第12話 俺の船が壊されるくらいなら
屁こいた奴ちょっとこっちこい
「「ドォーーン」」
「きゃぁっ」
「うおっ」
「まぁまぁまぁ」
「プゥー」
グラノヴァから西へ30km母上が手に入れた鉱山近くのテーヌ川にある開けた河原に突如腹に響く轟音が響き渡っていた。
「ドレッド大丈夫か!?」
圧縮砲の試射を行ったドレッドは衝撃のせいかひっくり返っている。俺はドレッドに駆け寄ると生きているか確認する。
「うおあっ!」
ドレッドは突然起き上がると俺を放置して圧縮砲の各部を点検し始めた。
「坊主、何処も破損は無さそうだ。小さな亀裂ひとつ無いぞ」
「そうかやったなドレッド!あと何十発か撃っても破損が無ければ『実戦』でも使えるぞ!」
そう、『実戦』で圧縮砲を使わなければならない状況になっていた。
ことは母上にマルティナを紹介していた1ヶ月前に遡る。
母上が突然俺に『貴方には連合王国の艦隊を打ち負かすとっておきの船を造って欲しいのですが、できますね?』と言ってきたのだ。
俺は暫く突然母上が言い出した言葉を頭の中で何度も繰り返し、聞き違いに違いないとの結論に達した。
「母上、申し訳ありません。恐らく私の聞き違いだと思いますのでもう一度お願いします」
「連合王国の艦隊を打ち負かすとっておきの船を造って欲しいのですが、できますね?といったのですよ」
聞き違いじゃなかったよ。どうしようツッコミどころ満載でどこから切り出せばいいか分からないよ。と思っているとマルティナが助け船を出してくれた。
「モニカさんは私の運命を変えてくれる言って下さりましたが、それとレオンが艦隊を撃ち破る船を造るのにどんな関係があるのでしょうか?」
「うふふ、それはですね、ネブラスカ男爵が金の密輸の罪人として王国に捕えられる前に連合王国に亡命するそうなのですよ」
「そんなぁ! モニカさん男爵が亡命したらネブラスカ家は、この町はどうなるのですか!?」
「そうですね~、ネブラスカ家は取り潰し、グラノヴァ一帯は王家の直轄領にされるか他の貴族の領地に編入されるかでしょうか?」
「母上、ネブラスカ家が取り潰しになったらマルティナは平民になるのですか?」
「いいえレオン、貴族社会はそんなに甘くありませんよ。マルティナさんは亡命した男爵への見せしめに一族全て処刑されるでしょう」
俺はマルティナを見たが処刑されると聞いても今度は泣いていなかった。
「モニカさんその話の流れでは連合王国の艦隊が出てこないと思うのですが?」
「それがですね、男爵が連合王国に亡命すると商人達が話していたという話を小耳に挟んだので、造船組合の逞しい人達にその商人の方達を連れて来て貰いまして、詳しいお話を聞いたのですよ」
逞しい人達って何?母上が作った造船組合って行ったことないんだけど。
マッチョな人達がいっぱいいる所なの?親父もマッチョだし、母上はマッチョ好きなのか!?
「どうやら男爵は亡命後に連合王国の助力を得てグラノヴァの奪還ついでにこの国を攻めるつもりの様なのです」
自分で密輸をしておいて捕まりそうになったら逃げた挙句に怖い人達連れて来て逆ギレかよ。
マルティナは男爵の顔も知らないとか言ってたし、男爵はヤバい奴認定しておこう。
「しかし母上、連合王国と帝国は10年の総力戦から停戦したばかりで疲弊しているのでは?とてもこの国と争う余裕は無いように思うのですが?」
「それが疲弊し過ぎてどうにもならなくなっての事らしいのですよ」
「モニカさん私には難しくてよく分かりません。どういうことなのですか?」
母上は一体何処まで知っているんだろうか?
本当に男爵が亡命したくらいで連合王国が攻めてくるのか?
連合王国には余程の見返りがあるのか?
