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美女に子種をせがまれて  作者: ぬ~ぶ
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#07 酔魔チューリップ


「おはよう、イサムさん」


 いつものほんわかした笑顔で、リサさんが朝食を運んできた。


 ベッド脇のテーブルに膳を置いて、

「あら、だいぶ顔色が良くなったわね」


「そうかい?」


 わしはヘッドボードの棚に置いてある卓上ミラーを覗いてみた。


 んー、言われてみれば確かに血の気が戻っとるように見える。


「あぁ、やっぱり美女に看病されると治りも早いんじゃのう」


「ふふ……また、そんな上手を言って」


「いやいや、世辞じゃないぞ。本心からそう思っとる。それに感謝もしとるよ。こんな文無しのジジイに温かい食事と寝床を恵んでくれて……」


 それだけじゃあない。

 病気の治療代も彼女が支払ってくれたんじゃ。


「リサさん、あんたはまるで女神様じゃ。本当にありがとう。この恩は一生忘れんからな」


 わしは涙も流さんばかりに礼を言って頭を下げた。

 なのに、リサさんときたら、


「はいはい。それより冷めないうちに食べてください」


 とカーテンを開けてな、呑気に朝空なんか眺めよるんじゃ。


「ときに、リサさんよ」


 わしは玄米ブレッドを頬張りながら、以前から気になっとった疑問を投げかけてみた。


「何で、この町には大の男がおらんのじゃ?」


 日中 ウォーキングなんかしておると、少年や爺さんは普通に見かける。


 じゃが、青年から中年――正確に言えば10代後半から50代後半――にかけての男となると、一向に見当たらんかったのじゃ。


「いえ、いない訳ではないんだけど……」


 卒然と顔を曇らせるリサさん。


「何か事情がありそうじゃな。よかったら話してくれんか?」


 すると、リサさんは一瞬ためらいの色を見せたけれど、


「分かりました。では、お話します。あれは、ちょうど6ヶ月前のこと――」


 途切れ途切れではあったがな、懇切丁寧に語ってくれたよ。


 要約すると、こうじゃ。


 今から半年前の とある晩。


 突如、上空から人型(ひとがた)をしたもんが舞い降りてきた。


 身の丈3メートル余り、おかっぱ頭の唇オバケじゃ。


 人呼んで、チューリップ。


 なんでも、リップ(唇)にチュー(キス)するから、らしい。


 ボンデージファッションに身を包み、右手にバラ鞭、左手にひょうたん。


 自由に空を飛び回り、大人の男を見つけるや、有無を言わさずキスしてゆく。


 キスされた者たちは皆、途端に顔色を失くし ゾンビのように徘徊し始めたという。


 ひょうたんの酒をグビグビ飲んでテンションも最高潮のチューリップは、なんと たった一晩で町中の男どもの唇を奪ってしまったんじゃと。


 そりゃ、中には警官もおれば軍人もおった。

 優れた格闘家や屈強な大男なんかもおったという。


 にもかかわらず、誰も彼も面白いようにやられてしもうた。


 大女といえど、たった一人じゃ。

 しかも、べろんべろんに酔うとる。


 ちゅうことで皆、甘く見たんじゃろうな。


 ちなみに、少年と爺さん連中は無事じゃった。

 その理由は、単にストライクゾーン外だったから。


 つまり、奴はロリでもフケ専でもなかった訳じゃ。


 しかし、こんな暴挙をしでかしといて、ただで済むはずがない。


 鼻歌交じりでひょうたん酒を呷るチューリップの前に、この国の守護神が立ちはだかった。


 背に白い翼を有したパツキンの女神様じゃ。


「自分(あんた)、何してくれてんのんッ。ここ、うちの縄張りやで。ええ加減にしぃや」


 じゃが、チューリップはニヤニヤ笑んで、


「うっせぇ、ブス」


「な、何やてぇ!? もっぺん言うてみぃ!」


「ブス、しこめ、へちゃむくれ、おかちめんこ……」


「もぉ、ええわッ!」


 面と向かってこんな暴言吐かれたことは、おそらくなかったんじゃろう。


 エレガントが売りのはずの女神様じゃったが、この時ばかりは顔を真っ赤にして憤慨したという。


