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美女に子種をせがまれて  作者: ぬ~ぶ
41/46

#41 男前な女性


「ちょっとちょっと、何してんのよ。喧嘩はやめなさい」


 二人組と中年男の間に割って入る風花。


 そんな彼女を見上げながらモヒカンが、


「何やぁ~? お前は」


「私は霧島風花よ。喧嘩の仲裁なら、まかせてちょんまげ」


 自身の胸をポンと叩き、白い歯を見せる風花。


 そんな彼女を見下ろしながらビガロが、


「うざいねん、このブタ女ッ。引っ込んどれ」


 すると、風花の顔色がコロッと変わった。


「あらやだ。今なんつった? おい、ハゲ。今なんつったんだよ、エーッ!?」


 いついかなる場合でも、太った女性に「ブタ」はタブーである。

 せめて「デブ」くらいにしておくべきだった。


 鬼の形相でビガロに詰め寄る風花。


「な、何や何や、おい……」


 そのあまりの殺気に気圧(けお)されてしまうビガロ。


 そんな彼に対し、風花はいきなり『のど輪』を食らわせた。


 のど輪とは、(はず)(親指と四指を開いたY字形状態)にした手を、相手の喉元へ押し当て 動きを封じる相撲技である。


「ヴグッ……な、何や、このアマ……」


 倒れまいと必死に踏ん張るビガロ。


 だが、パワーの差は歴然で、


「どりゃあ~~~~ッ!!」


 気合もろとも吹っ飛ばされてしまった。


 ちょうど背後にあったジュースの自販機に激突したビガロは、後頭部をしたたか打ちつけてダウン。

 その衝撃で、取り出し口にコーラが2本落ちてきた。


「……」


 凍りつくモヒカンピアス。

 両の膝をプルプル震わせる。


 と そこへ、仲間らしき新たな二人組が現れた。


 今まさに買い物を終え出てきたところで、酒とつまみで膨れ上がったレジ袋を両手に提げている。


 真っ黒に日焼けしたマッチョな双子だった。


 共に金髪で、共に額に(ぼん)()の刺青を施している。

 服装までおんなじで、血まみれのドクロが描かれたタンクトップに迷彩のカーゴパンツ。


 見るからに悪そうだ。

 軽く5人ぐらいは殺してそうな感じ。


「おい、兄貴。あれ見てみぃ」

「あっ。何や、何事や……」


 異変に気づいた双子。

 レジ袋をほっぽり出して、急いで現場に駆けつける。


「おい、大丈夫かッ。しっかりせぇ!」


 と、ビガロの両肩をつかんで揺さぶる兄マッチョ。


 だが、まったくの無反応。

 ビガロは白目をむいて鼻から髄液を流している。


「誰やッ、誰にやられたんやッ!?」


 弟マッチョがモヒカンピアスを問い詰める。


 すると、モヒカンは無言のまま ゆっくり風花を指差した。


 指差された風花は 仁王立ちで目を血走らせている。


「マジかいな……ほほぉ、やってくれるやないか、姉ちゃん」


 指の関節をボキボキ鳴らしながら風花に迫る弟マッチョ。


「こないなこと しでかして、タダで済むとは思てへんよな?」


 と、兄マッチョも同様に指関節を鳴らしながら風花に詰め寄った。

 

 そして 弟の方が、周囲に響き渡るほどの大音声(だいおんじょう)で恫喝した。


「目ん玉えぐり出して、お手玉したろかッ、ワレェ~!!」


 大きく振りかぶって、風花に殴りかかる。


 だが、その拳が届く前に、


「んもぉーッ、喧嘩はダメェ~ッ!」


 と 痛烈な平手打ちを食らい、よろめいてしまった。


 それを()の当たりにした兄は怒り心頭、さらなる大音声で吠える。


「小腸引っぱり出して、なわとびしたろかッ、ワレェ~!!」


 低い姿勢で素早く相手の懐に潜り込むと、渾身のアッパーカットを繰りだした。


 しかし 風花は、


「んもぉーッ、暴力はんたぁ~いッ!」


 と、兄マッチョの腰に両手を回し 体を引きつけることで、それを阻止した。


 で、そのまま覆いかぶさるように全体重をかけたのだ。


 その形はまさに、相撲技の『さば折り』であった。


「さ、させるかぁ、ボケェ~ッ!」


 潰されまいと意地で踏ん張る兄マッチョ。

 だが、それがいけなかった。

 

