327話 初めてガラスに息を吹き込みました
「さて、やって行こうか。」
先ほどリニューアルされたばかりのガラス工房も、まださっぱりとした雰囲気がある。
これからまた、どんどん年季が入っていくと、趣のある工房になっていくのだろうなと思った。
「ちょっと、聞いてるの?」
「はい。すみません!」
ブラーさんが不機嫌を表した声で、私を呼んだので、思わず返事と謝罪が同時に口から出て行った。
「どっちだよ。まぁいいけど。ガラスはいろんな形に作ることが出来るけど、今回体験するのは、形がある程度決まっている型取りのガラスを作っていこうか。」
「型取り?」
「そう。ガラス細工は、言ってしまえば、ガラスを溶かして好きな形に形成するという単純な作業なんだけど。言葉にすると簡単なんだけど、その作業がとても難しい。力加減と魔力操作を誤れば、ガラスの形はたちまちおかしなものになる。そこで、ある程度、型を決めてしまってその型にはめ込んで作る方法を取ろうと思う。」
あぁ…だから型取り。
「どんな形にしたい?それ専用の型を用意するよ。あ、そうそう。クラトは、窯の温度を上げておいてね。」
「道理で俺もここに呼ばれるわけだな…分かったよ。」
クラト公子は、手のひらを上に向け、窯の方にひらりと振った。
すると、窯の炎が一気に強まる。
「クラトは、火の扱いのスペシャリストだよ。クラトがこの街で大人気の理由の一つだ。火の街では、火を使った作業が本当に良く行われているから。」
「人を便利道具扱いするのは、やめて貰っていいかな?」
クラト公子は、ライターか何かなのか…
侯爵家のご子息が街の人に、めちゃくちゃ便利に使われているのが分かったけれど…
窯の前で、ぶつぶつ言いながら、火の番をしているクラト公子を見て、思わず笑ってしまう。
「まぁ、それだけではなく、クラトの人柄もあるんだけどね?」
「それは、何となくわかります。」
クラト公子は、本当に親しみやすい。
だから、私もつい侯爵家のご子息だと言うことを忘れて、口を滑らせてしまうわけだ。
「型は決まった?」
「はい。あの底がある球体の瓶と、円柱の形をした瓶の型にします。」
「オッケー。じゃあ、こっちに来て。クラト、準備はもういい?」
「ああ、ガラスもしっかり溶けきってるよ。」
窯の中を覗くと、ドロッとした鉄の容器の中で揺らめいでいる。
これが、ガラスの材料。
「はい、どうぞ。」
ブラーさんから渡されたのは、長い棒。
棒の中は、空洞になっていて、そこから空気を送り込むようだ。
元の世界でも、ガラスの作り方は、こんな感じだった気がする。
「これで、ガラスに空気を送り込み、形を作っていくよ。」
実際は、元の世界でガラス細工を体験したことがないから、分からないけど、
ガラスに空気を送り込む描写は、見たことがあった。
そして、その作業がめちゃくちゃ難しそうなのも、テレビを見ていてよく分かった。
バラエティでガラス工房にいった、タレントさんはもれなく爆死していたのを覚えている。
「大丈夫。僕がサポートするんだから、さっさとその棒にガラスを付けて、息を吹き入れて、そして、その型にはめる。そして、息を吹きかける。分かった?」
「はい…」
ブラーさんはサポートしてくれると言うけれど、うまくできる自信が本当にないんですがどうしましょう。
でも、やっぱりできそうにありませんとは、ブラーさんに向かって言うことはできなさそうだった。
意を決して、棒を握り、ドロッとしたガラスを棒に付ける。
「もっと、つけていいよ。」
横から指示をくれるブラーさんは、職人の顔をしていた。
「そう。それで掬い取るように、素材を丸めていく。」
ブラーさんが一緒に棒を持って、クルクルと棒を回してくれた。
「うまいじゃん。綺麗な丸になったら、一回息を吹き入れる。大丈夫、僕がいるから。」
息を吹き入れる過程で、何が大丈夫なのか緊張してて分からなかったけど、ブラーさんの手からは、微量に薄く、魔力が漏れ出ていた。
なるほど。
こうやって、支えてくれていたのか。
棒の端に口を当てて、息を吹き込むとプクッとガラスが少し膨らんだ。
「いいね。そうしたら、さっき選んだ型にそのままはめ込んで、もう一度息を吹き込んで。」
言われた通り、丸の形の型に筒の先に付いたガラスを入れ込んで、息をもう一度吹き込んだ。
「型から外してみて。」
ブラーさんの声に私は恐る恐る、型から棒を抜き取ると、丸い形をしたガラスが型から出てきた。
「初めてにしては、うまいんじゃないか?」
「いいね。」
私は、自分で作ったガラスを見て、声が出なかった。
「それを冷まして、完成ね。」
店に並んでいるガラスたちに比べると、不格好だけどそれでも自分で作ったガラスの玉。
「どう?自分で作った感想は?」
優しく笑いかけてくれるブラーさんに、なんだか涙が出そう。
緊張して体の力が凄く入っていたんだろう。
体の力が抜けると同時に、なんだか知らないけど、涙が出てきた。
「…最高です。」
私は、辛うじて出した声とも言えない言葉を、噛みしめて自分の作ったガラスを眺めるのだった。
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