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美女に子種をせがまれて  作者: ぬ~ぶ
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#05 人の行く裏に道あり 花の山


「いかん。渡ってしもうたわ……」


 その何の変哲もない架け橋を渡りきった後で、駒札(立て札)が目に入った。


『一級河川 三途の川 SANZU RIVER』


 三途の川を渡ったということは、もう 此岸(しがん)(この世)ではない。

 ここは、彼岸(ひがん)(あの世)なのじゃ。


 わしは試しに引き返してみた。


 じゃが、橋の手前で何かにぶち当たって進めやせん。

 まるで、透明のアクリル板で行く手を遮られてるみたいじゃ。


 わしは諦めて先を進むことにした。


 車がやっと通れるくらいの幅狭の砂利道が、緩やかなカーブを描いて続いておる。


 辺りは一面 鈍色(にびいろ)の霧が立ち込めており、何とも気味悪い。


 道の遥か先には、ぽつぽつと人影も見受けられる。


 背広っぽい奴もおれば、素っ裸らしいのもおった。


 わしはというと、水色のジャージ上下にラクダ色の腹巻きじゃ。


 ということは……そうか、死んだ時の恰好なんじゃな。


 素っ裸の奴は、風呂にでも入っとる時に死んじまったんじゃろう。


 それとも、()()の最中だったかもな……ぬふふ。


 天国――まだ そうと決まった訳ではないが――への道のりは、結構 難儀なものじゃった。


 丘を二つほど越え、山のトンネルをくぐり抜けて、湖を迂回して、崖道も通らにゃならんかったしな。


 で、そのうち脇道が現れてのう、

 皆は本道の方へ進むんじゃが、わしは脇道を選んだんじゃ。


 なぜかって?


 だって、よく言うじゃろが。


“人の行く裏に道あり 花の山”とな。

 他人と違う行動を取ってこそ成功が得られる、っちゅう相場格言じゃ。


 じゃが、すぐに その判断を後悔することになる。


 脇道が、まるで獣道の如く険しくなっていってな……

 もう、どうにもこうにもならんっちゅうところで、ふと 足元の空間に亀裂を見つけたんじゃ。


 よせばいいのに、わしゃ好奇心から その裂け目を覗き込んでしもうた。


 すると、どうじゃ。


 その裂け目が、わしを頭から吸い込みやがった。


 吸い込まれた先は、どこもかしこも墨で塗りたくったように真っ暗闇でな、

 わしゃ 出来損ないの紙飛行機みたく無様に落下してしもうたんじゃよ。


「……ありゃ、ここは?」


 意識を取り戻したわしは、頭のコブをさすりながら辺りを見回した。


 バカでかい草木が青々と茂った森林じゃった。


 いや、森林というよりはジャングルに近かった。


 ひょいと空を仰ぎ見る。


 青みを帯びた太陽が浮かんでおった。

 雲の上には、城らしき建造物も見受けられた。


 その瞬間 ここが日本でもなければ地球でもない、ことが明らかとなった。

 

 どうやら、得体の知れんアナザーワールドに行き着いてしもうたようじゃ。

 

「……ん?」


 何だか視線を感じる。


 わしは周囲の茂みに目を凝らしてみた。


「おや、なんと可愛らしい」


 ウサギに似たリスや、リスに似たウサギが、遠巻きにわしを見ておる。


 じゃが、わしが立ち上がるや 蜘蛛の子を散らすように逃げてしもうた。


「さて、どうしたもんかのう……」


 腕組みをしながら佇んでおると、急に空腹と喉の渇きが襲ってきよった。


 そこからわしは、水と食いもんを求めて森を彷徨うことになるんじゃが……

 まぁ、控えめに言っても地獄じゃったな。


 木の実一つ見当たらんし、水溜まりすらありゃせん。


 その上 蜂に似た蚊に刺されるわ、蚊に似た蜂に刺されるわ……

 熊に似た虎に咬まれるわ、虎に似た熊に引っ掻かれるわ、でな。


 それで3度目の朝を迎えたんじゃが、その頃にはもはや立って歩くこともできんかった。


 這いつくばりながら死を覚悟した――といっても既に死んどるのにのう――わしじゃったが、そこへ何とも甘ったるい芳香が漂ってきよった。


 その(こう)目指して必死のパッチで草木を掻き分けると、目の前に一軒家が現れた。


 それも普通の家じゃあない。


 なんと、菓子の家じゃ!


