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美女に子種をせがまれて  作者: ぬ~ぶ
38/46

#38 アパ


 確かに、あっぱれなデモンストレーションであった。


 1分も経たぬうちに、それもズボンの上から擦るだけで射精させてしまう。

 しかも、同時に尿失禁までさせたのだ。


 こんな性技、見たことも聞いたこともない。

 こんな芸当をやってのけるのは、世界広しといえど佐藤多江ぐらいだろう。


 ゴッドハンドという自称は、決して大風呂敷なんかではなかったのである。


「あ、てことは、やっぱり疑ってらっしゃったんですね」


 スプーンをねぶりながら、すねたように多江が言う。


「あはは、バレたか。けど、もう疑ったりしません。100万パーセント信じますから、どうか許してください」


 アーシャは潔く頭を下げた。


「いえ いいんですよ、分かっていただければ。とにかくまぁ、大船に乗ったつもりでいてください。例の坊やなんて10秒でイかせてみせますから」


「おぉ、なんと頼もしいお言葉。……あ、でもGETするのも忘れないでくださいよ」


「ゲット?」


「子種ですよ、こ・だ・ね」


 と、エスニック柄のハンドバッグから紙コップを取り出すアーシャ。


 それを受け取って、


「あぁ、そっか。それが目的ですもんね……けど、そのあとはどうすんです?」


「と、言いますと?」


「だって、おたまじゃくしなんて空気に触れたらすぐ死んじゃいますよ」


 すると、アーシャは首を横に振って、


「いえ、すぐには死にません。乾燥させない限り、1日以上持つんだそうです」


「へー、そうなんですか」


「でもね、私はその場で注入するつもりなんです。これで……」


 と、今度はガラス製のロングなスポイトを取り出すアーシャ。


 そして、多江の耳元へその艶やかな唇を近づけて、


「実を言うと……今、下は何もはいてないんです。うふふ」


 それを聞いた多江は、


『んー、確かにイカれてるわね、この子。宗教狂いの親なんて持つと、こーなっちゃうのかしら』


 何やら薄ら寒いものを感じるのであった。


「じゃあ、そろそろ行きましょうか」


 バッグを手に、腰を上げんとするアーシャ。

 だが、それをやんわり制して多江が言う。


「あのぉ、ところで見返りと言っちゃなんなんですが……この任務が成功した(あかつき)には、私を幹部の一人に加えていただく……なーんてことはできませんかね?」


 すると、アーシャはわずかに眉根を寄せて、


「う~ん……それはちょっと、私の一存では……」


「あー、やっぱダメですか……ですよね。けど、姫様。何かしらないとですね、こっちもモチベが上がらないというか、意欲が()がれるというか……」


「現金報酬ではダメでしょうか?」


「えっ? いや……ダメじゃない、ダメじゃないですよッ」


「今、私の権限で出せる1件あたりの経費が100万円なので、それで何とか……」


「ひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ……ひゃくぅまぁんえぇんッ!?」


 手コキで100万円だとぉ~!?


