367話 プティテーラの師匠との再会
ブラーさんと別れて、飲み物を取るふりをして、再び壁際にやってくる。
「話しかけに行くんじゃなかったのか?」
ジトっとした目で見てくるネロ。
早くいけよと目で語ってくるけど、それが難しい。
「営業ってさ、自分で話しかけに行くのが、すごく勇気がいるんだよね。だいたい、断られることが多いからさ。それに、前のパーティでも気づいていたと思うけど、私は、こういう人の多いところ苦手なんだって。」
「いや、それはわかっているけど、やる気出た…と言っていたから、てっきり話しかけに行くのかと思った。」
うぐ…
そりゃ、やる気は出たけど、それを実行するのは別問題じゃん?
やる気と行動は、違うんです。
「なるほどな。やる気だけはあるってことだな。」
「言い方にとげがあるよ?」
「その通りだろうが。」
その通りですけど…
「あぁ、もう。分かったよ。今からあの人だかりの所に行きたいと思います。」
「あそこに…?なんでそうやって自分でハードルを上げる?」
「ネロがぐちぐち言うので、私もやるときはやることを見せたいと思います。」
私は、ネロをムギュっと掴んで、戦いに赴くような緊張感で人だかりに突っ込んでいった。
「なんの集団なんだろ?」
外から様子を見るようにして、人だかりの周りをウロウロとしていると、またもや背後から誰かに押され、人混みの中に倒れこんだ。
「痛い…」
「おい、倒れる時くらい、俺を離せ。」
ネロを鷲掴みにしたまま、地面に倒れこんだみたい。
そのまま手のひらをついていたら、ネロをつぶしていたかもしれない。
「ひぇ…ネロごめん。」
「つぶれそうになる前に、俺は避ける。今回は、チヒロが俺を掴んだまま離さないから、怪我もなかったが、そこから抜けることもできなかった。」
「怪我がなかったなら、良かったよ。」
ほっと安心したけど、ネロは睨んだまま。
「迫りくる地面は、なかなか怖いぞ?体験してみるか?」
どうやって体験するのか分からないけど、首を力いっぱい横に振って、遠慮しておいた。
「あら?チヒロちゃん?それにネロちゃん?」
この声。
この口調。
聞いた事のある声に顔を上げると、そこには太陽の街でお世話になったデウィスリ夫人がいた。
「デウィスリ夫人!」
「やっぱり。お久しぶりね。二人とも。」
あぁ、この穏やかだけどパワフルな女性。
私のプティテーラでの先生。
そういえば、ナンナル王子がデウィスリ夫人にお願いをしていたな。
…ということは、この人気ぶりは、月の料理であるコンジェラルチェが振舞われていると言う事かな?
辺りを見回すと、私の上の方から視線を感じる。
「二人とも、取りあえず立ちましょうか。」
ニッコリと笑うデウィスリ夫人に怒られているわけでもないのに、背筋がヒヤッとした。
小さく深呼吸をして、にっこりと微笑み、スッとゆっくり立ち上がり、周りを見回してニッコリ。
何事もなかったかのように、私は微笑んだ。
今、なんか慌てて立ってはいけない気配を感じた。
余裕そうな表情を浮かべながら、内心はガクブルである。
「あら、立ち姿は美しいわね。正解よ。淑女は、慌ててはダメ。」
よし。
正解だったみたいだ。
だけど、そもそも私が転んだのは、誰かに押されたからである。
一体、誰が押したのか知らないが、許すまじ。
クラト公子だったら、無礼を承知で一発叩かせてほしい。
「チヒロは、本当によく転ぶな…」
「今の見てた?私のせいじゃなくない?」
「俺は、チヒロに掴まれていたから、見ているわけがないだろ。」
そうでした。
貴重な証人を逃してしまった。
「それで、二人もコンジェラルチェを食べに来たのかしら?」
デウィスリ夫人の問いかけに、ここに何し来たんだっけと一瞬考えて、顔を引きつらせる。
「あ、はい。そうですね。」
「おい。人だかりの集団に、見せに行くって言っていただろう?」
そうだけど、デウィスリ夫人がいるなんて聞いていない。
出会いの場としては、最高かもしれないけど、コンジェラルチェという、ここにいる人たちの欲求を満たしてしまうものがあるのだ。
別の物をさりげなく見せても、効果がないかもしれないなぁ。
読んでいただき、ありがとうございます!
よろしければ、
評価、ブックマーク、感想等いただけると
嬉しいです!
よろしくお願いします!