#27 形見の額縁
攻撃魔法の応用で九死に一生を得たわしらは、再びコンババタウンへの帰路を辿り始めた。
じゃが、しばらく進んだところで行き倒れの僧侶を発見してな。
女のような顔立ちの若人じゃ。
まだ、かろうじて意識もあった。
わしが水筒の水を一口飲ませてやると、途端に目ん玉ひんむいてな。
わしから水筒をふんだくってガブガブむさぼり飲みよったわ。
まだ 氷雪が溶けてそれほど経ってなかったから、さぞかしうまかったことじゃろう。
脱水の生き地獄から解放され 平常心を取り戻した僧侶は、しつこいくらいに深謝した。
彼は自らを三久と名乗った。
西方に存在する――と、信じられとる――楽土を目指して旅を続けておるんじゃと。
馬の他に、猿と豚と天狗を供に従えておったんじゃが、しつけが厳しすぎたのか謀反を起こされてしもうてのう……この砂漠に置き去りにされた、ということじゃった。
「なら お坊様、わしらについて来るといい。砂漠を出るまでお守りしますぞ」
ちゅう訳で、わしらは三久法師を連れて砂漠を北へ突き進んだ。
そして、何とか無事に もうもくの砂漠を抜け出ることができたんじゃ。
別れ際に、三久法師が小さな額縁をくれてのう。
ロックバンドのサイン色紙が入った額縁でな、母親の形見なんじゃと。
希少だから売ればそれなりの金にはなるだろう、とのことじゃった。
「母親の形見だなんて……そんな大事なもん、受け取れませんよ」
だが それでは気が済まない、と 頑として譲らん。
で 仕方なく、ありがたく受け取ったんじゃ。
それから町へ帰って、翌日。
わしらは道具屋へ足を運んだ。
無論、三久法師に貰った品を売るためじゃ。
というても、彼のおふくろさんの形見じゃからな。
売っぱらうなんてホント気が引ける。
けど、今は少しでも金を手に入れんといかん。
背に腹は代えられん、ちゅうことじゃ。
「いらっしゃいまほー ……あ、勇者様だ」
あどけない顔にえくぼを作って、バゴンちゃんが迎えてくれた。
「やあ、バゴンちゃん。お久しブリーフじゃ」
今日は、ひまわりに似た花の髪留めをしとる。
なんと可愛らしい……こんな孫娘がおったらええのに、と思う。
「オウムはどう? ちゃんと仕事してる?」
「あぁ、しとるよ。けど、少々生意気じゃがな」
そしたら、肩の上のオウムが、
「仕方ねぇだろ。“なまいきなオウム”なんだからよぉ」
「うふふ、確かにそうね。商品名に偽りなしだわ」
いたずらっ子のような目顔で言うバゴンちゃん。
「ときに、バゴンちゃん。ここはアイテムの買い取りもしてくれるんじゃよな?」
「うん。でも、ものによるけどね。何を売りたいの?」
「これなんじゃがな……」
わしは 梨佐さんが縫うてくれた水玉模様の巾着から、例の品を取り出した。
じゃが、それを見るや バゴンちゃんは首を横に振りよった。
「そういうのはちょっと……うちでは買い取れないわね」
「そうか、残念じゃのう……価値のあるもんらしいんじゃがな」
すると、バゴンちゃんは思いついたようにパチンと手の平を合わせて、
「この通りから東へ1本入った路地にね、画廊があるの。そこなら買い取ってくれるかもよ」
「画廊か……なるほどのう。そら、ええこと聞いた。さっそく行ってみるとするか」
ちゅう訳で、わしらはその足で画廊へ向かった。
寂れた路地のどん突きにあったその店は、入るのが躊躇われるような外見をしとった。
壁は腐ってボロボロじゃし、くすんだ看板も今にも剥がれ落ちそうじゃ。
まぁ でも、中は小綺麗にしとるじゃろうと入店してみたが、そんな期待は瞬時に打ち砕かれた。
3坪ほどの狭苦しい店内は何とも薄暗く、えろうカビ臭くジメジメしとってな。
天井の四隅にゃ、蜘蛛の巣が張っとったわ。
壁には一応 絵や掛け軸が掛かっとったが、どれも野暮ったいものじゃった。
ショーケースの中にあるのはブリキの玩具じゃろうか?