 ほどなくブチブチブチと嫌な音がして、彼はくずおれた。


 その後は、ただただ激痛に のたうつのみ。


 激高冷めやらぬ風花は、脳震盪(のうしんとう)でふらついている弟マッチョを仕留めにかかった。


 彼の両腕を外側から抱え込むようにロックして、肘関節を締めつけたのである。

 いわゆる『かんぬき』という これまた相撲技だ。


 前腕が見る見るうちに逆方向へと折れ曲がる様は、まるでホラー映画のワンシーンを観ているかのようだった。


 哀れ 悲鳴を上げる暇もなく、泡を吹いて失神してしまった弟マッチョ。

 こうなってしまっては、再起は不可能だろう。


「ヴアァ~ッ……グアァ~ッ……」


 気づけば、兄マッチョの足も えらいことになっていた。

 右足首が、ゾウのそれの如く腫れ上がっているのである。

 

 靱帯3本完全断裂の重傷だった。


 まぁ、歩けるまでには回復するだろうが、走るとなると難しい。

 階段の上り下りだって難儀するのではないか。


 つまり、こちらも後遺障害は残るという訳だ。


 しかし 驚きなのは、霧島風花がこれらの凄技を見様見真似でやってのけたことだ。


 というのも 彼女、相撲経験はないに等しい。


 過去 相撲部員だった訳でもなければ、経験者に稽古をつけてもらったこともない。

 もっぱらテレビ観戦するだけの、ただの相撲ファン=ずぶの素人なのである。


 にもかかわらず、高校時代に軽いノリで飛び入り参加した女相撲の東日本大会で、難なく優勝してしまうのだから……これはもう、天賦の才という他なかろう。


「ご、ご、ごめんなさい。ゆ、ゆ、許してください。い、い、命だけはお助けを……」


 小柄なその身をさらに縮こませて命乞いするモヒカンピアス。

 

 そんな彼の手を取ると、風花は穏やかに言った。


「いいわ。じゃ、喧嘩はおしまい。仲直りしましょ」


 そして 中年男の手も取ると、二人を握手させた。


「人類みな家族よ。仲良く生きましょう」


 鬼女の面影は、もうどこにもなかった。

 あるのは、おたべちゃん人形のような愛くるしさだけだ。

 

 風花は そのおちょぼ口をめいっぱい開くと、周囲の野次馬たちに向けてこう発言した。


「ご町内のみなさぁーん。喧嘩の仲裁なら、この霧島風花におまかせあれぇー♪」


 拍手する者もいくらかいたが、大半は引いていた。


「おーい、ブー花……」


 これまで固唾を呑んで事態を見守っていた雑賀武留だが、弾かれたように風花の元へと駆け寄る。

 

「あぁ、たけちゃん。ごめんね、荷物持たせちゃって」


 と、エコバッグを引き取る風花。


 そんな彼女をしげしげと見つめながら、


「お前、相変わらず(つえ)ぇなぁ」


「ううん、私が強いんじゃなくて相手が弱いのよ」


 こともなげに言ってのける風花。

 デニムのワイドパンツの裾辺りをパンパンはたいてホコリを払う。


「花嫁修業よりプロレス修行の方が向いてんじゃねぇか? よかったら紹介するぜ。ちずが、あのマッドドッグ・チョーと知り合いなんだ」


「あはは、冗談はよし子さんよ。私はね、争いごとが嫌いなの」


 そうだ、そうだった。


 霧島風花は、好きで他人(ひと)を痛めつけている訳ではない。

 あくまで仲裁の手段として やむを得ず、暴行を働いているのだ。


「じゃ、そろそろ行くね」


 自転車にまたがり、軽く手を振る風花。


 だが すぐに「あ、そうだ」と自転車を降り、また武留のそばへ。


「あんた、果物好きだったよね? なら、これ貰ってくれる? ちょっと買いすぎちゃったんだ」


 そう言って、ゴールドキウイを3個も差し出してくれた。


 普通なら「施しなんか要らん」と突き返すところだが、


「おぉ、サンキュー」


 と、素直に受け取る武留。


 今 この状況下で、彼女の厚意を無碍(むげ)にすることなどできない。

 そんなことしたら、惨めさが増すばかりだ。


「じゃーねー。近いうちに顔見せなよー、実家にー」


 上機嫌で去ってゆく風花。


 その頭頂には、今日も風車(かざぐるま)の髪飾りがあった。

 緩やかな風を受け、クルクルと回転している。


 それをぼんやり眺める武留。


「風花さんか……なんて 男前な女性なんだろう」


 独りごつような台詞が聞こえて、ふと顧みる。


 声の主は、最初に殴られた中年男だった。


 武留と同様に、遠い目をして風花を見送っている。 

 その片頬は赤く腫れ、鼻血も一筋垂れていた。


 男前な女性か……。

 ふふっ、確かに。


 ブー花を形容するのに相応しい言葉かもしれないな。


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