 で、怒りに任せて、いきなり必殺技を繰り出したんじゃと。

 黄金のバトンをクルクル回しながら呪文を唱えたそうな。


「アーメン オーメン ワンタンメン!」


 すると、女神様の頭上に7本の光剣が出現した。


「食らえッ、八つ裂き光剣!!」


 七つの光剣がチューリップめがけて一斉に猛進する。


 これらがすべてヒットすりゃ、文字通り八つに身が切り裂かれる。


「させるかぁ」


 チューリップは巧みなバラ鞭さばきによって光剣を次々に払い落とした。


 じゃが、それも六つまで。


「うぎゃあ~~~ッ!!」


 七つ目の光剣はチューリップの左肩に命中。

 奴の左腕は根こそぎ断ち切られてしもうたんじゃ。


「覚悟しぃや」


 鋭い(やいば)と化したバトンの切っ先を、チューリップの猪首(いくび)に突きつける女神様。


「笑って許してぇ」


 チューリップは目に涙をたたえ、命乞いした。


 わしが生きた世には“罪を憎んで人を憎まず”という ことわざがあるが、この女神様も寛大なお方であった。


 手品の如くバトンを消し去ると、チューリップに優しく手を差し伸べたんじゃ。


 しかし、この神にありがちな慈悲深さというもんが(あだ)となってしもうた。


 女神様の手を握ったチューリップは、強い力で彼女をグイと引き寄せる。

 そして、よろけたところへ「フンッ」と鼻毛針を放った。


 それは女神様の横っ面を捉えた。

 

「イタタッ……」


 痛苦に顔を歪め、たじろいでしまう女神様。


 そんな彼女へ、チューリップはひょうたんの口を向けて、


「ウーズル ワーズル ハナズール!」


 何ともキテレツな呪文を唱えた。


 すると、


「キャアーッ!?」


 女神様はひょうたんの中へ吸い込まれてしもうた。


「バカなブス……チョコにハチミツなんだよ(大甘(おおあま)なんだよ)」


 軽蔑を込めて呟くと、チューリップはひょうたんに栓をして魔札(まふだ)を貼った。


 それから薬局に立ち寄り、オロナミン軟膏を購入。


 切断部にたっぷり塗って左腕を接着させた。


 そして、ひょいと舞い上がり 天空へ帰っていったんじゃと。


 わしが さまよいの森で最初に見た雲上(うんじょう)の城、あれは奴の住み処だったんじゃ。



「けど、腑抜けにされた男たちはどこじゃ? わしゃ見とらんぞ」


 その問いに対しては、


「深夜になると現れるわ。明るいうちは身を隠してるのよ」


 と、何とも言いにくそうに答えるリサさんじゃった。


 つまり午前零時を過ぎるとな、蒼白の男らが町のあちこちに湧いて出て、夢遊病の如くフラフラ彷徨い始めるのだという。


 そいで夜が明けると、茂みや廃屋、ほら穴、土管なんかに身を隠してうずくまってしまうのだとか……。


 それを聞いたわしは実際にこの目で確かめてみとうなって、その夜 布団の中で寝ずに待った。


 そして、零時を回ったところでカーテンを少し開け、窓の外を垣間見た。


「……あっ」


 リサさんの証言は本当じゃった(別段 疑っておった訳じゃないが)。


 まさしくゾンビじゃ。


 けど咬みついたりはせんし、飲み食いもしなけりゃ糞尿も垂れんらしい。

 まぁ、そういう意味では無害じゃよな。


 ただ、これでは皆 気色悪がって町にやって来ん。


 リサさんの宿屋を始め、酒場も食事処も土産物屋も、みーんな商売あがったりじゃ。


 元々、旅客を相手に発達を遂げた商業集落ということじゃからな、コンババタウンは。


 それに、男手がないのも致命的じゃ。


 10代後半から50代後半といえば、最もエネルギッシュで働き盛りの時期。

 そんな社会的重責を担う年齢層の男どもが、抜け殻みたくなっとるんじゃからな。


 町は衰退するばかりじゃ。


「よぉし……」


 わしは一肌脱ごうと決心した。


 いや、町のためじゃない。

 いとしのリサさんのためじゃ。


「憎っくきチューリップをぶち殺し、ひょうたんに封じ込められた女神様を救出するんじゃ!」


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