曇っておってよく見えん。
じゃが、何より店主の美術商が胡散臭い。
牛乳瓶の底みたいなメガネをかけてな。
笑うと全部 金歯じゃ。
白髪頭は、ドリフのコントの爆発後みたく四方八方に逆立っとるし……
ひん曲がった背中は、ラクダのコブでも入っとるんかっちゅうくらい膨張を極めとった。
オウムの奴はすぐさま「帰ろう」と言うたんじゃがな。
まぁ せっかく来たことだし、わしはこの美術商に額縁を見せてみたんじゃよ。
そしたらば、急に色めき立ってな、
「ちょーと、お客さん。こーれ、本物だったら凄いことになるーよ」
奇妙な訛りで言い放ったかと思うと、サッと店の奥へ消えてしもうた。
そして間もなく、ひっつめ髪の婆さんを一人引き連れて戻ってきた。
「こーれ、うちの姉ね。芸能の鑑定やらせたーら、右に出る者いなーい」
長襦袢のような恰好をしたその婆さんは、懐からルーペを取り出すと 尤もらしい顔つきで鑑定を始めた。
で しばらく待っておるとな、婆さんがハッと顔を上げて叫んだんじゃ。
「こーれ、本物に間違いなーい! 400万マドカは下らないーよ!!」
それを聞いたわしらは、くりびつてんぎょう!
思わず後ろへひっくり返りそうになったわい。
なんでも、この品『コダイコ』の寄せ書きサインらしい。
コダイコというのは、ババロニア共和国史上最も売れた伝説のロックバンドで、もう40年も前に解散しているんだそうな。
わずか4年の活動期間にもかかわらず、メンバーの脱退と新規加入を繰り返しておった。
それだけに初期メンバー5人のサインは貴重。
しかも、寄せ書きとなれば この世にいくつも存在しない。
つまり「超」がつくほどのレア・アイテムという訳じゃ。
この婆さん鑑定士に言わせれば、400万でも安いくらいじゃという。
しかし、400万マドカっちゅうたら、現在の日本の貨幣価値に換算すりゃ ざっと800万円じゃ。
それだけありゃ、優良株がいくつも買えるぞ。
『任侠堂』だって『ソフトパンク』だって『ヨタヨタ自動車』だって……。
何だか急に日本の株式市場が懐かしくなってきたわい。
武留くんはしっかりやっとるじゃろうか、損失出さずに……。
「うちーの顧客に、コレクターがいるーよ。話つけてやろーか?」
店主の美術商が目の色を変えて迫ってきた。
まぁ、他に何の伝もないわしらじゃから、
「そりゃ願ってもない。是非、頼む」
「かしこまーり。ほな3日後―に、また来てーよ」
わしらは美術商に額縁を預けると画廊を後にした。
◇
「ときに、オウム。次なるアイテムは何じゃ?」
「次は『ゆうさくライター』だ。『もうどくの沼』にある」
そのドブ色の沼は、汚染されとって有毒ガスを絶え間なく放出させとるらしい。
だから、そこへ行くにはスケバンのマスクが必須じゃった。
「しかし、マスクは一つじゃぞ」
「あぁ。だから、今回だけは爺さん一人で行ってもらうことになる」
「それは、ちと心細いな。けど、致し方ないか……」
わしはコンババからNO牧場を経由して、さらに西方にある もうどくの沼へ単身乗り込んだ。
じゃが、そこの雑魚モン共は皆 レベルが13以上あってな。
10のわしでは太刀打ちできんかった。
命からがら沼地を逃げ出たわしは、もうもくの砂漠へ向かい、その入り口付近で無難にレベル上げすることにしたんじゃ。