296話 味覚は記憶に残りやすい?
糸選びも時間を忘れて大いに盛り上がる。
グググ…
すると、お腹から異音が聞こえてきた。
思ったよりも大きい音に、ネロ、ファイさん、アピさんが辺りを見回した。
…私のお腹の音だって、もしかしてバレてない?
私は、バレない様に自分のお腹に一発パンチを入れた。
大人しくしてようね。
ゴゴゴゴ…
…自分でも思うんだけど、お腹空いたとき、そんな音が鳴ることある?
工事現場の音じゃないんだから。
お腹の音を抑えようと、お腹をグリグリと押して、耐えてみる。
「プッ…フフ…」
ネロは顔を逸らしながら、プルプルと震えていた。
「…気が付いていたのなら、もうちょっとちゃんと突っ込んでもらえると嬉しんだけど。」
「必死に隠そうとしているから、黙っていたんだよ。」
「なら、最後まで耐えきってもらえると。」
「いや、無理だろ。お腹が鳴って、自分の腹をグーで殴るやつ初めて見たんだけど。」
ネロは、その光景を、また思い出したのだろう。
また、プルプルと笑いだしている。
「そうですよね。夢中になり過ぎました。お腹もすきますよね。」
フォローを入れてくれる、ファイさんに私はますます居たたまれない。
せっかく、バレない様に、お腹をいじめ倒したのに。
「何か食べますか?」
アピさんは、微笑みながら声をかけてくれるわけで。
あぁ…心が洗われます。
「いいんですか?」
「はい。ちょうど、お昼休憩の時間なんです。一緒にいかがですか?」
アピさん…
「僕も食べていい?」
「もちろん。みんなで、食べましょう。」
お腹も限界ということで、アピさんの誘いに乗らせてもらうことにした。
私と、ネロ、ファイさんは、アピさんの案内で、お店の奥へと入っていく。
お店の奥は、糸を紡ぐための道具が置いてあった。
「ここで、糸を作っているんです。そして、その隣で布を織っているんですよ。」
隣を見ると、機織り機のような道具。
「こちらが、自動で作っているもの。そして、奥の方が手で作っているものになります。」
「自動で作っているのに、手動でも作っているんですか?」
「はい。自らの手で作った方が、細やかな作業が出来るんです。布を染めるのも、布を織るのも。」
なるほどね。
私が住んでいた所でも、機械化は進んだけど、職人たちが作る一級品というものは、残り続けていた。
長年積み上げてきた技術というものは、そう簡単にまねできない様に、機械にも難しいと言う事なのだろうな。
アピさんの手をちらりと見ると、ところどころ赤くなって、かさついていた。
アピさんの手も職人の手なのだろう。
一つのことに打ち込んで磨き上げてきた勲章なんだろうな。
そういう人たちって、カッコいいんだよね。
憧れる…
私は何か、やって来たのだろうか?
「チヒロさん?」
「え?」
「どうかしましたか?」
アピさんと目が合うと、アピさんの眉は、困ったように下がっていた。
考え事をしていて、ボーっとしていたのだろう。
心配させてしまったみたいだ。
「すみません。ちょっと考え事をしてしまいまして。」
「大丈夫ですか?」
「はい。」
にっこりと笑って、アピさんに答える。
様子を伺ってはいたが、それ以上何も触れてはこなかった。
「こっちですよ。」
さらに奥に進むと、生活感のある部屋が現れた。
冷蔵庫やかまど、コンロもある。
ここは、台所だろう。
「フレーブでもいいですか?お昼に食べようと、後は焼くだけの状態のものがあるんです。」
フレーブ!
「フレーブ、いいね。」
「ありがとうございます。」
「では、焼いてしまいますね。そちらの椅子に掛けていてください。」
冷蔵庫から、生地を出し、かまどに火をくべて、焼く準備をしている。
アピさんに言われた通り、椅子に座ってアピさんの様子を見る。
生地を入れて、アピさんは、戻ってきた。
「焼きあがるまで、少し待っていてくださいね。」
前回は、お店で食べたフレーブだけど。
もしかして今回は、家庭の味フレーブが食べられるかもしれないってこと?
しばらく待って、焼きあがったフレーブを持って、アピさんが戻ってくる。
「お店の物より、質素ではあるんですけど」
フレーブを見て、アピさんを見る。
「どうぞ?」
ご飯を目の前にして、待てをされた気分だったが、アピさんに許可をもらい、フレーブに手を伸ばす。
一口齧り付くと、甘酸っぱい味が口の中で広がった。
「トマトが甘いな。」
「はい。私の家のトマトケチャップは、砂糖を入れて少し甘くするんです。小さい子向けとよく言われるんですけど、これが私の家庭の味なんですよね。」
照れながら言う、アピさん。
「私の家の料理も、甘めの味付けが多かったですよ。ナポリタンとか、卵焼きとか。お菓子みたいな甘さでした。」
かつ丼も甘めだったし、カレーも中辛だったけど、ソースを入れて甘めにしてたし。
甘めの味付けが、好きだったんだろうな。
甘めの味付けを食べて、なんだか懐かしい元の世界のことを思い出した。
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