#29 禁断の目覚め
「なぁ、勇者様も一杯どうだい? お近づきの印に」
「いや、せっかくじゃが遠慮しておくよ」
「そうかい。やっぱ、コ●キの酒は飲みたくないかい」
「いやいやいや、そういう意味じゃなくって……わしゃ、今 体調の方がじゃな……」
「ハハハーッ、冗談だよ。ちょっと からかってみただけ」
ったく何なんじゃ、こいつ。
もう、これ以上関わらん方がええな。
わしは やおら腰を上げて、
「じゃ、そろそろ……」
と、切り上げにかかった。
じゃが、それを掻き消すように、
「けど、こんな俺にも ようやくツキが巡ってきたんだぜ。見てくれよ、ほら……」
そう言って 男が見せびらかしてきたのは、10枚の紙幣じゃった。
それを目の当たりにした時、わしは いや~な予感がした。
「そんな大金、一体どうしたんじゃ?」
すると、男は得意満面にこう答えた。
「一昨日のことだ。ここで、こうして酒飲みながら夕焼け空を眺めてたらな。なんと、札をくわえた鳥が飛んで来やがったんだ。まさにカモネギってやつだよ。俺は思わず、飲んでた酒の瓶を投げつけたね。そしたらビンゴォ―♪」
「で、鳥はどうなった?」
「どうなった、って……俺の腹ん中さ」
「食ったんか?」
「あぁ。こんがり焼いてな……味は悪くなかったぜ」
「ちなみに、どんな鳥じゃった?」
「緑色の変わった鳥さ。ありゃ、たぶんインコだろ」
「インコじゃない」
「え?」
「オウムじゃあ~~~~~ッ!!」
わしは怒りに任せて剣を抜くや、男の利き腕をぶった斬った。
そして アチャーの呪文を唱え、腕をこんがりキツネ色に焼いた。
それを、男の見ている前でムシャムシャ食ってやった。
「どうじゃ。焼いて食われる者の気持ちが分かったかぁーッ!!」
しかし その時、わしは不謹慎にも『うまい』と感じてしもうた。
それは、わしの中のカニバリズムが目覚めた瞬間じゃった。
「うぎゃあ~~~ッ!! な、何てことしやがるッ、このキチ●イ野郎ぉ~ッ!!」
男はひとしきり わめき散らすと、倒けつ転びつ走り去った。
「……」
わしは周囲に視線を巡らせた。
幸い、目撃者はおらんかった。
じゃが、すぐに襲ってきよった。
言い知れぬ罪悪感がな。
「わ、わしゃ……何てことしてしまったんじゃ……」
もりんばに人を食うなと説教垂れておきながら、てめぇが食うとるじゃないか。
勇者として……いや、その前に人としてじゃ。
人として、あるまじき行為に他ならない。
じゃが そんな思いとは裏腹に、また一口……もう一口……と、かぶりついてしもうた。
“やめられない、とまらない”というやつじゃ。
結局、手指を残した粗方をむさぼり食うてしもうた。
「あ~あ。わしも落ちるとこまで落ちたもんじゃな、まったく……」
◇
最良の――と 言ったら褒めすぎじゃが――相棒を失ったわしは、すっかり気抜けしてしもうた。
ジャージ姿でひもすがら、公園のベンチに寝そべり飲酒。
そんな堕落した日々が続いたんじゃ。
「ねぇ、オウムさんは? ここんとこ見かけないけど」
ゆうべ 梨佐さんにそう問われた時は、一瞬 固まってしもうたわい。
ホームレスに取って食われた、なんて正直に言ったところで悲しむだけじゃし、彼女の涙はもう見とうない。
だから わしは、
「実は、あいつとは袂を分かったんじゃよ」
と、デタラメを言うたんじゃ。
そしたら、梨佐さんも驚くわなぁ。
「えッ!? 何で?」
と、きた。
わしゃ、何かそれらしいこと言わにゃならん思うて、
「んー、まぁ、なんちゅうか……方向性の違いじゃ」
ほんなら梨佐さん、呆れたように言いよったわ。
「何それ。落ち目バンドの解散理由みたい」
ははっ、まったくじゃ。
