149話 底のない滝
「さて、いい具合に膨らんだな。」
ラックさんが言うように、気球のバルーンは私がよく知る形にまで膨らんでいた。
「ここの留め具を外すと浮かぶ。何か分からないことがあったら、シンに聞くといい。」
「わかりました。ありがとうございます。」
「あぁ。さて、準備はいいか?」
いよいよ浮かぶ気球にワクワクが止まらない。
「はい。よろしくお願いします。」
ラックさんが、留め具を外すと、ゆっくりと気球が上昇しだす。
「いってらっしゃい。」
「ありがとうございまーす!」
私は、気球の上で大きく手を振り、お礼を言った。
「落ちるなよ。」
「分かってるって。」
気球に乗っていると、ネロがさりげなく私の服を掴んでいる。
本気で落ちることを心配されているみたい。
さっきまで、高いと思っていたカナリスとナトゥラを仕切る壁も簡単に登れてしまいそうだ。
「壁の高さを超えるぞ。」
壁の向こう側…
そこに見えたものは自然という名にふさわしい、広大な土地。
「うわぁ…」
「すごいな…」
カナリスを初めて見た時も感動したけど、カナリスとは違った凄さがあるというか。
そして、空に昇ったことにより、カナリスとナトゥラ両方を上から見ることが出来る。
地図上で見た世界を一周囲んでいるらしい滝も、実際目にしてみると圧巻である。
「プティテーラの周りって、本当に滝で囲まれていたんですね。」
上から見ると、標高や水の落差がしっかりと分かり、より世界の全貌が見える。
こうみると、カナリスとナトゥラって、全然違うんだな。
「さあ、今日は俺が気球を運転してやるよ。プティテーラを存分に楽しんでくれ。」
王族を運転手に観光を満喫するのは、心苦しいけども。
「まずは、壁を乗り越えてすぐのところにある滝。ここの滝の特徴は、水の落差が最大ということだな。」
デカいし、迫力が凄い。
「ここは滝つぼがないんですね。これだけ上から落ちていれば、跳ね返りもすごそうなのに。」
滝の水が下に落ちた時、こんもりと盛り上がる跳ね返り。
それが、この滝にはない。
「正解。この滝は、滝つぼが存在せず、落ちてきた水は、遥か下。」
「もっと下に繋がっているってことですよね。」
「この滝の水が落ち切ったのを見たことがあると聞いたことがないな。無限に続く滝だ。」
え?
落ち切った水がないってことは、地面がないってこと?
この滝の水は、永遠に落ち続けているってことなの?
「終わりのない滝。だからか知らないが、滝の水の先は、異世界に繋がると言われている。
そして、プティテーラから異世界へ天使が通ったという言い伝えがある。それがこの滝、エンゲルストラート。」
気球から滝の下を覗き込むが、何も見えない。
滝の水が、地面に吸い込まれていくように流れ落ちている。
どうなっているんだろう。
「下に降りてみるか?」
「え?いいんですか。」
「あぁ、そのための気球移動だろ?上昇、下降が自由自在。それが売りだろ。」
気球を説明している時のシン王子のどや顔。
しかも、プティテーラの話をしている時も、シン王子はとても楽しそうだ。
好きなんだろうな、プティテーラ。
その様子を、ぜひともアルビナ令嬢の時にも発揮してほしいものだと思いつつ、私はシン王子に頼み、気球を下ろしてもらうことにした。
下にゆっくりと降りて刻印を外す。
「刻印は、下に降りるたびに外すんですか?」
「一応な?刻印を上昇の方にしなければ、浮かぶことはないが念のためだよ。」
刻印をはめていたところをよく見ると、上昇、下降、前後左右の向き、それからオートと文字盤がある。
車のギアってこんな感じだった気がするな。
ガコンと目的のギアに入れる。
「刻印については、また上昇した時に教えてやるよ。せっかく下に降りたんだ。覗いてみろよ。覗いてみたかったんだろ?」
シン王子は、エンゲルストラートの方を指さす。
そう、下がどうなっているのか見たかった。
私とネロは、エンゲルストラートの水が流れ落ちる所をのぞき込む。
「何か見える?」
「いや、見えない。音の反響具合を見ても、底があるように聞こえないな。」
ほんとに異世界の外に繋がる滝ってこと?
「落ちるなよ?物を落とした人がいるらしいが、取りに行けていないしな。」
「探しに行ったことがあると?」
「途中までロープで降りたらしいが、断念したと聞いた。」
「理由はやっぱり…」
「底にたどり着けなかったからだそうだ。」
底のない滝。
地上に出ている分で、すでに大きい滝なのに…
それに、水の幅が太いとはいえ、流れ落ちる途中で霧になってしまわない理由も分からない。
目に見える範囲だけど、ちゃんと水は流れ落ちている。
確か、地球にあった世界最大の落差の滝は、水が落ち切ることなく途中で滝の水が消えるため滝つぼが存在しないはずだ。
滝つぼが存在しないという点は一緒だけど、まるで意味が違う。
それに、エンゲルストラートの場合は、滝つぼがあるかどうか確認できないだけで無いかどうかは分からない。
「どうかしたか?」
「こういうものって、落ちた先はどこに繋がるのかなと考えてしまうんですよね。」
「試すなよ。」
「…試しませんけど?」
この下の探検ツアーとかは、面白そうとは思うけど。
私は、流れ落ちる水をじっと見つめ、その先を想像するのだった。
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