389.5話(12)クヴェレSaid 心の中に生まれた小さな欠片
仮面パーティ…
王女様の名前は出さない方がいいだろう。
「何をなされているのですか?」
「何って、あんたが絡まれているから、揶揄いに来ただけ。」
「なんですか、それ。」
王女様も俺の名前を呼ぼうとはしない。
お互い誰か分かっているのに、知らないふりをする。
「…何?ああいう子が好みなわけ?」
「好み…?なんでそう言う話になるんです?」
俺がそう言うと、王女様は眉間にしわを寄せて、顔をしかめる。
「何言っているの?誘われていたじゃない…」
「でも、俺は貴方にも誘われて、貴方を選んだじゃないですか?そういうことを言うのであれば、俺は貴方のことが好みということになりませんか?」
「貴方それ、言っていて恥ずかしくないの?」
恥ずかしい…?
…俺が、最初に声をかけてくれた女性ではなく、王女様も選んだことが?
「別に、俺が…」
貴方を選ぶことは当然でしょう…
頭の中に浮かんだ言葉を飲み込む。
当然なのだろうか?
最初に声をかけてくれた女性には感じなかった、目を奪われるほどのこの気持ち…
俺はあの時、王女様に声をかけて貰わなかったら、あの女性と仮面パーティを過ごしただろうか?
…いや、壁の隅から動かなかっただろうな。
あの場を動こうと思うほどの気持ちがなかったから。
あの女性が声をかけてくれたと言うのに、考えることと言えばすべて王女様の事だったのだから。
もしかしたら、会場を見渡せる場所で王女様を探していたのかもしれない。
王女様がこのパーティに参加することを知っていたから。
なんだ、このむず痒い感じは…
もう一度、王女様の方を見ると、ずっと黙ったままの俺を不思議そうに見上げていた。
…ちょっと待て。
何だ、そのキョトンとした顔は…
可愛い。
…可愛いってなんだ?
「ちょっと、大丈夫なの?」
「あ、いや、はい。大丈夫です…」
「大丈夫そうに見えないのだけど?」
…顔を覗き込まないでください。
「まぁ、大丈夫というのであれば、それでもいいのだけど。せっかく貴方が私を選んでくれたのだから、一緒にパーティに参加しましょう。今日は、無礼講だもの。」
「…そうですね。行きましょうか。どこに行きますか?エスコートします。」
心の中に生まれた小さな欠片。
「エスコート…こういう時は、ダンスでも申し込みなさいよ。」
「ダンスですか?あのフロアの中央辺りで踊るんですか?」
「当たり前でしょ?貴方、ダンスはできる?」
やった事はあるが、ダンスなんて、しばらくやっていない。
俺に必要なスキルではなかったからだ。
「やった事はあるんでしょ?」
「まぁ…やった事はありますね…」
「なら、私をリードして?」
話を聞いていましたか?
やった事はあるけど、出来るとは言っていないでしょうが。
それもあなたをリードできるほどの技量は持ち合わせているわけがない。
「私が教えながらやってあげるから。」
「それ、俺がリードしていますか?」
それにすごくカッコ悪いんですけど…
「悔しかったら、練習して?そうしたら、今度から貴方をパーティのエスコート役にするから。」
「今度からって、またパーティに駆り出されるんですか?」
「なによ?嫌なの?」
体を密着させて、踊り出す。
一見、俺がリードしているかのように、王女様は体を動かしてくれる。
ものすごく情けないんですが…
「変な顔。」
「貴方にリードさせていることが、ものすごく不本意です。」
「なら、私をリードしてよ。」
ため息をつくと、王女様は言葉を鋭くして、俺の方を見上げている。
その目はとても真剣で、冗談を言っているようには見えなかった。
「私が貴方のリードを…?」
そんなことを言われると、期待する。
段々と大きくなってくる心の中に生まれたこの気持ち。
一度自覚すると、どんどんと膨らんでくるな…
王女様が本当に可愛く見える。
今までが可愛くなかったわけではないが、自覚した今、なんだか眩しい。
「そうよ…言っている意味、伝わっているといいのだけれど。なにせ、貴方は察しが悪いからね。」
うぬぼれてもいいのなら、貴方の気持ちは伝わっています。
でも、それは今だけ…
今だけは、俺の王女様という事でいいのだろうか?
腕の中にいる王女様は、今は、俺だけの王女様ということだ。
そう思うと、とても愛おしく思える。
「…なんか変なこと考えていない?」
「変なことですか?嬉しいと感じていました。」
「嬉しい?」
「はい。この腕にいる貴方は、今だけは、俺だけの貴方だと思いまして…」
言葉にすると、より自覚する。
そして、抱きしめる手に力が入った。
「…やっぱり伝わっていないわね。」
「え?」
ダンスをしている途中に、王女様が体をぐっと近づけてきて、体のバランスを崩しかける。
王女様の顔が目の前にあり、動悸が止まらない。
「今だけなんて許さない。」
「は…?何を言って…」
「パーティはもう終わり。十分参加したわよね。」
「いや…あの?」
始まったばかりでは?
先ほど王女様と出会ったばかりですし。
俺としては、このパーティで王女様ともっと一緒に居たいのだが。
このパーティが俺と王女様の立場を取っ払ってくれる。
「この後、一緒に抜け出しましょう?仮面パーティだから、挨拶回りをする必要もないし。そういった点で、仮面パーティは楽なのよね。」
いや、本当に仮面パーティが終わるのか?
俺と王女様の関係も使用人と主に戻るのか…
「ほら、行くわよ。」
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