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美女に子種をせがまれて  作者: ぬ~ぶ
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#03 頭と尻尾はくれてやれ


「でも、株なんて所詮ギャンブルでしょ? やっぱ怖いですよ」


 そんな風に武留が否定的な意見を述べると、


「確かにそうかもしれんな。上がるか下がるかに賭けるんじゃから、丁半博打と変わりゃせん。はっはっはっ」


 そして、湯呑みの緑茶をやおらすすってから、


「けど、博打よりは安全じゃと思うがな。例えば競馬の単勝。5番の馬に100万円注ぎ込んだとする。レースが始まってしまえば取り消しはできんよな。外れたら全額パーじゃ」


 と、そこで言葉を切って、また茶をすすってから、


「しかし株なら、Aという銘柄を100万円分買ったとしてもじゃ。どんどん下がってこりゃイカンとなったら、すぐに売って金を取り戻すことができる。たとえ80万しか戻ってこなんだとしても、その金でBという銘柄を買ってそれが上がれば、損失を穴埋めできるかもしれん。いや、それどころか儲けを出せるかもしれんぞ」


 確かにその点が、投資と博打の最大の相違と言えた。


 だが、武留はいささかの皮肉を込めて、


「でも、株なんてやりたくてもできませんよ。先立つものがないんで……俺は、水谷さんのようなお金持ちじゃないですからね」


 すると水谷は、立ち話のおばちゃん連中がやるように軽く叩く仕草をして、


「なーにを言うかッ、武留くん。金があったらこんなとこへ働きに来やせんわ(苦笑)。わしゃ、なけなしの30万で始めたんじゃから。2万3万で買える株もあるんじゃよ。別に金持ちじゃなくたってできるんじゃ、株式投資は」


 よく、テレビ・雑誌なんかで紹介される投資家や専業トレーダーは億単位の金を稼ぐカリスマだが、実際そんなのは全体の1割にも満たない。


 大半の者は数十万から数百万の元手でコツコツ地道にやっているのだ。


「何だか急に興味湧いてきましたよ。俺もいっちょやってみようかなぁ」


 別に、水谷に話を合わせた訳じゃない。

 本心から出た言葉だった。


 そしてそれからというもの、雑賀武留の脳内は株式投資一色に染まった。


 家ではPCから、職場ではスマホから関連サイトを読み漁り、


【証券会社の選び方】【口座開設手順】【株価チャートの見方】

【銘柄の選び方】【現物と信用取引の違い】【テクニカル指標の活用法】

【配当金と株主優待】【手数料と税金】【基礎用語集】


 と、多くのことを学び吸収した。


 水谷とシフトが一緒の時は当然、株談義となった。


 あれやこれやと質問したし、アドバイスも受けた。


・生活費には手を付けるな!

・1銘柄に全額投資するな!

・信用取引は少額かつ短期決戦で!


 不調時の心構えも教わった。


 好業績銘柄を安く買って高く売るのは基本だが、時に相場は理不尽である。


 好業績でも叩き売られたり、赤字決算でも買われたり。

 円安なのに、外需株が下落して内需株が上昇することだってある。


 いつも教科書通りの動きをしてくれるとは限らないのだ。


 そんな際は潔く損切り(決済して損失を確定すること)して資金を回収し、また次のチャンスに備えるべきである。


 そうしなければ投資の世界で生き残ってゆくことはできないのだ。


 あと、水谷の体験談で特に印象深かったのが、インサイダー取引スレスレのエピソードである。


 まだ黒髪がフサフサあった頃の水谷が雀荘のトイレで気張っていたところ、


「あの『ゴメス製薬』が画期的なガン治療薬を開発したらしいぜ」


 と、話す声が扉越しに聞こえてきた。


 まさかとは思ったけれど、もし事実なら千載一遇の好機だ。


 それでさっそく翌日、こわごわながら2000株ほど買ってみた。


 そしたら、4~5日経ってそのニュースが報道されゴメス株はストップ高連発!

 含み益は70万円にまで膨れ上がった。


 だが「もっと上がるかも」と売らなかったのがいけなかった。


 その後ゴメスは、新薬の臨床試験結果について「治療効果は認められなかった」と発表。


 一転、ストップ安連発である。


 結局、数万円損して終わったのだそうな。


 そりゃ、誰だって最安値で買って最高値で売りたい。


 だが、株価がどこまで下がってどこまで上がるかなんて、エスパーでもない限り分かりようがない。


 最安値を1、最高値を100とするならば、1で買って100で売るなど到底不可能だ。


 実際は、20くらいで買って80くらいで売ることになろう。

 それでも上出来だ。


 有名な相場格言に『頭と尻尾はくれてやれ』というのがある。


 魚でもたい焼きでも構わないが、1~20までを頭、80~100までを尻尾と置き換えれば分かりやすかろう。


 頭と尻尾はくれてやるのだ。


 決して、丸ごと1匹得ようなんて考えてはいけない。


 水谷もあの時「ここからさらに上昇するかもしれない尻尾部分は、次の買い手にくれてやろう」ぐらいの気でさっさと売却していれば、70万円――実際には手数料と税金を引かれるが――GETできたのである。



 そして、雑賀武留は株デビューを果たした。


 初めて買った記念すべき銘柄は『尻之屋(しりのや)』。

 東証ファザーズに上場しているノーパン系牛丼チェーンの大手だ。


 四半期決算を発表し、その好内容に株価がグングン上昇していたところに例のハナフダ砲――米国大統領 アーノルド・ハナフダ氏による爆弾ツイートだ――が炸裂し、日経平均が400円超下落。


 その煽りを食って尻之屋も大幅下落。

 そこをすかさず100株買っておいて、数日後、買値より60円上がったところで売り抜けた。


 まさに、水谷のセオリー通り。


 手数料と税金を引くとわずか4564円の儲けだが、自身で厳選しておっかなびっくりで買った初めての株なのだ。

 たとえ1000円の儲けでも、武留は嬉しかったはずである。


 とはいえその後、尻之屋はさらに200円ほど値を上げてしまった。


 もしそこまで待ってから売っていれば、2万円以上の純利だったのに……。


 結局、頭と尻尾どころか腹のうまい部分も相当くれてやったことになるが、デビュー戦を白星で飾れたのだし、とりあえずは良しとすべきだ。


 で、そこから先は勝ったり負けたりの繰り返し。


 武留は1000円未満の銘柄を100株ずつしか買わなかったから、利食っても損切っても大した額にはならない。


 物足りない反面、気楽でもあった。


 まぁ、相場慣れするためのトレーニングと思えばいい。


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