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美女に子種をせがまれて  作者: ぬ~ぶ
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#43 奇跡体験!アンビリバブー


 帰宅したら、まず手洗い&うがいだ。


 それから部屋着(ランニング&短パン)に着替える。


 ベランダ窓を全開にし、扇風機を首振りで回すと、室内がだいぶ涼しくなった。


 レジ袋から取り出した唐揚げ弁当を冷蔵庫に入れる。


 同じくゴールドキウイも取り出して、頭と尻を指で押してゆく。


 3個共、程よい柔らかさに追熟できていた。

 

 霧島風花に感謝しつつ、冷蔵庫にしまう。


「はぁ~」


 雑賀武留は6畳間に寝そべった。


 畳のささくれが、くるぶし辺りをチクチクさせる。


「……」


 暇だ。


 株式市場が閉じている土日祝は特にだ。


 友人の近森三郎太ともご無沙汰である。


 彼は高校卒業後 童話作家を志し、現在はフリーターに甘んじている。


 童話は未だ1作も書き上げていないし、バイトもしょっちゅうクビになっている。


 が、それでも またすぐに別の仕事を見つけて前向きに生きている。

 

 夢も希望もない無職の自分とは大違いだ。


 そう思うと、会うどころか電話やメールすら遠慮したくなるのであった。


「ゲームでもすっか……」


 武留は、テレビ脇のコントローラーに手を伸ばした。


 去年からプレイしてる無料のオンラインゲームがある。

 チーム対戦型のシューティングで、それなりに白熱した攻防が楽しめるのだ。


 けど、やめた。


 昨日 久しぶりにプレイしたら、かなり腕が落ちてて……


 チームメイトから「noob」だの「bot」だの「stupid」だの 散々いけずなチャットをされたことを思い出したからだ。


 武留はローテーブル上のリモコンを手に取り、テレビをつけた。


 チャンネルを順に替えてゆく。


 ゴルフ中継に競馬中継、野球中継に釣り番組……それに何だかよく分からない情報番組と、あとはバラエティーの再放送か。


 つまんないにもほどがある。


 そして、人気俳優による茶漬けとふりかけのCMが立て続けに流れて、


「なーにが『うまい!』だ。お前 ぜってぇ食わねぇだろッ、プライベートでそんなもん」


 と、憎まれ口をたたいてしまう。


 武留はテレビを消すと、仰向けになって しばし目を閉じた。


 ……そういや、まだ読んでないマンガが何冊かあったなぁ。


 この際だ、読んどくか……。


 そう思い立って、おもむろに上体を起こした武留はハッと息を呑んだ。


 目前のローテーブル上に、ついさっきまではなかったものが存在しているからである。


 それは、なんと、赤ん坊。


 生後1年にも満たないような赤ん坊が、ちょこんとお座りしているのである。


 オチンチン丸出しのはだかんぼで、少々ぽっちゃり気味。

 頭髪は細く柔らかく、地肌が透けて ひな鳥みたいだった。


「……」


 このあまりに不条理(シュール)な状況に、声も出ず固まってしまう武留。


 えっ……何で?


 何で、俺の部屋に赤ん坊がいるんだ?

 一体、どっから降って湧いたんだよ。


 いや、ちょっと待て。


 あり得ない。

 こんなことが起こり得るはずがない。


 なら、これは?


 あぁ、そうか。


 いよいよ幻覚を見るようになってしまったか。

 終わりだな、俺も……。


 と、そんな思考を巡らせていると、


「やぁ、武留くん。お久しブリーフじゃ」

 

 赤ん坊が笑顔で話しかけてきた。


「うわッ! しゃ、喋った……」


 思わず のけ反ってしまう武留。


「し、しかも、俺の名を……」


 武留は恐る恐る手を伸ばし、赤ん坊に触れてみた。


 ぷにぷにとした感触が確かにあった。

 生身の温もりが感じられたのだ。


 感触のある幻覚なんて聞いたことない。


 なら、夢か?


 武留は頬をつねってみた。叩いてみた。引っ搔いてみた。


 だが、ただ痛いだけで目なんか覚めやしない。


 そんな武留を興味深げに眺めながら、


「夢でも幻でもないよ」


 そう言って、ケラケラと笑う赤ん坊。

 上下2本ずつしかないちっちゃな前歯が、とても愛くるしい。


「じ、じゃあ、何なんだよ……だ、誰なんだよ、お前は」


 おっかなびっくりで尋ねてみる。


 すると、赤ん坊は穏やかな口調でこう答えた。


「わしじゃよ。み・ず・た・に」


 それを聞くや、武留は目をぱちくりさせて、


「えぇ~ッ!? 水谷さぁんッ!?」


 と、頓狂声を上げた。


「実は、あっちの世界で化け物退治をやることになってな。で、それがようやく終わってのう……そしたら女神様が現れてな、何でも望みを叶えてやる言うんで、こっちの世界へ戻してもらったんじゃよ」


