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美女に子種をせがまれて  作者: ぬ~ぶ
40/46

#40 もしかして喧嘩?


「ありがとうございましたぁ。またお越しくださいませぇ♪」


 会計を終えて店を出ると、見覚えのある後ろ姿が目に入った。


 塗壁(ぬりかべ)のように広く頑丈そうな背中をした人物だ。


「よぉ、ブー花」


 武留が声をかけると、霧島風花は足を止め 振り返った。


「まあ! たけちゃんじゃないの。久しぶり、元気にしてたぁ?」


 色白のすまし顔が途端に笑みで弾けた。


 フリルのノースリーブシャツから突き出た腕が、競輪選手の(もも)の如く逞しい。


「んー、元気ってほどじゃないけどな……まぁ、ぼちぼちやってるよ」


「そう。でも、ちょっと痩せたんじゃない? ちゃんと食べてるぅ?」


 心配げに言いながら、武留のレジ袋をちらっと見る風花。


「あぁ。食ってる食ってる」

 

 半透明だから、値引きシールの貼ってある弁当1個と丸分かりだ。


 こんなもんしか買えないほど困窮してるのか、って思われてんだろな。

 みっともねぇな……情けねぇな……。


 だが、武留は無理やりスマイルを形作って、


「それよりお前、こんなとこまで買い物に来てんのか?」


 風花の右手にはコットン製のエコバッグが提げられている。

 肉に 野菜に 果物に パンや菓子も入って溢れんばかりである。


「日曜だけね。実はこの近くの料理教室に通ってんの。そのついでに寄ってるってわけ」


 そうだった。


 霧島風花は花嫁修業中だったのである。

 そして同時に花婿募集中でもあったのだ。


「そっか。相変わらず頑張ってんな。きっといい嫁さんになるよ、お前は」


「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない。雪でも降らなきゃいいけど」


 武留が柄にもなく世辞を言うので、風花はポッと頬を赤らめた。


 思えば、この二人も長い付き合いとなる。


 雑賀家が 霧島家の斜向かいに越してきたのは2008年の4月。


 武留が中学1年、千寿留が年中さんになったばかりの時である。

 

 風花は中学2年生。

 当時から卓越した社交性を持っており、雑賀家ともすぐに打ち解けた。


 一人っ子だったこともあり、武留と千寿留を実の弟・妹のように思い 接していた。


 特におしゃまな千寿留なんか、もう可愛くて可愛くてしょうがなく……暇さえあれば 文子に無償のシッターを買って出るほどだった。


 武留とは卒業までの2年間、毎朝一緒に登校した。


 線が細い上に喘息持ちだったからか、武留がいじめの標的にされたことがあった。


 それを知った風花は いじめっ子たちを体育館裏に呼び出して、やめるよう説得した。

 だが、聞き入れてもらえないばかりか暴言まで吐かれたので、やむなく彼らを血祭りにした。


 翌日、焼いた餅の如く顔を腫らした いじめっ子メンバーが土下座して詫びてきたので、武留は大そう面食らった。

 で、事情を知って風花に礼を言うのだが、彼女は知らぬ存ぜぬを決め込むのだった。


 また、弘と文子も救われている。

 

