#46 おこのみの結末
6畳間に胡坐を組んで、唐揚げ弁当を淡々と食す雑賀武留。
麦茶を満たしたグラスの脇には、帯封されたピン札が100枚。
そんなものを眺めながら、消費期限間近の400円の弁当を食っていると「何なんだ!?」って気にさせられる。
食後のデザートにゴールドキウイを食ったが、その時もだ。
たかだか1個140円のキウイも買えなかった奴が、そのわずか3時間後には100万の現ナマを手にしているのだから。
まったく、どんな人生やねんッ、どんな運命やねんッ、である。
「ふぁ~あ……」
武留は大きく伸びをして、あくびを出した。
窓の外は真昼の如く明るかった。
もう6時を過ぎているというのに、まだ空は水色に晴れ渡っている。
日は本当に暮れる気があるのか、と疑ってしまうほどだ。
武留は何気なく札束を日光にかざしてみた。
不思議と 希望めいたものが湧いてくる。
何だってできるような気がしてきた。
何の根拠もないのにだ。
これが、カネの魔力というものか……。
◇
その夜、武留は母親の携帯を鳴らした。
何事もなかったかのように近況を伝えて、あとは取るに足らない世間話。
赤シャツ事件にも 高血圧症にも 一切触れなかった。
それは文子も同様で、通話は10分にも満たなかったけれど 終始和やかなものであった。
次の日曜日には、実家に顔を出した。
実に3年8ヶ月ぶりに、家族4人で晩飯を食ったのだ。
その後も月に1度は実家を訪れ、当たり障りない付き合いを続けてゆくこととなる。
また、秋口には就職した。
市内の中堅ホームセンター『ソーナン』にだ。
といっても販売員ではなく、事務職(ОA事務)である。
業務の大半はデータ入力で、あとは書類整理や電話&メール応対くらい。
地味なルーチンワークだが、武留の性には合っていた。
しかも残業はないし、土日祝は休みとなる。
もちろん社会保険も完備。
これで手取り18万円なら万々歳だ。
ちなみに、この職を紹介してくれたのは山本正である。
恋のキューピッド役を果たしてくれたことへの礼なのだろう。
で、その山本の恋路の行方だが……
なんと、あっさり実ってしまった。
交際3ヶ月を待たずしての、まさにビビビ婚。
あの霧島風花が、山本風花となったのである。
そして翌年の春には、健康な女児を出産することになる訳だ。
あと、気になるのは……
コケカキッキー教の動向か。
シャウーリャがアーシャに引き取られてから間もなくして、妙なニュースが巷を賑わせた。
愚行により死亡した者へ贈賞することで有名なタージン賞だが……
その主催関係者 計28名が忽然と消え失せたのである。
タージン賞といえば、2015年だったか 人間ポンプで死亡した水谷勇をノミネートし、さんざん笑いものにした経緯がある。
その事実を知って激怒したシャウーリャが、教団信者にアパを命じたのだとしたら?
「まさかそんな……あり得ないって」
ハゲの勇者ファンであるあなたなら、そう否定することだろう。
だが、斬り落とした腕を焼いて食うような人物でもあるのだ。
その点をどうかお忘れなく……。
そういや、任務に失敗したチンピラ義兄弟のマサ&ヤスはどうなったか?
心配ご無用。
マサもヤスも、敵前逃亡した佐藤多江も、アパされてはいない。
直近 アーシャがアパしたのは、あの部下だけだ(また車内で喫煙したらしい)。
義兄弟は現在も教団組織の末端で使いっ走りをしているし、
多江も行方こそくらましてはいるが、どこかで身勝手に生きている。
ところで、例の100万円の使い道は?
それについては、50万を生活費の赤字に補填し、残り50万を家族と友人のために使った。
両親には、マッサージチェア
千寿留&万世には、ネズミーランドの年間パスポート
三郎太には、5万円分の食事券
斗呂偉には、VRゲーム機
正&風花には、10万円分の旅行券
といった大盤振る舞いだ。
株で儲けた泡銭ということにしておいたので、皆 遠慮なく貰い受けてくれた。
では、真っ当な職を得た武留はマーケットから退場したのか?
答えは、NOである。
だが、余裕資金でのお遊び程度の取引だから問題ナッシング。
余り金でパチンコをするようなもんだ。
でも、皮肉なことに専業でやっていた頃より成績がいい(苦笑)。
生活費を稼がねば、というプレッシャーから解放されたからかもしれない。
小遣い程度稼げりゃいいのだから、気が楽だ。
肩の力が抜けて、いい意味で大胆な売り買いができるのだろう。
さて。
最後に、とっておきの好事を一つ。
童話作家志望の近森三郎太が、ついに賞を取った!
といっても童話でじゃなく、ショートショートでだ。
ショートショートというのは、原稿用紙数枚程度の超短編で オチのついた小話のこと。
4コマ漫画の小説版みたいなもんだ。
その道の第一人者は、月 古一。
生涯2000編を執筆し “ショートショートの仏様”と呼ばれている存在だ。
世界中で翻訳されていることから “億の読者を持つ作家”とも異名されている。
そんな偉大な作家の冠がついた由緒正しきコンテストで、見事 佳作に輝いたのである。
佳作といえど、賞金30万円なのだから大したもんだ。
なんでも バイト中に居眠りしていた際、夢に出てきた話らしい。
せっかくなので、その受賞作を紹介して この物語の結びとしよう。
クスッと笑えたなら、お慰みだ。
【 世間体が悪いわ 】 近森 三郎太
「ちょっと、あなた。音を立てて食べるのやめてよ、みっともない」
「え? あぁ、すまんすまん」
「ゲオッ」
「まぁ! 坊やったら。ゲップなんかして、はしたない」
「ごめんなさい、ママ」
「もぉ、外食の時くらい お行儀よくしてよ」
「けど、そういうお前だって、ついてるぞ。ほら、口の横」
「ホントだ。あははー」
「あら、ヤだ。あたしとしたことが……。とにかくね、みんなお上品にしてちょうだい。ママ 下品なのは嫌いなの。世間体が悪いわ」
「世間体って……そんな、誰も見てないよ。俺たちのことなんか」
「そんなことないわ。見てないようで、案外みんな見てるものよ。だから、ちゃんとしてなくちゃ恥をかくわ」
「そんなもんかねぇ」
「ええ。そんなもんよ」
「ねぇ、ママ。僕もう、お腹いっぱい」
「あら、もういいの? じゃあ、ごちそうさましなさい。ちゃんと手を合わせてね」
「ごーちーそーさまでしたぁ」
「はい、よくできました。じゃあ、そろそろ帰りましょうか」
「よし、坊や。うちまでパパと競争だぁ」
「うん、いいよ。僕、負けないからね」
「あ、ちょっと、待ってぇ。ママを置いてかないでぇ――」
こうして、3匹のハエは 犬のフンから飛び立ちました。
おしまい