 荒唐無稽な話である。

 陳腐なラノベみたいだ。


 でも、語り口は水谷さんによく似ている。


 それに顔の方も、言われてみれば確かに水谷さんの――というかヨーダの――面影が無きにしも(あら)ずだ。


 水谷ベビーが言葉を継ぐ。


「じゃが、ジジイで戻してもらっても老い先知れとるわな。そしたら、女神様が若返らせてやる言うもんじゃから、おぉ、そりゃありがたいっちゅうことでお願いしたんじゃよ」


 しかし、武留は腑に落ちないといった顔つきで、


「で、でも、だからって、何もそこまで若返らなくたって……」


「はっはっはっ、確かに。いやな、これは手違いというかチョンボというか……本来は、武留くんと同い年に若返るつもりだったんじゃよ。それがな――」


 真相はこうだ。


 日本の現世へ戻るその日。

 ハゲの勇者改め水谷勇は、若返りのため やさぐれ山の とある場所へ案内された。


 そこには鈍い光を放つ落葉性の低木が散在していた。


 ギザギザした暗緑色の葉の群れの中に、直径1センチほどの球形の実がたくさん()っている。

 鮮やかな朱色をしていて、それはアキグミによく似ていた。


 女神は言った。


「この実を1粒食べるとな、1.5年若返るねん。ただし、うちがおる場合に限りやけどな」


 つまり、女神立ち会いのもとでないと若返りは起きないらしい。


 なぜそうなっているかというと、そうしておかないと この実を食った生物のすべてが若返って不死が生じるからだ。

 それでは生態系のバランスが崩れてしまう。


「で、自分(あんた)は何歳に戻りたいんや?」


「え~と、あっちは確か2019年ですよね? なら、武留くんは23歳か……。じゃあ、わしも23歳でお願いします」


 そう答える水谷。


「よしゃ、分かった。んーと、記録によるとやな……自分が死んだんが62歳3ヶ月やから……26粒やな。26粒食べたら、23歳に若返ることができるわ」


「26粒ですね? 承知しました」


「ほな、食べ終えたら声かけてな」


 そう言うと、女神は手のひら上にホログラムを出現させた。


 冥界のネットワークを駆使して、世の情勢を最新のものから順に遡って通覧していく。


 よほど娑婆(しゃば)のことが気になるらしい。


 そりゃ、当然か。

 彼女はこの国の守護神にもかかわらず、長らくひょうたんに封じ込められていたのだから。


 水谷は手近の低木に手を伸ばすと、実を一つもぎり「1(いーち)」と口の中へ放り込んだ。


「ややっ、これは……」


 桃を彷彿とさせる濃厚な甘みの中に、梅に似たほのかな酸味、それでいて歯ざわりはリンゴのようなサクサク感……と、何とも摩訶不思議で美味なる果実であった。


「2(にーい)……3(さーん)……4(しーい)……5(ごーお)……」


 1粒食べる度に数を唱えていく水谷。


「……17(じゅーしち)……18(じゅーはち)……19(じゅーく)……20(にーじゅ)……」

 

 ちょうど20粒まで食べ終えたところで、たまたま通りかかったハイカーに時間を尋ねられた。


 気のいい水谷は懐中時計を取り出し、笑顔で答える。


「ちょうど4時じゃよ」


 ハイカーは礼を言うと、手を振りながら去っていった。


 そして、水谷はまた木の実を食べ始めるのだが、


「5(ごーお)……6(ろーく)……7(しーち)……8(はーち)……」


 うっかり5粒目からカウントしてしまう。


「……21(にーじゅいーち)……22(にーじゅにー)……23(にーじゅさーん)……24(にーじゅしー)……」


 ふと何気に水谷の方へ目をやった女神は、思わず二度見した。


 水谷が、幼児の姿になっていたからだ。


「ストッピングゥ~~~~ッ!」


 慌てて止めに入る女神。

 水谷が口に入れんとしている木の実を手で払い落とした。


「……?」


 キョトンと女神を見上げる水谷。


「自分、一体、何個食べたんやッ!?」


 すると、水谷は小首を傾げながら、


「え~と……確か、25粒じゃったと思いますが?」


 だが、実際は41粒だった。


 つまり、水谷は生後9ヶ月にまで若返ってしまった訳だ。


 何だか、落語の『時そば』みたいな話だが、決して笑いごとではない。


 もし仮に、あと1粒でも余計に食べていたらマイナス63年である。


 62歳の水谷が、63年若返ったら……


 想像するだけでもゾッとしてしまう。


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