「連合王国の貴族にしてみれば10年の戦いが終わって得たものは何も無いのです。帝国の土地を得られず、勝利した訳でもないから恩賞も期待できないのです。当然不満がでますね」
成程、母上が言いたいことが見えてきたぞ。
そうなると俺はどうやって母上の無茶ぶりから逃げるかだが・・・
「連合王国は貴族や兵士達に恩賞や兵役の報酬を与えなければならないですが、与えるものがないのですよ。そこへネブラスカ男爵が亡命とグラノヴァ奪還の助力を要請してきたのです。このレダイル王国が相手なら帝国とは無関係。距離もあるので帝国の介入は無いと考えているでしょう」
「モニカさん連合王国との争いは止められないのですか?」
「止める術は今はありません。レダイル王国から連合王国が得る利以上の物を差し出すか、レダイル王国が戦う前に降伏して財貨や土地を差し出すか、何れも平民の我々に出来ることではありません」
「母上、我々に出来ることと言うのが母上が最初に言った連合王国の艦隊を打ち破る船を造るということなのですか?」
「その通りですよレオン。今の連合王国は飢えた野獣の群れです。襲われれば根こそぎ奪われ、攫われ、殺されるでしょう。ならば我々は、連合王国と戦って勝ってしまえばいいのです」
「モニカさんどこかへ逃げるという選択は無いのですか?」
「我々だけなら船を作って何処へと逃げる事は可能ですね。ですが、町の人達全員を助ける事はできません。私は多くの人々と関わり合いになり過ぎました。今更自分達だけ逃げようとは思いませんよ」
「モニカさん私は自分だけ逃げようとか考えたのが恥ずかしです。ごめんなさい」
「マルティナは子供なんだから逃げていいんだよ。俺だってさっきから母上の無茶ぶりからどうやって逃げるか考えているんだから」
「あら?レオンも逃げるのに賛成なのかしら?」
「戦えば犠牲は出るでしょうし、逃げられるなら逃げたいですが、母上に逃げるつもりが無い様ですので逃げる選択肢は捨てました」
「では改めて、レオン?連合王国の艦隊を撃ち破る船を造ることは可能ですか?」
「モニカさん、レオンは確かに凄い設計図を書いてましたから只者じゃないのは何となく分かりますが、まだ私と大して変わらない子供ですよ?いくら何でも」
「レオン?出来ますか?」
俺は暫し考える。案はあるにはあるが、連合王国の艦隊が後どのくらいで来るのかが分からない。造る時間さえあれば・・・
「母上、現時点では出来なくもないとしか答えようがありません」
「できるの!?」
「うふふっ。できる可能性が有るだけで今は十分ですよ。それで、レオン?足りないものは何ですか?」
「時間です。連合王国の艦隊が明日にも来るなら流石に準備できませんよ」
「男爵が近いうちに亡命するでしょうから、連合王国が来るまで早くて1ヶ月半、遅くとも2ヶ月と言った所でしょうか?」
ギリギリだなこれは、相手の規模によっては出来なくはないかな?
「では母上、私からいくつか提案があります」
「聞きましょう」
「まず、町の人達に事情を説明して戦えない人達は疎開させて下さい。場所は母上が購入した鉱山とテーヌ川に近い所が良いでしょう。そして疎開した人達に反射炉を作らせて下さい」
「テーヌ川を使って船を往復させれば十分可能ですね。ついでにあの辺に町でも作ってしまいましょうか」
「その辺は母上にお任せしますがとにかく金属の量産が必ず必要ですから、職人たちは必ず連れていってください」
「他に必要なものはありますか?」
「後は人です。一緒に戦ってくれる信用のおける船乗りを募集してください。これは連合王国の艦隊と戦う人達になりますので逃げ出すような人では困ります。グラノヴァの町から離れたく無いような人達がいいと思います」
「では傭兵はダメですね。逞しい人達や漁師の人達ならこの町に住んでますし屈強でしょうから声をかけてみましょう」
「モニカさん私にも何か出来ることはありませんか?私の命も掛かっているんです、私にもなにか手伝わせてください!」
「勿論あなたには最も重要な役割をになってもらう予定ですよ?マルティナ・フォン・ネブラスカ様」
マルティナをフルネームで呼んだってことは母上は貴族としてのマルティナに手伝ってもらうのか。マルティナに出来ることと言えば、王都か近隣の貴族に援軍要請に行ってもらうとかか?
「マルティナ様には連合王国との戦いにおいて、我々の代表として陣頭に立って頂きます」
「は、母上!マルティナを戦場に出すおつもりですか!?」
「レオン?このまま何もしなければマルティナ様は男爵の謀反と言っていい最も重い罪を被って処刑されてしまうのです。助かるにはそれなりの功績を上げて、その功の褒美として助命を王に願い出るしかありません」
「しかし、戦場ですよ?マルティナはまだ小さい女の子じゃないですか!?」
「大丈夫ですよ。レオン?あなたもマルティナ様と一緒に戦場に出るのですから。あなたが自分で戦場に出る船を造るのならきっと何処よりも安全な船を造れるのでしょう?」
母上は正気か!?戦場では何が起こるかわからないのに俺はともくマルティナまで出さなければならないのか。マルティナには後方で指示出して貰ってたって事にすれば良いんじゃないか?