 鶯谷で立ちんぼしてた頃は、尺八 5000円でも客に渋られたというのに……。


「ダメでしょうか?」


 上目遣いで申し訳なげにアーシャ。


『ダメな訳ないだろッ、この金銭感覚クルクルパー子ッ! こちとら1000円でもOKしてたよぉ!』


 と 言いたいところをグッと(こら)えて、多江は震える手でグラスの水を飲み干した。

 そして、努めて平静を装い こう答えた。


「んまぁ、他ならぬアーシャ姫の頼みですから、今回は特別にその条件でお受けしましょう」


 気づけば、店内の客はアーシャと多江だけになっていた。


 店主は、粗相で汚れた床にせっせとモップをかけている。


 アーシャは1万円札をテーブルに置くと、速やかに席を立った。


 多江も それに続く。


「マスター、ごっそさん♪ また来るわね……」


 店主は穏やかな微笑を満面に広げ、二人の背中へ黙礼するのだった。



 店を出た二人は、裏手へ回った。


 まだ1分と経ってないのに両者の脇は汗で湿っている。


「暑いですねぇ」


「ホント。夏日だわ」


 日差しはそれほどでもない。

 風の奴が乏しすぎるのだ。


 二人は人気(ひとけ)のない小路に踏み入った。


 飲食店に囲まれているだけに、各々の換気扇から各々の料理臭が ない交ぜに漂ってくる。

 その不快さを、エアコンの室外機から出る熱風がさらに助長させていた。


 少し進むと、黒塗りのバンが見えてきた。


 運転席にはスーツ姿の若い男がいて、呑気にタバコを吸っていた。


 男は二人に気づくと、すぐさまタバコをもみ消し 窓から投げ捨てた。

 エンジンをかけ、徐行で近寄ってくる。


 そして車を降り、後部のスライドドアを開けて二人を迎えた。


「お疲れ様です、アーシャ姫。それと……」


「あぁ、こちら、佐藤多江さんです」


「お疲れ様です、佐藤多江様」


「はは、どうも……こんちくわ」


「ささ、乗ってください」


「はいはい。では、お邪魔しまんにゃわ~」


 多江とアーシャがシートに着座すると、男は一礼してドアを閉めた。

 小走りで運転席へと戻る。


「で、ターゲットの状況は?」


 艶々しい黒髪を掻き上げながらアーシャが問うた。


「はい、先ほど確認したところ『買い物から帰宅してきた』とのことです」


「そうですか。なら、今日はもう出かけないわよね」


「ええ、おそらく」


「あ、そうだ。例の物、お願い」


 すると、男は 助手席に置いてあった紙袋を手に取り アーシャへ渡した。


 その紙袋から取り出されたのは、綺麗に折りたたまれた衣服上下だった。


「佐藤さん、これに着替えてもらえませんか」


 アーシャの手から衣服を受け取り、広げてみる多江。


 上は紫色のポロシャツで、下は黒のハーフパンツ。

 共にコミカルなカメのイラストがプリントされていた。


「これって、もしかして……」


「宅配業者の制服です」


「え、何でこんなものに着替える必要が?」


「それは、佐藤さんが普通に訪ねていってもドアを開けてもらえないと思うからです」


「そうなんですか」


「ええ。前回のこともありますしね、先方もかなり警戒してると思うんですよ。だから、これでお願いします」


「はぁ、まぁ そういうことでしたら……承知しました」


 そう答えると、多江は躊躇なく着替えを始めた。


 チュニックを脱ぎ ベイカーパンツを脱ぐと、何の飾り気もないベージュの下着が露わになった。


 アーシャは男へ向き直ると、抑揚に乏しい声で訊ねた。


「ところで、あなた さっきタバコ吸ってましたよね?」

 

「えっ、あ、はい……」


 不意を突かれて思わずビクッとする男。


「私、前に言いましたよね? 車内では吸わないで、って……」


「あ、はい……申し訳ございません」


「次やったら、()()ですから」


「……は、はい」


 それを聞いた多江は『マジかッ!?』と息を吞んだ。


 おいおい、車内でタバコ吸っただけでアパすんのかよ。

 やっぱ この女、北の将軍の妹キャラじゃん……。


 ここで、アパについて解説しておこう。


 アパとは、ホテルのことではない。


 アパは、チベットの宗教用語で “未来転生”を意味する。


 罪を犯した者をその肉体から分離させ、高尚な来世へと導く。

 浄化された魂は心の平安を実現し、処罰者もまた救いを賜る……というものだ。


 要は、殺人の正当化である。


 これについて、教祖アクシャイは自著の中でこう否定している。


『過去 我が教団内において、アパやリンチが行われたという事実は存在しない。まったくの無根であり、笑止千万。コケカキッキー教を疎ましく思う者たちによる稚拙なでっち上げにすぎない』


 だが、先ほどのアーシャの口ぶりからすると、どうやら日常的に行われているようである。


 多江は思った。


『もし万一 任務に失敗したら、私もアパされるんじゃ……』


 逆上したアーシャによって、マサ・ヤスもろとも処刑される。

 決してない話ではない。


「ふぅ……」


 多江は、にわかに額に滲み出てくる汗を指の腹で(ぬぐ)った。


 それを見たアーシャが気遣わしげに言う。


「あら、どうかしました? 顔色がよくないですよ」


「えっ……そ、そうですか? いや、でも、ほら、全然元気ですよ。元気100倍パイパンマン♪ なんつって……」


 (から)元気のパイパンマンを乗せた車は ハイツ兼子を目指し、今 静かに走り出した。


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