#41 男前な女性
「ちょっとちょっと、何してんのよ。喧嘩はやめなさい」
二人組と中年男の間に割って入る風花。
そんな彼女を見上げながらモヒカンが、
「何やぁ~? お前は」
「私は霧島風花よ。喧嘩の仲裁なら、まかせてちょんまげ」
自身の胸をポンと叩き、白い歯を見せる風花。
そんな彼女を見下ろしながらビガロが、
「うざいねん、このブタ女ッ。引っ込んどれ」
すると、風花の顔色がコロッと変わった。
「あらやだ。今なんつった? おい、ハゲ。今なんつったんだよ、エーッ!?」
いついかなる場合でも、太った女性に「ブタ」はタブーである。
せめて「デブ」くらいにしておくべきだった。
鬼の形相でビガロに詰め寄る風花。
「な、何や何や、おい……」
そのあまりの殺気に気圧されてしまうビガロ。
そんな彼に対し、風花はいきなり『のど輪』を食らわせた。
のど輪とは、筈(親指と四指を開いたY字形状態)にした手を、相手の喉元へ押し当て 動きを封じる相撲技である。
「ヴグッ……な、何や、このアマ……」
倒れまいと必死に踏ん張るビガロ。
だが、パワーの差は歴然で、
「どりゃあ~~~~ッ!!」
気合もろとも吹っ飛ばされてしまった。
ちょうど背後にあったジュースの自販機に激突したビガロは、後頭部をしたたか打ちつけてダウン。
その衝撃で、取り出し口にコーラが2本落ちてきた。
「……」
凍りつくモヒカンピアス。
両の膝をプルプル震わせる。
と そこへ、仲間らしき新たな二人組が現れた。
今まさに買い物を終え出てきたところで、酒とつまみで膨れ上がったレジ袋を両手に提げている。
真っ黒に日焼けしたマッチョな双子だった。
共に金髪で、共に額に梵字の刺青を施している。
服装までおんなじで、血まみれのドクロが描かれたタンクトップに迷彩のカーゴパンツ。
見るからに悪そうだ。
軽く5人ぐらいは殺してそうな感じ。
「おい、兄貴。あれ見てみぃ」
「あっ。何や、何事や……」
異変に気づいた双子。
レジ袋をほっぽり出して、急いで現場に駆けつける。
「おい、大丈夫かッ。しっかりせぇ!」
と、ビガロの両肩をつかんで揺さぶる兄マッチョ。
だが、まったくの無反応。
ビガロは白目をむいて鼻から髄液を流している。
「誰やッ、誰にやられたんやッ!?」
弟マッチョがモヒカンピアスを問い詰める。
すると、モヒカンは無言のまま ゆっくり風花を指差した。
指差された風花は 仁王立ちで目を血走らせている。
「マジかいな……ほほぉ、やってくれるやないか、姉ちゃん」
指の関節をボキボキ鳴らしながら風花に迫る弟マッチョ。
「こないなこと しでかして、タダで済むとは思てへんよな?」
と、兄マッチョも同様に指関節を鳴らしながら風花に詰め寄った。
そして 弟の方が、周囲に響き渡るほどの大音声で恫喝した。
「目ん玉えぐり出して、お手玉したろかッ、ワレェ~!!」
大きく振りかぶって、風花に殴りかかる。
だが、その拳が届く前に、
「んもぉーッ、喧嘩はダメェ~ッ!」
と 痛烈な平手打ちを食らい、よろめいてしまった。
それを目の当たりにした兄は怒り心頭、さらなる大音声で吠える。
「小腸引っぱり出して、なわとびしたろかッ、ワレェ~!!」
低い姿勢で素早く相手の懐に潜り込むと、渾身のアッパーカットを繰りだした。
しかし 風花は、
「んもぉーッ、暴力はんたぁ~いッ!」
と、兄マッチョの腰に両手を回し 体を引きつけることで、それを阻止した。
で、そのまま覆いかぶさるように全体重をかけたのだ。
その形はまさに、相撲技の『さば折り』であった。
「さ、させるかぁ、ボケェ~ッ!」
潰されまいと意地で踏ん張る兄マッチョ。
だが、それがいけなかった。
ほどなくブチブチブチと嫌な音がして、彼はくずおれた。
その後は、ただただ激痛に のたうつのみ。
激高冷めやらぬ風花は、脳震盪でふらついている弟マッチョを仕留めにかかった。
彼の両腕を外側から抱え込むようにロックして、肘関節を締めつけたのである。