 壁はビスケットでな、屋根はウエハース、窓は飴細工じゃった。


 わしは何とか立ち上がると、チョコレート製の黒く分厚いドアを開けて中へ踏み入った。


「おぉ、マーベラス! なんと素晴らしい……」


 パウンドケーキのソファーに、マカロンのクッション。

 ベッドはカステラで、枕はエクレアじゃ。

 パンケーキの床にはチョコチップとゼリービーンズが散りばめられておる。


 その他も――椅子、テーブル、戸棚、暖炉、それに便所まで――みんな菓子でできとって、クリームやジャム、グミ、粉砂糖なんかで見事に装飾されておった。


 洋物だけじゃないぞ。


 アンパン、もなか、大福、ようかん、みたらし団子といった、わし好みの和物もちゃんとあった。


 でも、とりあえずは水じゃ。


 わしは家中をくまなく探し回った。


 じゃが、一向に見つからん。


「やはり、そう うまくはいかんか……」


 ガックリ肩を落としつつ、わしゃ ふと窓の外へ目をやった。


「あッ!?」


 裏庭に井戸らしきもんが見えた。


 わしゃ 飴の窓ガラスに頭から飛び込んで、破片と共に外へ転げ出た。

 そして、夢中で地べたを這いずりながらそこへ急いだんじゃ。


「や、やった……井戸じゃ」


 板でフタをした円柱型の井戸の上に、手押しポンプが取り付けられとる。

 水口の下には、犬を洗えるくらいの大きな桶も置いてあった。


「頼むぞ、おい……」


 はやる気持ちを抑えて、ハンドルを握り押し下げてみる。


 すると、嬉しいことに透明な液体が勢いよく流れ出てきよった。


 少し黄ばんではおるが、水に違いない。


 わしゃ、両手で掬ってゴクゴク飲んだね。


 いや、そのうまいことうまいこと……。


 じゃが、あいにく水ではなかった。

 歯がうずくほど甘ったるいリンゴジュースじゃ。


 けど久々の飲料じゃったし、よく冷えとったんでな、うまく感じたんじゃよ。


 ともあれ、これで喉の渇きはとりあえず治まった。


 それからわしは家に戻って、手当たり次第に菓子を食いまくった。

 手も口周りも、チョコやあんこやクリームでベトベトにしてな。


「ふぅ~、食った食った……」


 じゃが一息つくと、忘れておった体中の傷がにわかに痛みだした。


 何かないか、と室内を物色してみる。


 すると、ラッキーなことに角砂糖でできた救急箱が見つかった。


「おぉ、ありがたやありがたや……」


 わしはイチゴソースの赤チンを傷口に塗ると、クレープの包帯を巻いた。

 打ち身にはガムの湿布を貼りまくった。


 そして、そのまま菓子に埋もれて泥のように眠ったんじゃ。


 翌朝、目覚めたわしは驚いた。


 不思議なことに傷が癒えておったんじゃ。


 それからしばらくは ここに(とど)まり、菓子で命を繋いだ。


 じゃが……


 何かおかしい。


 まず喉の渇きは水がないので仕方ないとして、

 食っても食っても一向に満腹にならんのじゃ。


 それに体がだるいし、目もかすむ。

 小便が何度でもいくらでも出よる。


 しまいにゃ手足がしびれだして、吐き気がして動けんようになってしもうた。

 

 薄れゆく意識の中で またも死を覚悟した――といっても既に死んどるのにのう――わしじゃったが、そこへ何者かが駆け寄ってくるのを感じ取った。


「◎※Σ、§◇ΘΛ∞!? Π@ΦΨ☆彡」


 へ? 誰じゃ……何語を喋っとる?


「◎さん、§◇Θかッ!? Π@ΦΨしろ」


 あ、少し聞き取れるようになったけど……。


「爺さん、大丈夫かッ!? しっかりしろ」


 おぉ、今度は完全に聞き取れたぞ。


 それは、小学生くらいの少年じゃった。


 抹茶色の作務衣に、毛皮のベストを羽織っておる。

 黒い地下足袋を履き、右肩には負い紐が掛けられとった。


 で、その背後から伸びとる黒い棒みたいなのは……


 いや、それよりも何よりも、


「み、水……」


 絞りだすようにして、やっと出た言葉じゃった。


「よし、待ってろ」


 少年は腰元にぶら下げとった竹製の水筒を手に取り 栓を抜くと、わしの口へ運んでくれた。 


「……あぁ、生き返ったわい」


 何を言うか、まだ死んどるくせに。


 けど、心の底からそう思ったよ。


 と同時に、人間にとって最高の飲み物は水だ、っちゅうことも痛感した。


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