾輩の領は貴国の造船依頼で成り立っていたのだ!貴国の敵対国である帝国と通じているわけなかろう!」
「そのお言葉、嘘偽り無いことを祈りますよ」
先頭にいた第三戦隊の船が傾いて脱落していく。
あの船はもうだめだ。
マストを折られ、船体に穴が開き浸水してさらに傾いて間もなく沈むだろう。
どうする?なにか有効な手はあるのか?こうしている間にも敵船は大砲を撃ち続けている。敵の弱点は何だ!敵の前に出るにはどうすれば・・・敵が守るものを狙えばあるいは。
「第二戦隊に通達!敵の港であるグラノヴァに向かえ!敵の港を攻撃せよ!」
「待たれよデアルド殿!グラノヴァを攻撃しては統治が難しくなりますぞ!」
「ここで負ければ統治など出来ないのです。それよりグラノヴァを攻撃することで敵船はグラノヴァを守りに戻るはずです。そこを数で包囲して制圧するしかありません」
「むぅやむを得ませんな」
第二戦隊の10隻がグラノヴァの町へ向かう。すると敵船は向きを変え、グラノヴァの町に向かう第二戦隊の10隻を追い始めた。
「よし!敵船が針路を変えたぞ! 第三戦隊、第四戦隊に通達!敵船の風上を押さえさせろ!」
敵の攻撃でダメージを受けていた第三戦隊の残存7隻と第四戦隊10隻が敵船の風上を抑えようと進む。だが、敵船の速度が速い、さらに速度を上げているようだ。
いけない!第三戦隊も第四戦隊も敵船に全く追いつけていない。
敵船はグラノヴァ攻撃に向かう第二戦隊10隻に並走すると次々に大砲を撃ち込み始めた。
「いかん!第二戦隊が全滅する! 第二戦隊に通達!敵の攻撃を避け我々の第一戦隊に合流せよ!」
もはやどうしようもない。
敵船は風に関係なく自在に動き回り速度も速い。
しかも攻撃は遠距離のみで近づく隙もない。
このままでは敵船に好きなように引きずられてなぶり殺しにされてしまう。
敵船の練度も見事なものだ。
こちらが敵船の進行方向と逆に針路を取ると3隻一斉に180度回頭して確実に我々の針路を塞いでくる。
「スパロイド殿!海上は我々の領分などと大言壮語を吐いておきながら何たる体たらく申し訳ない。だが、恥を忍んでお尋ねしたい。貴殿にはこの状況を打開する何か良い策がありますか?」
「デアルド殿!よもや吾輩の領民がこのような船を持っていると知らなんだ吾輩にも責任はある。ここは一旦撤退してはいかがか?あの船も戦闘旗を下げれば追撃まではしてこないであろう?」
「よろしいのですか?ネブラスカ家再興のためグラノヴァ一帯を接収できないのですよ?」
「勘違いなさいますな、デアルド殿。連合王国はレダイル王国の侵略が目的でありましょう。であれば、攻める場所を変えればよいのである。最初に攻め上がる場所をグラノヴァに固執する必要は連合王国には無いはずであろう?」
「確かにそうですが、いや!スパロイド殿の柔軟な発想には感服致しました。これ以上はこちらの損害が増えるばかり、ここは一旦出直して別の領地から攻め入ることに致しましょう」
もう何隻やられたのか、沈んだ船だけでも10隻、被害は相当なものだ。
浮いていても被害を受けた船は半数近くはあるだろうか。
これ以上この一方的な状況からは撤退するしかない。
「全艦に通達!撤退する!第一戦隊に全艦集合せよ!」
その時見張りから報告が入った。南より巨大な船が接近してくると。
味方の本隊か?いや本隊なら東から来るはずだ。南から来るだと?まさか・・・
南を見ると見張りの言う通りまだ遠いがハッキリ見える大型船が、いや、正面から見てマストが横に3列もある超巨大な船が接近中であった。
※紋章官:世界中に存在する紋章を記録、判別する官職
評価!氷菓?アイスクリームだったのか