いわゆる『かんぬき』という これまた相撲技だ。
前腕が見る見るうちに逆方向へと折れ曲がる様は、まるでホラー映画のワンシーンを観ているかのようだった。
哀れ 悲鳴を上げる暇もなく、泡を吹いて失神してしまった弟マッチョ。
こうなってしまっては、再起は不可能だろう。
「ヴアァ~ッ……グアァ~ッ……」
気づけば、兄マッチョの足も えらいことになっていた。
右足首が、ゾウのそれの如く腫れ上がっているのである。
靱帯3本完全断裂の重傷だった。
まぁ、歩けるまでには回復するだろうが、走るとなると難しい。
階段の上り下りだって難儀するのではないか。
つまり、こちらも後遺障害は残るという訳だ。
しかし 驚きなのは、霧島風花がこれらの凄技を見様見真似でやってのけたことだ。
というのも 彼女、相撲経験はないに等しい。
過去 相撲部員だった訳でもなければ、経験者に稽古をつけてもらったこともない。
もっぱらテレビ観戦するだけの、ただの相撲ファン=ずぶの素人なのである。
にもかかわらず、高校時代に軽いノリで飛び入り参加した女相撲の東日本大会で、難なく優勝してしまうのだから……これはもう、天賦の才という他なかろう。
「ご、ご、ごめんなさい。ゆ、ゆ、許してください。い、い、命だけはお助けを……」
小柄なその身をさらに縮こませて命乞いするモヒカンピアス。
そんな彼の手を取ると、風花は穏やかに言った。
「いいわ。じゃ、喧嘩はおしまい。仲直りしましょ」
そして 中年男の手も取ると、二人を握手させた。
「人類みな家族よ。仲良く生きましょう」
鬼女の面影は、もうどこにもなかった。
あるのは、おたべちゃん人形のような愛くるしさだけだ。
風花は そのおちょぼ口をめいっぱい開くと、周囲の野次馬たちに向けてこう発言した。
「ご町内のみなさぁーん。喧嘩の仲裁なら、この霧島風花におまかせあれぇー♪」
拍手する者もいくらかいたが、大半は引いていた。
「おーい、ブー花……」
これまで固唾を呑んで事態を見守っていた雑賀武留だが、弾かれたように風花の元へと駆け寄る。
「あぁ、たけちゃん。ごめんね、荷物持たせちゃって」
と、エコバッグを引き取る風花。
そんな彼女をしげしげと見つめながら、
「お前、相変わらず強ぇなぁ」
「ううん、私が強いんじゃなくて相手が弱いのよ」
こともなげに言ってのける風花。
デニムのワイドパンツの裾辺りをパンパンはたいてホコリを払う。
「花嫁修業よりプロレス修行の方が向いてんじゃねぇか? よかったら紹介するぜ。ちずが、あのマッドドッグ・チョーと知り合いなんだ」
「あはは、冗談はよし子さんよ。私はね、争いごとが嫌いなの」
そうだ、そうだった。
霧島風花は、好きで他人を痛めつけている訳ではない。
あくまで仲裁の手段として やむを得ず、暴行を働いているのだ。
「じゃ、そろそろ行くね」
自転車にまたがり、軽く手を振る風花。
だが すぐに「あ、そうだ」と自転車を降り、また武留のそばへ。
「あんた、果物好きだったよね? なら、これ貰ってくれる? ちょっと買いすぎちゃったんだ」
そう言って、ゴールドキウイを3個も差し出してくれた。
普通なら「施しなんか要らん」と突き返すところだが、
「おぉ、サンキュー」
と、素直に受け取る武留。
今 この状況下で、彼女の厚意を無碍にすることなどできない。
そんなことしたら、惨めさが増すばかりだ。
「じゃーねー。近いうちに顔見せなよー、実家にー」
上機嫌で去ってゆく風花。
その頭頂には、今日も風車の髪飾りがあった。
緩やかな風を受け、クルクルと回転している。
それをぼんやり眺める武留。
「風花さんか……なんて 男前な女性なんだろう」
独りごつような台詞が聞こえて、ふと顧みる。
声の主は、最初に殴られた中年男だった。
武留と同様に、遠い目をして風花を見送っている。
その片頬は赤く腫れ、鼻血も一筋垂れていた。
男前な女性か……。
ふふっ、確かに。
ブー花を形容するのに相応しい言葉かもしれないな。