けど、幸いそれ以上追及されることはなかった。
何とか、ごまかせたようじゃ。
ま、それはさておいて……
その日も、わしはカップ酒片手に公園のベンチに寝転がっとったんじゃがな。
そのうち、えらい寝入ってしもうてのう。
目覚めたら深夜じゃ。
辺りには、例によってゾンビ共が徘徊しとる。
チューリップに腑抜けにされた哀れな男たちじゃ。
で、その中に一人の少女を見つけた。
「おや、あれは……」
バゴンちゃんじゃった。
しゃがみ込んで、ある1体のゾンビを見つめとる。
おそらく父親じゃろう。
彼女は時折、手の甲で目元を拭っておった。
「泣いとるんか、可哀そうに……」
その刹那、わしの薄っぺらい胸に大義の火が灯った。
それは間もなく烈炎と化した。
わしはすぐさま宿へ帰ると、武器・防具・道具を装備した。
そして 夜明けを待つことなく、もうどくの沼へファストトラベルしたんじゃ。
そこは、辺り一面 ぬかるむ泥土。
相変わらず湿気が半端ない……ジメジメじゃ。
Y字型の枯れ木には、双頭のカラスが1羽。
帰れと言わんばかり、睨みを利かせておる。
わしはスケバンのマスクを装着し、剣と盾を構えた。
足を取られぬよう注意しながら歩みを進める。
「前回は苦杯を嘗めさせられたがな、今度はそうはいかんぞ」
やがて、沼が見えてきた。
おどろおどろしい紫黒の大沼じゃ。
邪悪に変色した水藻の隙間から有毒ガスをこれでもかっちゅうくらい噴出させとる。
沼の縁には小舟があってな、これを使って中央部の孤島まで進むシステムじゃ。
小舟に乗り込み漕ぎだすと、さっそく雑魚モン共が襲いかかってきよった。
カメやカエルやザリガニに似た生物が巨大化したバケモンじゃ。
というても、こいつらのレベルは13から16程度。
レベル20となったわしの敵ではなかった。
雑魚モン共を蹴散らして孤島へ上陸すると、今度は大ナマズが立ちはだかった。
どうやら、この沼の主らしい。
こいつはレベルが18あって、雷電魔法のゴロピカを使いよった。
じゃが、わしは冷静に対処した。
まず ヤラセンで魔法を封じ、あのこのせいすいで凹ませてから、アチャーの連発で焼き殺してやったんじゃ。
孤島のさらに中央部へ歩を進めると、小さな祠が見つかった。
観音開きの格子扉の手前に、星型のコインが縦横に配置されとる。
すぐ脇の立て札には、ババロアー語でこう記されてあった。
『コインを1枚だけ動かして、縦4枚 横4枚に並べ替えよ』
★
★★★★
★
どうやら、このお題をクリアせんと重要アイテムは貰えんらしい。
じゃが、縦横4枚ずつとなると、どう考えてもあと1枚コインが足らん。
とはいえ、あと1枚あったとしたら、そんなの簡単すぎてクイズにならんしのう……。
わしは祠の前に胡坐をかいて考え込んだ。
この手の問題っちゅうのは、たいてい意地悪じゃ。
「何だよ、そんなのありかよッ」ってな類ばかりじゃ。
常識にとらわれてちゃ答えは出んぞ。
もっと頭を柔らかくしてじゃな、発想を転換させんと……。
「……」
「……」
「……」
ダメじゃ、出てこん。
こんな時、オウムがいてくれたらなぁ。
おそらく奴なら、ひねくれとるからな……
右端のコインを真ん中のコインに重ねたりしよるんじゃないか?
縦横4枚には違いねぇだろーが、とか理屈こねながらな、はっはっはっ。
「……」
「ん?」
「あーッ!」
冗談半分で思いついた答えが、まさに正解じゃった。
右端のコインを手に取り、中央に重ねてみると……
“カタン……ギギィー”
固く閉ざされておった格子扉が、ひとりでに開いたんじゃ。
中に収められとったのは無論、ゆうさくライターじゃ。
わしの着けとるマスクとも しっかり共鳴し合っとるし、間違いなかろう。