「母上!私は自分で造った船には責任があるので戦場にはでます。しかしマルティナは後方で指揮していた事にすれば良いのでは?」
「レオン?幼い女の子が後方で指揮していたと自分で見てもいないのに他人に言われて貴方は信じますか?」
「・・・いえ、信じられません」
全く知らない幼い女の子が後方で指揮してましたって言われてもまず信じられないな。
「ですから、マルティナ様には連合王国艦隊の前に出て名乗りを上げてもらう必要があります。敵からも味方からもマルティナ様の名前が出れば信じる他ないでしょう?」
「モニカさん!私やります!レオンも戦場に出ると言っているんです。1つ歳上の私が出ない訳には行きません!」
「マルティナ!戦場だぞ!?人が死ぬんだ味方も敵も死ぬんだぞ?本当に出れるのか?」
「人が目の前で死ぬなんて見た事ないから大丈夫かなんてわからないわ。でも私の、自分の命がかかっているの!」
マルティナは気が高揚したのか俺に顔を近づけて訴えてくる。
「わかったわかった離れて離れて近い近い」
俺はマルティナを引き離すとマルティナは高揚したからか顔が赤かった。
「母上、もう降参です。連合王国の艦隊を撃ち破る船を素直に造ることにします」
「うふふっ。それではレオンの案を聞かせてもらえるかしら?」
俺は一旦自分の部屋に戻り設計図を1枚取ってきて母上の机の上に広げる。
「母上、これが切り札になるかと」
「まぁまぁ、これはなんですか?船では無いようですけれど」
「私も見た事ないです」
「これは圧縮砲と命名しました。圧縮した空気を小さな金属の筒であるボンベに貯め、熱晶石の粉、それに飛ばす金属の弾を大きな金属の筒にいれます。そしてボンベの圧縮空気を開放すると熱晶石の粉が空気と一気に反応して過熱爆発します。その爆発力で金属の弾を遠方に飛ばす新しい『兵器』です」
連合王国の艦隊を撃ち破るなんて俺にはもはや圧縮砲を使うより道はない。
身分が高ければ、王様とかだったら外交交渉やらで戦いを回避出来たかもしれんが、タラレバの話は虚しいだけだなやめとこう。
「レオン?あなたは船だけでなく、こんな物騒な物まで考えていたのですか?」
「母上、これはたまたま、偶然、蒸気機関の燃料にする熱晶石の性質を調べていたら爆発しまして、爆発するのならこう言う物が出来るなと書いてみただけなのです。まだ試作すらしていませんので思った通りに弾が飛ぶか、どの位飛ぶかも分からないのですよ」
「では早急に試作して試さねばなりませんね。これを使って連合王国の艦隊を撃ち破るのですか?」
「はい。この圧縮砲と蒸気機関を積んだ船を数隻作れば、相手の風上を自由自在に動き回って遠距離からこの圧縮砲で攻撃できます。相手は帆船なので、風上で動き回るこちらには近づけずに比較的楽に勝てるのではないかと」
「素晴らしい。実に素晴らしいですよレオン。貴方を誇りに思います。これは今までの海戦の常識を覆すものです。とんでもないものを考えましたね?期待以上の案ですよ。これがあれば・・・うふふっ」
母上のこんなべた褒めは初めて聞いたな。
戦いに勝った後が何か嫌な予感がしてきたぞ。
「すみません。蒸気機関ってなんですか?」
そういえばマルティナにはまだ話していなかったんだった。
「マルティナ、蒸気機関は船を風の力では無く蒸気の力で動かすものだよ。今日は蒸気機関の試作品が完成したから母上にも乗って頂く予定なんだ。マルティナもこの際だから乗っておくか?母上、構いませんね?」
「ええっ構いませんよ。マルティナ様は我々の旗頭なのですからね。うふふっ」
「モニカさん、私の事はマルティナと呼び捨てでお願いします。モニカさんに様付けで呼ばれるのは気が引けてしまいます」
「そうですか?ではマルティナさんにしておきましょうか?ではではレオンの蒸気機関の船に乗りに行きましょうか」
その後、俺の蒸気船スクラッパー2世号のに2人を乗せて蒸気機関の有用性をたっぷりと説明した。
マルティナは船に乗るのも初めてだったらしく終始大興奮だった。
それに対して母上は、やはり船が怖いのか苦手だったらしく終始黙って俺の話を聞いていた。
モニカが乗るなら俺も乗ると言っていた親父のハワードは4人乗るには俺のスクラッパー2世号は狭かったので留守番して貰った。
そして一気に事態は動き出した。
