335話 周りを黙らすには、それ以上の力を手に入れればいい
クラト公子から目線を瓶の方に移す。
「いえ、さっきも言いましたけど、なんだかもったいないと思いまして。」
「もったいない?どうしてそう思う?」
なぜって言われても…
「これもさっき言いましたけど、職人の考え方は、私にはわかりません。時間の合間に作った物を売れないと言うのであれば、そうなんだろうと思います。でも、私は、これが欲しいなと思いました。ただ、それだけです。」
実際欲しいと思ったのは本当だし、売り物であれば、買って帰りたいと思ったもの。
夜空の様だとか、いろいろ思ったけど、売り物ではないと言われれば、仕方がない。
やっぱり、職人さんには、そういう自分の満足したものを世に出すと言う、こだわりがあるのだろう。
これ以上ツッコんだ言い方をするのも、良くないだろうな。
人のこだわりは、真には理解できないものだし、こだわりというものは、下手に触れていい物じゃない。
触らぬ神に祟りなし。
私の考え方をここで押し付けても仕方がないよね…とあえてぼかす言い方をしたと言うのに…
「チヒロはさ、これが売れると思ったっていう事か?」
それなのに、この公子は、ずけずけと私に言わそうとしてくるんですけど。
「…クラト公子?でも、ブラーさんがそれは売り物じゃないと言いましたので、それは議論の余地ないですよ?」
むすっとした顔で、クラト公子を非難すると、ブラーさんが私の肩を思いっきり掴んできた。
ほら!
怒ってるじゃん。
「チヒロ…」
「な、なんでしょう?」
「このボトルが売れると本当に思っているの?」
ギロッとした目が私を射抜く。
こ、こわぁ。
思わず、ふよふよと揺れていたネロのしっぽを掴むと、ネロが体を震わして、私をにらんだ。
ごめん…ネロ。
睨まないで…
なんで、私はこんなに睨まれているの?
ブラーさんは、どんな感情なの?
なんて言ってほしいの?
「そ、そうですね…あの、取り合えず肩から手を離していただいて、落ち着いてもらえると助かります。」
私が、現状を打破するべく、苦笑いを浮かべながら、全員にそう告げた。
こんなに興奮しきった状況なんて、何を言ってもダメだろう。
いたたたた…
肩が痛い。
私の言葉に、ハッとして手を離してくれるブラーさん。
そして、にこやかなのに目が全く笑っていなかったクラト公子は、ピリッとした空気を落ち着けてくれた。
唯一、しっぽを私が掴んでしまったネロは、しっぽで私をペシペシと叩き続けているけれど。
さっきよりは、断然ましだ。
「あの…一つ聞きたいんですけど…ブラーさんは、なぜそんなに有名になることを目的にしているのですか?」
プティテーラや異世界にこの店を轟かすって目標がおかしいわけではない。
でも、異世界から来た私の話を取り入れてまで、すぐに取り掛かることはなかったと思う。
それに、売れる売れないについての話に異常な食いつきを示す。
それに、クラト公子の反応も…
私の疑問に、クラト公子とブラーさんは、顔を見合わせ、ため息をつく。
「この店は、僕のばあさんの家だったんだ。」
そうなの?
これって聞いていい話だったのかな?
聞いてから、今更だけど思ってしまった。
「そして、ばあさんは僕にガラスについてとドームアートについて教えてくれた。僕の家は、クラトと同じ火の街の侯爵家。」
え?そうなの?
それにしても、雰囲気が違うような…
「僕は、ナール家の四男とかだから、家のことは兄さんたちがやっていて、僕はそこまで家のことに関わっていないんだ。ばあさんは、もともと火の民、五大一族ではない普通の出。ばあさんがナール家に嫁いだ時にこの店は、閉めたらしい。ナールの一員として、やって行くために。そのことを聞いたときに、僕は、ばあさんを夢中にさせたガラスとドームアートが気になった。そして、ばあさんは僕にこっそり教えてくれたんだ。そして、あまりの綺麗さに僕はガラスに夢中になった。」
ブラーさんは、一つ一つ大切なものを思い出すかのように優しく微笑みながら、語ってくれる。
おばあさんのこと大好きだったんだろうなぁ。
「四男だし、特に僕が家にいることを求められていないから、僕はガラスの世界にどっぷり浸かったんだよね。家族には何も言われなかった。でも、周りはナール家の一員として、火の一族としては、僕がずっと遊んでいるように見えるんだろうね。僕自身について何か言われることは、気にしていないんだけど、僕の周りの人が悪く言われるのはちょっと違うだろ?それに、なによりもばあさんが悪く言われるのは許せなかった。」
おおう…
やっぱり、王族貴族の間では、こういう世間体問題は勃発するもんなんだな。
「だからこの世界で、そして異世界でこの店が有名になれば、周りも文句が言えないだろ?文句を言われるのであれば、周りを黙らすだけの力があればいいわけだしね。」
辞めようと思わなかったんですか…
なんて聞くのは、野暮なんだろうな。
「それに、好きなことをやらせてくれる家族には感謝をしているし、有名になれば、ナール家にも恩返しができるだろ?」
なるほど。
「じゃあ、聞きますが、さっきのボトルは売ってもいい物なんでしょうか?」
「作った物には、妥協はないよ。ただ、材料も手に入れやすいし、時間をかける訳でもない。売りみたいなものがないから、売り物にできるかどうか悩んでいたんよね。」
なるほど、なるほど。
「作った本人が売ってもいいと言うのであれば、考えがあります。」
「やっぱり、何か考えていたんだな。」
そりゃ、もちろん。
一目惚れしたんだもの。
「材料が手に入れやすく、時間がかかる訳でもない。それは、マイナスではないです。むしろコスパがいいと思いましょう。」
コスパがいいなんて、企業としては、最高の売り物じゃないか。
「そして、安いものが売れないのではありません。安っぽいものが売れないのです。じゃあ、どうするか…安く見えなければいいだけです。」
商売の基本だ。
安いものをいかに高く見えるようにするか。
安いものをいかに価値あるように見せるか。
そして、お客さんに欲しいと思わせるかだ。
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