 犬猿の仲である二人は毎日のように喧嘩するのだが、10日に1回くらいの頻度で取っ組み合いに発展することがある。


 特に、この頃の文子は血気盛んでヒステリーも最高潮。

 怒りに任せて包丁を振り回すことも珍しくなかった。


 そんな際に仲裁に入ってくれるのが、他ならぬ風花だ。

 彼女のおかげで血なまぐさい事態だけは回避してこれたのである。


 このように雑賀家の治安維持に貢献してきた風花だから、当然その信頼も厚い。


 いじめの危機から救ってもらった武留は言うに及ばず、

 幼少から溺愛されてる千寿留なんか、


「ブー花ちゃんになら、腎臓一つあげてもいい」


 とまで公言している。


 不動産会社を経営する弘も、風花の顔を見る度に、


「うちに来いって。給料弾むから」


 と、熱心に勧誘する。


 文子に至っては、


「義理の娘にしたいわ」


 すなわち、武留の嫁として雑賀家に迎え入れたいと本気で考えているほどだった。



「――けど、たけちゃんも偉いわ。その若さでちゃんと自立して……もう3年にもなるんじゃないの?」


 ひっつめ髪の小鬢(こびん)辺りを何気に掻きながら、風花が言った。


「別に偉かねぇよ。普通のことだよ」


「その普通のことが、なかなかできないもんなのよ。私なんか未だに親のスネかじってるし」


「いいじゃん。かじれるうちに かじっとけって」


 風花の父親は医者だから、スネもかじり甲斐があるだろう。


 ちなみに母親は元看護師で、職場結婚だったらしい。


 共に、人命を救うことに身を捧げてきた医療従事者。

 それだけに、争い事や暴力行為を極端に嫌う。


 典型的な平和主義者であり、博愛主義者なわけだ。


 そんな家庭に生まれ育てば “人類みな家族”なんて思想にもなるんだろう。


「それはそうと、たけちゃん。たまには実家に帰ってあげなよ」


 ねだるような口調で風花が言った。


「やなこった」


 ぷいと横を向く武留。


 赤シャツ事件を機に実家を出てから、今月で3年8ヶ月となる。

 その間、武留は1度たりとも実家の敷居をまたいではいなかった。


「おばさん、心配してるよ」


「してねぇよ」


「してるわよ。だって、週に1度はアパートまで行ってるんだから」


「えっ?」


「外からベランダの窓をずっと見てるんだって」


「ババアが?」


「カーテンが開いて たけちゃんの姿が見えないか、洗濯物を干しにベランダまで出てこないか、ってね……」


「……」


「本当は心配でたまらないのよ。そりゃそうよね、お腹を痛めて産んだ子なんだもん」


「別に……心配してくれ、なんて頼んでねぇよ」


「また、そんなこと言って。もう、この際だから喋っちゃうけど……実は先月ね、おばさん倒れたのよ」


「えッ!?」


「買い物帰りだったんだけどね。自転車に乗る前だから まだよかった。もし、乗ってる時だったら……」


「そ、そんな話、ちずは何も……」


「言う訳ないじゃないの、ちずちゃんに。っていうか、知ってるのは私だけ」


 文子が血圧の薬を飲んでいることは、武留も知っていた。

「体がフワフワする」とか「胸がドキドキする」とか、よく愚痴ってたもんだ。


 でもまさか、出先で倒れるほど悪化してたとは……。


「でね、おばさん言うのよ。『もし私が死んだら、武留と千寿留を支えてあげてちょうだい』って。すんごい真顔で」


「……」


 振り返れば、


 母親とはいつも何かしら もめていたような気がする。

 喧嘩の種がなくたって、顔を合わせりゃ憎まれ口をたたき合ってた。


 一体、いつからそんな風になってしまったんだろう?


 昔の母親は、もっと優しくて穏やかで……

 俺の方も、素直で正直で……


 そういや、


 湯船につかって、一緒に九九の暗唱をしたなぁ。


 喘息が酷かった頃は、毎日つきっきりで看病してくれたっけ。


 母の日に肩たたき券を作って贈ったら、泣いて喜んでくれた。


 どしゃぶりの中、校門前で傘を手に待っていてくれた姿なんか 今でも脳裏に焼きついてる。


「お、俺……」


 いよいよ いたたまれない気持ちになってきた武留は、


「何か俺、ガキみてぇだよな……」


「……え? なに?」


 何だか、気のない返事をする風花。


「いや、だから、つまんねぇ喧嘩で家飛び出したりしてさ……」


「……へ? 何か言った?」


 気もそぞろ、といった感である。


「だ・か・らぁ、いつまでも意地張って ガキみてぇだなって……」


「……あ、ちょっと待って。あれ、もしかして喧嘩じゃない?」


 風花は カエモットの真ん前の通りを指差した。


 そこには3人の男の姿があった。


 一人はポロシャツにチノパンの中年で、あとの二人が未成年とおぼしき凸凹(でこぼこ)コンビだった。


 ノッポの方は、剃り上げた頭に炎を模したタトゥーを入れている(まるで、バンバン・ビガロだ)。

 チビの方は、緑のモヒカン頭で 顔中ピアスだらけだった。


 共に反社丸出しといった みてくれである。


「おのれ、さっきから なにメンチ切っとんねんッ」


 チビのモヒカンが凄む。


 すると、中年男が首を横に振りながら、


「いえ、僕はメンチカツは切りませんし 揚げてもいません。そもそも料理は苦手なんです」


「はあ~!? このガキ、なめとんのかッ」


 と、今度はノッポのビガロが中年男の胸ぐらをつかむ。


「いえ、僕はガキではありません。こう見えても35歳の大人です。それに、飴なんか舐めてませんよ。ほら……」


 と、舌を出して見せる中年男。


 これには二人共カチンときたようで、手の早いビガロが中年男の顔面をぶん殴った。


 それを見た風花が にわかに色めき立つ。


「ねぇ、これ お願い……」


 と エコバッグを武留に手渡すや、男らの方へ駆けていく。


 武留も釣られて後を追った。


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