ネブラスカ家の使用人達が全員解雇されたと伝わり、ネブラスカ男爵がガレリア連合王国へ亡命した事が明るみになったのだ。
マルティナはネブラスカ家に帰ると使用人も世話係のばあやという人もいなかったそうだ。
マルティナは商業ギルドの人達にはネブラスカ家の人だと知られていたため、母上が1人で居るのは危険と判断した。
それ以来ハワード造船所でマルティナを保護している。
王都からネブラスカ男爵を捕らえに来た騎士団は屋敷に突入するも既にもぬけの殻であった。
そして事態を把握した騎士団は直ぐに王都へ引き返して行った。
グラノヴァは統治者の居ない状況になり、色々な虚実混ざった情報が錯綜した。
連合王国が攻めてくると聞いた人達は騎士団が引き返したと聞いて、見捨てられたのかと混乱し町の治安は悪化した。
母上は、すぐさま造船組合や伝手を使ってネブラスカ男爵の亡命が事実である事、連合王国が攻めてきて何もかも奪われる事を必死に訴えた。
自警団を組織し治安を回復させると、戦えない者達は鉱山へ疎開させたのである。
普通、疎開しろなんて言われて大人しく疎開するもんかね?母上の信用力というかカリスマ性がここまでとか正直舐めてましたごめんなさい母上。
俺は戦うための小型蒸気船の設計図を書いて親父に先に船体だけ造るように依頼した。
蒸気機関と圧縮砲は後付けである。
親父は戦うのにこんな小型でいいのか疑問だったようだが、これでいいのだ。
俺とマルティナはドレッドに圧縮砲の試作と大型化した蒸気機関作成の依頼をした。
たが圧縮砲はともかく大型化した蒸気機関の作成には大量の金属を溶かせる炉が必要だと言われたので、ドレッドの知り合いの職人を連れて鉱山へ行って新しい炉である反射炉を作って欲しいと頼み込んだ。
ドレッドは俺たちの真に迫った気迫から事態が尋常ではない状況であると察したのか仲間の職人を鉱山へ送って反射炉の作成に入った。
ドレッドには至急必要な圧縮砲の試作を終えてから鉱山へ向かってもらうことになったのである。
そして現在に至る。
「「ドォーーン」」
「「「「うぉおおおおおおおおお」」」」
圧縮砲50発目の試射が終わる頃には大きな音の元凶を見に鉱山に疎開した人達が集まってきて試射のたびに歓声をあげていた。
「坊主、50発撃ってもヒビひとつ無いぞ?まだ続けるのか?」
「いやドレッド、弾も貴重だし今日はここまでにしよう。これだけ連射出来れば問題無く使えるはずだ。よくやってくれた。ありがとう」
「やめろや、坊主に礼を言わなきゃならんのはこっちだぜ。聞いたぞ?お前とマルティナ嬢は戦場に出るんだってな」
「ああ、俺が考えた圧縮砲と蒸気機関を詰んだ船を使うんだ。設計者の責任って奴だな、マルティナは自分の命がかかってるから」
俺は試射について来た親父、母上とマルティナを見る。
母上が船に乗るのを避けたので圧縮砲や重い荷物は船でテーヌ川を使って造船組合の人達に運んでもらった。
皆で馬車に乗ってきたのだが、片道1泊2日のちょっとした小旅行かピクニック気分だ。
みんな最初は圧縮砲の轟音に驚いていたが数十発も続くと慣れたのか鉱山の自然や景色を眺めながらマルティナと母上はなにやら話しながらお茶をしている。
親父は見に来た人達にあの音が何なのか説明しているようだ。
「坊主、大人の責任に付き合うことは無いんだぞ?今からでも他の人に変わってもらったらどうだ?」
「ああ、でもなーマルティナも乗るんだよ。代わって欲しいなんて言えないよなぁ。だから精々頑丈な船を造るさ。ドレッドも蒸気機関3基と圧縮砲6門頼んだぞ」
「子供が戦場に出るような状況だ、大人も負けてられん。きっちり手抜きなく作ってやるよ。それにしても反射炉はすげーな。あんなに大量の金属を一度に溶かせるならどんな大物もすぐに作れるぜ」
「ああ!俺は設計しただけだよ。実際に大急ぎで作ってくれたドレッド達には感謝してるんだ。じゃあ頼んだぞドレッド!」
俺はドレッドに手を振りながら、母上とマルティナがお茶をしている所に向かった。
ネブラスカ男爵!連合王国艦隊!来るなら来てみろ!
クラノヴァを蹂躙するって事は俺の造った船も蹂躙するって事だ。
俺の船が壊されるくらいなら俺は戦うぞ!!容赦なく無慈悲に殲滅だ!二度と馬鹿な真似を考えないように教育してやるからな!!!
評価?屁ー




